壁も巨人も、世界は私のために変われ!   作:an-ryuka

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――前話の続き


31.

 

フロックとの会話が一段落ついても、私は帰ろうとしなかった。

 

場所を移動する。

 

兵舎の灯りは遠く、森の入口は冷気で冷えていた。

夜の虫の音が、わざとらしいくらい規則正しい。

 

 

「……おい」

 

フロックが、さっきから落ち着かない目で周りを見ている。

 

「いつまでここにいるんだよ」

 

「たぶん、そろそろ……」

 

私はわざと曖昧に返した。

待っていたのは、時間じゃない。

 

――音。

 

迷いがない。探してるんじゃない。

最初からここに来るつもりだった足音。

 

 

「――なんでフロックがいる」

 

ライナーだった。

 

 

声が低い。顔も険しい。

いつものみんなの兄貴分じゃない。

切り替えてきた。

 

フロックの身体が、反射で半歩下がった。

下がって、止まる。

うん。止まれるの偉いわね。

 

私は微笑む。軽く。

 

「そっちこそ、アニはどうしたの?」

 

ライナーの眉間がさらに寄る。

 

「……長話する気はない。結果だけ教えろ」

 

言い切ってから、ライナーは視線をフロックへ投げた。

 

 

「……フロック。お前は黙ってろ。

 邪魔だ」

 

フロックが口を開きかけて、閉じた。

悔しそうな顔。

でも黙る。その方がいいと理解してる。

 

いい。少し面白くなった。

 

「場合によっては――」

 

ライナーが私に言いかけて、喉で止める。

止めたのは迷いじゃない。言葉を選んだだけだ。

 

 

「……場合によっては、ここで終わらせる」

 

静かな声。

でも刃みたいに、森の冷気が肌に刺さった。

 

 

私は、わざとゆっくり瞬きをした。

 

「怖いね」

 

可愛い言い方にして、真剣さを薄める。

薄めないと、この場は刺さりすぎる。フロックにはまだ刺激が強い。

 

大丈夫、立ってて。

そんな意図を込めて、フロックには少し微笑む。

フロックの目だけが私へと向いた。

 

でも、ライナーは薄まらない。

 

「時間がない。お前が何を掴んでるか、俺は知らないままだ」

「俺たちは……もう失敗できない」

 

――思ったより切迫してる。

 

私はフロックを横目で見る。

彼はまだ表情を作れない。作れないけど、逃げてない。

 

私は、満足してライナーへ戻った。

 

 

「一週間、二週間で結果が出る話じゃないよ」

「あなたたちの方がよく分かってるでしょう?」

 

口元だけで笑う。

笑いながら、私は一歩も引かない。

 

ライナーの目が、ほんの僅かに細くなる。

 

「――信用できない」

 

圧のある声。

その返答が、ライナーの強さで、弱さだ。

 

「お前やフロックが漏らさないと、どうして言い切れる?」

 

私は笑いそうになって、やめた。

ここで笑うと、ライナーは話が通じない相手として処理に入りそうだ。

 

 

――私に何か言える立場じゃないのに。

 

「……何がおかしい」

 

気付かれた。

鋭い。でも、正解に届かない鋭さ。

 

 

私は、息を吐いて、わざと軽く言った。

 

「大したことじゃないよ」

 

軽く。軽く。

少しだけ笑みを作る。

次の手。流れは作る方に有利が向く。

 

フロックの様子を確認する。

うん。大丈夫。

 

「私はまたすぐ中央に戻るの」

「何かあったら、フロックに言って」

 

フロックの指は一瞬だけ握りしめられた。

握って、ほどけない。

怖いんだろう。けど立ってる。

 

ライナーの顔は険しくなる。

 

「――フロックを盾にするつもりか?」

 

盾か。

その単語が刺さったのか、フロックがわずかに息を止めた。

 

私は、視線をフロックへ向ける。

 

――ここでフロックが逃げたら終わる。

――ここでフロックが残れば、盤面が増える。

 

……私が動いてもいいけれど。

 

 

詳しく考えを回す前に、フロックは喉を鳴らした。

低い声で続ける。

 

 

「……俺は盾じゃねぇ」

「……ジラが言ったら聞く。聞くけど」

「俺が判断する時は、俺が決める」

 

たどたどしい。

でも、今のフロックの全力だ。

 

 

ライナーが一瞬だけ目を見開く。

その言葉が出るのを想定してなかった顔。

 

ふふ。

私は、……少しだけ嬉しかった。

フロックが、ちゃんと動いたから。

 

私はライナーへ戻る。

ここからは、見せるか、隠すか。

 

 

私は、なんでもない雑談みたいに言葉を置いた。

 

 

「ライナー、ベルトルト、アニは――」

「ウォール・マリアが破られた原因、そのものよ」

 

 

フロックの息が、止まった。

 

身体が硬直する。

でも倒れない。逃げなかった。

 

 

ライナーの顔は険しさを増す。

 

私はそれを見ながら続ける。

軽く。

 

 

「そうね……巨人になれる、種族のようなものなの」

 

確信は無い。

だから、この言葉をどう受け取るか、ライナーの表情を読む。

 

 

ライナーは表情を崩さなかった。

崩さないけれど、一度だけ眼が揺れた。

 

――全部当たってはいない、かな。

どこだろう。

まぁ、いい。

 

 

フロックは青い顔のまま、でも私の隣にいる。

――思ったより、頑張ってる。

 

 

私は、さっきより少しだけ優しく言った。

 

「壁の外にも人類はいるの」

「そこへ行くために――協力してもらってる、って感じかな」

 

フロックが、ようやく声を絞り出す。

 

「……壁の、外だと……?」

 

震えてる。

震えてるのに、目は逸らさない。

 

私はフロックを見て、小さく頷いた。

 

「うん」

 

 

その瞬間――ライナーが一歩、前に出た。

 

「……フロック。離れろ」

 

命令。

今度は隠してない命令。

 

フロックの足が動きかけて、止まった。

止まったまま、歯を食いしばる。

 

私はライナーを見上げて、笑った。

 

「フロックの心配してるのかしら?」

 

「違う」

 

即答。

なのに、迷ったように目を揺らす。

 

その揺れの間に、ライナーは一度だけフロックを見る。

見て、舌の奥で何かを噛み潰すみたいに息を吐いた。

 

「……フロック」

 

 

声の温度が落ちる。命令じゃない。

兄貴分としてのライナーが混ざる。

 

「今から言うことは、聞かなかったことにしろ」

 

フロックが息を止める。

「……は?」

 

 

ライナーは私の方へ視線を戻す。

 

「お前は、俺たちについて嗅ぎつけた」

「……半端に誤解させる方が危ねぇ」

「お前らじゃない。俺たちが、だ」

「そう、判断した」

 

一瞬固く目を閉じる。

その後、私を睨みつけるように目が開いた。

 

「――あぁ、確かに壁の外にも人類はいる」

「俺たちは、そこから来た」

 

「ジラ。そこまではお前の想定通りだ」

 

 

フロックの肩が跳ねる。

ライナーはそれを見ないふりをして続ける。

 

「帰る場所がある。帰る国がある」

「俺たちは……」

 

そこで一度、言葉が止まる。

ライナーが一段、背を伸ばす。

 

「戦士として、ここにいる」

 

兄貴分じゃない。

ライナーの言葉で言うなら、これが戦士の姿勢なのだろう。

 

「ここが世界の全部だと思ってるな」

「壁の中で賢いふりしても、外じゃ意味が違う」

 

 

――これは……。

追い詰められてるんじゃない。

 

 

ライナーはフロックへ言う。

「だから、離れろ。お前が、聞く話じゃない」

 

沈黙。

 

私は、ライナーの視線を自分へ向けるように、

1歩、前に出る。

 

口を開く。

ゆっくりと。

 

 

「――あなた達の国、負けてるのね」

 

 

断言する。

私にしては珍しく、ほぼ確信だった。

 

 

これは手札を増やすための焦りじゃない。

間に合わない焦りだ。

手札なんて、ほとんど残ってない。

 

 

ライナーの目が揺れる。

 

背負う責任と、重圧。

争ってる規模はきっと、壁の中で暮らしてきた私には、予想できないほど大きなもの。

 

 

「――まだ負けてない、かしら」

「近い将来、負けるのが目に見えてるのね?」

 

ライナーの目がさらに揺れる。

揺れたまま、戻らない。

 

ライナーの口は動いた。

それなのに、声が出るまで一拍かかった。

 

 

「……違う」

 

 

……そう。

――面倒ね。

 

 

フロックが眉を顰めて、口を開く。

 

「おい。俺にも説明しろ」

 

私は1度口を閉じる。

何を言うかじゃない。

どう説明しようかと考える。

 

フロックが逃げずに、飲み込めるように。

 

 

私は必要な分だけ、言葉を落とし、

ライナーは時々、短く訂正した。

 

途中からフロックは質問をしなくなった。

代わりに、ただ頷く回数だけが増えた。

 

 

 

フロックは胃の奥を押さえるみたいに息を吐く。

 

私は少し微笑んだ後、ライナーへと向き直った。

 

「フロックのこと、信用できた?」

 

ライナーは口の端を僅かに動かした。

笑いじゃない。苛立ちだ。

フロックは信用に値したらしい。

 

「……俺たちには時間がない」

「次に会う時は、見つけてこい」

 

「――逃げるなよ」

 

逃げるな。

それを言える立場じゃないのに、言う。

それがライナーの責任の癖かもしれない。

 

私は肩をすくめた。

 

「私、逃げたことないのに」

 

嘘じゃない。

でも、本当でもない。

 

 

ライナーは、フロックを一度だけ見てから、背を向けた。

 

足音が遠ざかる。土を踏む鈍い音。

重い。――迷いじゃない。覚悟の重さ。

 

残ったのは、私とフロックと、森の静かな空気。

 

 

フロックが、ようやく息を吐く。

 

「……お前、ロクな死に方しねぇぞ」

 

「それは楽しみね」

 

私は言って、短く笑った。

 

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