短い休暇はすぐに終わる。
終わってしまえば、また訓練兵としての時間が始まる。
隊列を整える途中で、視線がぶつかった。
ジャンだ。
彼の目はあからさまに逃げた。
――可愛い。
私は歩幅を変えずに、まっすぐ近づいた。
「久しぶりだね?」
「……お、おう。そうだな」
声が上擦る。
目が泳ぐ。視線が逃げ場を探して、私の髪と地面を往復する。
こういう所、好きかもしれない。わざわざ隠して、隠しきれていない。
私はもう半歩だけ詰めた。
声の距離を狭める。
息が届く距離。人が一番うろたえる距離。
ジャンの喉が動いた。唾を飲む音が聞こえた気がする。
私は口に、人差し指を当てた。
そして目を見て、少しだけ微笑む。
――ひ、み、つ。
もちろん声には出さない。
声に出したら、逃げ道になる。逃げ道を残すのは惜しい。
ジャンの顔がみるみる赤くなる。耳まで赤い。
感情の出方が正直すぎて、こちらの手間がいらない。
「……っふふふふ」
堪えきれなかった。
自分でも意外だった。笑いが喉から漏れる。
「何それ、ジャン……可愛すぎない?」
声が大きくなって、私はとうとう声に出して笑ってしまった。
ジャンの顔がさらに赤くなる。今度は羞恥じゃない。怒りの色。
「お前! 俺の事からかってんのか!?」
「ふふっ……それ以外に、何があるの?」
返事は素直だった。
この手の遊びは、正直が一番効く。
「ジラ、てめぇ……!」
ジャンが拳を握る。
殴る気はない。殴れるほど素直じゃない。
その殴れなさがまた面白い。
彼が言い返すより早く、周りがざわついた。
笑い声は目立つ。特に私が笑うと目立つらしい。
普段、私はあまり声を立てないから。
「ジラが腹抱えて笑ってる……」
「ジャン、お前何したんだ?」
ベルトルトとライナーがどうした?とでも言うように近づいてくる。
「何もしてねぇ!!」
ジャンが顔の赤さを誤魔化すように叫ぶ。
隠せない。隠せてないから。
私は涙の端を指で拭った。笑いすぎた。
わざと息を整える仕草をして、会話に入る。
「ジャンと休み中にちょっと会ったの。
その時のことからかったら、思いの外怒っちゃって」
私はもう一度、思い出して少し笑った。
ジャンがやめろと言いたそうな顔をする。
言わない。言えない。可愛い。
「ジャンの地元? ジラと地元近いのか?」
コニーが聞く。
ざわざわと他の人たちも集まってくる。
中心に情報が落ちる。
「ジラはリース地区らしいよ」
「貴族街かよ」
「通りで。たまに品がいいとこあるよな」
「そうかぁ? いつもバカにされてる気しかしないぜ?」
「それも貴族だろ」
「確かに。言われてみれば」
笑い声。
軽い偏見。軽い嫉妬。軽い羨望。
軽いものほどよく聞こえる。
――私、バカにしてるつもりないんだけどなぁ。
素が出るとそうなるのかもしれない。
気をつけよう。
気をつける、という思考をしている時点で、私は多分もうバカにしている。
「あーもう、どうでもいいだろ! 散れ!散れ!」
ジャンが集まった連中に向かって大袈裟に手を振った。
手のひらの動きが雑。羞恥の誤魔化しに必死だ。
私には背中を向けている。
――私には散れって言わないんだ?
そのことが少しだけ面白かったけれど、声には出さない。崩すなら今じゃない。もっと美味しくなってから。
みんなが散っていく流れを観察していると、背後から声がかかった。
「……ジラは貴族なの?」
ミカサだった。
私は少しだけ目を開いた。
ミカサが自分から動くなんて、エレン以外では初めて見た。
珍しい。珍しいことは好きだ。
情報としても回収したい。
エレン関係?
でも、私の貴族話がエレンに繋がる線……?
分からないなら、話を聞くだけだ。
「貴族の端くれではあるかな」
設定上の嘘は、自然と口から出る。
「どうしたの? 珍しいね」
ミカサは少しだけ口籠った。
迷うミカサはもっと珍しい。
迷いは、感情だ。感情は、入口だから。
聞くためには、場を整えようか。
「……ミカサ、後でちょっと歩こう?」
知らないことは恐怖でもある。
怖いのに、私は少しだけ楽しくなる。
「分かった」
ミカサはそう言って頷いた。
背後でジャンが何か言いかけた気配がした。
言いかけて、飲み込んだ気配。
……ほんとに分かりやすいな。君。