壁も巨人も、世界は私のために変われ!   作:an-ryuka

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34.

 

中央区の夜は、音が薄い。

静かなのに、今日は視線が忙しい。

 

……噂って便利だよね。

 

正門の前にいる憲兵は2人。

貴族の家は扉が多い。この家だけで何人使ってるんだか。

 

「退きなさい。中央憲兵よ」

 

声は柔らかく。口元は偉そうに。

私は借り物の中央憲兵の制服を着て、それらしく振る舞う。

 

私はケニーと副官さん、他数人を連れて歩幅も変えずに近づく。

 

外は一般憲兵。中は中央憲兵。

ここの貴族がそう指定した。

 

なのに、男は私の顔を見て、考えこんだ。

 

……知らない顔。

 

何が引っかかったかな。

相当らしい形はできていたと思うのだけれど。

 

「確認を、できますか?」

 

勘なのかな。

予想外はいい。楽しい。

 

私は笑う。雑に。偉そうに。

「何を?」

 

一歩、距離を詰める。

詰めた瞬間、男の喉が鳴った。

鳴ったまま、右手が腰に落ちる。

 

――笛。

 

そこまで警戒する?

 

一瞬だけ、面倒だと思った。

その後愉快さで舌が笑った。

 

背後でケニーが欠伸をした。

眠いふり。

やるか?って顔。

 

私は男の手首を見る。

見るだけで止まると思った。

止まらなかった。

 

……そう。止まらないのね。なら。

 

「仕事よ」

 

私が言った瞬間、ケニーの指が男の手首に触れた。

次の瞬間、笛が床に転がる。

 

落ちる音だけが、妙に大きい。

 

「おっと、手が滑っちまった」

 

ケニーがわざとらしく笑う。

 

もう1人の憲兵が固まった。

固まったまま、目だけが動いてる。

――覚える気かな。

 

私は笑う。

笑ってるのに、胃の奥だけ冷たい。

 

別に覚えてもいいけれど。

 

「介抱してあげて。そこの君も一緒に行って。

 ――ね?」

 

甘く。

甘いけれど、拒否の余地はない。

副官が前に出る。倒れた憲兵を起こす。

 

もう一人の憲兵の目が泳いだ。門番としての規律と、生き物としての危機察知が喧嘩してる。

 

喧嘩してる間に、ケニーが肩を組んだ。馴れ馴れしく。逃げ道を塞ぐように。

 

「ほらほら、ヒーロー。介抱の時間だ。笛なんて吹いてたら喉が乾くだろ?」

 

言いながら、ケニーは男の肘の内側を撫でた。

血管の位置かしら。ケニーも楽しんでるわね。

 

倒れてた男は呻き声ひとつ上げない。

上げられない。喉が押さえられてるわけじゃないのに。

 

私は門の前を素通りするみたいに歩く。歩幅を変えない。

後ろで呆れた声が響く。副官さん。

 

「人数をポンポン増やさないでください。

 牢の空き、無限じゃないので」

 

「殺さないだけ優しいと思ってくれると嬉しいです」

私は微笑む。いつものお嬢様だ。

 

 

死んだって噂だけを流す。誰が死んだかは不明。

行方不明はたまに。

 

私とお話した貴族は、口を噤んで元の生活に戻るだけ。

 

勘の良い人。私の琴線に引っかかった人。

そういった人は、別。特別待遇だ。

 

――牢屋。と呼んでいる。

でも待遇は牢なんかじゃない。

 

引き込める人、引き込むと役に立つ人の保管庫。

 

 

あとはいつも通り。

いちばん情報を知ってる貴族の方とお話して、書斎を漁って、それで終わり。

 

どこかの貴族は家を出た後、中央憲兵がいないところを狙って殺された。そんな噂を流す。

具体的な名前も、見た人すら居なくても勝手に広まる。

 

恨みつらみは本物を。少しの真実はとても効く。

 

 

 

「――どうせ、お前らは忘れる!

 殺さなかった事を後悔するんだな!!」

 

同じような負け惜しみを言った貴族がいた。

 

「――お前、もしかして……」

途中で私が昔、飼われていた東洋人なのを思い出した人もいた。

 

「知って何になる。

 人類はこの壁の中にいるのがいちばんいいんだ。

 何故分からない」

外が変わるから。

何にも適応が必要だと、何故分からないの?

 

まぁ、楽しくないと私もやる気なんて出さないから、同じようなものかしら。

 

 

「――次はレイス家、か?」

ケニーが私の手元の地図を見てアタリをつけた。

 

「そうですね。

 貴方と私の2人で行きましょうか」

私は微笑んだ。

 

ケニーは私に合わせて笑った。

そして、どこか勿体ぶって告げた。

 

「……嬢ちゃん、どこまで繋げてる?」

 

 

――そう。

 

「今ので繋げました」

「ケニーは国にではなく、レイス家に仕えてたんですか?」

 

ケニーの顔色を伺う。

読めない。読ませてくれない。

肩をすくめ、どこか違ってる雰囲気だけを渡してきた。

 

「さぁな」

 

私はやるべき事だけを淡々と片付けた。

 

 

 

レイス家の人達は、なぜか協力的だった。

まるで、こっちの手札を最初から聞かされていたような。

 

「貴方たちは、人類の未来に興味が無いのでしょうか?」

私がそう告げると、レイス家の人達の視線が、静かに座る一人の女性に集まる。

 

「それが定めならば、受け入れるだけです」

その言葉はすぐに受け入れられ、皆は何もなかった顔に戻った。

 

私は隣の男の横顔を盗み見る。

この人の夢は、叶わない。

 

それなのに、諦観じゃない。

どこか満足しているような。今ここじゃないどこかを見ているような。

 

「……それ、どんな顔ですか? ケニー」

 

「終わったはずの話が、まだ続いてたって顔だよ」

 

ケニーが扉の方へ歩き出す。

私はその背中を目で追ってから、もう一度だけ部屋を見渡した。

 

未来に興味のない人達。

定めを受け入れるだけ。

安穏とした滅びを、待ち続けている。

 

……分かったことは多い。

それでも。気分はあまり良くなかった。

 

 

 

外に出ると、夜気が肺に流れ込んだ。

中央区の夜は、相変わらず音が薄い。

 

 

「どうしました?」

 

後ろから副官さんの声がした。

私は首だけ振り返って、軽く首を傾げる。

 

 

「いえ。少し、疲れました」

 

――顔が、見たい。

 

砂埃の匂い。雑多な音。

からかう声と、真面目に怒ったふりをする声。

 

今ここじゃない場所の空気を、脳が欲しがってる。

 

 

「これが片付いたら、少しだけ戻ります」

 

私がぽつりと言うと、副官さんは呆れたようにため息を吐く。

 

「あなたが訓練兵をする意味、今更ありますか?」

 

 

ケニーが先を歩きながら、鼻で笑った。

 

「まぁいいんじゃねぇか。

 大事なもの、1つくらいは残しとけ」

 

 

私はその背中を見て口元だけで笑った。

 

大事なもの、か。

 

 

私はそっと予定を書き換える。

 

次に片付けるのは、仕事じゃない。

頭が会いたいと煩い相手に、会いに行く。

 

 

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