壁も巨人も、世界は私のために変われ!   作:an-ryuka

40 / 87
――前話の続き。


40.ジャン視点

 

「……ちょっとだけだと、ダメ?」

 

一瞬、心臓が変な打ち方をした。

 

ダメに決まってんだろ。

本当は一日中でも顔見てたいし、

手繋いで、ずっと話して、どっか行って――。

 

喉元まで出かかった「足りねぇよ」が、そこで引き返す。

 

言ったら、こいつはきっと困った顔をする。

じゃあ、辞めようかって、平気で言う。

 

指先に、無意識で力が入る。

繋いでる手を、一度ぎゅっと握り込んでから、少しだけ緩めた。

 

「……バカ」

 

小さく吐き出す。

自分にか、こいつにか分からない声で。

 

ジラが、きょとんとしたみたいにこっちを見る。

その顔を見た瞬間、胸の奥で何かが決まった。

 

ジャンは、少しだけ顔をそらして、息をひとつ吐く。

 

「ダメなわけ、ねぇだろ」

 

ぼそっと言う。

本当は、もっとちゃんと格好つく言い方がしたかった。

 

視線だけ戻して、ちゃんとジラを見る。

 

「……一日中空けろ、とか言ったら、お前、困んだろ」

 

ジラの目が、わずかに揺れる。

図星なんだろうな、って分かって、余計に苦笑したくなる。

 

「ちょっとでも、来てくれんなら、それでいい」

 

一拍置いて。

 

「……今は、な」

 

本当は。

 

嘘だ。

ちょっとだけなんか、全然足りねぇ

 

けど、それを言ったら、自分の欲でこいつを切り捨てることになる。

それだけはしたくない。

 

 

ジラは少し黙った。

俺も黙った。

 

訓練場からは人の気配が無くなってきた。

空も暗い。

 

食堂の方からはいつものざわめきが聞こえてる。

そろそろ行かねぇと食いっぱぐれる。

 

「……ジラ。そろそろ行くぞ」

 

そう言って俺はジラの手を引っ張って立ち上がろうとした。

 

なのに。

ジラは繋がったままの手の指を、撫でるように絡ませてきた。

感触に一瞬止まる間に耳に届く。

 

「行きたくない」

 

少し腕が引き寄せられる。

 

――そういうこと言うなよ。

 

心の中で舌打ちした。

行きたくねぇのは、こっちも同じだ。

 

食堂のざわめきが、遠くなる。

腹は減ってる。喉も渇いてる。

でも、今腕にかかってる重さの方が、よっぽど強かった。

 

「……お前な」

 

文句みたいに言って、振りほどこうとして、やめた。

 

繋いだ手に、また力が入る。

握り返さなきゃ、落ち着かない。

 

ジラは壁にもたれたまま、上目遣いでこっちを見ていた。

疲れてる顔。けど、それ以上に――甘えてる顔。

 

ずりぃだろ、それ……。

 

口の中だけで呟いて、俺は一つ息を吐いた。

 

「行きたくないって、何だよ。飯抜きにする気か」

 

わざと、軽く言う。

いつもの調子を装う。

 

「……それも困る」

 

じわじわと、腕にかかる重さが増える。

ジラが、俺の腕を抱え込む。

 

……ほんとに、行きたくねぇんだな。

 

分かっちまうから、タチが悪い。

分かれば分かるほど、突き放せなくなっていく。

 

「ジラ」

 

名前を呼ぶと、黒い目がこっちを向いた。

近い。

さっきまでより、ずっと。

 

俺は、覚悟をまとめて、雑にぶつけた。

 

「……休暇、ちょっとでも来いよ」

 

「行くって、言ったわ」

 

「やってみる、だろ」

 

すかさず返すと、ジラが少しだけ目を逸らした。

図星。

本気でやってみるのか、口先だけか。

それくらいは、気にしてもいいはずだ。

 

指先に力を込め直す。

 

「ほんとに忙しいなら、別にいい。……って言いたいけど」

 

一瞬、言葉が切れた。

喉がひりつく。

 

「俺は、言いたくねぇ」

 

ジラのまつげが、ぴくっと揺れた。

 

「ちょっとでも、顔見せろ」

 

逃げ道を塞ぐ。

 

「ちょっとしか居られねぇなら、

 そのちょっと全部、俺に使え」

 

「……独占欲?」

 

少しだけ笑い声が落ちた。

呆れたみたいに、嬉しそうに。

 

「嫌かよ」

 

自分で言って、自分で腹が立つ。

もっと他に言い回しなかったのか。

でも、もう遅い。出てしまったもんは戻らない。

 

ジラは、一拍だけ黙って、それから小さく首を横に振った。

 

「――好き」

 

短く、それだけ。

 

言われた瞬間、体温が一段階上がった気がした。

 

うまく返事が出来なくて、俺は舌打ちを飲み込んだ。

代わりに、絡めた指をギュッと握った。

 

「……じゃあ行くぞ。飯、食わないとお前本気で倒れるだろ」

 

「……ジャンが引っ張って」

 

「……ったく」

 

わざと雑に言って立ち上がる。

立ち上がりながら、手は離さない。

 

ジラも一緒に立ち上がる。

ぐらついた身体を、反射で腕を回して支えた。

 

 

胸元に、ジラの体が当たる。

息が止まりそうになった。

 

……ジラがわざとらしく、そのまま俺に腕を回した。

胸にジラの体温が直に乗る。

 

 

心臓が余計に鳴る。

ジラの音も多分混ざってる。

 

俺も手、回すか?

回すとこだろこれ。

 

 

そうやって一瞬戸惑っているうちに、ジラはすぐに離れた。

 

「……行こ?」

 

行くに決まってんだろ。

置いてくわけねぇ。

 

喉の奥まで出かかった言葉は、やっぱり飲み込む。

代わりに、いつもの調子を引っ張り出した。

 

 

「……行くぞ」

 

あくまで普通に言ったつもりだったのに、自分の声が少し掠れてるのが分かってムカつく。

 

ちょっとだけ、か。

 

頭の中で、その言葉が何回も渦巻く。

 

――本当に俺のために時間作るのか?

――途中で全部放り出して、ごめんねって笑うんじゃねぇのか。

 

疑ってるわけじゃない。

……疑いたくなんかない。

 

けど、こいつには前科がある。

似たようなことは何回も。

 

次も……。

思考が暗い方へ転がりかけたところで、指先がくいっと動いた。

 

ジラが、繋いだ手の中で俺の指を軽く撫でた。

 

「……なんだよ」

 

「なんでもない」

 

しれっと答える声。

でも、いつもより少しだけ柔らかい。

 

うまく言葉が出なくて、俺は鼻で息を吐いた。

 

「……転ぶなよ」

 

誤魔化すみたいにそう言って、歩幅を少しだけ広くした。

ジラが遅れないように、腕を軽く引いた。

 

 

 

その夜。消灯時間、少し前。

 

ベッドに転がったまま、天井を見ていた。

 

「……なぁ、マルコ」

 

気づけば声が出ていた。

マルコは寝てなかったらしく、返事が聞こえた。

 

「何?」

 

「次の、休暇」

 

「うん」

 

「お前、予定あるのか」

 

唐突な問いかけにも、マルコは特に驚かなかった。

しばらくの沈黙のあとで、落ち着いた声が返ってくる。

 

「……今のところ、特には。

 皆でどこか行こうかって話は出てるけど、それもまだふわっとしてるし」

 

「そうか」

 

意味のない相槌を一つ。

 

天井を見つめたまま、さっきの光景が頭の中で再生される。

 

枕に顔を押し付けたくなるくらいには恥ずかしい。

自分の声も、ジラの声も。水を飲んだ唇も。

 

――ちょっとだけ。

 

指先が、シーツの上で無意識に動く。

さっきまで、そこにジラの指が絡んでいたかのように。

 

 

「……ジャン」

 

マルコの声が、少しだけ低くなった。

 

「ジラと、休暇を一緒に過ごしたいんだよね」

 

質問じゃない。確認だ。

 

「……うるせぇな」

 

反射的にそう返したけど、マルコは笑ってる気配を隠さない。

 

「ちゃんと聞いた?」

 

「何をだよ」

 

「ジラの予定」

 

その一言に、喉が詰まりかけた。

 

「……聞いたよ。

 予定、あるってよ」

 

「それだけ?」

 

「空けられないか、やってみる、ってよ」

 

布団の上で片手を持ち上げて、握って、開く。

さっきの感触をなぞるみたいに。

 

「やってみるってことは、

 ……無理かもしれないってこともあるよね」

 

マルコの言い方は優しい。

でも、甘くはない。

 

「……分かってるよ」

 

分かってる。

分かってて、それでも「ちょっとでも来い」なんて言ったのは俺だ。

 

マルコはしばらく黙っていた。

それから、小さく息を吐く音がする。

 

「もしさ」

 

間があいた。

言葉を選んでるのが分かる。

 

「もし、休暇の日にやっぱり無理だった、って言われたら」

 

喉がひりついた。

想像しないようにしてた場面を、真っ向から出される。

 

「……怒る?」

 

即答できなかった。

黙った俺を見て、マルコは続ける。

 

「怒っていいと思うよ」

 

その一言が、思ってたよりずっと重かった。

 

「ジラが忙しいのは本当なんだろうけどさ。

 ジャンの気持ちだって、本当なんだから」

 

「……簡単に言うなよ」

 

やっとそれだけ返す。

 

怒る。

ジラに向かって、本気で。

 

それがどれだけ怖いことか、俺は知ってる。

怒りで殴った言葉は、戻ってこない。

 

(でも)

 

眉間にしわを寄せた。

暗闇の中で、自分がどんな顔してるかは見えない。

 

黙って消えるなって言ったのは俺だ

 

言ったんだから。

それを平気で破ったなら――。

 

「……怒る、な」

 

ぽつりと落とす。

 

「怒って、ちゃんと聞く」

「何やってんだよって」

 

喉の奥で笑いそうになった。

言葉にすると、すげぇ情けない。

 

「……それ、ちゃんと伝えられたらいいね」

 

マルコの声は、眠りの方へ落ちていく。

そのまま静かになった。

 

天井を見上げたまま、目を閉じる。

 

休暇の日。

 

……信じたい。

 

指先が、また布団を握る。

目はそのまま閉じ切った。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。