壁も巨人も、世界は私のために変われ!   作:an-ryuka

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6.

 

 

短い休暇はすぐに終わる。

終わってしまえば、また訓練兵としての時間が始まる。

 

隊列を整える途中で、視線がぶつかった。

 

ジャンだ。

 

彼の目はあからさまに逃げた。

――可愛い。

 

私は歩幅を変えずに、まっすぐ近づいた。

 

「久しぶりだね?」

 

「……お、おう。そうだな」

 

声が上擦る。

目が泳ぐ。視線が逃げ場を探して、私の髪と地面を往復する。

こういう所、好きかもしれない。わざわざ隠して、隠しきれていない。

 

私はもう半歩だけ詰めた。

声の距離を狭める。

息が届く距離。人が一番うろたえる距離。

 

ジャンの喉が動いた。唾を飲む音が聞こえた気がする。

 

私は口に、人差し指を当てた。

そして目を見て、少しだけ微笑む。

 

――ひ、み、つ。

 

もちろん声には出さない。

声に出したら、逃げ道になる。逃げ道を残すのは惜しい。

 

ジャンの顔がみるみる赤くなる。耳まで赤い。

感情の出方が正直すぎて、こちらの手間がいらない。

 

「……っふふふふ」

 

堪えきれなかった。

自分でも意外だった。笑いが喉から漏れる。

 

「何それ、ジャン……可愛すぎない?」

 

声が大きくなって、私はとうとう声に出して笑ってしまった。

ジャンの顔がさらに赤くなる。今度は羞恥じゃない。怒りの色。

 

「お前! 俺の事からかってんのか!?」

 

「ふふっ……それ以外に、何があるの?」

 

返事は素直だった。

この手の遊びは、正直が一番効く。

 

「ジラ、てめぇ……!」

 

ジャンが拳を握る。

殴る気はない。殴れるほど素直じゃない。

その殴れなさがまた面白い。

 

彼が言い返すより早く、周りがざわついた。

笑い声は目立つ。特に私が笑うと目立つらしい。

普段、私はあまり声を立てないから。

 

「ジラが腹抱えて笑ってる……」

「ジャン、お前何したんだ?」

ベルトルトとライナーがどうした?とでも言うように近づいてくる。

 

「何もしてねぇ!!」

 

ジャンが顔の赤さを誤魔化すように叫ぶ。

隠せない。隠せてないから。

 

私は涙の端を指で拭った。笑いすぎた。

わざと息を整える仕草をして、会話に入る。

 

「ジャンと休み中にちょっと会ったの。

その時のことからかったら、思いの外怒っちゃって」

 

私はもう一度、思い出して少し笑った。

ジャンがやめろと言いたそうな顔をする。

言わない。言えない。可愛い。

 

「ジャンの地元? ジラと地元近いのか?」

 

コニーが聞く。

ざわざわと他の人たちも集まってくる。

中心に情報が落ちる。

 

「ジラはリース地区らしいよ」

「貴族街かよ」

「通りで。たまに品がいいとこあるよな」

「そうかぁ? いつもバカにされてる気しかしないぜ?」

「それも貴族だろ」

「確かに。言われてみれば」

 

笑い声。

軽い偏見。軽い嫉妬。軽い羨望。

軽いものほどよく聞こえる。

 

――私、バカにしてるつもりないんだけどなぁ。

 

素が出るとそうなるのかもしれない。

気をつけよう。

 

気をつける、という思考をしている時点で、私は多分もうバカにしている。

 

 

「あーもう、どうでもいいだろ! 散れ!散れ!」

 

ジャンが集まった連中に向かって大袈裟に手を振った。

手のひらの動きが雑。羞恥の誤魔化しに必死だ。

 

私には背中を向けている。

――私には散れって言わないんだ?

 

そのことが少しだけ面白かったけれど、声には出さない。崩すなら今じゃない。もっと美味しくなってから。

 

 

みんなが散っていく流れを観察していると、背後から声がかかった。

 

「……ジラは貴族なの?」

 

ミカサだった。

 

私は少しだけ目を開いた。

ミカサが自分から動くなんて、エレン以外では初めて見た。

 

 

珍しい。珍しいことは好きだ。

情報としても回収したい。

 

エレン関係?

でも、私の貴族話がエレンに繋がる線……?

分からないなら、話を聞くだけだ。

 

 

「貴族の端くれではあるかな」

 

設定上の嘘は、自然と口から出る。

 

「どうしたの? 珍しいね」

 

ミカサは少しだけ口籠った。

迷うミカサはもっと珍しい。

迷いは、感情だ。感情は、入口だから。

 

聞くためには、場を整えようか。

 

「……ミカサ、後でちょっと歩こう?」

 

 

知らないことは恐怖でもある。

怖いのに、私は少しだけ楽しくなる。

 

「分かった」

 

ミカサはそう言って頷いた。

 

 

背後でジャンが何か言いかけた気配がした。

言いかけて、飲み込んだ気配。

 

……ほんとに分かりやすいな。君。

 

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