壁も巨人も、世界は私のために変われ!   作:an-ryuka

59 / 87
59.ミカサ視点

 

訓練後の食堂。

ざわめきはいつも通り。

 

皿のぶつかる音。パンをちぎる音。くだらない文句と笑い声。

いつも通り――のはずなのに、耳に入るたび、どこか薄く響く。

 

「エレン……」

 

長机の端。

スープを飲む手が途中で止まっている。

 

スプーンから、スープがぽたりと落ちた。

エレンはそれにも気づかない顔で、窓の外を見ていた。

 

壁をなぞる視線。

外じゃない。壁の向こう側を見ているみたいだった。

 

 

「食べないんですか?ならそれ貰っても」

 

向かいに座っていたサシャの声が聞こえても、エレンの手は動かなかった。

 

サシャの手が静かに伸びて来るのを、無言で押しやる。

 

「……それはエレンのもの」

 

言いながら、立ち上がっていた。

 

向かいにあるエレンの席に近づく。

周りの空気だけ、すこし温度が違う。

エレンだけが、混ざりきれないで浮いていた。

 

「エレン」

 

すぐ横に立って呼ぶと、ようやくエレンが瞬きをした。

 

「あ?」

 

気の抜けた声。

その目だけが、一瞬だけ鋭くこちらを捉える。すぐに逸らされる。

 

「……手、止まってる」

 

「別にいいだろ」

 

エレンはスープに目を落とす。

さっきまで見ていなかったものを、今さら眺めるみたいに。

 

「何かあった?」

 

本当に聞きたかった言葉は違う。

 

――あの時、どこに行ってたのか。

――私に何を隠してるのか。

 

喉の奥で、言葉が引っかかる。

 

視線をずらす。

 

……今日は、アルミンも、居ない。

 

 

エレンは肩をすくめた。

 

「何もねぇよ」

 

「嘘」

 

即答に、エレンの眉がぴくりと動く。

 

「お前な……」

 

「ずっと様子がおかしい」

 

小さくても、はっきりと言う。

 

「さっきから、窓の外ばかり見てる。

 ご飯も全然進んでない」

 

「そんなのいつものことだろ」

 

「違う」

 

エレンの目が、少しだけ鋭くなった。

 

「……なんだよ。見張りかよ」

 

その一言が、胸に刺さる。

 

「そんなつもりはない」

 

「じゃあほっとけよ」

 

エレンはスプーンを置いた。

金属が木のテーブルを叩く、乾いた音。

 

「お前が見てなくても、俺は巨人ぶっ殺すだけだ。

 どこで何言われようが、全部同じだ」

 

「エレンの顔は、同じじゃない」

 

言葉が、勝手に出ていく。

 

「……」

 

エレンが口を結ぶ。

 

 

そこへ、聞き慣れた声が割り込んできた。

 

「おーおー、夫婦喧嘩か?」

 

ユミルがトレイを片手に歩いてきた。

わざとらしく大げさに肩をすくめる。

 

「メシのときくらい静かにしてくれ。

 不味い飯がさらに不味くなる」

 

「……ユミル」

 

どこからか、刺すような視線も飛ぶ。

クリスタ。

少し離れた席から、こちらを見ていた。

 

ユミルはその視線に気づかないふりをして、エレンの隣にどさっと座る。

 

「エレンはさ、頭ん中いっぱいいっぱいなんだよ。

 ちょっとくらいボーッとしてても見逃してやれよ、ミカサ」

 

軽口。

でも、その奥にある焦りは、隠しきれていない。

 

「……でも」

 

口の中で言葉が転がる前に、あの夜の感触が蘇った。

 

 

――細い路地。

――前を歩くエレンの背中。

 

エレンから目を離したのは、一瞬だけのつもりだった。

 

再び前を向いた時、そこにはもう、エレンの背中はいなかった。

 

「……」

 

喉が、少しだけ痛んだ。

 

 

エレンを見失った夜、兵舎で見つけた紙切れ。

アルミンの字だった。

 

――エレンのことは僕が何とかする。

――今は追いかけないでほしい。

――必ず戻ってくるから。

 

 

紙切れ一枚に、足が止まった。

 

アルミンは信用できる。

 

そして、エレンは戻ってきた。

アルミンと一緒に。

 

 

あのとき飲み込んだ言葉が、今になって出てくる。

 

「エレンは、またどこかへ行くかもしれない」

 

私の声に、ユミルが片眉を上げた。

 

「行くだろ、そりゃ。

 この先ずっと一緒におままごとでもしてるつもりか?」

 

「ユミル」

 

背後から、今度はクリスタの声。

さっきより少し強い。

 

「そんな言い方良くないよ」

 

ユミルはクリスタの方をちらりと見た。

視線が一瞬だけ焦りが見えた気がした。

すぐにごまかすように笑う。

 

「エレンも秘密くらい持ちたいだろ?

 問い詰めてやるなって」

 

――秘密。

エレンを見ると、私から目を逸らした。

胸にズキっと痛みが走る。

 

 

クリスタの声が小さく響く。

 

「ユミルも、何も言ってくれない」

 

空気が少しだけ揺れ、ユミルの手が止まる。

 

 

「何の話だよ、クリスタ」

 

クリスタを見ると、眉を寄せていた。

いつもの優しい笑顔とは違う。

 

「休暇の前の日、一緒に帰るって言ってたのに。

 荷物まとめて、待ってたのに。

 ユミル、来なかった」

 

 

――エレンを見失って、兵舎に戻った時。

クリスタもユミルを探していた。

 

食堂のざわめきが、遠くなる。

 

「兵舎に戻ってもいなくて。

 どこにもいなくて。

 誰も、知らないって言って」

 

ユミルは舌打ちを飲み込んだような顔をして、頭をかいた。

 

「あー……あれな。悪かったよ」

 

「そういう問題じゃない」

 

クリスタの声が少しだけ強くなる。

 

「何があったのか聞いても、別にって。

 なんでもないって笑うだけ」

 

その笑うだけが、どこかジラと重なった気がした。

 

 

「エレンも、同じなんでしょ」

 

クリスタはエレンを見る。

エレンは私から視線を逸らしたままだ。

 

「何かあったのに、何もないって言う。

 何も話してくれない」

 

「……」

 

「私は、みんなに全部話せって言ってるわけじゃない」

 

クリスタは手をぎゅっと握りしめる。

 

「でも、黙ったまま消えるのは、もうやめてほしい」

 

その言葉は、エレンだけじゃなく、ユミルにも向いている。

 

 

ユミルは口を開きかけて、閉じた。

何かを飲み込むように、喉が動く。

 

「……真面目すぎんだよ」

 

 

クリスタは一度、深く息を吸い込む。

 

「だったら――」

 

 

その瞬間、何かが切り替わったみたいに顔を上げた。

 

 

「もういい。ジラに聞きに行こう」

 

 

「「は?」」

 

 

エレンとユミルの声が同時に漏れる。

 

クリスタは椅子から立ち上がると、そのまま私の腕を掴んだ。

 

「ミカサ、一緒に来て」

 

「え……」

 

突然だった。でも、違和感はなかった。

 

 

ジラ。

エレンと同じ日に、同じ方向に消えた。

あの日ジャンが探していた。

 

中央に戻ると言った。貴族の用事で。

 

――でも、ジラは東洋人。貴族じゃない。

 

何かをしている。繋がっている。

 

 

「ジラなら、何か知ってる。

 今の2人の反応見て確信した」

 

クリスタは必死に言葉を繋ぐ。

 

「私たちは、何も知らないまま置いていかれてる。

 待ってるだけじゃ、もう嫌だ」

 

「……クリスタ」

 

ユミルが名前を呼ぶ。

いつもより少し低い声。

 

「ジラのところに行くって、簡単に言うけどな。

 あいつ、まともな答えなんか返してこねぇぞ」

 

「いい」

 

クリスタは即答した。

 

「何も言われないより、ずっといい」

 

ミカサの胸の奥で、何かが同じ音を立てた。

 

 

アルミンの手紙。

――今は追いかけないでほしい

 

 

従った結果、何もできなかった自分。

待つことしかできなかった自分。

 

「……行く」

 

気づけば、口が動いていた。

 

クリスタの手を握り返す。

 

「エレン」

 

呼ぶと、エレンは少しだけ目を見開いた。

 

「私は、エレンを守る」

 

それは、変わらない。

 

「でも、何も知らないまま守るのは、もう嫌」

 

「ミカサ……」

 

エレンの手が、膝の上で拳を作る。

 

 

ユミルが息を詰めて呟く。

小さな声。

「……ジラ、クリスタまで巻き込まねぇよな?」

 

ユミルが立ち上がる。

 

「ジラのとこいくなら、あたしも行く。

 お前らだけで好き勝手聞かれたら、たまったもんじゃねぇ」

 

「ユミルは来ないで!」

 

クリスタが突き放すように声をあげた。

その目は、責めるより先に、ただ寂しそうだった。

 

 

「私はジラに聞きに行くの」

 

音が、響いた。

なんだか強かった。

 

 

エレンはまだ何か言いたそうだったが、言葉にならない。

代わりに、椅子をきしませて立ち上がる。

 

「俺も――」

 

「エレンは、ここにいて」

 

私もエレンを見ながら言った。

 

 

「ジラと話した後で、ちゃんと聞く」

 

エレンは唇を噛んだ。

 

クリスタが私の手を引く。

私達は食堂のざわめきの中を抜けて、扉へ向かう。

 

 

 

廊下に出た瞬間、空気が少しだけ冷たくなった。

 

「……ごめん、ミカサ」

 

隣でクリスタが小さく呟く。

 

「巻き込んでるの、分かってる」

 

「いい。私もそうすべきだった」

 

静かに返す。

 

「エレンとユミルと、ジラ。

 全部つながってる。なにか隠してる」

 

あの夜、追いつけなかった。

アルミンの手紙一枚で、足は止められた。

 

今度は、自分で。

 

「――ジラに聞く」

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。