壁も巨人も、世界は私のために変われ!   作:an-ryuka

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30.フロック視点

 

ジラ訓練兵団から消えて1週間、いや、2週間か?

そのくらい経った。

 

教官は家の諸用だと言っていた。

周りは貴族だからと納得していた。

 

 

……あいつは貴族じゃねぇんだろ。何しに帰ってんだよ。

 

――飼われてただけ。

――誰にも、言わないでね?

 

頭にちらつく。

律儀に守る必要なんてない。分かってんのに俺は誰にも、言う気にならない。

 

 

「フロック・フォルスター」

 

「……はい?」

 

俺は手紙を受け取る。

手紙なんて滅多に来ない。何かあったか?

 

「珍しいな。誰からだ?」

隣のヤツが覗き込む。

 

 

俺は開けようとして、頭に一瞬よぎった。

 

 

――読みたいんでしょう?

 

 

手に持った手紙が、

あの時ジラが持ってた紙と、同じ、に見えた。

 

 

俺は懐に雑に閉まって、誰もいないところでそれを開けた。

 

日付と時間。それと。

 

――少しだけ、時間貰えないかしら。

――誰にも言わないでね?

 

ジラの字で書かれた手紙だった。

 

 

◇

 

深夜。俺はわざわざ男子部屋を抜け出して、指定の場所に居た。

人の気配が無い壁に寄りかかる。

ジラに目線を向ける。

 

「……さっさと終わらせろよ」

 

 

待ってたわけじゃない顔を作ってるが、待ってたのは事実だ。腹立つ。

……でも、来ない方が負けだろ。あれは。

 

 

「んー。フロック次第かな」

 

ジラは笑って言う。

軽い。軽いふりしてるだけだ。こいつが軽いわけがあるか。

 

こいつは中央に戻っていた。わざわざ俺に会いに戻ってくる訳がない。

しかも、隠れるようにこんな深夜に呼び出して。

 

 

ただ。

――ジャンは、知らない。

それにどこか優越が湧く。

 

 

「……何の用だ。

 俺だって暇じゃないんだが」

 

声だけはいつもの調子で棘を投げる。

 

帰る気があるならそもそも来てない。

ここにいる時点で、俺は何か期待してる。

 

 

「……うん。手伝ってほしくて」

 

わざとらしく言い淀む。

嘘くさい。呼び出した時点で、こいつは逃がす気なんかない。

 

 

「何を?」

 

先に詰める。

優しくしたら、こいつはどこまでも踏み込んでくる。

それくらいは分かってる。

 

 

ジラが一拍飲み込む。

目が一瞬揺れた。

 

 

「――これからの、私の計画の全部。……かな?」

 

 

言い切ってから、目を逸らした。

 

逸らしたのに、引く気はゼロだ。

すぐに視線は戻ってきた。

 

 

喉の奥がひりつく。

ああ、そういうやつかよ。

 

 

「……はぁ?」

 

思わず笑いが出る。

汚い笑いだって自分でも分かる。でも止まらない。

 

「お前、俺を何だと思ってんだよ」

 

怒鳴らない。

怒鳴ったら負ける気がした。

 

「全部? 計画、全部だ?」

 

馬鹿にしてる声のはずなのに、妙に荒れる。

感情が混ざるのが、自分で分かってさらに腹立つ。

 

 

「――お前。俺のこと、舐めてるだろ」

 

便利に使える駒だとでも思われてんのか?

思ってそうだな。貴族様だもんな。

……いや、貴族じゃないんだったか。

 

 

ジラが目を上げる。

 

「……舐めてるっていうか」

 

苦笑。

嫌な予感がした。

 

 

「甘えてる、のが近い……かな」

 

 

頭の中が一瞬止まった。

 

 

「……は?」

 

間抜けな声が出る。

指が無意識に壁を掴む。

 

分かる。

意味は、分かるが、……は?

 

 

「……誰が。お前が?」

 

ジラは笑った。

あっさり笑った。

俺の混乱が、面白いって言う笑いだろ。

バカにしやがって。

 

 

「私に直接反論してくれる人って少ないんだ」

 

反論。

そう言えば聞こえがいい。

俺は反論してるんじゃない。噛みついてるだけだ。

でもこいつは、その噛みつきを欲しがってる。

 

ジラは続けた。

 

「馬鹿にして、罵って。それでも隣に居させてくれた」

「私が何しても呆れるだけ。嫌わない」

 

 

……おい。

勝手に決めんな。

嫌わない?

俺が嫌うか嫌わないかは、俺が決める。

 

 

言い返したいのに、言葉が出ない。

出る前に、心臓が先に動く。

俺は自分の身体が嫌いだ。裏切る。

 

 

ジラの声が、少しだけ落ちた。

 

「……フロックは、私だけの味方でいてくれるって、そう思っちゃってるんだよね。私」

 

 

胸の奥が、ぞわついた。

味方。

その言葉は、軽い。

軽いのに、なんで重いんだよ。

 

俺は、焦って口を開いた。

なんでもいい。流されるな。

 

「……いやいや。

 ジャンはどうした。ミカサはどうした」

 

言った瞬間、自分でも分かる。

俺は、こいつをジャンの側に戻したいんじゃない。

こいつが俺を使うって状況を回避したいだけだ。

 

 

ジラは目を逸らした。

逸らし方が、さっきより本物っぽい。

……そこだけ、少しだけ、――ジラが弱く見えた。

 

 

「二人とも、いい人すぎるのよ」

 

いい人。

だから嫌。

そういう言い方。

 

「私は、あの人たちといると……」

「私じゃなくなってく気がする」

 

 

俺は一歩引きそうになって、踏ん張った。

こいつは今、自分の弱点を話してる。

 

 

――罠だ。そうに決まってる。

だって、ジラだぞ?

 

でも、俺は罠だと分かってても、目を離せない。

 

 

ジラは、俺に視線を戻して笑った。

鼻で笑うように。

 

「フロックは、私が世界の敵になったって、

 一緒に世界の敵になってくれるかなって」

 

 

世界の敵。

言葉がでかい。

でかい言葉は、凡人を酔わせる。俺みたいな、普通のやつに。

効くって分かって言ってんだろ。

 

 

ジラは、困ったみたいに笑って、軽く続けた。

首を傾げる。俺を見上げる。

 

「――ねぇ、なってよ?」

 

 

……息が止まった。

 

冗談だろ?

冗談で言ってるなら、笑って流せる。

でも、こいつの目は冗談じゃない。

本気を冗談みたいな顔で言う。

それが一番たちが悪い。

 

 

しばらく、時間が変に伸びた。

伸びたまま、俺の中で何かが固まっていく。

 

 

――こいつ、危険だ。

自分から死にに行ってるだろ。

死ぬだろ。……怖くねぇのかよ。

 

 

「――お前は、何する気だ」

 

ジラは俺を見た。

笑った。楽しそうに。

 

 

「私のために、世界を変えるの」

「張りぼての世界の枠組みを壊して、本物を見せるだけよ」

 

ジラは続けて、はっきり言った。

 

「私は、考え無しの共感者なんていらない」

「自分で考えて」

「それでも、私を選んで」

 

 

――何様だ。

 

鼻で笑う。

笑わないと、飲まれる。

 

「俺は俺だろ。

 今まで通りで、別にいいだろうが」

 

 

ジラは口を尖らせた。

不機嫌を隠さない。

隠さないのが、逆に計算に見える。

 

「味方にならないなら要らないのだけれど」

 

さらっと言う。

人を切る言葉を、そんな簡単に使うな。

 

苛立った俺が反応する前に、ジラは続けた。

 

「……って言っても、これだと平等じゃないか」

 

「……私は、私だけの味方が欲しいの」

 

 

私だけ。

 

俺は、そこでやっと理解した。

こいつは味方が欲しいんじゃない。

――所有したいんだ。

 

ジャンに向けてた熱と同じ。

いや、もっと厄介なやつ。

 

ジラが、また少しだけ首を傾げた。

 

「フロックは、その見返りに、私に何を求める?」

 

俺の眉がぴくりと動く。

契約の話にしたいのか。

 

俺は一歩、前に出た。

言葉はまとまらない。

それでも何も言わなければ流される。

 

「……要るなら要る。要らねぇなら要らねぇ。

 どっちかにしろ」

 

言葉を強くする。

強くしないと、こいつは境界を踏み越えてくる。

 

ジラの口角が、ほんの一瞬だけ消えた。

――条件を出されるのが嫌いなんだろ。こいつは。

それでも続ける。

 

「俺を途中で都合よく変えるな」

「あと、嘘つくな。俺にだけは」

 

俺にだけは。

それが弱音だってバレたくなくて、俺は睨みを強くした。

 

俺は、叩きつけるように言葉をぶつける。

――いや、こぼれた。

 

 

「俺を見ろ。それが見返りだ」

 

 

言った瞬間、腹の底がむず痒くなった。

……なんで俺が、こんなこと言ってんだ。

 

でも、自分でも驚くくらい、素直な言葉だった。

だから苛つく。さらに睨む。

 

 

ジラは一瞬目を見開いて、その後笑った。

でも、いつもの遊びの笑いじゃない。

少しだけ、嬉しそうな笑い。

 

「最初から見てるよ」

「捨てるつもりなんてない。嘘もついてない」

 

 

言い切るのが上手い。

言い切られると、こっちの逃げ道が消える。

――ムカつく。ほんとにムカつく。

 

 

ジラは一歩近づいて、軽く言った。

 

「……欲しいよ。フロック」

 

「これから、よろしくね?」

 

その言い方。

まるで、もう決まったみたいに。

 

 

俺は反射で舌打ちしそうになって、飲み込んだ。

舌打ちをしたら、こいつは勝った顔をする。

勝った顔をされたら、俺はもっと負ける。

 

だから、俺は鼻で笑った。

笑って、できるだけ冷たく言った。

 

「……手綱握った気になるなよ?

 俺は――」

 

「分かってる」

ジラの視線は逸れない。

 

俺から、これを逸らしたら終わりだ。

逸らした瞬間に、こいつは俺を軽く扱えるって確信するだろ。

 

それは、嫌だ。

 

ジラは、影の中で目を細めた。

笑ってる。

ほんとに、楽しそうに。

 

 

――ああ、クソ。

俺は今、逃げるべきだ。

逃げた方が生き残る。

目立たず、波に乗り、強い側に付いて――。

 

でも、こいつは波を壊す側だ。

壊す側に付くのは、馬鹿だ。

馬鹿なのに。

 

 

俺は小さく息を吐いて、言った。

 

「……まず一つ」

「俺に、何をさせる気だ。具体的に言え」

 

 

ジラの笑いが、少しだけ深くなる。

 

「とりあえず、調査兵団は一緒に行こうね」

 

 

俺は笑いそうになって、飲み込んだ。

調査兵団。死に場所。

 

――最悪だ。

 

その時は確かに、そう思った。

 

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