壁も巨人も、世界は私のために変われ!   作:an-ryuka

63 / 87
63.

 

 何度目かの物資のやり取りを終えた後だった。

 

 ――船が来る!

 

 息を呑んだ。

 

 ざわめきが広がるより早く、全員が予定位置へ散る。

 

 身を低くし、布を押さえ、必要なものだけを抱えて影へ滑り込む。

 

 私も陰へ半身を寄せながら、横へ目を流す。

 

 ライナーたちは、もう船を見ていた。

 

 見ていた、というより、顔に出ていた。

 隠すつもりがあるのか疑わしいくらい、分かりやすい。

 

 

 ベルトルトの喉が、小さく動く。

 

「……ジーク戦士長……」

 

 ほとんど呼吸みたいな声だった。

 

 

 ――マーレの、知性巨人のひとり。

 

 思わず、口元が緩む。

 

 予定は変わる。

 奇襲も、強襲も、脅しも要らない。

 

 これは、無理やりこじ開ける盤面じゃない。

 そして、扉は向こうから来た。

 

「ライナー」

 

 名を呼ぶと、肩がびくりと揺れた。

 

「出なさい」

 

「……は?」

 

「そのまま。あなた達三人、分かりやすいように」

 

 ライナーが固まる。

 アニの目がこちらへ滑る。ベルトルトは何か言いかけて、飲み込んだ。

 

「知り合いでしょう?」

 

 最初に見せる札はこれでいい。

 

 迎えに来たのかもしれない。

 切り捨てに来たのかもしれない。

 どちらにしろ、会話の方が情報は多そうだ。

 

「……お前、何を」

 

 そのまま、エルヴィン団長へと視線を送る。

 

 団長は黙って私を見る。

 その青い目が、一瞬だけ船、ライナーたち、こちらの布陣をなぞる。

 

 判断は早かった。

 わずかに頷き、立ち上がる。

 

 ライナー、ベルトルト、アニが姿を現し、高台の縁へ向かう。

 

 私と団長が、その横へと並んだ。

 

 

 

 波の音に混じって、船の甲板から1人の男が降りてくる。

 

「高台までたどり着くなんて」

「島の連中にしては、ずいぶん賢い真似をしたね」

 

 軽い。

 けれど、その軽さの中に侮りがある。

 

 少しだけ肩を回す。

 無駄のない仕草。力を抜いて見せているのに、抜ききっていない人間の動きだ。

 

 ジーク。戦士長。

 ――獣の巨人の継承者。

 

 ライナーたちへ視線をやり、次にこちらへ目を向ける。

 

 エルヴィンは、ほんの少し顎を上げた。

 無言の仕草だった。

 

 ジークの目が、最後に私へ止まる。

 

 私は、笑う。

 

 仕方がない。

 楽しくてたまらなかった。

 

 海の向こうとこちら。

 壁の中と外。

 今まで別々の卓にあったものが、ようやくひとつの盤の上に乗る。

 

 楽しくないわけがない。

 

 

 私は一歩、前へ出た。

 ライナー達が言葉をこぼす前に。

 

 言葉に詰まっている間に、話の流れが欲しい。

 

 

「初めまして」

 

 空気が、一瞬で張り詰める。

 

「――壁の中の悪魔代表として、ご挨拶しても?」

 

 

 ジークの口元が、面白そうにわずかに動いた。

 

「ほう」

 

 それだけで、背筋にうっすら鳥肌が立つ。

 

 いい。

 やっぱり、知らない盤面は楽しい。

 

 

 

 ライナーたちの確認が済み、そのまま船へと渡ることになった。

 

 相手の盤上。知らない場所。

 板の上へ足を乗せた瞬間に分かる。

 

 違う。

 湿度が違う。足裏に返る感触が違う。木の軋み方、海風の抜け方、漂う緊張の質まで、壁の中で知っているものと少しずつずれている。

 

 

 部屋に入ると視線が刺さった、

 

 値踏み。

 選別。

 警戒。

 嫌悪。

 

 こちらを見る目の中には、それが当たり前みたいに混ざっていた。

 

 腕章のある者とない者。

 マーレ人と、名誉マーレ人という名前をぶら下げられたエルディア人。

 空気の中に、もう線が引かれている。

 

 

「調査兵団団長、エルヴィン・スミスだ」

 

 先に名乗ったのは団長だった。

 短く、無駄がない。

 

 その後に、私。

 

「ジラヴェラ=ジェネリンドです」

 

 名乗りながら、相手の顔を順に見る。

 

 ライナー達は、ジークと共に端に控えた。

 この場で決める側は中央の椅子に座った人達。

 

 今はこっちだ。

 

 柔らかく言う。

 挑発ではなく、訂正として。

 

「先に一つだけ。

 私はエルディア人ではありません」

 

 

 そこで空気が揺れた。

 ジークの目が、ほんの少しだけ動く。

 

 いい。

 十分。

 

「東洋の血です。

 壁の中では、珍しい純血なんです」

 

 にっこり笑う。

 

 嘘は言っていない。

 言っていないから、相手の頭の中で勝手に線が引き直される。

 

 壁の中の全員が同じではない。

 少なくとも、今ここにいる交渉相手はそう見せられる。

 

 ジークの視線がライナーたちへ流れる。

 どこまで話した、と測るような無言の圧。

 

 怒っては、ないわね。

 思ったより仲が良さそう。信頼なのかしら。

 

 

 会話は、そのままエルヴィンと私が受け持った。

 

 団長は必要なところで短く補強し、私は相手の表情の変化を拾いながら言葉を選んだ。

 

 マーレ側の優位意識。

 島の人間を見下す癖。

 だが、未知の情報や、欲と警戒もゼロではない。

 

 

 

 少しの沈黙ののち、中央の男性が口を開いた。

 

 

「……いいだろう。本国へ連れて行ってやる」

 

 上々。でも、まだ入口。

 

「それ以上の交渉は自分でやるんだな」

 

「ええ、もちろん」

 

 

 男の視線が私と団長をなぞる。

 

 

「五名までだ」

 

 成立。

 

 想定内。

 むしろ、思ったより多い。

 

 

 

 船を降りると、すぐに短い会議になった。

 

 時間がない。全員それを分かっているから、余計な前置きはない。

 

 海風が高台を抜けていく。

 その中で、エルヴィンが周囲を見渡した。

 

「本来なら、私が行きたいところだが」

 

 そこで一度だけ、海の向こうへ視線を向ける。

 

「壁内の統制を空けるわけにはいかない」

 

 声は淡々としていた。

 残念そうに聞こえたかどうかは、聞く側によるだろう。

 でも少なくとも、未練がない言い方ではなかった。

 

 

「私が行こう!」

 

 ハンジが手を上げる。

 目が輝いていた。

 

「僕も行きます」

 

 間髪入れずに続いたのはモブリットだった。

 ハンジが振り向く。

 

「えっ、ちょっと、モブリット――」

 

「行きます」

 

 ぴしゃり。

 断定。

 

 止まる気が最初からない顔だ。

 

 私は目を細める。

 いい。そこはセットで運用した方が安全だろう。

 

 

「私は当然行くとして、……」

 

 フロックに目をやると、彼は小さく眉を顰めた。

 

「分かってる」

 

 ならいいの。

 彼は連れて行けない。地下や中央憲兵とやり取りできる人は多くない。

 

 頷いた後、視線を船を見たままどこか遠くを見ているユミルへと向ける。

 

「ユミルは確定よ」

 

 私が言うと、彼女は肩をすくめた。

 

「別にいいけどな」

 

 軽い声音。

 でも、軽いだけではない。

 ユミルは船に乗る意味を、この場で一番分かっている一人だ。

 

「じゃあ、私も!」

 

 クリスタが一歩前へ出る。

 

 予想通り。でも。

 

「悪いが、君は外へ出せない」

 

 エルヴィンが切る。

 柔らかいが、覆らない声だった。

 

 クリスタが食い下がろうとする前に、私はユミルへ目を向ける。

 

「ユミル、任せたわ」

 

「はいはい」

 

 ユミルは面倒くさそうに言いながらも、クリスタの肩を押すようにして少し離れた。

 

 

 残り一枠。

 

 周りを見渡す。

 

 戸惑うエレンが目に付いた。

 ――彼は巨人を継承してはいなかった。

 連れていく意味はない。

 

 ミカサ。エレンが来ないのだから、無い。

 アルミン――私が嫌だ。

 それに技術枠はハンジさんで十分だろう。

 

 視線が刺さってくる方へは、目を向けない。

 今は考えちゃいけないの。

 

 

 あと一人。

 

 その場に短い沈黙が落ちた。

 

 

「俺が行く」

 

 口を開いたのは、リヴァイ兵長だった。

 

 ハンジが顔を上げる。

 

「だよねぇ。まぁ、そうなるか」

 

「当たり前だろ」

 

 兵長は機嫌の悪いまま吐き捨てる。

 

「向こうの船だ。交渉がこじれりゃ、その場で首が飛ぶ。脅しが通じる札を一枚も持たずに乗り込むほど、お前らはめでたくねぇだろ」

 

 

 分かりやすい抑止力。

 

 モブリットが小さく息を吐く。少しだけ肩の力が抜けたように見えた。ハンジと自分だけで船内を回す想像をしていたのなら、当然だろう。

 

 ジャンが、何か言いたげに口を開きかける。

 でも結局、何も言わなかった。

 

 視線だけが私に刺さった。

 置いていくのか、と責めるような、置いていかれる前から腹を立てているみたいな目だった。

 

 目を逸らす。

 

 今ここで、その目に引っ張られるわけにはいかない。

 

 

「異論はない」

 

 エルヴィンが言う。

 

「ハンジ、モブリット、ジラ、ユミル、リヴァイ。

 この五名だ」

 

 決定だった。

 

 

 ハンジが早速、浮き立つ声を上げる。

 

「船! マーレ! 外の兵器! いやぁ、忙しくなるね!」

 

「分隊長」

 

「分かってるよ、モブリット。勝手なことはしない。たぶん」

 

「最後の一言で信用が消えました」

 

 そのやり取りに、少しだけ空気が緩む。

 

 

 リヴァイ兵長はそんな二人を一瞥しただけで、私へ視線を寄越した。

 

「お前は浮かれるなよ」

 

「善処しますね」

 

「しねぇ顔だな」

 

 失礼ね。

 でも否定はしない。

 

 振り返れば、マーレの船が、海の上で静かに待っている。

 

 扉は、もう開いていた。

 

 あとは踏み込むだけだ。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。