壁も巨人も、世界は私のために変われ!   作:an-ryuka

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61.

 

卒業の日の空は、やけに高く澄んでいた。

 

訓練兵たちが整列する広場。

兵舎の前に組まれた簡易の壇上には、教官たちが並んでいた。

真ん中に立つのは、キース教官。

 

「――以上をもって、第104期訓練兵団の課程を修了とする!」

 

張り上げられた声が、澄んだ空気を震わせた。

乾いた音が広場に反響して、私たちの三年間が一瞬で区切られた。

 

成績上位者の名前が読み上げられていく。

 

「ミカサ・アッカーマン」

「ライナー・ブラウン」

「ベルトルト・フーバー」

「アニ・レオンハート」

「エレン・イェーガー」

「ジャン・キルシュタイン」

「コニー・スプリンガー」

「サシャ・ブラウス」

「クリスタ・レンズ」

「ユミル」

 

そこまで読み上げられたところで、一拍、静寂が落ちる。

誇らしげな顔、照れくさそうな顔、実感が追いついていない顔。

呼ばれた十人には、それぞれの表情があった。

 

そこに、私の名前はない。

当然だ。途中から、ろくに出席していない。訓練の多くを休み、卒業すら危ういと言われた身だ。こうして列に立っているだけでも、上出来といっていい。

 

「上位十名には、憲兵団への入団資格が与えられる」

 

キース教官の声が、淡々と続く。

 

「各自、自分の資質と志を鑑み、兵団を選択しろ!」

 

その言葉をきっかけに、ざわめきが広場に広がった。

堤防が決壊したみたいに、押し殺されていた声が、一斉に流れ出す。

 

隣で、フロックが小さく息を吐いたのが聞こえた。

 

「……惜しかったわね」

 

つい、口から出る。

私が引き込んでからのフロックは、ちゃんと真面目にやっていた。皮肉でも何でもなく、本当に、あと少しで上位十名に届きそうだった。

 

「うるせぇよ」

 

棘のある返事。

けれど、そこに以前のような投げやりさはない。

悔しさと、諦めきれない何かと、それでも自分の足で立とうとする意地。そういうものが、彼の横顔には混ざっていた。

 

壇上には、調査兵団の面々が並んでいく。

その中心に立っているのは、

調査兵団団長――エルヴィン・スミス。

 

広場全体を見渡していた彼の鋭い視線が、ふと、私の上で止まる。ほんの一瞬。

 

次に、その視線がフロックの上を掠める。

ライナー、ベルトルト、アニ、ユミル、エレン。

――地下に集めたメンバーを、なぞるように。

 

そして、アルミン。

 

 

胸の奥で、記憶が静かに再生される。

 

――僕も、参加していいかな?

 

 

アルミンは、ケニーとの待ち合わせ場所にいた。

 

ケニーはアルミンの肩を組んで、半分冗談みたいに。

 

――嬢ちゃん並に頭が切れるから、使えんだろ?

 

ケニーは大袈裟に笑った。

その横で、アルミンは苦笑いしていた。

 

あの空気がどれだけ異質か、分かっていたのだろうか。

 

 

アルミンは地下の技術班と合流させた。

どうせ調査兵団には来る。

 

頭は確かに必要なんだ。

便利なのは間違ってない。そのはずだ。そう決めた。

 

……本当に?

 

 

胸の奥のざわめきは、弱々しくも消えない。

私の勘は、これまで何度も私を生かしてきた。

信じている。けれど今回ばかりは、その勘を裏付ける証拠が、ひとつも見つからない。

 

不安は、ひび割れのように静かに広がっていく。

 

 

「以上!」

 

エルヴィン団長の低い声が、思考を断ち切った。

 

「調査兵団を志望する者はこちらの列に!」

 

彼が手で示した先へと、変える。

あからさまに視線を向ける者。あきれたように笑う者。羨望と恐怖をないまぜにした眼差し。

 

 

「行こうか」

 

私はフロックに声をかける。

 

「あぁ」

 

短く返した彼の瞳には、迷いはなかった。

その視線をまっすぐ受け止めるように、私たちは隊列から抜け出し、調査兵団の列へと足を向ける。

 

私たちが始めたようなものだ。

――途中で降りるなんて選択肢はない。

 

 

少し遅れて、ライナー、ベルトルト、アニが続いた。

この三人は、半ば強制だ。

「マーレに帰りたいのなら、調査兵団に入って」

そう、はっきり告げたのは私。脅しでもあり、道標でもある。

 

エレン、ミカサ、アルミン。

この三人は元々、調査兵団志望だった。

エレンの「外に出たい」という衝動。ミカサの、それに付き従う静かな覚悟。アルミンの、世界を見たいという淡い夢。

それらは、最初から変わっていない。

 

 

ユミルとクリスタの姿も目に入る。

二人はまだ互いに向き合って激しくやり合っていた。

 

「なぁ、やっぱり――」

 

ユミルが言いかけるのを、クリスタがぴしゃりと遮る。

 

「ここで引き返したら、ユミル、大嫌いになる」

 

いつもの柔らかい微笑みはそこにはない。

震えながらも、まっすぐにユミルを射抜く、強い瞳。

その言葉には、泣き言も甘えもなかった。ただの宣告。

 

「脅しかよ」

 

ユミルが顔を歪める。

けれど、その声はどこか楽しそうでもある。

最後まで言い合っているけれど――あれでも、きっと来る。

 

 

少し離れたところで、ジャンがこちらを見ていた。

彼の視線に気付いた瞬間、心臓が小さく跳ねる。

 

――行くからな。

 

あれは、自分に言い聞かせるような声だった。

誰かに引き留めてほしそうでもあり、同時にそんな自分を軽蔑しているような、複雑な声。

 

止めたら、きっと嫌われる。

そんな確信があった。私はもう、何も言わなかった。

重くなる視線から逃げるように、そっと目を逸らす。

 

 

「今年、調査兵団行くやつ、多くねぇか?」

コニーの呟きが聞こえた。

 

「憲兵団、不人気なんですね」

サシャがのんきな声で続ける。

 

二人は憲兵団の列へと歩いた。

 

 

「ジャン、死ぬなよ」

 

マルコの声が、穏やかに響く。

彼は、ジャンの肩を軽く叩いてから、駐屯兵団の列へと向かっていく。

その背中が遠ざかるのを、ジャンは複雑な顔で見送って、自分は調査兵団の列へとつく。

 

 

私たちの周りで、選択が次々と形になっていく。

 

エルヴィン団長が一歩前へ出る。

その一挙手一投足に、周囲の空気がまた変わる。

ざわめきが、すっと引いていく。

 

「ようこそ、調査兵団へ」

 

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