壁も巨人も、世界は私のために変われ!   作:an-ryuka

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――前話の続き。


53.ジャン視点

 

目の前にいるのは、確かにジラだった。

 

いつもの、少し悪い笑い方。

いつもの、計算の読めない黒い目。

いつもの、全部見透かしてるみたいな、余裕のある空気。

 

……の、はずだった。

 

でも今目の前にいるジラは、どこか違う。

 

余裕なんかどこにもなくて、眉も口元も落ち着きなく揺れてて、俺の機嫌を探ってるみたいな顔してる。

 

――……会いたかったから

 

さっきの言葉が、頭の中で何度も反響する。

 

会いたくて。

予定が早く終わったから。

 

それで、ここに来た。

 

(ふざけんなよ)

 

胸の奥で、何かがぐらぐら揺れた。

 

数日前のことが、頭の中でぐちゃぐちゃに混ざる。

 

 

アルミンに攫われた。

鎖で繋がれた。

 

ジラに洗脳されてる。なんて、訳の分からないことを聞かされて。

 

洗脳。

冗談じゃない。

そんな言葉、認めたくない。

 

でも、あいつの言葉が頭から離れない。

 

――ジラは、錯覚を利用した。

――君にだけ、そんな言葉を向けるのは、ジャンだけじゃない。

――フロックもそうだ。

 

 

「……」

 

ジラが、俯いていた。

 

俺がこの数日、どんな気持ちでいたかなんて、知らないくせに。

 

――ごめんなさい。

 

軽く口にするな。

 

 

「何に対してだよ」

 

自分の声が、いつもより低い。

 

「……いろいろ」

 

ジラの言葉に、喉の奥で笑いそうになった。

 

「違うだろ」

 

一歩、近づく。

ジラがびくっとして、ほんの少しだけ顔を上げる。

 

「お前に、ちょっとすら時間空けるの無理だったって言われてから、どんだけのことがあったと思ってんだよ」

 

ジラの目が、少しだけ揺れる。

 

「……何が、あったの?」

 

「言わねぇよ」

 

お前を追っかけて、見失って。

アルミンに捕まって。

 

洗脳とか、遊ばれてるとか――。

そして、数日経った今日、ジラは本当に来た。

 

アルミンの言ってた事、全部当たってんのか?

 

「……聞いていいか」

 

喉がひりつく。

 

「フロックと、何やってた」

 

 

ジラの息が、一瞬止まったのが分かった。

 

「フロック?」

 

「とぼけんなよ」

 

じっと睨む。

 

「あいつと一緒に、なんか動いてるんだろ。エレンとか、ユミルとか巻き込んでよ」

 

あの日繋がった奴らが、口をついて出る。

 

ジラは、ほんの一瞬だけ顔を歪めた。

 

「……誰に聞いたの?」

 

誰かは言わねぇ。

 

 

「洗脳されてるって言われた」

 

口が勝手に動いた。

ジラの瞳孔が、わずかに開く。

 

「お前に」

 

地面を見ていると、何も分からなくなる。

だから、顔を上げる。

真正面から。

 

「お前に、洗脳されてるってよ」

 

「……私は、そんなこと」

 

「やろうとしたんだろ」

 

遮る。

 

「惚れたら便利に使えると思ってたとか、あの時自分で言ってたじゃねぇか」

 

訓練場。

近い距離で手を繋いで。

俺はずっと振り回されっぱなしだ。

 

「最初はそうだった。けど違う!」

 

ジラは目を逸らさずに言った。

どこか必死そうに。

 

「私は、ジャンが好き」

 

喉の奥が詰まる。

 

それを聞きたかったわけじゃない。

でも、聞きたかった。

 

「だから許せってか?」

 

笑いが喉の奥でひっかかった。

 

「温度差、分かってんのかよ」

 

ジラが瞬きをする。

何言ってるのか、分からないみたいな顔。

 

 

「ジラは……」

 

言葉を探す。

見つからないから、雑に並べるしかない。

 

「なんか大きな事の為に動いてんだろ」

 

「……うん」

 

「フロックやエレンなんかも巻き込んで、なんか危ないことやってて。

 そのついでに、予定が早く終わったから俺のところに来た」

 

言いながら、自分で自分が嫌になる。

みっともない。

でも止まらない。

 

「俺は、違ぇんだよ」

 

喉の奥から、何かがせり上がってくる。

さっきから目の奥が熱い。

絶対泣かない。泣きたくない。

 

「俺は、お前が言ったこと全部抱えてさ」

 

「ずっとお前が、またいなくなんじゃねぇかって」

 

ジラの肩が、小さく震えた。

 

「前みたいに、何も言わずに消えるんじゃねぇかって」

 

あの時。

手紙一枚で、姿を消したあの時。

 

「お前がいなくなった時、一回死んで、戻ってきて」

 

「……ちょっとでも顔見せろって、馬鹿みたいに言ったのに、また無理だったって言われて、死にかけて、」

 

マルコに「怒っていい」って言われて。

怒ろうとしても、どう怒ればいいか分からねぇ。

 

 

「そんな時に」

 

息を吸う。肺が痛い。

 

「予定早く終わったから来たって笑われて、はいそうですかって言えると思うか?」

 

 

ジラの顔から、血の気が引いていくのが分かった。

 

「……笑って、ない」

 

「笑ってただろ」

 

「怖かったからだよ」

 

ジラからぽつりと落ちた言葉が、意外で、苛立ちを伴って刺さる。

 

「何が怖ぇんだよ」

 

「嫌われるのが」

 

ほとんど掠れ声だった。

 

「お前がわざとやってんだろうが」

 

「それでも怖いもの」

 

ジラは一歩、近づいてきた。

真剣な顔。いつもの軽口も余裕もなく。

 

「ジャンに嫌われたくない」

 

喉の奥が、きゅっと詰まる。

手が勝手にジラへと延びそうになって、指をきつく握って止める。

 

それを言えば済むと思ってるのか。

それとも、本当にそれしか出てこないのか。

 

 

「……じゃあ、」

 

声が掠れた。

でも聞かなきゃいけない。

 

「このまま同じこと続けたら、どうなるか考えたことあんのか」

 

ジラのまつ毛が、震える。

 

「お前が、世界だの計画だの優先して、俺後回しにして」

 

「……んで、戻ってきたら、ごめん、とか、好き、とか言いやがって」

 

自分で言いながら、吐きそうになった。

 

 

「俺、多分、いつかお前のこと……」

 

そこまで言って、喉がきしんだ。

 

言っちゃいけない。

でも、言わないと終わらない。

 

 

「……嫌いになるぞ」

 

 

静かな言葉だった。

 

叫びじゃない。怒鳴りでもない。

ただの事実みたいに。

 

自分の口から出た瞬間、自分の心臓を刺したみたいに痛かった。

 

 

同時にジラの目が、大きく見開かれる。

 

「……やだ」

 

 

一瞬、子どもみたいな声だった。

 

「嫌だ」

 

首を横に振る。

黒い髪が揺れる。

 

「嫌いにならないで」

 

夢みたいな既視感がある気がした。

こんなジラ、見たことなんて無いのに。

 

 

「そう言うなら、ちゃんとしろよ」

 

溢れ出そうになるものを、必死に押さえる。

 

こいつがやろうとしてること、全部止めたい。

でもこいつは止めても聞かねぇのは分かってる。

 

「世界だの計画だのは、お前の好きにしろ。

 でも、そのために俺をちょっと暇ができたからみたいに扱うな」

 

「……ちが、」

 

「違わねぇよ」

 

遮る。

 

「……お前が、俺見る時だけ違う顔してんのは分かる」

 

それは、救いだ。

 

「そこまで馬鹿じゃねぇよ。そこ疑ってるわけじゃない」

 

喉が詰まる。

 

「……でも、それとこれとは別だろ」

 

目の奥が、熱い。

 

「世界だの計画だの、そっちはそっちで勝手に抱えてりゃいい」

 

……良くはねぇけど。今は、いい。

 

「――予定のついでに来られるのだけは、ほんとにムカつくんだよ」

 

それだけは、許せない。

 

「……」

 

ジラは、黙ったまま、まっすぐ俺を見ていた。

何かを探すみたいに、俺の目を覗き込む。

 

「……ごめんなさい」

 

さっきより、ずっと小さな声。

 

「それだけじゃ足りねぇって言ってんだろ」

 

自分で言って、自分で刺さる。

これ以上言ったら、本当に壊れるかもしれないのに。

 

 

「次、同じことしたら」

 

声が震える。

でも言う。

 

「その時は本当に、嫌いになる」

 

言い切った。

 

ジラの肩が、大きく揺れた。

 

「それでもいいのかよ」

 

言ってしまってから、後戻りができないことに気づく。

 

沈黙。

 

風の音だけが、土の空き地を撫でる。

 

 

「……いや」

 

か細い声。

震えた声。

 

「いやだ」

 

ジラの目に、じわっと涙が滲んだ。

 

「ジャンに嫌われるの、やだ」

 

喉の奥が掠れている。

いつもの作った泣き真似じゃない。

顔の筋肉が、上手く言うことを聞いてなさそうな、不細工な泣き顔。

 

 

「じゃあなんで時間取らねぇんだよ」

 

意地の悪い言葉が、口から滑る。

 

「それとこれとは、別」

 

「別じゃねぇだろ」

 

「別なの!」

 

 

初めて、ジラが声を荒げた。

 

「だって――」

 

そこまで言って、言葉が詰まる。

喉が変な音を立てる。

 

 

「だって、好きなんだもの……!」

 

涙がぼろっと零れた。

 

綺麗に頬を伝う、とかじゃない。

ぐしゃっと顔を歪めて、目尻から顎の方へ、勢いよくこぼれ落ちる。

 

「計画とか、世界とか、好きなこといっぱいあるけど」

 

言葉がぐちゃぐちゃになっていく。

 

「ジャンのことが、いちばん……。頭が回らなくなるの」

 

「……褒めてるかそれ」

 

「分からない」

 

訳が分からない。

 

「ジャンのこと考えると、何も考えられなくなる」

 

鼻をすすりながら、ジラは言い続ける。

 

 

「会いたくなるの。

 でも、会うと計画とか世界とか全部どうでも良くなっちゃうの。

 だから、切ろうと思ったのに。私のために」

 

「それでも、嫌なの。嫌われたくないの」

 

ジラは一歩、ふらつくみたいに近づいてきた。

 

「ジャンに、嫌いって言われたくない」

 

涙でぼやけた目で、俺を見上げる。

 

「世界に嫌われるのはいいの。それで殺されることになったって構わないの。

 でも……ジャンに、嫌われたくないの」

 

喉がきしむ。

同時に、胸がふわっと軽くなったのを、顔には出さない。

 

――俺の事、こいつほんとに好きなんだな。

 

 

でも。

 

「嫌われたくないなら、最初から近づくなよ」

 

それでも言う。

 

「好きになる前にやめろよ」

 

「嫌よ!」

 

ジラの声が裏返った。

 

「ジャンが好きって言ってくれた時、嬉しかったの。

 頭の中がおかしくなるくらい嬉しくて、怖くなったの」

 

「だから離れようとしたのに、できなかったの。

 今日だって、本当は来るべきじゃないって分かってたのに――」

 

そこで、声が途切れた。

 

「会いたくて、来ちゃった……!」

 

その瞬間、堰を切ったみたいに涙がぼろぼろ溢れた。

 

呼吸が上手くできてない。

肩が大きく上下する。

 

「ごめんなさい……」

 

涙と一緒に、言葉も零れ落ちる。

 

 

「予定のついで、みたいになっちゃって、ごめんなさい。

 本当は違うの。ジャンが好きで、会いたくて。

 どうしたらいいか分かんなくて」

 

 

握った拳が、震えている。

 

「嫌わないで……」

 

その声は、ひどく小さかった。

 

 

「……嫌いになるって言っただろ」

 

喉が勝手に動く。

 

俺の言葉に、ジラの顔がさらに歪む。

 

「ごめんなさい……」

 

「違ぇよ」

 

息を吐く。

胸が痛い。頭も痛い。

 

 

「このままだと、だ」

 

一歩、近づく。

今度は俺の番だ。

 

「今は、まだ、好きだよ」

 

声が、勝手に震える。

悔しい。

 

「だから怒ってんだろ」

 

ジラの濡れた目に俺が映る。

 

 

「嫌いだったら、二度と顔見せんなって言って帰らせてる」

 

「……」

 

「ここで話聞こうとしてる時点で、まだお前のこと、好きなんだよ。腹立つけどな」

 

 

言いながら、胸の奥が熱くなる。

 

「泣いて済むと思うなよ」

 

つい、意地の悪い一言が乗る。

 

「……うん」

 

ジラはぐしゃぐしゃの顔で頷く。

 

「次、同じことしたら、マジで嫌いになるからな」

 

釘を刺す。

言っとかねぇと、こいつはまた消える。

 

「うん……」

 

ジラがしゃくりあげる。

それが妙に情けなくて、可愛くて、腹立たしい。

 

「あー……」

 

頭を掻く。

これ以上追い詰めたら、本当に壊れそうだ。

 

「……泣き止むまでは、ここにいろ」

 

言ってから、自分でも呆れる。

 

ジラの目が、少しだけ丸くなる。

 

「……一緒にいて、くれるの?」

 

「何だよその顔」

 

顔を逸らす。

 

溜め息が、もう何回目か分からない。

 

「俺は逃げねぇから」

 

ゆっくりと言う。

 

「だから、お前も逃げんな」

 

 

ジラは一歩近づいてきて、俺の服の袖を掴んだ。

 

「……うん」

 

かすれた声。

守る気あるのか?

 

でも、好きなんだよ。

それが、一番の問題だ。

 

 

ジラの肩が、まだ小刻みに震えている。

しゃくり上げるたびに、喉が変な音を立てる。

 

「……苦しいのか」

 

つい聞いてしまう。

 

「少し」

 

「……」

 

ため息をつきながら、手を伸ばした。

頭を、ぽん、と軽く叩く。

 

ジラがびくっとした後、少しだけ首を傾けて俺に寄ってきた。

 

「泣き止むまでだからな」

 

「うん……」

 

小さな返事が胸元にかすかに当たる。

 

本当に、泣いて済むと思うなよ。

そう言いたいのに、喉はもうそれ以上言葉を作らなかった。

 

代わりに、ジラの震えが徐々に落ち着いていくのを、ちゃんと最後まで見届けることにした。

 

それくらいの役割は、俺にもあるだろ。

誰にも渡したくねぇ役目が。

 

(許したわけじゃない。まだムカついてる)

 

それでも。

――俺は俺で、勝手に巻き込まれに行くって決めたんだから。

 

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