壁も巨人も、世界は私のために変われ!   作:an-ryuka

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――前話の続き。


37.フロック視点

 

「……そのキモい顔、どうにかしろよ」

 

フロックが本気で嫌そうに言った。

 

私は自覚があった。

口角が勝手に上がってる。頬が緩む。視線が浮く。

 

手の甲の感触を思い出した。

息が浅くなる。胸の奥が勝手に騒ぐ。

 

「無理」

 

即答した自分に、少し笑いそうになって、でも笑ったら本当に終わる気がして飲み込んだ。

息が浅いまま、治らない。

 

フロックが目を細める。

 

「……お前、病気だろ」

 

「病気かも」

 

私は拳を握った。爪が掌に食い込む。

 

――戻る必要あるかしら……?

 

ジャンが、自分から動いてくれた。

あんな目で、逃げなかった。

あんな必死で、手を離さないから。

 

私は息を吐いた。吐いても熱が引かない。

 

「……時間置けば戻ると思ったの」

 

「戻ってねぇじゃねぇか」

 

「うん」

 

認めた瞬間、フロックの眉がぴくっと動いた。

突っ込みきれない顔。面倒なものを見た顔。

 

私は顔を手で隠した。隠したって笑ってるのは分かるだろうけど。

 

「……だって、ジャン」

 

言いかけて、言葉が溢れそうになって、止めた。

 

――好きだ。

 

私は自分の手の甲を見つめる。

ジャンの唇が触れた場所。

 

何より。

――キス、できた距離。

 

多分私は今、顔が崩れてる。

 

ふと見ると、フロックが遠い目をしていた。

なんで俺ここにいるんだって顔。

 

私はそれを無視して続けた。

だって、言いたいんだもの。

 

「本人は言ってないつもりなのに、全部行動に出てるの」

「あれ。私のためよ。きっと」

「私のためって理由つけて、自分の行動抑えてるの」

 

喉が熱い。脳が高揚してる。

恥ずかしいのに、恥ずかしさより嬉しさが先に来る。

 

「……好き。もう会いたい」

 

フロックが舌打ちを飲み込む音がした。現実に戻される音。

顔をしかめてる。

冷めた目。それと呆れと、少しの焦り。

そのままフロックは。片手で顔を覆った。

 

「お前……。今、何しに俺呼んだんだよ」

 

私は息をひとつ吐いて、熱を肺の奥へ押し込んだ。

戻せる。必要があるなら。

 

「……時間を無駄にしたくないから。

 謝るわ。でも仕方ないのよ」

 

私はまだ笑っていた。

笑ってる自分が嫌で、笑ってしまう理由が甘くて、嫌で。

 

――戻ろうとしてない。

今の私は、思考が回ってない。

 

私は目を閉じた。

ジャンの顔がまた浮かぶ。

 

私は深く息を吸って、吐いた。

一回じゃ足りない。二回、三回。呼吸を回して、無理やり温度を落とす。

 

フロックが、横目でこっちを見る。

 

「……で?」

「惚気は後にしろ。

 俺を引っ張り出した理由を先に言え」

 

その言い方が、助け船なのが分かった。

助け船だと分かるのが、悔しい。

 

私は頬を手で抑えた。

抑えて、ようやく笑いが薄くなる。

 

「……うん」

 

声を整える。整えたふりじゃなく、整える。

指先の力を抜く。視線を落とす。脳の棚を開く。

 

――フロックを引き込んだ。なら、動かす。

――動かさないと、もったいない。

 

私は自分に言い聞かせるみたいに、短く言った。

思考を戻せ。順番に。

 

深く息を吸って、吐く。

指先を強く握って、ゆっくり開く。

大丈夫。

 

「……整理しましょう」

 

フロックが肩を落とす。

 

「最初からそうしろよ……」

 

「謝るから許して?」

 

私が笑うと、フロックは一瞬だけ口を開いて、閉じた。

言い返す言葉が見つからない顔。見つからないまま、目だけが苛立ってる。

 

私はその苛立ちを見て、ようやく思考が戻ってくるのを感じた。

 

 

 

「直近の私の目的」

 

私は指を一本立てた。

 

「私は、壁の外へ出る道筋を作る」

 

そのために。

 

「――ライナーたちが帰る手助けをする」

 

フロックの肩が跳ねた。

彼の口が開く前に、私は先回りして重ねる。

 

「理由は単純。壁の中だけ見てても、答えが出ないから」

 

フロックが口を開きかけて閉じた。

反論が追いつかない時の癖。

 

「彼らが探してる目的の使い方が分からない。

 そして、たぶん使うのはライナーじゃない。もっと後ろ」

 

フロックが口を挟む。

 

「……お前、それ渡したら終わり、って可能性もあるってことか」

 

「あるわよ」

即答してから、私は少し真面目に話す。

 

「渡したら壁内が即全滅、って反応でもなさそうだけれど、とても安全とは言い切れない」

「でも仕方ないわよね。

 こっちの手札、私の頭しかないんだもの」

少し言葉を軽くする。

 

フロックは嫌そうに眉を顰めた。

「お前の自信はどこから来るんだよ」

 

私は肩をすくめるだけにした。

二本目の指を立てる。

 

「――壁の外にも人がいる、ってことを、壁内の人間に信じさせる」

 

フロックの目がまた嫌そうに歪んだ。

私は少しだけ笑う。

 

「一番効く形で広める。

 壁外から来た人達には、できるだけ気づかれない形が理想ね」

 

「人によって分けるの。

理解できる人には本物を。

大多数には信じたくなる形だけを渡す」

 

「壁外の文字の切れ端。壁外の硬貨。壁外の地図を拾ったことに――」

 

そこまで言ってから、軽く肩をすくめる。

 

「正直、ここまで来ると私ひとりの手には余ってる。

 手が足りなさ過ぎて、すごく楽しいわ。

 どこで失敗するかしら」

 

フロックが短く息を吐く。

「……趣味悪い計画だな」

 

「ありがとう」

趣味悪いなんて、私にとっては褒め言葉だ。

 

私は熱の残りを、燃料に変えるみたいに続ける。

 

「この壁内は、天才を踏み潰してきた。踏み潰すことで秩序を維持してきた」

 

「だから外と戦う自力がない。技術も思想も、発想が足りない」

 

「なら外から引き込むしかない。壁内だけで発明は育たない」

 

フロックが唇を噛む。

反論はある。でも、今ここで出す反論じゃないって顔。

 

「……お前、どこまで見てんだよ」

 

「見えちゃうんだもの。仕方ないでしょ?」

 

私はフロックを見る。

ここからは現実の話。

 

私は三本目の指を立てる。

 

「ケニーと一緒に調べた結果」

 

フロックの表情が固まる。

一度会ってから苦手意識がついたらしい。

私は気にせずに話を続ける。

 

「調べたい名前が出来たの」

 

そこで私は、わざと一拍置いた

 

「――グリシャ・イェーガー」

 

フロックの目がわずかに揺れた。

 

「エレンの親、か?」

 

「そう。医者だったみたいね。相当優秀な」

 

いち医者が、中央の貴族の検診をする。

その時点で、結構怪しい。

壁内とは違った知識を使ったんじゃないかと線を繋げたくなってしまう。

 

事実だけを話す。

「医者としての検診記録みたいな、取るに足らない紙」

 

フロックが噛み砕くみたいに言った。

「……つまり、貴族側に入り込める医者だったってことか」

 

「そう」

「エレンは、手がかり。

 もしくは――相当根幹」

 

私は空気を変えるように手を振る。

その軽い空気のまま、口を開く。

 

「エレンの気を引いて。

 仲良くなって。

 ひとりになりたがる瞬間を覚えて」

 

ミカサとアルミンが邪魔なの。

――特にアルミン。

彼が苦手なのはずっと変わらない。勘は信用することにしてるから。

 

「私が戻ってくるまでに、お願いね?」

私は綺麗に笑う。

これが私からの要求。

 

フロックが嫌そうな顔をして口を開く。

さて、フロックはどんな意見かな。

 

私はこのやり取りも、結構好きだ。

 

 

 

フロックは数秒黙ってから、低く言った。

 

「……分かったよ。あー最悪だ。最悪」

 

私は息を吐いて、胸の奥の熱をもう一度だけ確かめる。

ジャンの顔、声、熱。

 

私は自分の手の甲に、ジャンの痕と重ねるように、

少しだけ軽く口付けた。

 

まだ熱は残っている。

だから、動ける。

 

フロックは嫌そうに眉を顰めた。

別にいいじゃない。話は終わったわ。

 

やる事は多い。

――私は今、生きているのが楽しい。

 

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