壁も巨人も、世界は私のために変われ!   作:an-ryuka

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30.フロック視点

 

ジラ訓練兵団から消えて1週間、いや、2週間か?

そのくらい経った。

 

教官は家の諸用だと言っていた。

周りは貴族だからと納得していた。

 

 

……あいつは貴族じゃねぇんだろ。何しに帰ってんだよ。

 

――飼われてただけ。

――誰にも、言わないでね?

 

頭にちらつく。

律儀に守る必要なんてない。分かってんのに俺は誰にも、言う気にならない。

 

 

「フロック・フォルスター」

 

「……はい?」

 

俺は手紙を受け取る。

手紙なんて滅多に来ない。何かあったか?

 

「珍しいな。誰からだ?」

隣のヤツが覗き込む。

 

 

俺は開けようとして、頭に一瞬よぎった。

 

 

――読みたいんでしょう?

 

 

手に持った手紙が、

あの時ジラが持ってた紙と、同じ、に見えた。

 

 

俺は懐に雑に閉まって、誰もいないところでそれを開けた。

 

日付と時間。それと。

 

――少しだけ、時間貰えないかしら。

――誰にも言わないでね?

 

ジラの字で書かれた手紙だった。

 

 

 

深夜。俺はわざわざ男子部屋を抜け出して、指定の場所に居た。

人の気配が無い壁に寄りかかる。

ジラに目線を向ける。

 

「……さっさと終わらせろよ」

 

 

待ってたわけじゃない顔を作ってるが、待ってたのは事実だ。腹立つ。

……でも、来ない方が負けだろ。あれは。

 

 

「んー。フロック次第かな」

 

ジラは笑って言う。

軽い。軽いふりしてるだけだ。こいつが軽いわけがあるか。

 

こいつは中央に戻っていた。わざわざ俺に会いに戻ってくる訳がない。

しかも、隠れるようにこんな深夜に呼び出して。

 

 

ただ。

――ジャンは、知らない。

それにどこか優越が湧く。

 

 

「……何の用だ。

 俺だって暇じゃないんだが」

 

声だけはいつもの調子で棘を投げる。

 

帰る気があるならそもそも来てない。

ここにいる時点で、俺は何か期待してる。

 

 

「……うん。手伝ってほしくて」

 

わざとらしく言い淀む。

嘘くさい。呼び出した時点で、こいつは逃がす気なんかない。

 

 

「何を?」

 

先に詰める。

優しくしたら、こいつはどこまでも踏み込んでくる。

それくらいは分かってる。

 

 

ジラが一拍飲み込む。

目が一瞬揺れた。

 

 

「――これからの、私の計画の全部。……かな?」

 

 

言い切ってから、目を逸らした。

 

逸らしたのに、引く気はゼロだ。

すぐに視線は戻ってきた。

 

 

喉の奥がひりつく。

ああ、そういうやつかよ。

 

 

「……はぁ?」

 

思わず笑いが出る。

汚い笑いだって自分でも分かる。でも止まらない。

 

「お前、俺を何だと思ってんだよ」

 

怒鳴らない。

怒鳴ったら負ける気がした。

 

「全部? 計画、全部だ?」

 

馬鹿にしてる声のはずなのに、妙に荒れる。

感情が混ざるのが、自分で分かってさらに腹立つ。

 

 

「――お前。俺のこと、舐めてるだろ」

 

便利に使える駒だとでも思われてんのか?

思ってそうだな。貴族様だもんな。

……いや、貴族じゃないんだったか。

 

 

ジラが目を上げる。

 

「……舐めてるっていうか」

 

苦笑。

嫌な予感がした。

 

 

「甘えてる、のが近い……かな」

 

 

頭の中が一瞬止まった。

 

 

「……は?」

 

間抜けな声が出る。

指が無意識に壁を掴む。

 

分かる。

意味は、分かるが、……は?

 

 

「……誰が。お前が?」

 

ジラは笑った。

あっさり笑った。

俺の混乱が、面白いって言う笑いだろ。

バカにしやがって。

 

 

「私に直接反論してくれる人って少ないんだ」

 

反論。

そう言えば聞こえがいい。

俺は反論してるんじゃない。噛みついてるだけだ。

でもこいつは、その噛みつきを欲しがってる。

 

ジラは続けた。

 

「馬鹿にして、罵って。それでも隣に居させてくれた」

「私が何しても呆れるだけ。嫌わない」

 

 

……おい。

勝手に決めんな。

嫌わない?

俺が嫌うか嫌わないかは、俺が決める。

 

 

言い返したいのに、言葉が出ない。

出る前に、心臓が先に動く。

俺は自分の身体が嫌いだ。裏切る。

 

 

ジラの声が、少しだけ落ちた。

 

「……フロックは、私だけの味方でいてくれるって、そう思っちゃってるんだよね。私」

 

 

胸の奥が、ぞわついた。

味方。

その言葉は、軽い。

軽いのに、なんで重いんだよ。

 

俺は、焦って口を開いた。

なんでもいい。流されるな。

 

「……いやいや。

 ジャンはどうした。ミカサはどうした」

 

言った瞬間、自分でも分かる。

俺は、こいつをジャンの側に戻したいんじゃない。

こいつが俺を使うって状況を回避したいだけだ。

 

 

ジラは目を逸らした。

逸らし方が、さっきより本物っぽい。

……そこだけ、少しだけ、――ジラが弱く見えた。

 

 

「二人とも、いい人すぎるのよ」

 

いい人。

だから嫌。

そういう言い方。

 

「私は、あの人たちといると……」

「私じゃなくなってく気がする」

 

 

俺は一歩引きそうになって、踏ん張った。

こいつは今、自分の弱点を話してる。

 

 

――罠だ。そうに決まってる。

だって、ジラだぞ?

 

でも、俺は罠だと分かってても、目を離せない。

 

 

ジラは、俺に視線を戻して笑った。

鼻で笑うように。

 

「フロックは、私が世界の敵になったって、

 一緒に世界の敵になってくれるかなって」

 

 

世界の敵。

言葉がでかい。

でかい言葉は、凡人を酔わせる。俺みたいな、普通のやつに。

効くって分かって言ってんだろ。

 

 

ジラは、困ったみたいに笑って、軽く続けた。

首を傾げる。俺を見上げる。

 

「――ねぇ、なってよ?」

 

 

……息が止まった。

 

冗談だろ?

冗談で言ってるなら、笑って流せる。

でも、こいつの目は冗談じゃない。

本気を冗談みたいな顔で言う。

それが一番たちが悪い。

 

 

しばらく、時間が変に伸びた。

伸びたまま、俺の中で何かが固まっていく。

 

 

――こいつ、危険だ。

自分から死にに行ってるだろ。

死ぬだろ。……怖くねぇのかよ。

 

 

「――お前は、何する気だ」

 

ジラは俺を見た。

笑った。楽しそうに。

 

 

「私のために、世界を変えるの」

「張りぼての世界の枠組みを壊して、本物を見せるだけよ」

 

ジラは続けて、はっきり言った。

 

「私は、考え無しの共感者なんていらない」

「自分で考えて」

「それでも、私を選んで」

 

 

――何様だ。

 

鼻で笑う。

笑わないと、飲まれる。

 

「俺は俺だろ。

 今まで通りで、別にいいだろうが」

 

 

ジラは口を尖らせた。

不機嫌を隠さない。

隠さないのが、逆に計算に見える。

 

「味方にならないなら要らないのだけれど」

 

さらっと言う。

人を切る言葉を、そんな簡単に使うな。

 

苛立った俺が反応する前に、ジラは続けた。

 

「……って言っても、これだと平等じゃないか」

 

「……私は、私だけの味方が欲しいの」

 

 

私だけ。

 

俺は、そこでやっと理解した。

こいつは味方が欲しいんじゃない。

――所有したいんだ。

 

ジャンに向けてた熱と同じ。

いや、もっと厄介なやつ。

 

ジラが、また少しだけ首を傾げた。

 

「フロックは、その見返りに、私に何を求める?」

 

俺の眉がぴくりと動く。

契約の話にしたいのか。

 

俺は一歩、前に出た。

言葉はまとまらない。

それでも何も言わなければ流される。

 

「……要るなら要る。要らねぇなら要らねぇ。

 どっちかにしろ」

 

言葉を強くする。

強くしないと、こいつは境界を踏み越えてくる。

 

ジラの口角が、ほんの一瞬だけ消えた。

――条件を出されるのが嫌いなんだろ。こいつは。

それでも続ける。

 

「俺を途中で都合よく変えるな」

「あと、嘘つくな。俺にだけは」

 

俺にだけは。

それが弱音だってバレたくなくて、俺は睨みを強くした。

 

俺は、叩きつけるように言葉をぶつける。

――いや、こぼれた。

 

 

「俺を見ろ。それが見返りだ」

 

 

言った瞬間、腹の底がむず痒くなった。

……なんで俺が、こんなこと言ってんだ。

 

でも、自分でも驚くくらい、素直な言葉だった。

だから苛つく。さらに睨む。

 

 

ジラは一瞬目を見開いて、その後笑った。

でも、いつもの遊びの笑いじゃない。

少しだけ、嬉しそうな笑い。

 

「最初から見てるよ」

「捨てるつもりなんてない。嘘もついてない」

 

 

言い切るのが上手い。

言い切られると、こっちの逃げ道が消える。

――ムカつく。ほんとにムカつく。

 

 

ジラは一歩近づいて、軽く言った。

 

「……欲しいよ。フロック」

 

「これから、よろしくね?」

 

その言い方。

まるで、もう決まったみたいに。

 

 

俺は反射で舌打ちしそうになって、飲み込んだ。

舌打ちをしたら、こいつは勝った顔をする。

勝った顔をされたら、俺はもっと負ける。

 

だから、俺は鼻で笑った。

笑って、できるだけ冷たく言った。

 

「……手綱握った気になるなよ?

 俺は――」

 

「分かってる」

ジラの視線は逸れない。

 

俺から、これを逸らしたら終わりだ。

逸らした瞬間に、こいつは俺を軽く扱えるって確信するだろ。

 

それは、嫌だ。

 

ジラは、影の中で目を細めた。

笑ってる。

ほんとに、楽しそうに。

 

 

――ああ、クソ。

俺は今、逃げるべきだ。

逃げた方が生き残る。

目立たず、波に乗り、強い側に付いて――。

 

でも、こいつは波を壊す側だ。

壊す側に付くのは、馬鹿だ。

馬鹿なのに。

 

 

俺は小さく息を吐いて、言った。

 

「……まず一つ」

「俺に、何をさせる気だ。具体的に言え」

 

 

ジラの笑いが、少しだけ深くなる。

 

「とりあえず、調査兵団は一緒に行こうね」

 

 

俺は笑いそうになって、飲み込んだ。

調査兵団。死に場所。

 

――最悪だ。

 

その時は確かに、そう思った。

 

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