壁も巨人も、世界は私のために変われ!   作:an-ryuka

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4.ジャン視点

 

俺は訓練兵団の制服のまま、草原を走っていた。

走っていた、というより、追いかけていた。

 

前を走っているのは――ミカサだ。

 

腕に抱えたパンが妙に誇らしげで、朝日に照らされて、光って見えた。

 

……美しい。

なんでパン抱えて光り輝けるんだよ。さすがミカサだ。

 

俺は後ろから叫ぶ。

 

「ミカサァ!! そのパン、半分くれぇ!!」

 

自分でも何を言ってるのか分からない。

分からないけど、口からはそう言葉が出た。

ミカサは振り向かない。目の前だけを見て、ひたすら遠くの――エレンの方へ走っていく。

 

俺は立ち止まった。

草が揺れる。風が冷たい。

胸の奥が、変に熱い。

 

気づいたら、隣に――

 

 

白馬に乗ったジラがいた。

 

白馬、だぞ。

いや、まずそこからおかしい。訓練兵団に白馬なんかいたか?

でもジラは当たり前みたいに馬上で笑っている。

 

あの、ちょっと雑で、挑発的で、俺の神経を逆撫でする笑い方。

 

「お腹すいてるの?」

 

俺は反射で叫んだ。

 

「違う! 違うんだ!? 俺はミカサが……っ」

 

言ってる自分が訳わかんねぇ。

 

ジラは馬上から俺を見下ろす。

黒髪が風にほどけて、やけに綺麗だった。

綺麗、なんて言葉をこいつに使うのも癪なのに、脳が勝手にそう判断する。

 

 

「――じゃあ私にする?」

 

 

世界が静かになった。

草が揺れる音も、息の音も、遠くの鳥の声も、全部止まった気がした。

 

背後で、パンが地面に落ちる音がする。

トンって、妙に軽い音。

 

拾おうとして手を伸ばしたのに、身体が動かない。

動かないどころか、いつの間にか俺はジラの目の前にいて――

 

近い。近すぎる。黒い目が、俺の中の何かを覗いてる。

笑ってるのに、優しくない。

 

 

「――二人だけの秘密ね?」

 

その声が耳に触れた瞬間、俺の中で何かが弾けた。

 

 

 

「――――ッ!!」

 

飛び起きた。

 

天井。木の梁。薄いカーテン。

汗が背中に張りついて、寝巻きが冷たい。

息が荒い。喉が乾く。

心臓だけが訓練中みたいに暴れている。

 

「……なんだよ、それ……」

 

頭の中に、まだ草原が残っている。

パンの落ちる音と、ジラの声。

あいつの黒髪が風に揺れる感じまで、やけに細かい。

 

 

「――ジャン坊! 起きてるんなら早く降りてきて、手伝っておくれ!」

 

母さんの声が階下から飛んできた。

そうだ。休暇だ。俺の部屋だ。草原でも訓練場でもない。

 

「――ジャン坊! まだ起きてないのかい?」

 

「うるせぇ!! 起きてんだよ!!」

 

返事が荒くなる。

荒くなるのは、寝起きのせいじゃない。

 

(――二人だけの秘密ね?)

 

脳にこびりついて離れない。

あいつの声は、なんでああいう言い方をするんだ。

俺のことなんかどうでもいいみたいに。

じゃあなんであんなこと言うんだよ!

 

「……なんなんだよ、あいつは」

 

(恋してる女の子に、横槍入れて楽しい?)

 

こっちも蘇る。

刺さる言葉しか言わねぇ。

しかも妙に正しい感じがするのが最悪だ。

 

俺はミカサが好きだ。

……いや、好きって言うな。違う。

ミカサはエレンしか見てない。

それも分かってる。分かってるのに、諦めるって言葉が口に乗らない。

 

「……パンくらい、くれてもいいじゃねぇか」

 

出てきたのがそれなのが、自分でも情けない。

 

 

 

母さんに買い出しを押し付けられて、町を歩いた。

袋が重い。

休暇ってのは、休ませる気がないのかもしれない。

 

「ジャン坊、久しぶりじゃねぇか」

「訓練兵団行ってんだよ。またすぐ戻る」

「憲兵団入るんだったな! 頑張れよ」

 

近所の親父が笑って、野菜を一つおまけしてくれた。

ここは俺の地元だ。知り合いが多い。

だからこそ、変な顔をしたくない。

 

なのに。

 

曲がり角で、どこかで見た気がする黒髪が視界を掠めた。

反射で目が引っ張られる。

黒い。黒すぎる。光の中で青く見える、あの黒。

 

「……ジラ?」

 

自分でも驚くくらい、小さい声だった。

ただの見間違いだ。休暇だ。ここにいるわけがない。

分かってるのに、足が止まる。

 

そのつぶやきに、あいつは気づいたのか、気づかなかったのか。

 

黒髪の女が、ふっとこっちを見た。

……見えた気がしただけかもしれない。

でも確かに、口元が動いた。

 

人差し指を口に当てて、静かに。

 

(ひ、み、つ……?)

 

 

「はぁ!?」

 

声がでかい。

周りの視線が一斉に刺さる。

 

「な、なんでもねぇ!」

 

俺は慌てて視線を戻した。

もう一度、ジラがいたはずの場所を見る。

 

……いない。

 

そこにはただ、角を曲がる人影と、風に揺れる洗濯物と、地面の影だけがあった。

黒髪なんて、どこにもない。

 

喉が詰まる。

袋がやけに重い。

 

「……なんなんだよ」

 

俺は小さく呟いた。

 

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