壁も巨人も、世界は私のために変われ!   作:an-ryuka

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5.

 

私は街路を歩いていた。

石畳は乾いている。乾いているから足音だけがやたらと響く。

 

さっきの、驚いて固まったジャンの顔を思い出す。

口が半開きで、世界が一瞬止まったみたいな間。

……面白かった。少しだけ。

 

ジャンの地元だとは知っていたけれど、会う確率なんてほとんどないと思っていたのに。

世界はときどき、妙に律儀に偶然を届けてくる。

 

私は偶然が嫌いじゃない。

思い通りに全てが進むなんてつまらないから。

 

 

私の少し前を歩く背の高い男が、瓦礫を踏まないように足を運んだ。

――ケニー・アッカーマン。

 

彼は、振り返らないまま口を開いた。

 

「知り合いか?」

 

「訓練兵団の同期です」

 

嘘は必要ない。

この人には分かる。

分かる人には、余計な飾りはただの邪魔だ。

 

「そうか。言い訳くらいは考えておくんだな」

 

少し間を置いて、鼻で笑う。

「……って、お前さんには言うまでもないか」

 

私は軽く微笑んだ。

返事の角度だけ整える。甘くしない。

むしろ素を出していく。

この人は、媚びる声に反応しないから。

 

「そんなことありません。ご忠告ありがとうございます」

 

ジャンの驚いた顔がまだ残っている。

そのせいで、今の私は少し機嫌がいい。その声をそのまま出す。

 

ケニーが意外そうに、ちらっとだけ私を見た。

目が合う。ほんの一瞬で、すぐ視線が戻る。

 

「とてもじゃないが、自分から家を爆破してくれって言うお嬢様にゃあ、見えないな」

 

「受けてくれてありがとうございました」

 

ケニーは軽く笑う。乾いた笑い。

私は微笑みを返す。

この人は私と少し似ていた。

 

私は、私の為に世界を変えると決めた。

この人も、自分のために足掻いている。

 

私にとってあの屋敷は足枷だった。

そして、この人と会えたのは幸運だった。

 

 

「恩の為にも、一生懸命働きますね!」

 

明るく言う。

恩は本当だ。屋敷もそうだけれど、

彼がいなければ私は訓練兵になれていたかすら怪しい。

 

ケニーは小さく息を吐く。

「ほどほどでいいんだよ。

 国も面倒な仕事投げやがる」

 

 

道はだんだん狭く、暗くなっていく。

崩れた壁の隙間から冷たい風が抜ける。

はじめて来る場所なのに、ケニーは迷わない。

 

「来たことあるんですか?」

 

「ねぇよ。どこもこんなもんだろ」

 

そう言って瓦礫を足で避け、ひとつの古いドアの前で止まった。

ドアの塗装は剥げている。取っ手は新しい。

新しい取っ手は、最近誰かがここに出入りした証拠だ。

 

ケニーが顎で示す。

 

「あとは任せるぞ」

 

「はい。護衛だけ頼みますね」

 

 

護衛、と言う。

護衛の必要なお嬢様を演じるために。

 

私はノックをする。

軽く、間隔を揃えて。

礼儀正しい。押しが弱い。でも退かない。

育ちの良さと我儘が同居するように。

 

 

この場で私がひとりだと、相手は構える。

背後にケニーが立つと、相手は別の意味で構える。

構えれば、動きが読みやすい。

 

 

中で足音がして、少ししてから鍵が外れる音がした。

扉が少しだけ開く。

 

出てきたのは一般人。

痩せた男。髪はぼさぼさ。目の下が黒い。指先にインクの染み。

研究者の匂い。金も時間も燃やしてる人。

 

 

――私は、無垢なお嬢様。

護衛を連れてわがままを押し通してきた、珍しいもの好きな少女。

 

笑顔は柔らかく。目は大きく。声は少し高く。

相手が断れない形で、相手の善意を叩く。

 

「初めまして!」

 

 

私は一歩だけ踏み出す。

距離を詰めすぎない。逃げ道を残す。

逃げ道がある相手は、踏み込まれても怖がらない。

 

 

「あなたの研究に興味があって来ました!」

 

相手の目がわずかに動く。

研究という言葉に反応する。

誇りと焦りが混ざった動き。いい反応だ。

 

 

「ぜひ、協力させて欲しいのです!」

 

最後は、少しだけ手を胸に当てる。

祈りの形。

祈りは、無害に見える。無害に見えるものが一番危ないのに。

 

 

相手の目が一度だけケニーに泳いだ。

ケニーが欠伸を噛み殺す。

 

「俺は護衛だよ。なんなら外で待ってるか?」

 

 

男は戸惑いながらも、ドアをもう少しだけ開いた。

歓迎じゃない。拒絶でもない。

――揺れている。

 

揺れは、こちらの勝ちだった。

 

 

「――中でお話、いいですか?」

 

 

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