壁も巨人も、世界は私のために変われ!   作:an-ryuka

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――23話のアニとジラの会話後。
――3人が隠れて集まった時。


29.ベルトルト視点

 

 

「何考えてんだ!!」

 

ライナーの怒声が、壁に当たって跳ね返った。

森の入口の冷気が、声の熱だけを際立たせる。

 

アニは眉ひとつ動かさないまま、でも声だけは重くなっていた。

 

「じゃあ何。あんたらがただ仲良しごっこやってるのを、指くわえて見てなって?」

 

仲良しごっこ。

その言葉に、胸の奥がきしむ。僕らがやってることは、そんな可愛いものじゃないのに。

 

「……アニ、違うんだ。僕らは」

 

僕は二人の間に入ろうとした。

入ったところで、何が変わるわけでもない。分かってる。分かってるけど、止めたかった。

 

アニは僕の声を受け取らない。受け取る余裕がない。

 

「三年だ。もう三年経つ。なのに、何も手がかりなんて見つからない」

 

その言い方は、怒りというより疲労だった。

疲労の上に、焦りが乗っている。

 

ライナーは歯を食いしばって、低い声で返す。

 

「俺らだって探してる。俺らが一番やっちゃいけないことはなんだ」

 

「バレることだろ!?」

 

その言い方が諭すじゃなくて押さえつけるに近い。

でも、言ってることは正しい。だから避けられない。

 

「……っ、バレるようなことは話してない」

 

アニの目線が、ほんの一瞬だけ下に揺れた。

揺れた。誤魔化した。認めたくないだけ。

 

 

――分かってるんだ。

ジラは、辿り着く可能性がある。

 

だからこそ、アニは使いたくなった。

 

怖い。

アニの判断が怖いんじゃない。

追い詰められてる現実が。

 

 

「……ジラは、なんて言ってた……?」

 

できるだけ優しい声を出したつもりだった。

優しさで何かが解決するとは思ってない。

でも、それでも、まだ希望はあると思ったから。

 

アニの目が見開かれた。息が詰まる音がした。

ほんの一瞬、僕とライナーは目を合わせる。

 

――聞くな、って顔。

――でも言うしかない、って顔。

 

 

沈黙が落ちた。

森の音が戻る。遠くで風が枝を擦る。

 

 

アニはゆっくり口を開いた。

言葉を選んでるんじゃない。選ぶ余地がないだけだ。

 

 

「――『帰る時、私も連れていって』」

 

 

胃が、冷たくなった。

 

それは、……冗談にできない言葉だ。

僕たちの帰る道を、正確に指している。

 

ライナーの声が、少しだけ掠れた。

 

「――国、までバレてんのか?」

 

 

背中に、冷たい汗が伝う。

違う。国がバレたんじゃない。

壁の外があるとか、僕たちはここに属してないとか。

 

――壁の中の人間が、そこまで分かるのか……?

 

そういう匂いを、ジラが嗅ぎ取った、だけ。

でもそれが、それだけ、とはとても言えない。

 

心の中で思う。

 

 

――だから言っただろ。

ジラは危ないって。

 

喉の奥が昔の冷たさを思い出した。

 

 

 

2年前。

 

食堂で何人かが集まって、簡単な遊びをしていた。

パンの切れ端だとか、次の洗濯当番だとか、そういう軽いものを賭けて。

 

僕は参加していなかった。

いつも通り見ているだけだった。

 

その時。

ジラが食堂に入ってきて、少し大きめの声を上げた。

 

「男子ー。1人か2人、来てくれない?

 上官に荷物運び頼まれちゃって」

 

声は明るい。

でも、必要以上に騒がしくはない。

断られても平気、って余裕が滲んでいた。

 

ライナーが手元から目を離さずに返す。

 

「悪い、俺は今手が離せない!

 ベルトルト、行けるか?」

 

 

……僕か。

 

一瞬、間があいた。

でも断る理由はなかった。

 

ライナーは真剣に手札を見つめていた。

遊びの真剣勝負。

……平和だ。平和すぎて、胸の奥がざらつく。

それを押し込んで、僕はジラを手伝った。

 

 

――荷物運びが、終わった後、ジラは言った。

 

「ねえ。なにか困ってることない?」

 

一瞬、僕は動きを止めた。

 

「手伝ってもらったし、

 私に出来ることあるなら、なんでも言っていいわよ?」

 

善意の目。

僕の言葉を期待する目。

 

……困っていること。

そんなの、山ほどある。

 

僕たちは戦士としてここに来た。

でも、必要な鍵は見つからない。

 

見つけるためには――

また壁を壊す?

違う。今は、そんなことを考える時じゃない。

 

そう考え、僕は人に言える程度の、

小さな、どうでもいい困りごとを探した。

 

「……うーん。思いつかないな」

 

僕は笑って言った。笑って誤魔化す。

 

「ジラも上官に言われただけなんだろう?

気にしなくていいと思うんだけど」

 

無難な返事。

いつもの逃げ方。

 

僕はいつもそうだ。

自分の意見を言わない。

ライナーの後ろに立つ。

腰巾着って呼ばれてるのも、知っている。

 

ジラは、僕の言葉を聞いて、少し笑った。

 

 

……笑った?

 

「えぇ……あるでしょう?」

 

彼女は立ち止まった。

僕も止まる。

 

そして、ジラが僕の目を見た。

 

勿体つけるような言い方に、

覗き込む目に、

心臓が音を立てた。

 

「……なんのことかな?」

 

声が少し高くなる。

ダメだ。

何がバレた? どこで? いつ?

ボロは出してないはずだ。

 

ダメだ。

もしバレたなら――。

 

その瞬間、頭をよぎった考えを、必死で押し込める。

 

ジラは僕の動揺を知ってか知らずか、口を開いた。

楽しそうに、黒髪が揺れる。

 

「……恋の悩みとか?」

 

安堵と、そしてその後、言葉を理解して別の意味で心臓が鳴る。

 

息を、飲む。

 

ジラは、続ける。

 

 

「可愛いよね。アニ」

 

アニ。

アニ・レオンハート。

 

「ど、どうしてそう思うんだい?」

 

声が、少し裏返ったのが自分でも分かった。

 

 

彼女と僕が直接話してるところを、他人には見せてない。

書類上の出身地を同じ地区にしてあるけど、それを知ってる人なんていないはずだ。

 

知ってたって、それを、恋、なんて。

 

 

ジラは歩き出した。

僕も数歩遅れてついていく。

 

「たまに、目で追ってるよ」

 

楽しそうに言う。

無邪気みたいに言う。

 

 

……ほんとに?

 

――無意識だった。

 

 

確かに、アニのことは意識していた。

国にいた時から。

戦士だった時から。

 

 

アニに迷惑はかけられない。

 

立ち止まる。

ジラを見る。

 

「……誰にも、言わないでくれないか?」

 

僕は、少し困った顔を作る。

ぎこちないけど、どうか、騙されてほしい。

 

恥ずかしいから。

知られたくないから。

そう、勘違いしてくれ。

 

 

ジラが一瞬だけ目を細めた。

 

……気がしただけかもしれない。

分からない。だから怖かった。

 

 

次の瞬間、彼女は笑った。

いつもの、軽い微笑み。

 

「大丈夫。言わないよ」

 

 

胸の奥が冷えた。

手が、汗ばんでくる。

 

僕は頷いた。頷くしかない。

 

 

「……ありがとう」

 

礼を言ってしまった。

言った瞬間、負けたと思った。

 

 

 

 

――ジラは、危険だ。

 

僕は2人にそう言った。

 

まだ訓練兵になって、1年目の時だった。

 

2人は、僕の言葉に耳を貸さなかった。

 

 

――僕のせいだ。

僕が、2人にもっと強く言えていれば。

 

指先が、冷えていく。

誰のせいでもない。分かってる。

 

 

僕は黙り込んだ2人へと声を向ける。

 

「――待とう。ジラが戻ってくるまで」

 

 

アニの賭けが正しかった。

それに賭けるしか、ない。

 

 

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