壁も巨人も、世界は私のために変われ!   作:an-ryuka

47 / 87
――前話の続き。


47.

 

地下の空洞が、まだ鳴っている。

 

フロックの声が終わっても、人のざわめきは止まらない。

石壁にぶつかって、跳ね返って、増幅されて、空気が震えていた。

 

その時。

声が、変わった。

 

 

「……ってことは、なんだ」

 

エレンだった。

 

「お前ら……」

 

怒りが声に滲む。

感情を隠すという概念がない。

 

「お前らが、壁を壊した巨人ってことか!?」

 

 

地下の空気が、一度だけぴり、と張り詰める。

 

「今まで、騙してたってことかよ!!」

 

叫びが、天井に叩きつけられた。

 

ライナーの肩が揺れる。

ベルトルトが息を飲む。

アニの視線が、ほんの少しだけ床からずれる。

 

 

――いい響き。

 

私は足場の陰から少し身を乗り出して、広間全体を見渡した。

 

中央憲兵。

技術者。

「牢屋」に入れてた、私のお気に入り。

 

調査兵団。

外から来た者。連なるもの。

 

全部混ぜて、火にかけて、今ちょうど沸騰し始める。

 

 

フロックを見ると、彼はもう動き出していた。

視線が合った。

 

――任せたわ。

 

言葉にしなくても伝わる。

フロックは短く頷き、エレンたちの輪に入り込んだ。

 

 

私は広間全体を眺め直す。

 

ざわめきの層が、いくつも重なっている。

信じたい声。

否定したい声。

純粋に怖がる声。

ただ現実味がなくて笑っている声。

 

その中からまたひとつ、大きく歯向かう音が飛び出した。

 

低く、よく通る声。

 

「お前ら、本気で今の話信じてんのかよ」

 

声の主は、広間の真ん中あたりに立っていた。

まだ若い。

……以前憲兵団から連れ去った子かな。牢屋に入れてた子。

 

怒っている。

怖がっている。

それでも、自分の言葉を飲み込む気がない。

 

――いいね。

 

私は自然と笑っていた。

 

その周りで、何人かがつられて声をあげる。

「そうだ」「いきなりそんな」と、小さな賛同の声。

 

そう来なくっちゃ。

色んな意見が欲しいから、私は今日という日を作ったんだ。

 

 

広間の端が静かに変わる。

 

出入り口。

石の少ない出入口。

 

動きは大きくない。

だけど配置だけは、はっきりと「封鎖」と呼べる形になる。

 

立体機動装置を付けている中央憲兵の子も何人か。

腰の装置が鈍く光る。

 

 

その様子に気づいた技術者が、一人、二人と顔色を変えた。

 

予定通り。

 

これは、事前に私が指示していた。

 

――一通り終わるまで、誰も外には出さないで

 

 

リヴァイ兵長が壁に背を預けたまま、難しい顔をしているのが見える。

 

エルヴィンは、視線を出入り口に滑らせてから、すぐにまた全体を見渡していた。

あくまで全体のバランスを測っている顔。

 

扱いやすくはないけれど、読める。

この人達は、自分の役割から外れない。

 

 

……さて。

 

私は足場の影から完全に出て、一歩踏み出す。

 

さっきの男の声が、また飛んでいる。

 

「巨人になるだの、外の国だの、マーレだのエルディアだの!

 そんなもん、今まで一度も聞いたことねぇ!

 なのに今日、地下に呼び出されて、いきなり『世界はこうでした』って――」

 

彼はフロックのほうを指さしている。

その指が少し震えている。

 

「そいつの言うことだけ信じろってか?

 全部王政が悪い、外の国が悪い、だからお前らは協力しろ?

 ――冗談じゃねぇ!」

 

何人かが「そうだ!」と声を上げる。

 

技術者の一人。

牢屋組の細身の青年。

 

私が動くと、自然そうな顔で、ケニーがついてきた。

 

 

――ケニー。

昨日合流するはずだったのに、来たのは演説開始直前。

 

少しだけ、目が合う。

 

「――アルミンと、何かありましたか?」

そう訊ねる。

 

ケニーは肩をすくめた。

「別になんもねぇよ」

 

 

嘘ね。

 

……でも、今じゃない。

 

私はそのまま視線を切って、男との距離だけを詰める。

 

 

「……ジラさん」

 

 

私に気づいた誰かが、小さく名前を呼んだ。

ここにいる人で、私を知らない人の方が珍しい。

 

広間のざわめきの一部が、私のほうへ向く。

 

 

中央政府に切り捨てられた技術者たち。

――私は消すフリをして牢屋へと匿った。

 

貴族の書物を漁る際に私に歯向かった人。

――使えそうな人は牢屋へ連れ去った。

 

中央憲兵はケニーを通じて私に従っている。

 

それぞれの視線は、信頼と警戒が入り交じる。

 

 

――とても楽しい。

混乱と、期待と、警戒と、恐怖。

 

 

主役はフロック。私は影。

そう決めた日のはずなのに。

 

「……お前が黒幕か?」

 

さっきの男が、私を睨みつけた。

目はいい。濁っていない。

 

数歩手前で止まる。

一番よく声が届く距離。

 

 

「そうね。

 ここにいる人は、私が使えると思った人。

 私が集めました」

 

男の眉が、ぴくりと動いた。

ケニーが後ろで小さく吹き出した気配がした。

 

私はそのまま続ける。

 

「そして、貴方たちは、

 ――使えないなら邪魔になる」

 

 

ざわめきが、またひとつ波を打つ。

 

「は?」「邪魔って……」「必要だって言ったのに」

それぞれの小さな反発が、空洞のどこかで弾ける。

 

男は私から視線をそらさない。

 

 

「……随分な言い草だな」

 

「嘘をつく理由はないんです」

 

私は柔らかく答える。

 

泣きながら「家に帰してくれ」と繰り返すような人は、ここにはいない。

私はそんなやつは最初から集めない。要らないわ。

 

 

「あなた達は嘘に包まれた、優しい言葉なんでどうでもいいでしょう?」

 

 

自分の意志を持って、選ぶことのできる人だけを集めた。

叫んでもいい。噛みついても、笑っても、黙って見ていてもいい。

 

自分を手放さない人。

 

 

「……それに」

 

私は少しだけ声を落とした。

 

私は、笑ったまま続ける。

 

 

「意見は欲しいんです」

 

 

周囲のざわめきが、少し止まる。

 

 

「ここで出る意見は、いずれぶつかるのが分かりきってる障害みたいなものだもの」

 

「障害って……」

 

近くの男が苦笑する。

でも、その言葉を飲み込まない。

 

 

私は、全部聞いた。

 

一つ一つ、味わうみたいに。

 

冷静な声。喧嘩腰の声。

自分でも何を怒っているのか分からなくなっている声。

ただ泣きそうな声。

 

全部、ここで1度聞いておきたかった。

混乱は、毒と一緒。

 

とても、美味しい。

 

 

「楽しいか?」

ケニーが声を出す。

 

私は笑を浮かべながら振り向く。

「はい。とても」

 

 

それを聞いていた男が、淡々と問う。

 

「人類のためって言いながら、あんたは俺たちを殺すつもりなんじゃないのか?」

 

「はい」

 

私は躊躇なく頷く。

 

「そうなる可能性もありますね」

 

「……!」

 

男の拳が、びくりと震えた。

 

「私は分かっててやっているんです」

 

声を少しだけ柔らかくする。

 

 

「混乱させるのは、趣味ですけどね」

 

広間のあちこちで表情が生まれる。

疑心と不安。

 

趣味だけれど、それでもこの混乱は必要なものなの。

言い訳みたいに、頭のどこかでそう繰り返す。

 

 

私の性格がわかってきた人には、呆れ顔も目立ってきた。

整理が早い人。感情と事実の区別が着く人。

外なんてどうでもいいから、早く自分の実験に戻りたいって顔の人もいる。

 

 

目の前の彼は、納得がいってない。

でも諦めない。

 

私は、考える前に言葉を出していた。

 

 

「――外に出してあげましょうか?」

 

ケニーがわずかに動いたのが分かった。

打ち合わせでは、無かった言葉。

 

 

自分達が置かれてる状況を、本当に飲み込ませるため。

 

天国と地獄、希望と絶望、安堵と恐怖。

その全部を、短い時間で味わわせる。

 

 

「逃げてもいいです。私が許可しましょう」

 

空気が止まった。

 

「……は?」

 

男の勢いが止まる。

 

私は穏やかに笑みを浮かべた。

 

「外の人に、この事を言ってもいい」

 

夢見がちな言葉として一掃されるだけかもしれない。

混乱が広がって、私が祭り上げられて殺されるかもしれない。

 

「私はそれでもいいの」

 

声は、最初から最後まで楽しそうに。

 

 

「だって――楽しいもの」

 

本心だ。

人の隠されてない行動が何処へ向かうのか、誰がどこまで信じるのか、波紋がどのように広がるのか。

 

全部、興味がある。

 

……本当に歩き出したら、その瞬間に彼は処理対象になるかもしれないけれど。

 

 

だから、口にする。

 

「でもね」

 

そこで、はっきりと言葉を切る。

 

「困るのは、あなたたちよ」

 

 

ざわめきが、また広がる。

 

「どういう……」「困るって何が」「脅しか?」

 

私は一人一人の顔を、舐めるように見ていく。

 

「一時的には、平和が戻るわ」

 

低く、穏やかに。

 

「ここから出て、何も知らなかったふりをして。

 今日聞いた話を、『変な夢』か『酔った話』か何かとして笑い話にして」

 

男の喉が、また動いた。

 

「いつも通りの日常が戻ってくるかもしれない」

 

 

朝、起きる。

パンを焼く匂い。

水を汲む音。

隣の家の子どもの泣き声。

 

「いつも通り、兵舎に行って。

 いつも通り、壁の上に立って。

 いつも通り、『巨人が来ませんように』って祈りながら見張りをする」

 

私は一歩、男に近づく。

 

 

「いつもと変わらない、狭くて、退屈で、それなりにぬるま湯な日常」

 

男の目に、一瞬だけ何かが浮かんだ。

 

小さな家。

低いテーブル。

粗末な皿と、その向こう側。

 

誰かが笑っている顔。

 

 

「でも」

 

私はそこで、わざと声を切る。

 

「いつか」

 

広間全体を見渡す。

 

「突然、全てが終わる」

 

 

空気が、きしむみたいに冷えた。

 

「外の国の技術が完成して、

 巨人を簡単に殺せると、確信を持ったとき」

 

ゆっくりと指を鳴らす。

 

 

「この壁の中は、一瞬で滅ぼされる」

 

技術者の一人が青ざめた顔で唇を噛む。

牢屋組の男は腕を組む。

 

 

「あなたが見慣れた街も」

 

頭の中に、中央区の夜景が浮かぶ。

 

 

「あなたがさっきまで『守ってきた』と思ってる人も」

 

「あなたが『何も知らないままでいてほしい』と思ってる誰かの暮らしも」

 

一拍。

 

 

「まとめて灰になる」

 

 

誰かが「やめろ」と呟いた。

 

私は首を傾げる。

 

 

「やめないわよ」

 

にっこり笑う。

 

「だって、言わないと分からないでしょう?」

 

 

ライナー達から聞いた話と、書庫の記録。

それと彼らの日常を混ぜて、少しだけ脚色しているだけ。

 

 

「あなたの大事なものは何?」

 

私は、男だけを見る。

 

他の誰でもない。

 

 

「名前でもいいわ。場所でも人でもいい」

 

男の指先が、ぴくりと動いた。

 

 

「それを守るために、あなたは動こうとはしないの?」

 

その瞬間、この男だけが、広間の真ん中にぽつんと取り残されたみたいに見える。

 

 

周りのざわめきが、遠くなる。

 

私は、少しだけ優しい声を乗せる。

 

「――全部終わったら、会えるわよ?」

 

 

あくまで明るく言う。

 

「全部終わった後、あなたは堂々と帰ればいい」

 

「その時、あなたは言える」

 

男の目が、私を見ている。

 

 

「俺はこの場所を守ったって」

 

家族の前で。

大事な人の前で。

自分自身に。

 

 

「……そんな、うまくいく保証はどこにある」

 

男が、かすれた声で問う。

 

「ないわよ?」

 

即答する。

 

「何一つ、ない」

 

保証なんてない。

自分で選択しなければならない。

 

 

「保証がないからこそ、覚悟が要るのよ」

 

淡々と続ける。

 

 

「『知らないままでいる』覚悟か」

 

男の頬に、引きつった笑みが浮かぶ。

 

 

「『知ったうえで動く』覚悟か」

 

肩が、わずかに震える。

 

 

「選ばせてあげるわ?」

 

 

その男はもう、外へと動かなかった。

 

代わりに、ゆっくりと元いた場所へ戻る。

誰にも聞こえないくらいの声で、ぽつりとこぼした。

 

「……残る。」

 

 

その言葉は小さかったのに、妙に広間に残った。

 

一人が選ぶと、空気が変わる。

ざわめきの質が、ほんの少しだけ変わる。

逃げたい声より、飲み込もうとする声が増える。

 

――いい。

 

 

その時、遠くからフロックの声が聞こえた。

 

 

「――全部ジラのせいにしとけ」

 

……なんの話してるのかしら?

思わず笑いそうになった。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。