「で、この扉の向こうにいるやつは、あんたのお仲間さんか?」
ユミルは気配に聡いわね。
そう思いながら、扉の外を見やる。
気配なんてさっぱりわからないけれど、わかる人には分かるのだろう。
会話の途中で逃げられても面倒だし、他の人に聞かれるのも嫌だから、見張りを頼んでいた。
ユミルの言葉の端には、露骨な警戒と苛立ちが滲む。
そのまま返事も待たず、勢いよく扉の取っ手に手をかける。
私もフロックも止めない。
扉が軽く開いた。
「うわっと」
外にいたベルトルトが一歩引く。
長身の体が少し揺れて、壁の影がびくりと動いた。
「……ベルトルさんじゃねぇか」
ユミルが目を見開いた後、すぐに訝しげな目つきに変わる。
視線が、ベルトルトと私を往復する。
それから、フロックの顔まで順番に測るみたいに。
「ジラに頼まれたんだ。見張りを」
ベルトルトが、少し頼りなさげに笑った。
いつもの、どこか気弱そうな顔だ。
でも、癖で分かる。肩の力が抜けているのは演技こみ。しっかり警戒している。
ユミルが怪しい、と私に最初に進言してきたのは彼だった。
――ユミルは、壁の外から来た……と思うんだ。
そう言って、自分から私の所まで来た。
ベルトルトは、ライナーやアニより協力的だった。
……私を使おうとしてる。
それでいいけどね。私も使ってる。
「……ってことはあんたもグルかよ。
繋がり全然見えねぇな」
ユミルがぼやく。
愚痴とも毒ともつかない声。
そうでしょうね。
外から見れば、あの3人と私の関わりなんて、同じ期の訓練兵ってだけだ。
「その辺は明日まとめて説明するわ」
私はフロックに目線を渡して、扉のほうへ歩き出す。
フロックも素直に私の後を追う。
「は? 明日もあるのかよ」
背中から、ユミルが露骨に不機嫌な声。
苛立ちと不信感。
肩越しに振り返りながら、私はわざと軽い声で返す。
「あの時、言ったわ。
次の休暇、私に時間くれないかしら?って」
女子寮で、扉を背にして逃げ道を塞いだあの時。
「すぐに帰れるなんて、ユミルも思ってないでしょう?」
口角を少しだけ上げて、煽るように言う。
ユミルのこめかみの辺りがぴくりと動いた。
「おい、煽るな」
フロックが、私の背中を小突いてきた。
……生意気になった気がする。
途中で逃げるなと言い切った、あの日から。
嫌では、ない。
でも、煽るのはやめない。だって楽しいもの。
「この部屋、外から鍵がかかるの」
私は扉の内側の構造を指でなぞりながら言った。
金属の噛み合う位置。鍵穴の深さ。
「地下にあるし、窓もない」
フロックは呆れた目。ベルトルトが静かに目を逸らす。
ユミルは眉をひそめて、部屋の中をざっと見回した。
不便はないはず。外に出られない以外は。
「逃げようなんて思わないでね?」
わざとらしく微笑んでみせる。
その笑顔に、ユミルが嫌そうに舌打ちした。
フロックが扉を閉めたのを確認して、階段を上る。
湿った石の匂い。靴音が、狭い階段に乾いた音を刻む。
少し遅れて、二人分の足音が続いた。
階段を抜け、いくつかの扉を通り過ぎる。
空気がだんだん軽くなる。地下のこもった息苦しさが薄れて、代わりに灯りと人の気配が増えていく。
私たち――ケニー達がよくたまり場にしている、少し広めの部屋に入る。
今日は、ここにはいない。頼み事をしたから。
私はいちばん手近な椅子に腰を下ろし、軽く息をついた。
視線だけ動かして、ベルトルトを見る。
「2人はいつ来れそう?」
ベルトルトも、向かい側の椅子にそっと腰掛ける。
「ライナーは遅めに出るって言ってた。
アニは明日来るって」
「そう」
明日か。
まぁいい。同時に抜けると目立つものね。
足音。
フロックが胡乱げに音の方向へと寄った。
足音が止まり、扉のノブが回る音。
視線が扉へと集まる。
開いた扉の向こうから、乱れた前髪と、見慣れた瞳が現れる。
「……エレン。遅かったわね」
アルミンは、来ない。
ミカサも、居ない。
……ミカサは追ってくると思っていた。
エレンの後ろに、当然のような顔でついてきて、どういうこと?と真っ直ぐに問い詰める姿を、勝手に想像していた。
そう。居ないなら、……それでいい。
――あの夢を見てから、私はミカサを扱いかねている。
頭を切り替える。
考えない。今はこっちに集中すると決めた。
「部屋、適当に使って。
詳しいことは明日説明するわ」
私はいつものように笑った。
いつものように――少なくとも、そう見えるように。