壁も巨人も、世界は私のために変われ!   作:an-ryuka

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――前話の続き。


54.

 

外の空気から、段々と人の気配が減っていく。

街のざわめきが遠のいていく。

 

ジャンの胸に顔を埋めて、その音を遠くに感じた。

 

泣きたくて泣いたんじゃない。

泣かされた。完全に。

 

 

喉の奥から勝手に出てきた嗚咽が、ジャンの服の布を震わせる。

胸に当たる鼓動が変に近い。

うるさいけど、落ち着く。

 

「……大丈夫か」

 

頭の上から降ってきた声は、戸惑いと、聞いたことのない柔らかさが半々に混ざっていた。

 

声が胸元から直接響くの、妙な感じ。

 

もう大丈夫。

だけど。

 

「……大丈夫じゃないわ」

 

裾をギュッと握る。離れたくないもの。

離さないで欲しい。

 

 

ジャンはしばらく黙っていた。

 

「……ひとつ、言っとく」

 

低い声だった。

 

私は袖で目元を押さえたまま、顔を上げる。

 

「何」

 

「俺、お前のこと尾けた」

 

一瞬、意味が分からなかった。

 

 

「……なんの、こと?」

 

「休暇前。お前が、時間取れねぇって言った日」

 

ジャンは気まずそうに視線を逸らした。

でも、逸らしたままにはしない。

 

「さっき逃げんなって言ったの、俺だろ。なのに俺だけ黙ってんの、違ぇと思った」

 

妙に真面目な言い方だった。

ああ、ジャンはそういうところがある。

自分が嫌だと思ったやり方を、自分だけ許せない。

 

「……つけてたの」

 

「悪かったとは思ってる」

 

「見つかった?」

 

「いや」

 

少しだけ間が空く。

 

「途中で見失った」

 

 

その言葉に、ほんの少しだけ息が抜けそうになる。

ああ、そう。

見失ったのなら、まだ。

 

「そのあと」

 

ジャンが続ける。

 

「ミカサに会って」

 

 

世界が、そこで止まった。

 

 

「……ミカサ?」

 

自分の声が、変に遠い。

 

「ああ。エレン追ってたみてぇで、俺も――」

 

「二人で?」

 

ジャンが、止まる。

 

「いや、二人きりっていうか」

 

 

 

でも、もうそこから先は入ってこなかった。

 

ミカサ。

 

その名前だけで、頭の中の何かが一気に裏返る。

 

ああ、そう。

 

そっちに戻ったんだ。

 

だって、当たり前じゃない。

最初に見ていたのは、私じゃない。

私は横から手を伸ばして、向きを変えさせただけ。

好きだと言わせたって、そんなの本物じゃない。

本物の方を前にしたら、醒めるに決まってる。

 

じゃあ、さっきの嫌いになるも、そういうことか。

 

胸の奥が、冷たくなる。

目の奥の涙が急速に引っ込んでいく。

 

 

「……そっか」

 

「ジラ?」

 

 

「私は同じこと、きっとまたやるわ」

 

ジャンの眉が寄る。

 

「は?」

 

 

「あなたが嫌がることも、たぶんまたやる」

 

自分でも、声が妙に綺麗だと思った。

泣いた後の声じゃない。

人に突きつけるための声。

 

「何言って――」

 

 

「嫌いになるんでしょう」

 

そこで、ジャンの顔がはっきり強張った。

 

「違――」

 

 

「じゃあ今、終わっておく方が、いいに決まってる」

 

言い切る。

 

最後まで聞かない。

聞いたら駄目。

違うと言われたら、期待してしまう。

期待したら、もっとみっともなくなる。

 

ジャンが肩を掴む。

顔をあげる。

必死な顔が、どこか可愛い。好き。

 

――でも、私のものじゃない。

 

 

「待てって。お前、話聞けよ」

 

「聞いてるわ」

 

「聞いてねぇよ!」

 

その声に、喉の奥が少しだけ震えた。

それでも、笑う。

 

泣きそうな顔のまま。

泣きそうなまま笑うのが、一番残る。

 

 

今日来た目的を唐突に思い出した。

 

「進路。

 どこに行くか迷ってたのって、私が調査兵団に行くから、なんでしょう?」

 

ジャンが、目を見開く。

 

「……は?」

 

 

「もう、憲兵団に行けるわね」

 

私が嫌いなら、来る必要ないもの。

思った瞬間、自分の胸にも刃が入る。

でも止めない。

 

 

「ジラ!」

 

後ろへと下がる。

 

ジャンが腕を伸ばした。

 

――もう遅い。

 

 

一歩下がる。

半歩ずらす。

 

後ろにあった荷車の影へ滑り込む。

ちょうど同じ色の上着の女が通りを横切る。

その足音に、自分の靴音を重ねた。

 

私と似た服、私と似た影。走る音。

目線がズレるところを選んで走る

 

「待て!」

 

待つわけがない。

 

走ったら追いつけると思ったでしょう。

 

そういう逃げ方は、しないの。

 

視線が散る場所。特徴が見えなる場所。

そういうのは慣れてるから。

 

胸が痛い。

視界が涙で歪む。

 

「ジラ!!」

 

――少し遠くに、声がした。

 

 

嫌われる前に終わらせた。

まだ嫌われていないところで、切った。

それでいい。

それでいいのに。

 

曲がった先で壁に手をついて、呼吸を崩す。

 

 

全然、よくない。

 

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