壁も巨人も、世界は私のために変われ!   作:an-ryuka

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休暇前、最後の訓練終了後。


44.ジャン視点

 

外はもう薄暗い。

 

今日のうちに動く組と、明日の朝出る組。

 

 

――ごめんなさい。時間取れなかった。

ジラの言葉が頭によぎる。

 

精一杯やった。でも無理だった。

そんな言葉が連なっていた。

 

 

……結局怒れてねえんだよ。俺。

 

 

俺は無言で私服に袖を通す。

ジラは、今日のうちにここを出る。分かってる。

 

 

マルコが、躊躇いがちに声をかけてきた。

 

「ジャン……」

 

「……予定ある」

 

マルコは、一瞬戸惑った後頷いた。

 

「……気をつけていっておいで」

 

「……あぁ」

 

 

 

「……行くに決まってんだろ」

 

誰にも聞こえないくらいの声で呟く。

 

分かってる。

 

こんなの、やっちゃダメなことだって。

 

信じてやれよ、とか。

詮索すんなとか。

友人とか恋人とか、そういうのの線引きとか。

 

「時間作るって、言っただろ」

 

誰に向かって言ってるんだか、分からない。

 

足音を殺す。

影に紛れる。

 

 

ジラの黒髪が、少し先を歩いていた。

いつも訓練場で見てる後ろ姿なのに、今はやけに遠く見える。

 

「どこ行くんだよ、お前」

 

喉の奥で、問いだけが増える。

 

こっちが勝手に決めた約束だ。

「巻き込むつもりがない」のが一番タチ悪いって言ったのも、俺だ。

 

だったら――

 

 

「勝手に巻き込まれに行くって、決めただろ」

 

自分に向かって言い直す。

 

ジラの足取りは、迷いがない。

でも、

……どこだ?どこへ向かっている?

 

観光でもない。

ふらふら歩くでもない。

 

目的地がある歩き方。

 

 

角を曲がるたび、人を抜けるたび、

「見失うな」「近づきすぎるな」と、自分に命令する。

 

――気づかれるな。

 

気づかれたら、多分、終わる。

 

何が終わるのかは分からない。

でも、嫌な予感だけはちゃんとある。

 

ジラは、どんどん人が少ない方へ入っていく。

 

露店が減り、賑やかな声が遠くなり、石畳の音だけが近くなる。

 

 

――ジラの黒髪が、角を曲がったところで消えた。

 

「……っ」

 

急いで角を曲がる。

けど、そこにはもう、さっきまでの後ろ姿はなかった。

 

 

人はいる。商人、荷車。

でも、ジラはいない。

 

「マジかよ……」

 

舌打ちが漏れた。

 

 

立ち止まるのもまずいのは分かってる。

それでも、足が一瞬止まる。

 

どっちに行った。右か、左か。

中央に行くなら――。

 

 

視線を走らせた、その端で、見慣れた黒髪が揺れた。

 

「……ミカサ?」

 

思わず小さく名前がこぼれる。

 

 

距離は少しある。

けど、あれは間違いない。ミカサの背中。

 

その少し前を、あいつが歩いていた。

 

エレン。

 

二人とも、こっちには気づいてない。

ミカサの視線は、エレンの背中だけを追っている。

 

 

……なんだよ、これ。

 

ジラを見失った場所と、エレンたちが進んでる方向が、重なった。

 

同じ場所に行こうとしてる?

こんな時間に?

 

そんなバカな、って思うのに、胸のざわつきが消えない。

 

 

どうする。

 

ミカサを見なかったことにして、別の路地を探すか。

それとも――。

 

喉が鳴った。

 

「……っ」

 

一瞬、息を飲んで、言葉を飲み込んだ。

今声かけたら、ミカサの尾行の邪魔になる。

それくらい分かる。

 

でも。

 

ジラと、エレン、多分同じだろ。

 

頭の中でそんな声がした。

 

俺ひとりで追って、何が分かる。

見失ったのが、その答えだ。

 

 

だったら――。

 

「ミカサ」

 

意識して小さく呼んだ。

邪魔にならないように。けど、届くくらいには。

 

ミカサの肩が、ぴくりと動いた。

振り返る。その目が俺を見つける。

 

ほんの一瞬だけ、「なんでお前がいる」って顔をしてから、すぐに感情を消した目になる。

 

「……ジャン」

 

返ってきた声は、いつも通りに淡々としていた。

 

「何してるの」

 

先に聞いてきたのは、ミカサだった。

 

俺は一瞬だけ迷ってから、半分だけ本当のことを言った。

 

「……人、追ってたんだよ。見失った」

 

ミカサの眉が、ほんの少しだけ動く。

 

「エレンを?」

 

「違う。……ジラだよ」

 

その名前を出した瞬間、ミカサの目が細くなった。

 

エレンの背中は、まだ前方に見える。

ミカサは視線を一度だけ前に戻してから、俺に視線を返した。

 

「……話はあと。静かにして」

 

それだけ言って、顎で示す。

 

「一緒に来るなら、邪魔しないで」

 

それで、決まりだった。

 

 

エレンの背中を、ミカサが追う。

その少し後ろを、俺が追う。

 

足音を殺す。

でも、頭の中は全然静まらない。

 

ジラはどこ行った。

 

さっきまで追ってた黒髪は、別の角で消えた。

代わりに見つかったのが、エレンと、それを追うミカサ。

 

嫌な予感しかしない組み合わせだ。

 

 

耐えきれず、小さく声を出した。

 

「……なぁ、ミカサ」

 

「静かに」

 

即答。

それでも、完全に切り捨てる音じゃない。

 

 

数歩分、黙って歩いた。

けど、喉に引っかかったものが、落ちてくれない。

 

「どこ行くか、知ってんのか?」

 

できるだけ小さく、短く。

 

ミカサは視線を前から外さずに、ぽつりと返す。

 

「……分からない」

 

「……中央じゃねぇのか?」

 

 

通行証がない。壁を抜けられたら尾行は止まる。

それでも、何とかするつもりだった。

 

ミカサはエレンを目で追いながら答える。

 

「たぶん、違う」

 

「たぶんってなんだよ……」

 

それ以上の説明をする気はなさそうだった。

 

だけど、このまま黙るのは無理だ。

 

「ジラとエレンって、なんか関わりあったか?」

 

自分で聞きながら、変な質問だと思う。

 

でも、さっきのジラの進んでた方向と、今エレンが向かってる方角が、

頭の中で重なって離れない。

 

ミカサのまつ毛が、ほんの少しだけ揺れた。

 

「特には」

ミカサはそれ以上、何も足さない。

 

嘘か、本当か。

どっちとも取れるくらい、余計な情報を乗せない声。

 

それでも、口は止まらなかった。

 

「ミカサ、お前ジラと仲いいだろ。

 何か知らねぇのか」

 

何か少しでも、手がかりないのかよ。

そこで、初めてミカサが少しだけこっちを見た。

 

横目。

エレンを視界の端で追いながら、黒い瞳が一瞬だけ俺を刺す。

 

……ジラと同じ色だ、と考えが一瞬ブレた。

 

 

ミカサは淡々と答える。

 

「ジラは友人。

 でも全てを知ってるわけじゃない。」

 

「……信用はしてる。でも、全部は話さない人」

 

妙に正確な評価だった。

 

同時に、胸のどっかが少しだけ軽くなる。

 

――俺だけじゃねぇのか。知らねぇの。

 

ミカサは、また前を向く。

 

そこで黙ってればいいのに、続きが出る。

 

「でも、お前――」

 

「ジャン」

 

被せられた。

 

いつもの淡々とした声なのに、妙に強く聞こえる。

 

 

「ジラのこと、全部知りたい?」

 

不意打ちだった。

 

足が、半歩だけ止まりかける。

 

「……は?」

 

「……ジャンには、教えてもいいと思う」

 

何を、とは言わない。

でも、その言い方で十分伝わる。

 

ミカサは、ほんの一瞬だけ視線を落とした。

 

 

「……ジラから、誰にも言わないでって言われた、事がある」

 

「……」

 

息を飲む。喉がざらついた。

 

「でも、それと今回のことは、たぶん関係ない。……と思う」

 

「また、たぶんかよ」

 

自分でも情けない声だと分かる。

 

 

ミカサはそれには答えず、息をひとつ吐いた。

 

「ジャンが必死なのは分かる。でも、今は――」

 

そこで、ミカサの動きが一瞬だけ止まった。

 

「……ミカサ?」

 

呼びかけた時には、もう遅かった。

 

視線を前に戻したミカサの目が、わずかに見開かれる。

 

その先――

 

さっきまで歩いていたはずのエレンの背中が、消えていた。

 

「……っ、エレン!」

 

ミカサが一気に歩幅を広げる。

俺も慌ててついていく。

 

 

角。路地。

さっきと同じような道が、いくつも続いている。

 

人はいる。

でも、エレンの姿はどこにもない。

 

「嘘だろ……」

 

さっきまでの会話が、急に全部邪魔になった気がした。

 

「悪ぃ、俺――」

 

言いかけたところで、ミカサが短く首を振る。

 

「違う。私のせい」

 

その声は、淡々としているのに、僅かに硬かった。

 

「……あの瞬間、見てなかった」

 

何を、とは言わない。

でも、それで十分だった。

 

 

俺が話しかけた。

ミカサが、一瞬だけそこに引っ張られた。

 

その一瞬の間に、エレンはどこかへ消えた。

 

 

「……クソ」

 

吐き捨てるように言って、俺は額を押さえた。

 

やっぱり、こんなことやるべきじゃなかったのか?

ミカサまで巻き込んで。

 

ミカサは、エレンが消えた路地を見つめる。

 

「追う」

 

短く、ミカサはそれだけ言う。

 

 

俺は今更気づいた。

そういや……。

 

「ミカサ、1人か?」

こういう事は、大抵アルミンもセットだろ。

 

ミカサは、難しい顔をした。

「……はぐれた」

 

あたりはますます暗くなる。

この狭い路地の中、今から見つけるのは、もう絶望的だ。

 

 

「……アルミン拾って、帰るぞ」

 

知能が居る。

なら、がむしゃらに探すよりは、追える確率は上がるはずだ。

 

嫌な予感は消えない。

 

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