壁も巨人も、世界は私のために変われ!   作:an-ryuka

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――少し時間は戻る。


48.フロック視点

 

「……ってことは、なんだ」

 

空気の色が変わったのが、耳より先に分かった。

 

エレンの声だ。

少し落ち着いて、ライナー達が呼ばれたやつの立ち位置でも理解したか。

 

「お前らが……」

 

怒りってより、困惑が先に伝わる。

 

「お前らが、壁を壊した巨人ってことか!?」

 

地下の空洞に声が響き渡る。

 

「今まで、騙してたってことかよ!!」

 

叫びが、天井にぶつかって跳ね返る。

俺は無意識に舌打ちを飲み込んだ。

 

――そりゃそうなるよな。

 

足をエレンへと向ける。

 

ジラに一瞬目をやると、少し微笑まれた。

――任せたわよ。

 

はいはい。俺がやればいいんだろ。

 

 

エレンがライナー達のほうへ詰める。

 

早口で言葉を並べて、途中で噛んで、怒りと困惑で顔をぐしゃぐしゃにして。

 

「……だからなんだよ。人殺しだろ!俺らの敵はこいつらなんじゃねぇのか!?」

 

あーどうすりゃいい。これ。

 

ライナーは答えずに、ただ表情を固めて俯く。

ベルトルトの肩が、目に見えてびくっと揺れた。

アニは表情変わんねぇけど、指先にだけ力が入ったのが見えた。

 

ユミルは緩く体勢を崩したまま、舌打ち混じりに息を吐いた。

 

「……おーい、でけぇ声出すなよ、耳キンキンする」

 

 

言い方はふざけてるのに、空気は読んでる。ちゃっかりしてるな。

 

ただ、それでもエレンは、ライナー達を睨みつけたままだ。

 

「答えろよ、ライナー!」

 

「……エレン」

 

ライナーの喉が、乾いた音を立てる。

 

俺は足を止めた。

これは1回出させ切った方がいい。

 

「お前らが……俺の家、ぶっ壊したんだろ」

 

エレンの拳が震えてる。

殴る寸前、ってほどじゃないけど、今誰かが一言余計なこと言えば、確実に飛ぶ。

 

「黙ってたのかって聞いてんだよ!」

 

エレンが吐き出す。

 

「何年も、同じ飯食って、同じ訓練して! 笑ってたよな!? なんでだよ!」

 

ベルトルトが顔を歪める。視線が床を泳ぐ。

ライナーは、歯を食いしばったまま、かろうじて声を絞り出した。

 

「……そうだ。それが、必要な状況だった」

 

声、低っけぇな。

エレンが一瞬だけ詰まる。

 

「状況とか知らねぇよ!」

 

即座に吠え返す。

 

「俺の母さん、喰われたんだぞ! 全部、お前らのせいだろ!」

 

同期はだいたい知ってる。

だから駆逐するために調査兵団行くんだろ。

 

 

さんざん喚きを聞いた後、俺は足を踏み出す。

 

「……お前な」

 

口を開く。

もう大体言い尽くしただろ。

 

声が届く位置で止まる。

 

「さっきの話聞いてなかったのか?

 頭、鶏かよ」

 

エレンが「は?」って顔で俺を見る。

こっち見るな。今お前の視線くっそ重いんだよ。

 

見回す。

 

ユミルがめんどくさそうに俺をチラ見る。

ライナーはあからさまに嫌そうな顔。

ベルトルトは気まずそうにしてるし、アニは……あぁ、見るのをやめた。

 

知るか。

 

 

「壁、壊したのはこいつらだ」

 

ライナー達を顎でしゃくる。

 

「それは変わんねぇ。

 お前の家も、壁の中が散々な目に遭ったのも、こいつらのせいだ」

 

「じゃあ――」

 

エレンが食いかけてくる前に続ける。

 

「でもそこで止めたら、なんも変わんねぇんだよ」

 

地下の空洞にさっきの言葉が残ってる。

エルディア人。

マーレ。

外の世界。

 

全部聞いた後で、「全部お前らが悪い」で終われるなら、それはそれで幸せだ。

 

 

「お前、いつも言ってたよな」

 

俺はエレンをまっすぐ見る。

 

「自由のために戦うとかなんとか」

 

エレンがギロッと睨み返す。

 

 

「こいつらは、自分の人類を守るためにここ来てたってだけだ。自由なんてねぇんだよ」

 

「そんなわけ――」

 

エレンが噛みつく。

 

「今のエルディア人に、自由なんてねぇ」

 

言葉を被せる。

 

「誤魔化しようがねぇくらいの話だって、さっき散々説明したろ」

 

外の人間から見りゃ、俺らは「悪魔の末裔」。

 

その「悪魔の末裔」の中の一部が、さらに「戦士」とか名乗って、壁ぶっ壊してる。

そこに自由なんて一ミリもねぇ。

あるのは、だれがどの地獄を選んだかって話だけだ。

 

 

エレンが、息を荒くしながら俺を睨む。

 

「じゃあ、笑って許せってのかよ」

 

「誰もそんなこと言ってねぇ」

 

鼻で笑う。

 

「殴りたいなら殴ればいいし、殺したきゃ勝手にやればいい」

 

ユミルが「おいおい」って顔する。

ライナー達は、目の前の「殴られるかもしれない現実」に表情を固くしてる。

 

俺は続ける。

 

「ただ、今ここで殴ってスッキリしても――」

 

巨人は消えない。

外の世界の兵器も止まらない。

マーレは、エレンの母親の名前すら、知らない。

 

「……世界のほうは、何一つ変わんねぇぞ」

 

エレンの喉が、ごくりと鳴った。

拳はまだ震えてる。でも、一歩分だけ、足が止まった。

 

 

 

空気が、少しだけ緩む。

 

その隙を逃さないみたいに、ユミルが口を挟んだ。

 

「ま、騙してたのは事実だろ」

 

わざとらしく、嘲りを入れる。

 

俺はでかい溜息をひとつ吐いて、肩をわざとらしくすくめた。

 

「色々思うとこはあると思うが」

 

壁にもたれて腕を組みながら、全員をざっと見る。

 

 

「全部、ジラのせいってことにでもしておけ」

 

 

一瞬、空気が固まった。

 

 

次の瞬間、ユミルが吹き出す。

 

「ははっ、そうだな! 全部ジラのせい!」

 

手をひらひらさせて、悪ふざけみたいな声で続ける。

 

「巨人も外の国も、壁壊したのも、誰が死んだも生きてるも、

 ぜーんぶジラのせいってな」

 

「さすがにそれは無理が……」

 

ベルトルトが控えめに突っ込む。

 

俺は鼻で笑った。

 

「それでいい。それくらい押し付けておけ」

 

 

「はぁ……?」

 

エレンが眉を寄せる。

毒気を抜かれた、って顔。

 

 

アニが軽い声を出す。

 

「……いいね。乗った。ジラが悪い」

 

目は笑ってない。

 

「……あぁ。ジラは悪いやつだ」

 

ライナーまで、小さく呟いた。

重てぇ顔のまま。

 

 

俺はまだ分かってねぇエレンに目を向ける。

 

「……本当は違うって、全員分かってんだ」

 

エレンを見て、俺は肩を竦める。

 

「分かってても、今だけはそう思っとけ。

 誰も文句言わねぇよ」

 

エレンが少し目を伏せて、ぼそっと言う。

 

「……確かに?」

 

 

ベルトルトがぽつりと漏らした。

 

「責任を押し付ける先にしろ、ってことか」

 

「そういうことだ」

 

「責任の押し付け先が、自分から怪物になりに行ってるやつなら、罪悪感も何もねぇだろ」

 

口に出しながら、胸の奥がほんの少しだけざわっとする。

 

――怪物、な。

 

 

「違う」

 

ライナーがそこで口を挟んだ。

 

声が擦れてる。

ただ、罪悪感で潰れかけてる男の声。

 

 

「……全部、俺のせいだ」

 

「……」

 

エレンの喉が鳴る。

 

ライナーの低い声が続く。

 

「お前の母親も、故郷も。

 それに……壁の中で死んだ連中も、今死んでいってる奴らも」

 

拳を握る音が聞こえそうだ。

ベルトルトが横で眉を歪め、アニはほんの少しだけ目を伏せる。

 

「全部、俺のせいだ」

 

 

ライナーの言葉に俺は首を振る。

 

「別に、罪悪感を奪いたいわけじゃねぇ」

 

ライナーの視線が、こっちを刺す。

 

「お前がやったことは、お前のだ。

 それはそれで背負い続けろよ」

 

そうじゃなきゃ、バランス取れねぇ。

 

「でも――」

 

俺は顎で、広間の方をしゃくった。

 

中央憲兵の奴らがいつの間にか、広場から人を移動させていた。

残ってるのは俺らと、ジラと、調査兵団の二人だけ。

 

 

「ここから先の地獄は、ジラが選んで作ってる地獄だ」

 

「外の国も、巨人も、エルディア人って言葉も、

 全部もうそこにある」

 

喉の奥が熱くなる。

自分で言ってて、さっきの演説の続きみたいでムカつく。

 

「何をどう使うか決めてんのは、ジラだ。

 あいつが、じゃあこうするって選んだ道の上に、俺らは今から乗っかる」

 

 

「今までの分は、ライナー。お前のでいい。

 でも、これから先の分は、ジラの選択に乗る俺達の責任だ」

 

 

エレンはしばらく黙ってたが、やがて、ゆっくり息を吐き出した。

 

「……よく分かんねぇ」

 

「だろうな」

 

理解なんか、一度でできる話じゃねぇ。

 

 

また1度、静まりかえる。

遠くでジラの楽しそうな声が聞こえる。

……何話してんだよあいつ。

 

 

 

 

沈黙を、アニの声が切った。

 

 

「……で」

 

目だけで軽くエレンを見やる。

 

「そのジラがさ。

 なんでエレンを呼んだか、誰か知ってる?」

 

エレンが一瞬「は?」って顔をする。

ライナーたちの目が、僅かに鋭くなる。

 

 

あー……そこ、言ってなかったか。

 

ライナーが、エレンを真っ直ぐ見た。

 

「エレン。お前、本当に何も知らねぇのか」

 

「は?」

 

「巨人になる条件とか、血の話とか。

 誰かから何か聞かされてたりしねぇのか?」

 

エレンは即座に噛みつく。

 

「聞いてたら、さっきみてぇな顔してねぇだろ!」

 

怒鳴りながらも、自分で分かってる。

さっきのあいつの驚き方は、演技じゃねぇ。

 

「俺はただ、巨人ぶっ殺したいだけだ!」

 

エレンは乱暴に胸を叩いた。

 

「外の国の名前も知らねぇし、

 エルディア人だのマーレだのも、さっき初めて聞いた!」

 

それ自体は、本当の声だ。

 

ベルトルトがエレンをじっと見てから、小さく漏らす。

 

「……嘘をついてるようには、見えない」

 

「あたしも」

 

アニが足す。

 

「エレン、演技下手だし」

 

「おい」

 

本人がちょっとムッとする。

反論できねぇ顔してんだから仕方ねぇだろ。

 

 

「ジラに何か、言われてないの?」

 

アニが、さらに追い打ちをかける。

 

 

エレンは少し黙った。

黙ってから、ぶっきらぼうに口を開く。

 

「必要な人、とは言われた」

 

「他には?」

 

ライナーが低く促す。

 

「巨人を駆逐したいなら、

 見える敵だけ見てても足りねぇ、とか」

 

エレンの眉が寄る。

 

「あと、手がかりかもしれねぇ、って」

 

ライナーとベルトルトの視線が、さらにエレンに集まる。

 

 

――めんどくせぇ。

 

俺は露骨に息を吐いた。

 

「……やめとけよ、お前ら」

 

「何がだ」

 

ライナーが刺すような目をする。

 

「今ここでエレンさらって帰ったら任務達成できるんじゃねぇか、って顔だよ」

 

出口ちらちら見やがって。

ジラがそれ許すとでも思ってんのか?

 

部屋の空気が、わずかに刺々しくなる。

 

ライナーの肩がぴくっと動く。

ベルトルトは目を逸らした。

 

エレンはその空気を肌で感じて、牙を剥きかける。

 

 

「落ち着け」

 

1歩エレンの前に出る。

 

「それが悪手だってことくらい、分かってんだろ」

 

ライナーの拳がきしむ。

 

「……分かってる」

 

歯ぁ食いしばった声が、それ以上を飲み込んだ。

 

また、誰も喋らない。

 

遠くから、またジラの声が漏れてくる。

「……楽しい」「……希望」「……死ぬ」「……使う」

ロクなこと話してねぇな?

 

 

「夢とかは?」

 

アニが淡々と蒸し返す。

 

「変な夢見たりとか。誰かの記憶見たりとか」

 

「あぁ、やっぱあれ、そういう事なのかよ……」

 

ユミルがぼやく。

その顔は冗談半分、諦め半分。

 

ライナーとベルトルトの顔が沈む。

 

エレンはそれに気付かずに、ただ腕を組んだ。

 

「変な夢くらい誰だって見るだろ。

 巨人ぶん殴ってる夢とか、

 壁ぶっ壊してるやつ逆にぶっ飛ばす夢とか」

 

アニはしばらくエレンを見つめてから、溜息をついた。

 

 

「……そういう事じゃない」

 

「じゃあどんな――」

 

 

 

「もうやめろ」

 

ユミルが、どさっとその場に座り込む。

 

「難しい話は、もう腹いっぱいだ」

 

その言い方が妙に本音っぽくて、ちょっとだけ笑いそうになった。

 

 

「……ユミル、お前は?」

 

エレンがふと問う。

 

「巨人になれるんだろ。

 さっきの話だと、お前も外の側だ」

 

ユミルは、床に座ったまま笑った。

 

「外から来たのは本当だ。

 でも、あたしは巻き込まれただけだっつーの」

 

「その名前で?」

 

アニの言葉で、空気が一瞬ピリつく。

 

 

俺は肩を竦める。

 

「ジラのことだ。

 何かしらお前らを集めた狙いはあるんだろ」

 

 

ライナーが、そこで初めて俺を見た。

 

「フロック。お前は……どこまで知ってる」

 

「さっき喋った分がほぼ全部だ」

 

納得してない顔だ。

ライナーは重々しく口を開く。

 

「お前はジラのなんなんだ」

 

 

ジラに最初に捕まったときが、頭をよぎる。

 

夜中の手紙。壁の影。甘えてるって言われたこと。

世界の敵になって。

私だけの味方でいて。

 

……言いたくねぇなぁ、これ。

 

 

でも、ここで黙ると、また要らねぇ考え持たれるんだろ。

一緒くたに見られるのも気に食わねぇ。

 

 

「……俺は」

 

拳を握り直す。

ジラの喉の感触を思い出した。

 

 

「俺は、ジラ殺すために動いてる」

 

エレンの目が丸くなる。

 

「はぁ!?」

 

 

ユミルが吹き出した。

ライナーは息を止める。

ベルトルトとアニは、何故か逆に「やっぱり」みたいな顔をした。

 

 

「いや、訳わかんねぇよ!」

 

エレンが両手を振る。

 

「ジラを殺すって、お前さっきまであいつの計画だの未来だのなんだの……!」

 

「矛盾はしてねぇよ」

 

俺は肩をすくめる。

 

「必要なら殺すって話だ」

 

喉の奥が熱い。

あの日、ジラの首を握った指の感触が、また蘇る。

 

「途中で折れたり逃げたら、俺が殺すって、

 ジラと約束してる」

 

 

ユミルの目がぎらっと光る。

 

「クソ重いな。浮気じゃねぇのこれ」

 

横からアニがさらっと乗る。

 

「あぁ、ジャン。そういえば居ないね」

 

 

「黙れ。それは今関係ないだろ」

 

即座に遮った。

ここはあいつの出る場所じゃねぇ。

関係ないとこまで出張ってくんな。イラつく。

 

 

空洞の端から、かすかに声が聞こえる。

 

エルヴィン団長の落ち着いた声と、それに返すジラの、どこか楽しそうな声。

リヴァイ兵長の舌打ち混じりの短い言葉。

 

あれは、

……まだ終わりそうにねぇな。

 

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