卒業の日の空は、やけに高く澄んでいた。
訓練兵たちが整列する広場。
兵舎の前に組まれた簡易の壇上には、教官たちが並んでいた。
真ん中に立つのは、キース教官。
「――以上をもって、第104期訓練兵団の課程を修了とする!」
張り上げられた声が、澄んだ空気を震わせた。
乾いた音が広場に反響して、私たちの三年間が一瞬で区切られた。
成績上位者の名前が読み上げられていく。
「ミカサ・アッカーマン」
「ライナー・ブラウン」
「ベルトルト・フーバー」
「アニ・レオンハート」
「エレン・イェーガー」
「ジャン・キルシュタイン」
「コニー・スプリンガー」
「サシャ・ブラウス」
「クリスタ・レンズ」
「ユミル」
そこまで読み上げられたところで、一拍、静寂が落ちる。
誇らしげな顔、照れくさそうな顔、実感が追いついていない顔。
呼ばれた十人には、それぞれの表情があった。
そこに、私の名前はない。
当然だ。途中から、ろくに出席していない。訓練の多くを休み、卒業すら危ういと言われた身だ。こうして列に立っているだけでも、上出来といっていい。
「上位十名には、憲兵団への入団資格が与えられる」
キース教官の声が、淡々と続く。
「各自、自分の資質と志を鑑み、兵団を選択しろ!」
その言葉をきっかけに、ざわめきが広場に広がった。
堤防が決壊したみたいに、押し殺されていた声が、一斉に流れ出す。
隣で、フロックが小さく息を吐いたのが聞こえた。
「……惜しかったわね」
つい、口から出る。
私が引き込んでからのフロックは、ちゃんと真面目にやっていた。皮肉でも何でもなく、本当に、あと少しで上位十名に届きそうだった。
「うるせぇよ」
棘のある返事。
けれど、そこに以前のような投げやりさはない。
悔しさと、諦めきれない何かと、それでも自分の足で立とうとする意地。そういうものが、彼の横顔には混ざっていた。
壇上には、調査兵団の面々が並んでいく。
その中心に立っているのは、
調査兵団団長――エルヴィン・スミス。
広場全体を見渡していた彼の鋭い視線が、ふと、私の上で止まる。ほんの一瞬。
次に、その視線がフロックの上を掠める。
ライナー、ベルトルト、アニ、ユミル、エレン。
――地下に集めたメンバーを、なぞるように。
そして、アルミン。
胸の奥で、記憶が静かに再生される。
――僕も、参加していいかな?
アルミンは、ケニーとの待ち合わせ場所にいた。
ケニーはアルミンの肩を組んで、半分冗談みたいに。
――嬢ちゃん並に頭が切れるから、使えんだろ?
ケニーは大袈裟に笑った。
その横で、アルミンは苦笑いしていた。
あの空気がどれだけ異質か、分かっていたのだろうか。
アルミンは地下の技術班と合流させた。
どうせ調査兵団には来る。
頭は確かに必要なんだ。
便利なのは間違ってない。そのはずだ。そう決めた。
……本当に?
胸の奥のざわめきは、弱々しくも消えない。
私の勘は、これまで何度も私を生かしてきた。
信じている。けれど今回ばかりは、その勘を裏付ける証拠が、ひとつも見つからない。
不安は、ひび割れのように静かに広がっていく。
「以上!」
エルヴィン団長の低い声が、思考を断ち切った。
「調査兵団を志望する者はこちらの列に!」
彼が手で示した先へと、変える。
あからさまに視線を向ける者。あきれたように笑う者。羨望と恐怖をないまぜにした眼差し。
「行こうか」
私はフロックに声をかける。
「あぁ」
短く返した彼の瞳には、迷いはなかった。
その視線をまっすぐ受け止めるように、私たちは隊列から抜け出し、調査兵団の列へと足を向ける。
私たちが始めたようなものだ。
――途中で降りるなんて選択肢はない。
少し遅れて、ライナー、ベルトルト、アニが続いた。
この三人は、半ば強制だ。
「マーレに帰りたいのなら、調査兵団に入って」
そう、はっきり告げたのは私。脅しでもあり、道標でもある。
エレン、ミカサ、アルミン。
この三人は元々、調査兵団志望だった。
エレンの「外に出たい」という衝動。ミカサの、それに付き従う静かな覚悟。アルミンの、世界を見たいという淡い夢。
それらは、最初から変わっていない。
ユミルとクリスタの姿も目に入る。
二人はまだ互いに向き合って激しくやり合っていた。
「なぁ、やっぱり――」
ユミルが言いかけるのを、クリスタがぴしゃりと遮る。
「ここで引き返したら、ユミル、大嫌いになる」
いつもの柔らかい微笑みはそこにはない。
震えながらも、まっすぐにユミルを射抜く、強い瞳。
その言葉には、泣き言も甘えもなかった。ただの宣告。
「脅しかよ」
ユミルが顔を歪める。
けれど、その声はどこか楽しそうでもある。
最後まで言い合っているけれど――あれでも、きっと来る。
少し離れたところで、ジャンがこちらを見ていた。
彼の視線に気付いた瞬間、心臓が小さく跳ねる。
――行くからな。
あれは、自分に言い聞かせるような声だった。
誰かに引き留めてほしそうでもあり、同時にそんな自分を軽蔑しているような、複雑な声。
止めたら、きっと嫌われる。
そんな確信があった。私はもう、何も言わなかった。
重くなる視線から逃げるように、そっと目を逸らす。
「今年、調査兵団行くやつ、多くねぇか?」
コニーの呟きが聞こえた。
「憲兵団、不人気なんですね」
サシャがのんきな声で続ける。
二人は憲兵団の列へと歩いた。
「ジャン、死ぬなよ」
マルコの声が、穏やかに響く。
彼は、ジャンの肩を軽く叩いてから、駐屯兵団の列へと向かっていく。
その背中が遠ざかるのを、ジャンは複雑な顔で見送って、自分は調査兵団の列へとつく。
私たちの周りで、選択が次々と形になっていく。
エルヴィン団長が一歩前へ出る。
その一挙手一投足に、周囲の空気がまた変わる。
ざわめきが、すっと引いていく。
「ようこそ、調査兵団へ」