フロックがまだ、エレンたちと会話してる最中の話。
私は牢屋の人達との話を一通り話終えた後、副官さんへと声をかけた。
「封鎖はもういいわ。各部屋に返してあげて」
「分かりました」
私は軽く後ろへと振り向く。
「ケニーは見学していくかしら?」
「あー……気にはなるが。ちょいと野暮用があるんでな」
ケニーは調査兵団、――リヴァイの方を少しだけ目で追った後、そう言った。
そのまま悪巧みのような顔をして、地下から出ていく。
……引っかかる。
けれど、ケニーはわざとそうやって私を揶揄う事も多い。
やっぱり後回しだ。
フロックの視線が私へと向く。
私がにこりと笑うと、何故か眉根を寄せた。
不満そうね。
もう少しかかるわよ。
調査兵団の2人の元へと、足を伸ばす。
エルヴィン団長とリヴァイ兵長が、私に顔を向けた。
「どうでした?」
私は貴族らしい笑みを作ると、リヴァイ兵長は露骨に嫌そうに顔を顰めた。
「……胸糞悪ぃ」
最初の一刀目がそれ。
私は笑う。正直な言葉は好きだ。
彼の眉はさらに寄った、
「演説もお前の行動も、どっちもな」
低い声。
言葉自体は否定じゃないのに、全部をまとめてぶった斬るみたいな重さがある。
エルヴィン団長は、すぐには何も言わない。
視線だけが、私と、フロックと、地下に集められた人間たちとを順番になぞる。
空気を飲み込んでから、彼は静かに口を開いた。
「素晴らしい演説だった」
「ありがとうございます」
思わず口角が上がる。
素直に褒められるとは思ってなかった。
「ただし」
続く言葉も予想通りだった。
「危険でもある」
「……どのあたりでしょうか?」
私は首を傾げる。
分かってるくせに、わざわざ聞く。エルヴィン団長がどれだけ見えているか、試したくなる。
「希望を与える言葉ほど、人を殺す」
「…………」
「壁の中で眠っていた者達に、君は『世界と対等になれるかもしれない』と告げた。
巨人だけでなく、そのさらに先を敵に回してなお、戦えるかもしれないと」
一つひとつの単語を丁寧に選ぶ声。
「それを信じる価値があるかどうかを、我々はまだ確かめられていない」
――そう。だから、ここに連れてきた。
私は喉の奥で笑いを飲み込んでから、肩をすくめた。
「希望を見せずに、人を動かすことはできません」
「そして、希望だけで動かせるなら、調査兵団はここまで死んでいない」
リヴァイ兵長が吐き捨てる。
「餌があって、死体が並んで、それでもまだ前に進もうとするクソ野郎共が揃って、やっと一歩だ」
言い方は乱暴でも、言ってることは本質的だ。
「なので、餌だけじゃなく、地図も渡しているつもりです」
私は軽く指を動かす。
地下の壁に立てかけられた古い地図。
その地図の外側に、まだ誰も知らないはずの線が薄く描き足されている。
マーレ。
他の大陸。
海。
「……その地図、どこから手に入れた?」
エルヴィン団長の目が鋭くなる。
「答えは二つあります」
私は指を二本立てて見せる。
「一つは、壁の中。
中央の書庫と、貴族たちの個人的なコレクションから」
「もう一つは?」
「壁の外から」
私は目線を同期が固まっている場所へと向けた。
目が一瞬合ったユミルは、舌打ちしてすぐに逸らした。
ライナーは重々しく顔を伏せ、ベルトルトは視線を泳がせる。
アニは、見ているのか見ていないのか分からない目でこちらを盗み見ている。
エルヴィン団長の喉が微かに動いた。
「……彼らか」
エルヴィンの声に、抑え込んだ高鳴りが混じる。
「お前、どこまで知ってやがる」
リヴァイ兵長が眉間に皺を寄せたまま、あからさまに苛立ちを露出させる。
私は笑う。
貴族らしい、品のいい笑顔のまま。
「情報を出し惜しみするつもりはありません」
「は?」
リヴァイ兵長の目が細くなる。
「人類全員に一斉に全てを教えたっていいんです」
でもそれだと私が楽しいだけで、一瞬で終わってしまう。
フロックの演説は良かった。
私が立たなくて本当によかった。
私は少しだけ視線を逸らして、フロックと目を合わせる。
さっきまでとは違う、観客に向けた熱ではない目。
自分の吐いた言葉の重さと、足元に集まった視線の重たさを同時に受け止めている顔。
うん。それがあなたの場所。
「調査兵団を、
命を投げ捨てる場所から、命を使う場所にしたいんです」
あの夜、エレンに言った言葉を繰り返す。
この言葉は耳障りがいいから。
エルヴィン団長の目が、僅かに揺れた。
「そんなもん、どっちもどっちだろうが」
リヴァイ兵長が吐き捨てる。
「世界の終わりを抱えさせて、頂点にでも立ってる気分か?」
「そうですね。とてもいい気分です」
頂点ではない。でも、似たようなものと言われても否定はできない。
私は上機嫌に首を傾げる。
「ですが、世界の終わりなんてまだまだ先でしょう?
簡単に終わってしまってはつまらないです」
地下の空気がざわつく。
フロックの演説の余熱がまだ残っている。
エレンは前列で拳を握りしめたまま、まだ何かを噛み砕いている顔。
ユミルは壁にもたれて、大きくため息をついている。
ライナーは頭を抱えたいのを堪えるみたいに肩を震わせていた。
――いい。
みんな、ちゃんと壊れかけてる。
「エルヴィン団長」
私は敢えて団長だけを真っ直ぐ見る。
「あなたは、知りたかったのでしょう?
壁の外に何があるのか。
人類が本当にここだけなのか。
そして、調査兵団が何のために殺され続けてきたのか」
エルヴィンの瞳孔が、わずかに収縮する。
図星。
「答えは、もう半分は揃っている。
残り半分は、あなた方の力が必要です」
「……取引か」
団長の声が低くなる。
「あら。取引だなんて」
私は笑う。今度は少しだけ、本音が混ざる。
「私はただ、あなた達を使いたいだけです」
リヴァイの目つきがさらに悪くなる。
「言い切りやがったぞ」
「正直な方が信頼できるでしょう?」
「そうか?今すぐ殴りてぇが」
「リヴァイ兵長」
エルヴィンが制した。けれど、その横顔も笑ってはいない。
「ジラヴェラといったな」
「はい。
今はジラヴェラ=ジェネリンドで通してます」
リヴァイの目が一瞬だけ細くなった。
本名ではない気配に反応した。どうせ調べればすぐに分かる。けれど、今はまだ突っ込まない。
エルヴィンは短く息を吸う。
「君の目的はなんだ。
何のために動いている?」
私の思考が一瞬止まる。
目的、そうか。言語化したことはなかったかもしれない。
「……私は全ての人に選ばせたい。
正解などない中で、自分から地獄へと歩を進めて欲しい」
あぁ、ダメだ。顔が高揚感でひきつる。
この思想はきっと受け入れられないのに。
「上から見てるだけに飽きたんです」
「私は地獄を歩きたい。
全員仲良くみんな地獄で歩けたら、楽しいかなって」
エルヴィン団長の目が、わずかに笑ったように見える。
その笑いは、私が初めて見る種類のものだった。
「分かった。
君がどこまで知っていて、どこまで歪めているのか。
それを確かめるところから始めよう」
「歪めている前提なんですね」
「人は、都合よく世界を見るものだ」
その台詞は、自分にも向けているように聞こえた。
リヴァイは大きくため息をつく。
「エルヴィン、こいつの相手、本気でやる気か」
「他に、選択肢があるか?」
エルヴィンが静かに問う。
「このまま何も知らなかった振りをして、壁の中に戻るか」
「悪と決めつけ排除し、調査兵団が主導を取り進んでいくか」
「この娘と手を組み、この混沌を利用して壁の外に踏み出すか」
沈黙
リヴァイは舌打ちを噛み殺すように口を歪めた。
「……クソみてぇな三択だな」
「四択目もありますよ?」
私は穏やかに割って入る。
二人の視線が、再び私に戻る。
「私を悪役にして、不穏分子を一掃してからの、一致団結とか」
リヴァイの目が細くなり、エルヴィンの眉が僅かに動いた。
「君は、それを望んでいるのか?」
エルヴィンの質問は面白い。
普通なら、そんなつもりは、とか誤解です、とか言うところだけれど――。
私は笑った。喉の奥の冷たさを、自分でも楽しみながら。
「それも面白そうですね」
「…………」
「少なくとも、それしか選べませんでしたって顔をされるのは、死ぬほど嫌なんです」
「殺すなら、選んで殺してほしい。
私が怪物になったからか。
世界の都合か。
あなた達の正義か。
そのどれなのかを、ちゃんと自覚して、決めてほしい」
フロックと交わした約束が、喉の奥でじんじん疼く。
途中で折れるな。
途中で逃げるな。
言い訳にするな。
――それは、私にも返ってくる。
「……だから君は、彼を前に出したのか」
エルヴィン団長がぽつりと呟く。
鋭い。楽しい。
「ええ。
それだけって訳でもないですけれどね」
フロックは私を殺してくれると言った。
なら、同じ立場くらいにはなってもらわないと。
いざと言う時に、先導者になれるように。
リヴァイが鼻を鳴らす。
「自分がいなくなる前提で話すガキほど、長生きしやがる」
「あなたも、長生きしそうですね?」
「そういうとこがムカつくっつってんだ」
兵長は目を逸らすように、肩を回した。
エルヴィンは私を見つめたまま、ゆっくりと頷く。
「――いいだろう」
「君の話を、聞く。
その上で、調査兵団としてどう動くべきかを決める」
「えぇ。ありがとうございます」
私はきちんとお辞儀をする。貴族として仕込まれた完璧な所作で。
「ただし」
エルヴィン団長はそこで一拍置いた。
「一つだけ、いいだろうか」
「いくつでも」
私は顔をあげる。お行儀よく。
団長は佇まいを引き締める。
「君が世界の外側に立とうが、上から俯瞰していようが――。
調査兵団は、人類の側に立つ」
喉の奥で笑いが零れる。
「……ふふ。はい。それで構いません」
――ただ。
「人類の側を、もう一度ちゃんと定義し直さないといけませんね」
壁の中の人類。
外の世界の人類。
エルディア人とそれ以外の種族。
巨人になれるエルディア人。
名前を失ったままさまよっている巨人。
誰を数に入れて、誰を切り捨てるか。
「それを決めるためにも、情報が要る」
エルヴィンの目が燃える。
「そして――決断も」
その言葉が地下の空洞を震わせた。
フロックが僅かに肩を震わせるのが見えた。
エレンはまだ、自分の中の答えを探している。
ライナー達は、自分が今どちら側に立つのかも決めきれていない顔だ。
いい。
みんな、ここからだ。
私は少し息を吸い込んでから、地下にのこった人々を見回す。
ライナー、ベルトルト、アニ、ユミル、エレン。
フロックは見るの、2回目かしらね。
「では、検証から行きましょう」
私はエルヴィンたちに向き直って微笑む。
「分かりやすいことから、1つずつです」
人は巨人になれることを、まず証明しよう。