壁も巨人も、世界は私のために変われ!   作:an-ryuka

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――同じ時。


45.エレン視点

 

休暇当日の夜だった。

 

石畳の路地を、何度も曲がる。

右、また右、今度は左。

建物の陰を縫うみたいに歩きながら、後ろを振り返らないようにして、でも耳だけは研ぎ澄ませていた。

 

足音も気配も、分からない。

でも、

 

「……どうせ、ついてきてんだろ」

 

 

ミカサとアルミン。

あいつらが俺を放っておくわけがない。

 

だから、曲がった。

何度も、何度も。

振り向かない。

 

撒くために動くたび、胸の奥がチクチクした。

こんなこと、やりたくてやってるわけじゃない。

 

──数日前のことを、思い出した。

 

 

 

夕食の時間はとっくに終わってて、訓練場の端っこはやけに静かだったのを覚えてる。

 

訓練場の隅、木製の柵にもたれかかって空を見上げる。

壁の向こう側なんて当然見えない。見えないけど、あっちに巨人がいることだけは分かってる。

 

――駆逐してやる。

 

何回も何回も、頭の中で同じ言葉繰り返してるのに、

胸の中のイライラは、たいして減らない。

 

「壁の中にいりゃ安全だ」とか、

「調査兵団は無駄死にだ」とか、

あの手のこと平気で言える奴らの顔が、次々浮かぶ。

 

あいつらの目には、何が映ってんだ。

自分のことしか考えてねぇ、腐った大人たちと同じじゃねぇか。

 

 

そう考えてたら、近づいてくる足音が聞こえた。

 

ミカサかアルミン。

そう思って振り返った。

けど違った。

 

 

「やぁ、エレン」

 

ジラ。

 

風に揺れる黒髪が、妙に整って見える。

中央の貴族。なのに訓練兵。意味が分からないやつ。

ミカサの友人。最近はジャンとやたら近い。

 

……こいつが声かけてくるの、珍しいどころじゃねぇな。

 

「何の用だよ」

 

喉にはまだ苛立ちがこもる。声が荒い。

ジラは肩をすくめて、柵に腰掛けた。木がきしむ。

 

「んー引き抜き的な話かな?」

 

「は?」

 

引き抜き?

何を、誰から、どこへ。

 

「私が調査兵団志望なのは知ってる?」

 

「……噂ではな」

 

 

貴族が調査兵団。笑い話だと思ってた。

壁の外に出るとか命を賭けるやつらじゃねぇ。

……違ったのか。

 

「そ」

 

軽い。声が。

 

ジラは立ち上がって、俺の正面に回る。

視線が真っ直ぐ刺さる。

 

 

「調査兵団は、死にたがりの行く場所。死に急ぎ野郎、とか言われてたね?」

 

「ああ?喧嘩売ってんのかよ」

 

一歩踏み出しかける。けど、ジラは動じない。

 

「そうじゃないよ」

 

笑う。

 

その笑いが気に入らない。馬鹿にしてるのか、試してるのか分からない。

 

 

「調査兵団は何のためにある?」

 

そんなの――決まってる。

 

「巨人を駆逐するためだ」

 

喉が勝手に震える。

胸の奥からせり上がってくる言葉を、止められない。

 

「駆逐して、外を見るためだ」

 

夢見がちなことを言ってるって、また誰かに笑われるかもしれない。

それでも、俺は止まれない。

 

「壁の中で家畜のように過ごすだけじゃねぇ、外に自由を取り戻すための場所だ!」

 

空気が震える。

叫んだ声が訓練場の端っこで反響した気がした。

 

ジラはその全部を、途中で遮ることもせずに聞いていた。

細かく頷きながら、目を逸らさず、ただ受け止めるみたいに。

 

「そうだね」

 

静かにそう言って、視線を少しだけ上にあげる。

 

 

「その代償に、常に天秤には心臓が掲げられる」

 

一瞬、背筋がヒヤッとした。

 

兵団でよく聞く台詞。心臓を捧げよ。

 

「……それがどうした。何も賭けないで、得られるわけがないだろ」

 

「正しい。でも今は、天秤が釣り合ってないのよ」

 

「意味が分からねぇ」

 

 

眉間に皺が寄る。

こいつの言葉は、いつもややこしい。

頭はいいんだろうけど、回りくどい言い方ばっかりしやがる。

 

……アルミンなら、もっと分かりやすく説明してくれるのに。

 

 

俺が露骨に「分かんねぇ」って顔したんだろう。

ジラはその表情を見て、ふっと息を漏らす。

 

「私は、ただ命を投げ捨てる、今の調査兵団に行くつもりは無いの」

 

「は?志望してるって言っただろ」

 

「あら。命を投げ出す場所ってことは否定しないのね?」

 

言葉が詰まる。

 

否定、できるか?

 

俺は死ぬつもりはない。けど、死ぬ可能性が高い場所だってことは、分かってる。

 

ジラは姿勢を正す。まるで講義でも始めるみたいに。

 

 

「調査兵団が悪いんじゃない。この国が、そういう場所にしているの」

 

「国?」

 

貴族のくせに、国を悪く言うのか。

 

「この壁の中で生きられない人達。……そうね」

 

ジラは視線を横に流し、遠くを一瞬だけ見やった。

 

「エレンの言葉で言うなら、

 家畜として育てられない凶暴種」

 

「……なんだと」

 

凶暴種。

喉の奥が熱くなる。

 

「そういった人たちをひとまとめにして置くと、勝手に死んでくれて、手間が減った。効率的だね。

 って場所なのよ。――今の調査兵団は」

 

吐き捨てたわけでもない。

だけど、ジラの言葉はやけに冷たく聞こえた。

 

吐き気がする。

 

「ふざけんなよ」

 

足が勝手に動く。ジラとの距離が縮まる。

 

「そんなわけあるか。調査兵団は――」

 

「栄誉ある部隊?」

 

言葉を奪われる。

 

「壁の外で人類のために戦う、英雄たち?」

 

「そうだ!」

 

叫ぶ。

 

反射だ。理屈じゃない。

 

「本物だ!自由を求めて戦った!それで死んだとしても、壁の中で何も考えてないやつより何倍だって凄い!」

 

呼吸が荒い。

胸が痛い。

 

 

ジラは俺を見つめている。

そして、笑った。

 

優しくもなく、冷たくもなく。

ただ、確信を持った顔で。

 

 

「ミカサやアルミンが死んでも、同じこと言うつもり?」

 

喉が締まる。

空気が重い。

 

「……決まってんだろ」

 

即答できなかった自分に腹が立つ。

 

ミカサは死なない。あいつは強い。俺よりも。

アルミンは賢い。必ず道を見つける。

 

そう思わなきゃ、前に進めない。

 

 

ジラが一歩近づく。

逃げたくない。けど、心臓が速い。

 

「エレンは、巨人を駆逐したいのよね」

 

「ああ」

 

迷いはない。

 

 

「――巨人が人間だとしたら、あなたはどうする?」

 

 

風が止んだ気がした。

 

耳鳴り。

 

何を言ってる?

 

「は?」

 

「例えばの話よ。

 巨人の正体が、私たちと同じ人間だったら?」

 

冗談に聞こえない。

笑っているのに、目が笑っていない。

 

「そんなわけ――」

 

言い切れない。

 

巨人は人間を食う。笑いながら踏み潰す。母さんを喰った。あの光景が脳裏に焼き付いている。

――でも、人の姿をしている。

 

「もしそうだったら?」

 

ジラは逃がさない。

問いが、刃物みたいに突き刺さる。

 

「それでも駆逐する?」

 

胸がざわつく。

 

母さんの血。瓦礫。叫び声。

あの巨人の顔。

もし、あれが人間だったら?

 

人間が、母さんを喰った?

 

「……関係ねぇ」

 

声が低い。

 

「人間だろうが何だろうが、巨人として俺たちを襲うなら敵だ」

 

言いながら、自分の中で何かが軋む。

 

ジラは目を細める。

 

「意思、強いわね」

 

「当たり前だ」

 

迷ってなんかいない。

 

迷う理由がない。

 

「じゃあ、その人間に家族がいたら?」

 

言葉が重なる。

 

「あなたと同じように、母親を想っていたら?」

 

やめろ。

触れるな。

 

「それでも?」

 

視線が逸らせない。

 

「……俺は」

 

喉が乾く。

 

「俺は、自由が欲しい」

 

絞り出す。

 

「俺たちの自由を奪うやつは、全部、敵だ」

 

 

ジラはしばらく黙る。

 

風がまた吹き始める。

柵がきしむ音。

 

「エレン」

 

声が少しだけ低い。

 

「あなたは、本当に自由が欲しいの?」

 

「なんだと」

 

「それとも、怒りの行き先が欲しいだけ?」

 

心臓が強く打つ。

怒り。

 

母さんを奪われた怒り。

壁に閉じ込められた怒り。

 

何もできなかった自分への怒り。

 

「違う!」

 

否定する。

けど、胸の奥がざらつく。

 

ジラが近づく。

そのまま、俺の胸に指を当てた。

心臓の位置。

 

 

「――これを捧げるに値するのは、

 自由?それとも、復讐?」

 

触れられた場所が熱い。

振り払おうとして、できなかった。

 

「私はね」

 

ジラの声が静かに落ちる。

 

「調査兵団を、死に場所にするつもりはないの」

 

「……」

 

「命を投げる場所じゃなくて、命を使う場所にしたい」

 

命を、使う。

投げるんじゃなくて。

 

「そのためには」

 

ジラの目が鋭く光る。

 

「あなたが必要なの」

 

 

風が止む。

 

世界が、少しだけ軋む。

 

理解が追いつかない。

 

けど、言葉の重さだけは分かる。

 

 

「……だから引き抜き」

 

ジラはそう言って手を下ろして、1歩下がった。

詰めていた息が少し戻る。

 

「……俺に、何しろって言うんだよ」

 

「見える敵だけが敵じゃないのよ」

 

ジラはそう言って、また遠くを見つめた。

 

 

空が広い。

壁は見えない。

俺を囲っている檻。

 

それとは別になんかあるってのか?

ジラの問いが、頭の中で渦巻く。

 

巨人が人間だったら。

自由が怒りだったら。

調査兵団が、国の都合のいい処理場だったら。

 

 

「エレン」

 

名前を呼ばれる。

妙に真面目な響きで。

 

「次の休暇、私にくれない?」

 

「……は?」

 

一瞬、話が飛んだ気がした。

 

「休暇?」

 

「そう。必要な人を集めてるの」

 

必要な人。

その言い方が、妙に引っかかる。

 

「エレンは、特に重要な手がかりかもしれないのよね」

 

手がかり?

俺が?

 

胸の奥で、何かがドクンと鳴る。

 

俺はただ、巨人を殺したいだけだ。

外に出たいだけだ。

それ以外に、何があるって言うんだ。

 

「そこで、全部話すわ」

 

ジラの目が、まっすぐ俺を射抜く。

 

冗談じゃない。

ふざけてもいない。

 

本気だ。

 

「でも……」

「ミカサやアルミンには、内緒にしてね?」

 

その瞬間、反射的に眉が動く。

 

「なんでだよ」

 

「情報が漏れれば、死ぬ人が増えるわ」

 

淡々としている。

感情がないわけじゃない。

でも、覚悟がある声。

 

「――隠して」

 

心臓が強く打つ。

 

 

隠す?

 

ミカサに?

アルミンに?

 

あいつらは、俺の――

 

 

「……必要、なんだな?」

 

「えぇ」

 

「……俺、嘘つくの苦手なんだけど」

 

思ったより弱い声が出た。

 

ジラは小さく笑う。

 

 

「なら、余計なことは考えないで」

 

風がまた吹く。

黒髪が揺れる。

 

「言えないって言い続けるだけでもいいわよ」

 

簡単に言う。

 

「……お前、性格悪いな」

 

ジラは肩をすくめる。

 

「よく言われるわ」

 

それで終わりみたいに、あっさりしている。

 

 

沈黙が落ちる。

 

遠くで誰かの笑い声が聞こえる。

建物の向こう側。

壁の内側。

安全な場所。

 

でもここは、やけに息苦しい。

 

だから、確かめに行く。

その時はそれだけ決めて、俺はその場を離れた。

 

 

 

――その確かめる日が、今日だ。

 

ジラから示された場所について、初めて後ろを振り向いた。

 

……誰もいない。

ほんとに撒けるとは思ってなかった。

 

これで着いてきてくれてれば、撒くのが無理だったって言い訳できたのに。

 

 

喉が鳴る。

 

「……これでくだらねぇ話だったら、ぶん殴る」

 

誰に聞かせるでもなく呟いて、気を持ち直した。

 

 

 

で、扉を開けたら遅いって言われるし、説明は翌日って言われるしで、散々だ。

 

――明日のほうが揃うの。人が。

 

ジラの言い方に、帰る選択肢なんてなかった。

泊まるなんて言ってこなかったのに。

 

そのまま部屋に放り込まれた。

 

 

翌日。

泊まった場所から繋がっていた、地下へと歩く。何人かが同じ方向へと向かう。

 

来た時みたいに、またいくつかの扉を通ると、

 

そこは広い空洞だった。

 

 

思っていたより、ずっと大勢がいた。

同期も何人か見えた。

 

ジラ。

ライナー。

ベルトルト。

アニ。

ユミル。

フロック。

 

何だこの人選……。

 

 

奥にはよく分からない薄汚れた、どこか頭の良さそうなおっさん達。若いやつもちらほら。

中央憲兵の服を着た、なんか偉そうな人達も散っている。

 

それに。

 

 

――調査兵団の人だ。

エルヴィン団長と、リヴァイ兵長。

 

 

なんなんだよこれ。

俺はここにいていいのか?

ミカサやアルミン、やっぱり連れてくりゃ良かったか。

 

なんで居ないんだよ。

あれくらいで、撒かれてんなよ。

 

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