――3人が隠れて集まった時。
「何考えてんだ!!」
ライナーの怒声が、壁に当たって跳ね返った。
森の入口の冷気が、声の熱だけを際立たせる。
アニは眉ひとつ動かさないまま、でも声だけは重くなっていた。
「じゃあ何。あんたらがただ仲良しごっこやってるのを、指くわえて見てなって?」
仲良しごっこ。
その言葉に、胸の奥がきしむ。僕らがやってることは、そんな可愛いものじゃないのに。
「……アニ、違うんだ。僕らは」
僕は二人の間に入ろうとした。
入ったところで、何が変わるわけでもない。分かってる。分かってるけど、止めたかった。
アニは僕の声を受け取らない。受け取る余裕がない。
「三年だ。もう三年経つ。なのに、何も手がかりなんて見つからない」
その言い方は、怒りというより疲労だった。
疲労の上に、焦りが乗っている。
ライナーは歯を食いしばって、低い声で返す。
「俺らだって探してる。俺らが一番やっちゃいけないことはなんだ」
「バレることだろ!?」
その言い方が諭すじゃなくて押さえつけるに近い。
でも、言ってることは正しい。だから避けられない。
「……っ、バレるようなことは話してない」
アニの目線が、ほんの一瞬だけ下に揺れた。
揺れた。誤魔化した。認めたくないだけ。
――分かってるんだ。
ジラは、辿り着く可能性がある。
だからこそ、アニは使いたくなった。
怖い。
アニの判断が怖いんじゃない。
追い詰められてる現実が。
「……ジラは、なんて言ってた……?」
できるだけ優しい声を出したつもりだった。
優しさで何かが解決するとは思ってない。
でも、それでも、まだ希望はあると思ったから。
アニの目が見開かれた。息が詰まる音がした。
ほんの一瞬、僕とライナーは目を合わせる。
――聞くな、って顔。
――でも言うしかない、って顔。
沈黙が落ちた。
森の音が戻る。遠くで風が枝を擦る。
アニはゆっくり口を開いた。
言葉を選んでるんじゃない。選ぶ余地がないだけだ。
「――『帰る時、私も連れていって』」
胃が、冷たくなった。
それは、……冗談にできない言葉だ。
僕たちの帰る道を、正確に指している。
ライナーの声が、少しだけ掠れた。
「――国、までバレてんのか?」
背中に、冷たい汗が伝う。
違う。国がバレたんじゃない。
壁の外があるとか、僕たちはここに属してないとか。
――壁の中の人間が、そこまで分かるのか……?
そういう匂いを、ジラが嗅ぎ取った、だけ。
でもそれが、それだけ、とはとても言えない。
心の中で思う。
――だから言っただろ。
ジラは危ないって。
喉の奥が昔の冷たさを思い出した。
◇
2年前。
食堂で何人かが集まって、簡単な遊びをしていた。
パンの切れ端だとか、次の洗濯当番だとか、そういう軽いものを賭けて。
僕は参加していなかった。
いつも通り見ているだけだった。
その時。
ジラが食堂に入ってきて、少し大きめの声を上げた。
「男子ー。1人か2人、来てくれない?
上官に荷物運び頼まれちゃって」
声は明るい。
でも、必要以上に騒がしくはない。
断られても平気、って余裕が滲んでいた。
ライナーが手元から目を離さずに返す。
「悪い、俺は今手が離せない!
ベルトルト、行けるか?」
……僕か。
一瞬、間があいた。
でも断る理由はなかった。
ライナーは真剣に手札を見つめていた。
遊びの真剣勝負。
……平和だ。平和すぎて、胸の奥がざらつく。
それを押し込んで、僕はジラを手伝った。
――荷物運びが、終わった後、ジラは言った。
「ねえ。なにか困ってることない?」
一瞬、僕は動きを止めた。
「手伝ってもらったし、
私に出来ることあるなら、なんでも言っていいわよ?」
善意の目。
僕の言葉を期待する目。
……困っていること。
そんなの、山ほどある。
僕たちは戦士としてここに来た。
でも、必要な鍵は見つからない。
見つけるためには――
また壁を壊す?
違う。今は、そんなことを考える時じゃない。
そう考え、僕は人に言える程度の、
小さな、どうでもいい困りごとを探した。
「……うーん。思いつかないな」
僕は笑って言った。笑って誤魔化す。
「ジラも上官に言われただけなんだろう?
気にしなくていいと思うんだけど」
無難な返事。
いつもの逃げ方。
僕はいつもそうだ。
自分の意見を言わない。
ライナーの後ろに立つ。
腰巾着って呼ばれてるのも、知っている。
ジラは、僕の言葉を聞いて、少し笑った。
……笑った?
「えぇ……あるでしょう?」
彼女は立ち止まった。
僕も止まる。
そして、ジラが僕の目を見た。
勿体つけるような言い方に、
覗き込む目に、
心臓が音を立てた。
「……なんのことかな?」
声が少し高くなる。
ダメだ。
何がバレた? どこで? いつ?
ボロは出してないはずだ。
ダメだ。
もしバレたなら――。
その瞬間、頭をよぎった考えを、必死で押し込める。
ジラは僕の動揺を知ってか知らずか、口を開いた。
楽しそうに、黒髪が揺れる。
「……恋の悩みとか?」
安堵と、そしてその後、言葉を理解して別の意味で心臓が鳴る。
息を、飲む。
ジラは、続ける。
「可愛いよね。アニ」
アニ。
アニ・レオンハート。
「ど、どうしてそう思うんだい?」
声が、少し裏返ったのが自分でも分かった。
彼女と僕が直接話してるところを、他人には見せてない。
書類上の出身地を同じ地区にしてあるけど、それを知ってる人なんていないはずだ。
知ってたって、それを、恋、なんて。
ジラは歩き出した。
僕も数歩遅れてついていく。
「たまに、目で追ってるよ」
楽しそうに言う。
無邪気みたいに言う。
……ほんとに?
――無意識だった。
確かに、アニのことは意識していた。
国にいた時から。
戦士だった時から。
アニに迷惑はかけられない。
立ち止まる。
ジラを見る。
「……誰にも、言わないでくれないか?」
僕は、少し困った顔を作る。
ぎこちないけど、どうか、騙されてほしい。
恥ずかしいから。
知られたくないから。
そう、勘違いしてくれ。
ジラが一瞬だけ目を細めた。
……気がしただけかもしれない。
分からない。だから怖かった。
次の瞬間、彼女は笑った。
いつもの、軽い微笑み。
「大丈夫。言わないよ」
胸の奥が冷えた。
手が、汗ばんでくる。
僕は頷いた。頷くしかない。
「……ありがとう」
礼を言ってしまった。
言った瞬間、負けたと思った。
◇
――ジラは、危険だ。
僕は2人にそう言った。
まだ訓練兵になって、1年目の時だった。
2人は、僕の言葉に耳を貸さなかった。
――僕のせいだ。
僕が、2人にもっと強く言えていれば。
指先が、冷えていく。
誰のせいでもない。分かってる。
僕は黙り込んだ2人へと声を向ける。
「――待とう。ジラが戻ってくるまで」
アニの賭けが正しかった。
それに賭けるしか、ない。