壁も巨人も、世界は私のために変われ!   作:an-ryuka

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41.フロック視点

 

休暇まで、あと数日。

やるべき事を詰めた後だった。

 

狭い部屋には俺らだけ。

ジラがよく使う、隠れた元倉庫。

 

 

ジラは、机の上に手を乗せていた。

指が一本ずつ、ゆっくりと曲がって伸びる。

爪の先を見てるのか、掌の線を数えてるのか、分からない。

ただ、集中している顔をしてる。

 

……まともなこと考えてねぇな、こいつ。

眉が勝手に寄る。

 

「……何考えてんだよ」

 

軽口のつもりだったのに、声が低くなった。

 

ジラは視線を上げない。

独り言みたいな調子で、ぽつりと言った。

 

 

「――ジャンのこと、殺そうかなって」

 

真顔。

 

一瞬、空気が止まった。

 

「……は?」

 

こいつ今なんて言った?

口だけが勝手に動く。

 

「何だよそれ。冗談にしてもタチ悪ぃぞ」

 

ジラは肩をすくめた。

笑わない。ごまかさない。目だけが手の甲を見てる。

 

「邪魔になったから殺す、ってか?」

 

口が先に動く。脳が追いついてこない。

 

「なんか言えよ」

 

ジラは静かに口を開いた。

眉を寄せてる。いつもの訳わかんねぇ笑いじゃない。

 

「ジャンがいると、全部中途半端になりそう」

 

淡々とした声。

いつも通りって言えばそうなんだが、言ってる中身がいつもより頭おかしい。

 

「勝手に頭がジャンを優先する」

 

そこでやっと、こっちを見る。

少し苦しそうな目をしていた。自覚はあるらしい。

 

「それでも私、ジャンを最優先にはできないの」

 

細い喉が上下する。

 

「自分の判断に後悔する前に、

 ……嫌われる前に、私を好きなジャンで止めようかなって」

 

また目線を外す。

 

「……分からないわよね」

 

 

――そういうとこだ。

 

「決めつけんな」

 

被せ気味に口が動いた。

 

ジラが一瞬だけ瞬く。

少し計算が狂ったってやつだ。驚きってほどじゃない。

 

そこがまたムカつく。

 

「ジャンを優先しちまうのが怖い」

 

指を一本折るみたいに、言葉を並べていく。

 

「でもジャンは最優先にできない」

 

「嫌われたくないから、綺麗なまま切りたいって」

 

自分で言ってても寒気がした。

 

「お前いつもそうだよな。

 ――自分以外を全く信用してねぇ」

 

 

世界がどうとか、歴史がどうとか、偉そうに言ってんのは知ってる。頭が違うんだろ。

 

怖いから、嫌われたくないからってのは分かる。

去られる前に自分から切る。

それが「殺す」まで行くのがこいつの頭がいってるとこだ。

 

 

言葉を噛み砕きながら、別の考えが浮かぶ。

 

――俺は切ろうとしないよな。お前。

 

 

「……なんで俺にそんなこと言ってくるんだよ」

 

気づいたら、声が出てた。

 

「俺に殺せってか?」

 

笑いも出ない。乾いた冗談にもならねぇ。

 

「やるかよ、そんなこと」

 

 

ジラは笑った。

何言ってるの、とでも言うように。

 

「殺すなら、自分の手で殺すわ」

 

「――誰にも、渡さない」

 

 

その目がほんとにやりそうで、いや、違うだろ。

なんでやる前提なんだ。

 

「殺す以外に、なんかあるだろ」

 

正しい答えなんか知らない。

ただ、殺すが一番先に出てくるのは違うだろ。

 

ジラがふっと、息を吐く。

俺を嘲るように笑う。

 

「ジャン以外は殺してるのに?」

 

その一言で、頭が冷える。

 

「これからもたくさん死ぬわよ」

 

知ってる。

こいつは、その他大勢の生死を数字でしか見てない。

直接殺したかは知らない。

でも間接的には既に山ほど殺してる。

 

 

ジラは俺から視線をずらして続ける。

 

「残しておくと、弱みにもなる」

 

「私の思考も鈍る」

 

落ち着いた声だ。

訓練兵のジラじゃねぇ。中央で色々やってる時の声。

 

「全部計画が台無しになるよりは、今のうちに処理した方が、全部上手くいくのよ」

 

拳を握った。

殴りたいわけじゃねぇ。力の行き場が、ない。

 

そこで、ほんの少しだけジラの口角が上がる。

 

 

「私だけ傷を負わないのも釣り合ってないし、ね」

 

俺は思わず鼻で笑った。

 

「何とだよ」

 

「……あなたと」

 

 

その言葉で、頭のどこかがカチッと鳴った。

 

俺はゆっくりと壁から背を離す。

視線は逸らさない。

 

「俺と釣り合い取るために、ジャンを殺す?」

 

近づく。

 

ジラは何も言わない。

否定しない。

肯定もしない。

ムカつく。

 

「……勘違いすんな」

 

声が低くなる。

怒鳴らない。怒鳴ったら負けだ。

 

「俺と釣り合い? 笑わせんな」

 

逃げない。

逃げさせない。

 

「俺はな、欲しいもんは欲しいって言った。

 条件も出した。

 それでも選べって言った」

 

声がさらに低くなる。

 

「お前は何だよ」

 

「好きだから殺す? 優先しちまうから消す?」

 

唇の端が少しだけ上がる。

 

「ジャンが死んだ理由を、一生背負う口実が欲しいだけか?」

 

 

ジラは、人を殺すのは平気だ。

数字として、全体としての釣り合いで見てる。

 

今こいつは頭が、そのまま数字や効率 で動いてる。

そこを攻めても効かねぇ。

だから。

 

 

「……俺はな」

 

「お前がジャン殺すって決めたら止めねぇよ」

 

でも、と続ける。

 

「その時は」

 

真正面に立つ。

視線を睨む。

 

 

「――お前も一緒に殺すだけだ」

 

「綺麗なまま切る? 

 そんな逃げ方させねぇ」

 

 

ジラは少し目を開いて固まった。

 

空気だけが流れる。

 

音はしない。

ジラと俺の息遣いだけ。

 

 

数秒、数十秒流れた。

 

逃げねぇ。

逃げたら俺がここにいる意味、ねぇだろ。

 

 

――ジラが笑い出した。

 

「ふふっ」

乾いた、でも楽しそうな笑い。

 

「っ……、ふふ」

 

笑ったまま、口から言葉が崩れるように出る。

 

 

「――私、フロックに殺されたいな」

 

……は?

 

「いい。とっても」

 

こいつ、頭どうなってんだ。

 

「私の目標にしていい?それ?」

 

笑ってる。

本気で面白がってる。

 

 

俺は無表情のまま、数秒黙る。

 

こいつ頭いかれてんな。

――これ止める役が俺かよ。

 

 

「目標、な」

 

低く返す。

 

ジラはまだ笑ってる。

 

俺はそのまま、さらにジラに近づく。

手が届く距離。

 

そのまま、首に手を伸ばす。

 

ジラはそれを見ても、笑うのを止めない。

俺の手を止めない。

視線は俺を見たまま。

 

俺は優しくでもなく、乱暴でもなく。

ただ、指を置いた、

 

喉。

脈がある場所。

 

 

「……俺に殺されたい?」

 

ほんの少しだけ、指に力を入れる。

 

「ならな」

 

顔を近づける。

 

「途中で折れるな」

「途中で逃げるな」

「ジャンを言い訳にすんな」

 

視線を刺す。

 

 

ジラは笑うのをやめた。

いや、まだ目は笑ってる。

 

「……フロック、私のこと殺せるの?」

 

口元も笑ってる。

 

喉の手は振り払われない。

むしろ、受け入れてるみたいに静かだ。

 

 

脈拍だけが、ジラの興奮を伝えてくる。

イラつく。でも俺は、手をどけない。

 

「できるかどうかじゃねぇ」

 

声は低い。

 

「必要ならやるだけだ」

 

 

ジラの瞼が、ほんの少しだけ重くなる。

気持ちよさそうな顔。

 

……こいつ、俺がしてること分かってんのか?

 

 

イラついたまま、もう少しだけ力を入れる。

 

「お前が止まらなくなったら」

 

目を逸らさない。

 

「誰も止められなくなった時」

 

「俺が邪魔だと思った時」

 

一拍。

 

 

「――その時は、やるからな」

 

 

ジラの呼吸が、わずかに深くなる。

 

「……告白、みたいね。それ」

 

俺は一瞬、無表情のまま見下ろす。

 

「気持ち悪ぃこと言うな」

 

手は離さない。

 

「殺すって言ってんだぞ」

 

視線も外さない。

 

「お前は、死にたいんじゃねぇだろ」

 

 

ジラの瞼がわずかに揺れる。

 

「俺に殺されたいって?」

 

俺は指に力を入れる。

ジラの眉が寄る。

 

「逃げんなよ」

 

苦しいか?

違う。

 

喉の熱が手に伝わる。

ジラの呼吸が深くなる。

こいつ興奮してる。ほんとに。狂ってやがる。

 

 

「……っ!

 俺に殺される自分、想像して、

 勝手に気持ちよくなってんじゃねぇよ」

 

手を離す。

 

ジラは咳き込む。

でも俺は動かない。

 

「勘違いすんな」

 

視線を落とさない。

 

「俺はお前の持ち物じゃねぇ」

 

 

一歩引く。

 

「殺すかどうかは、俺が決める」

 

鼻で笑う。

 

「それまでは勝手に生きてろよ」

 

目は逸らさない。

ジラの目がわずかに細くなった。

 

 

また少し咳き込んだあと、ジラは少し笑った。

いつもの顔じゃない。

見たことない顔だった。

 

「……フロック、かっこいいじゃん」

 

「ジャンがいなかったら惚れてたかもね」

 

一瞬だけ、胸の奥がざらつく。

でも顔は動かさない。

 

 

俺は目を細める。

 

「いなかったら?」

 

鼻で笑う。

 

「便利だな、その言い方」

 

ジラの口角が上がる。

いつもの顔に戻ってる。

 

俺は鼻で笑った。

 

「ジャンがいるから惚れねぇ?」

「それとも、惚れる度胸がねぇのをジャンのせいにしてんのか?」

 

 

空気が変わる。変える。

 

「二番目の席なんかいらねぇ」

 

低く。

 

「可能性で好かれても意味ねぇんだよ」

 

視線を刺す。

 

「惚れるなら今惚れろ」

 

間を置かない。

 

「出来ねぇなら、俺で遊ぶな」

 

言い切る。

 

 

沈黙。

 

ジラの目が揺れた。

さっきまでの余裕が、崩れた。

 

視線が揺れる。

口元が震えた?

 

は?

なんだよその顔。

 

泣きそう、みたいな顔しやがって。

 

 

俺は動かない。

目も逸らさない。

 

助けない。

 

 

「……」

 

ジラの呼吸が浅くなる。

喉がわずかに震える。

 

「……選ばないと、フロックもどこか行ってしまうの?」

 

 

ジラの声が、震えてる。

 

 

俺は一瞬、瞬きをする。

こんなの見た事ねぇよ。どうしろってんだよ。

 

 

でも視線は逸らさない。

表情も変えない。

 

「俺がどこ行くかは、俺が決める」

 

何回言えばこいつは理解するんだよ。

 

「選ばなきゃ消える?」

 

鼻で笑う。

 

「そんな軽いもんに見えてたのかよ」

 

近づく。

 

「俺は、選ばれねぇなら、勝手に横に立つ」

 

机に手をつく。

 

「ジャンを選ぶなら選べ」

 

「俺を選ばないなら、それでいい」

 

 

視線を刺す。

1歩近づく。

 

「失うのが怖いから、決められないは、無しだ」

 

「俺は消えねぇよ」

 

目を見る。瞳に俺が映る。

 

「お前が決めろ。ジラ」

 

ジラの目も、逸れない。

……揺れた。

 

数秒。

 

 

息をついて、緩く笑った。

 

いつもの。いや、違う。

どこか、気の抜けたような顔。

 

ジラの視線が外へと向いた。

 

「……とりあえず、

 次の休暇はジャンに無理って言うことにする」

 

 

俺は目を細める。

 

「……俺のためか?」

 

問いかける。

ジラはすぐに笑う。

首を傾ける。

 

 

「私のため」

 

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