壁も巨人も、世界は私のために変われ!   作:an-ryuka

44 / 87
休暇前、最後の訓練終了後。


44.ジャン視点

 

外はもう薄暗い。

 

今日のうちに動く組と、明日の朝出る組。

 

 

――ごめんなさい。時間取れなかった。

ジラの言葉が頭によぎる。

 

精一杯やった。でも無理だった。

そんな言葉が連なっていた。

 

 

……結局怒れてねえんだよ。俺。

 

 

俺は無言で私服に袖を通す。

ジラは、今日のうちにここを出る。分かってる。

 

 

マルコが、躊躇いがちに声をかけてきた。

 

「ジャン……」

 

「……予定ある」

 

マルコは、一瞬戸惑った後頷いた。

 

「……気をつけていっておいで」

 

「……あぁ」

 

 

◇

 

「……行くに決まってんだろ」

 

誰にも聞こえないくらいの声で呟く。

 

分かってる。

 

こんなの、やっちゃダメなことだって。

 

信じてやれよ、とか。

詮索すんなとか。

友人とか恋人とか、そういうのの線引きとか。

 

「時間作るって、言っただろ」

 

誰に向かって言ってるんだか、分からない。

 

足音を殺す。

影に紛れる。

 

 

ジラの黒髪が、少し先を歩いていた。

いつも訓練場で見てる後ろ姿なのに、今はやけに遠く見える。

 

「どこ行くんだよ、お前」

 

喉の奥で、問いだけが増える。

 

こっちが勝手に決めた約束だ。

「巻き込むつもりがない」のが一番タチ悪いって言ったのも、俺だ。

 

だったら――

 

 

「勝手に巻き込まれに行くって、決めただろ」

 

自分に向かって言い直す。

 

ジラの足取りは、迷いがない。

でも、

……どこだ?どこへ向かっている?

 

観光でもない。

ふらふら歩くでもない。

 

目的地がある歩き方。

 

 

角を曲がるたび、人を抜けるたび、

「見失うな」「近づきすぎるな」と、自分に命令する。

 

――気づかれるな。

 

気づかれたら、多分、終わる。

 

何が終わるのかは分からない。

でも、嫌な予感だけはちゃんとある。

 

ジラは、どんどん人が少ない方へ入っていく。

 

露店が減り、賑やかな声が遠くなり、石畳の音だけが近くなる。

 

 

――ジラの黒髪が、角を曲がったところで消えた。

 

「……っ」

 

急いで角を曲がる。

けど、そこにはもう、さっきまでの後ろ姿はなかった。

 

 

人はいる。商人、荷車。

でも、ジラはいない。

 

「マジかよ……」

 

舌打ちが漏れた。

 

 

立ち止まるのもまずいのは分かってる。

それでも、足が一瞬止まる。

 

どっちに行った。右か、左か。

中央に行くなら――。

 

 

視線を走らせた、その端で、見慣れた黒髪が揺れた。

 

「……ミカサ?」

 

思わず小さく名前がこぼれる。

 

 

距離は少しある。

けど、あれは間違いない。ミカサの背中。

 

その少し前を、あいつが歩いていた。

 

エレン。

 

二人とも、こっちには気づいてない。

ミカサの視線は、エレンの背中だけを追っている。

 

 

……なんだよ、これ。

 

ジラを見失った場所と、エレンたちが進んでる方向が、重なった。

 

同じ場所に行こうとしてる?

こんな時間に?

 

そんなバカな、って思うのに、胸のざわつきが消えない。

 

 

どうする。

 

ミカサを見なかったことにして、別の路地を探すか。

それとも――。

 

喉が鳴った。

 

「……っ」

 

一瞬、息を飲んで、言葉を飲み込んだ。

今声かけたら、ミカサの尾行の邪魔になる。

それくらい分かる。

 

でも。

 

ジラと、エレン、多分同じだろ。

 

頭の中でそんな声がした。

 

俺ひとりで追って、何が分かる。

見失ったのが、その答えだ。

 

 

だったら――。

 

「ミカサ」

 

意識して小さく呼んだ。

邪魔にならないように。けど、届くくらいには。

 

ミカサの肩が、ぴくりと動いた。

振り返る。その目が俺を見つける。

 

ほんの一瞬だけ、「なんでお前がいる」って顔をしてから、すぐに感情を消した目になる。

 

「……ジャン」

 

返ってきた声は、いつも通りに淡々としていた。

 

「何してるの」

 

先に聞いてきたのは、ミカサだった。

 

俺は一瞬だけ迷ってから、半分だけ本当のことを言った。

 

「……人、追ってたんだよ。見失った」

 

ミカサの眉が、ほんの少しだけ動く。

 

「エレンを?」

 

「違う。……ジラだよ」

 

その名前を出した瞬間、ミカサの目が細くなった。

 

エレンの背中は、まだ前方に見える。

ミカサは視線を一度だけ前に戻してから、俺に視線を返した。

 

「……話はあと。静かにして」

 

それだけ言って、顎で示す。

 

「一緒に来るなら、邪魔しないで」

 

それで、決まりだった。

 

 

エレンの背中を、ミカサが追う。

その少し後ろを、俺が追う。

 

足音を殺す。

でも、頭の中は全然静まらない。

 

ジラはどこ行った。

 

さっきまで追ってた黒髪は、別の角で消えた。

代わりに見つかったのが、エレンと、それを追うミカサ。

 

嫌な予感しかしない組み合わせだ。

 

 

耐えきれず、小さく声を出した。

 

「……なぁ、ミカサ」

 

「静かに」

 

即答。

それでも、完全に切り捨てる音じゃない。

 

 

数歩分、黙って歩いた。

けど、喉に引っかかったものが、落ちてくれない。

 

「どこ行くか、知ってんのか?」

 

できるだけ小さく、短く。

 

ミカサは視線を前から外さずに、ぽつりと返す。

 

「……分からない」

 

「……中央じゃねぇのか?」

 

 

通行証がない。壁を抜けられたら尾行は止まる。

それでも、何とかするつもりだった。

 

ミカサはエレンを目で追いながら答える。

 

「たぶん、違う」

 

「たぶんってなんだよ……」

 

それ以上の説明をする気はなさそうだった。

 

だけど、このまま黙るのは無理だ。

 

「ジラとエレンって、なんか関わりあったか?」

 

自分で聞きながら、変な質問だと思う。

 

でも、さっきのジラの進んでた方向と、今エレンが向かってる方角が、

頭の中で重なって離れない。

 

ミカサのまつ毛が、ほんの少しだけ揺れた。

 

「特には」

ミカサはそれ以上、何も足さない。

 

嘘か、本当か。

どっちとも取れるくらい、余計な情報を乗せない声。

 

それでも、口は止まらなかった。

 

「ミカサ、お前ジラと仲いいだろ。

 何か知らねぇのか」

 

何か少しでも、手がかりないのかよ。

そこで、初めてミカサが少しだけこっちを見た。

 

横目。

エレンを視界の端で追いながら、黒い瞳が一瞬だけ俺を刺す。

 

……ジラと同じ色だ、と考えが一瞬ブレた。

 

 

ミカサは淡々と答える。

 

「ジラは友人。

 でも全てを知ってるわけじゃない。」

 

「……信用はしてる。でも、全部は話さない人」

 

妙に正確な評価だった。

 

同時に、胸のどっかが少しだけ軽くなる。

 

――俺だけじゃねぇのか。知らねぇの。

 

ミカサは、また前を向く。

 

そこで黙ってればいいのに、続きが出る。

 

「でも、お前――」

 

「ジャン」

 

被せられた。

 

いつもの淡々とした声なのに、妙に強く聞こえる。

 

 

「ジラのこと、全部知りたい?」

 

不意打ちだった。

 

足が、半歩だけ止まりかける。

 

「……は?」

 

「……ジャンには、教えてもいいと思う」

 

何を、とは言わない。

でも、その言い方で十分伝わる。

 

ミカサは、ほんの一瞬だけ視線を落とした。

 

 

「……ジラから、誰にも言わないでって言われた、事がある」

 

「……」

 

息を飲む。喉がざらついた。

 

「でも、それと今回のことは、たぶん関係ない。……と思う」

 

「また、たぶんかよ」

 

自分でも情けない声だと分かる。

 

 

ミカサはそれには答えず、息をひとつ吐いた。

 

「ジャンが必死なのは分かる。でも、今は――」

 

そこで、ミカサの動きが一瞬だけ止まった。

 

「……ミカサ?」

 

呼びかけた時には、もう遅かった。

 

視線を前に戻したミカサの目が、わずかに見開かれる。

 

その先――

 

さっきまで歩いていたはずのエレンの背中が、消えていた。

 

「……っ、エレン!」

 

ミカサが一気に歩幅を広げる。

俺も慌ててついていく。

 

 

角。路地。

さっきと同じような道が、いくつも続いている。

 

人はいる。

でも、エレンの姿はどこにもない。

 

「嘘だろ……」

 

さっきまでの会話が、急に全部邪魔になった気がした。

 

「悪ぃ、俺――」

 

言いかけたところで、ミカサが短く首を振る。

 

「違う。私のせい」

 

その声は、淡々としているのに、僅かに硬かった。

 

「……あの瞬間、見てなかった」

 

何を、とは言わない。

でも、それで十分だった。

 

 

俺が話しかけた。

ミカサが、一瞬だけそこに引っ張られた。

 

その一瞬の間に、エレンはどこかへ消えた。

 

 

「……クソ」

 

吐き捨てるように言って、俺は額を押さえた。

 

やっぱり、こんなことやるべきじゃなかったのか?

ミカサまで巻き込んで。

 

ミカサは、エレンが消えた路地を見つめる。

 

「追う」

 

短く、ミカサはそれだけ言う。

 

 

俺は今更気づいた。

そういや……。

 

「ミカサ、1人か?」

こういう事は、大抵アルミンもセットだろ。

 

ミカサは、難しい顔をした。

「……はぐれた」

 

あたりはますます暗くなる。

この狭い路地の中、今から見つけるのは、もう絶望的だ。

 

 

「……アルミン拾って、帰るぞ」

 

知能が居る。

なら、がむしゃらに探すよりは、追える確率は上がるはずだ。

 

嫌な予感は消えない。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。