壁も巨人も、世界は私のために変われ!   作:an-ryuka

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67.ハンジ視点

 

「ジラは?」

 

 団長室に入って最初が、その言葉だった。

 

 私は肩をすくめる。

 

「あの子なら、フロックに呼ばれてったよ。

 それ見越して、今呼んだんだと思ったんだけど?」

 

「あぁ。そうだ」

 

 あっさり認める。

 

「彼女がいると、お前たちは自由に話せないだろう」

 

「うん、まあ、それはそう」

 

 私は適当に椅子へ座った。モブリットも隣に座る。リヴァイだけは立ったまま。

 

 

 少しだけ間があって、エルヴィンが言った。

 

「聞かせてくれ。マーレで何があった」

 

 さて、どこから話そうかな、と思う。

 

 でも、こういう時って案外、最初に出る言葉が一番近い。

 

「でかかったよ」

 

 エルヴィンの眉が少しだけ動いた。

 

「国が、って意味ね」

 

 私は手をひらひらさせる。

 

「船も港も銃も工場も、もちろんそうなんだけどさ。そういう道具だけじゃなくて、それを回す仕組みがちゃんとあるんだよ。軍があって、補給があって、差別があって、宣伝があって、全部つながってる」

 

「……巨人だけではない、か」

 

「全然。むしろ巨人を含んだ上で、回ってた」

 

 言ってて、ちょっと嫌になる。

 

「壁の外っていうとさ、もっとこう、開けてるとか、自由だとか、そういう雑な想像したくなるじゃない?

 でも全然だったよ。むしろ逆。もっと大きくて、器用で、息苦しくて、面倒な社会だった。」

 

 モブリットが静かに続ける。

 

「エルディア人への扱いも含めて、です。腕章ひとつで線を引いて、その線が生活全部に入っていました」

 

「気持ち悪かったねぇ」

 

 私はため息混じりに笑う。

 

「露骨なのに、それが日常として馴染みきってる感じが」

 

「胸糞悪ぃ」

 

 リヴァイが壁際から短く言う。

 

「だが、ああいうのは強ぇぞ」

 

 うん、そうなんだよね。

 嫌だけど、強い。

 

 

 エルヴィンはそのまま次を聞いた。

 

「戦士達はどうだった」

 

「ああ、ライナーたち?」

 

 私は少し首を傾けた。

 

「帰ってきた、って感じじゃなかったな。回収された、かな」

 

 モブリットが頷く。

 

「まず報告でした。生存を喜ぶより、任務の確認と情報の整理が先です」

 

「向こうじゃ、兵士ってより戦力なんだろうね」

 

 私は言ってから、少しだけ肩をすくめた。

 

「いや、こっちだって人のこと言えないか。でも、向こうの方がずっと露骨」

 

 エルヴィンは何も挟まず、ただ聞いている。

 

 だから私も、自然と次に進んだ。

 

 

「ジラは、最初はかなり大人しかったよ」

 

「大人しい、か」

 

「見た目はね」

 

 私は笑う。

 

「東洋人って札をうまく使ってた。エルディア人じゃないって線も。向こう、あれだけでちょっと扱い変えるんだよ。笑えるくらい分かりやすかった」

 

「利用したのか」

 

「してたしてた。ためらいなく」

 

 そこは別に、驚くところじゃない。

 

「嫌そうにもしてなかったし。使えるなら使うって感じ」

 

 リヴァイが鼻で笑う。

 

「いつも通りだ」

 

「まあね」

 

 

 エルヴィンがそこで、少しだけ声を落とした。

 

「それで、何をした」

 

 うーん、と思う。

 

 ここ、変にまとめると違うんだよな。

 

「……戦争の話が出た」

 

「ジラからか」

 

「……いや、会話の流れだ」

 

 流れ、だと思いたい。

 指先で膝を軽く叩く。

 

「エルディア人は黙ってマーレに使われていればいい、みたいな空気」

 

「それに対して止めろとか、そういう意見じゃなくてさ、なんて言うかなぁ。あの子、そういう言い方しないんだよ」

 

「ではどうした」

 

「たまに口を挟むんだよ」

 

 エルヴィンが黙る。

 

 意味が分からないって顔じゃない。続きを待ってる顔。

 

「ほんとに、ちょっとなんだよ。こういうことでしょうか?とか、外にはどう見えてるんでしょうね?とか、そんなのを挟むくらい」

 

 私はそこで、思い出してちょっと笑ってしまった。

 

「なのにさ、気づいたらマーレの偉い人たちが勝手に喋ってるんだよ。消耗がどうとか、戦線整理がどうとか、今止めるならどう見せるかとか」

 

「――私たち帰る頃には、少なくとも上の連中は、もう停戦に傾いてる感じだった」

「私たち途中から、ちょっと置いてけぼりだったよ」

 

 モブリットが小さく頷く。

 

「ジラが案を出した、という感じではありませんでした。もともと相手の中にあった話を、口に出しやすい環境自体を作っていくように見えました」

 

「そう、それ」

 

 私は指をさす。

 

 

「たぶんさ、向こうも最初から何にも分かってなかったわけじゃないんだよ」

 

 私は膝の上で手を組み直した。

 

「止め時とか、消耗とか、そういうの。頭のどっかにはあったんだと思う」

「ジラは、そこをちょっと触ったみたいな。ほんとにそれくらい」

 

 

「触った、で済むか」

 

 リヴァイがぼそっと言う。

 

「済まないねぇ」

 

 私は苦笑する。

 

「でも、持ち上げたいわけじゃないんだよ。すごい、とかじゃなくて、なんか……嫌な上手さだった」

 

「どういう意味だ」

 

 エルヴィンの言葉に、私は少し考える。

 

「すごい、とかとは違うんだよ」

 

 少し迷って、それから肩をすくめた。

 

「……なんて言うかな。

 見てて、ちょっと気持ち悪かった」

 

 

 部屋が静かになる。

 

 でも、そこはたぶん誤魔化さない方がいい。

 

「可愛いとこもあるんだけどねぇ。エルヴィン知ってる?ジャンが絡むと、あの子びっくりするくらい崩れるんだよ。

 でも、それ込みにしたって、マーレでのジラは、ね。

 向こうの仕組みとか、差別とか、戦争の都合とかを前にして、怯む感じはなかった」

 

「楽しんでた」

 

 リヴァイが言った。

 

 私はそっちを見て、少しだけ首を傾ける。

 

「うん……まあ、そう見えたね」

 

 否定はしない。

 でも、断言もしたくない。

 

「楽しいっていうか、手触りを確かめてる感じかな。ああ、この国はこうやって動くんだ、って」

 

 エルヴィンは、そこでようやく少しだけ目を細めた。

 

「ジラらしいな」

 

「うーん、らしい」

 

 私は笑う。

 

「自分が前に出るより、相手に言わせる方が好きそうだよね」

 

 

 

 他にも技術の話や、国の制度、

 人となり、色々話した。

 

 エルヴィンはしばらく黙っていた。

 

 私達はその間、別に急かさない。

 団長はこういう時、こっちの言葉をいったん全部どこかに置いてから、自分の中で組み直す。

 

 やがて、短く言った。

 

 

「なるほど」

 

 私は少しだけ笑う。

 

「分かった?」

 

「いや」

 

 エルヴィンは首を振った。

 

「ジラの目的は、分からない」

 

「だよね」

 

 そこは私も即答できる。

 

「だが、分からなくても構わない」

「何ができるかは見えた」

 

 リヴァイが壁から背を離す。

 

「それで十分だ」

 

 エルヴィンは視線を順に回した。

 

「お前たちはジラをどう見る」

 

 その問いには、ちょっと考えた。

 

 でも答えは単純だ。

 

「使えるよ」

 

 私は言う。

 

「すごくね。でも、便利だからって安心して使っていい感じじゃない」

 

 モブリットが頷く。

 

「こちらが使っているつもりでいるのは危険だと思います。少なくとも、向こうもこちらを見ています」

 

「兵長は」

 

「使うしかねぇだろ」

 

 リヴァイはいつもの調子で返す。

 

「目は離すな。あいつは、やれると思ったらやる」

 

 うん、それだ。

 

 私はそこで立ち上がる。話は終わった。

 

 モブリットが立って、リヴァイは先に扉へ向かう。私もそのあとに続きかけて、でも一瞬だけ振り返った。

 

 

 団長はもう、次のことを考えてる顔をしてた。

 

 マーレのこと。

 ジラのこと。

 たぶん、その両方を。

 

「団長」

 

「何だ」

 

「戦争を止めた、って言ったけど」

 

「うん?」

 

「別に、あの子一人の手柄って言いたいわけじゃないからね」

 

「分かっている」

 

 エルヴィンはそう言って、ほんの少しだけ口元を緩めた。

 

「だが、そう見えたんだろう」

 

「……うん」

 

 私はそこでやっと笑った。

 

「ちょっとね」

 

 

 扉を閉めて廊下に出ると、モブリットがすぐ横で小さく息を吐いた。

 

「ハンジさん」

 

「ん?」

 

「だいぶ柔らかく言いましたよね」

 

「そう?」

 

「はい」

 

 私は少し考えてから、肩をすくめる。

 

「だって、あれ以上ちゃんと説明しようとすると、逆に嘘っぽいし」

 

 前を歩くリヴァイが、振り返りもせずに言った。

 

「あれは気味悪ぃどころじゃねぇ」

 

「だよねぇ」

 

 言葉では苦笑。

 それでも自然と口元がにやけていく。

 

 最悪だ。

 胸糞悪い。

 気持ち悪い。

 

 でも、そんなこと言ってる場合じゃない。

 

 正攻法じゃ、とても追いつけない。

 あの船も、工場も、銃も、制度も、仕組みも。

 奪って、剥いで、持ち帰って、こっちのものにしなきゃ間に合わない。

 

 猶予なんて、ほとんどない。

 

 ぞくぞくした。

 怖いんじゃない。

 武者震いだ。そうに決まってる!

 

「さぁ、やるぞぉ!!!」

 

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