「ジラは?」
団長室に入って最初が、その言葉だった。
私は肩をすくめる。
「あの子なら、フロックに呼ばれてったよ。
それ見越して、今呼んだんだと思ったんだけど?」
「あぁ。そうだ」
あっさり認める。
「彼女がいると、お前たちは自由に話せないだろう」
「うん、まあ、それはそう」
私は適当に椅子へ座った。モブリットも隣に座る。リヴァイだけは立ったまま。
少しだけ間があって、エルヴィンが言った。
「聞かせてくれ。マーレで何があった」
さて、どこから話そうかな、と思う。
でも、こういう時って案外、最初に出る言葉が一番近い。
「でかかったよ」
エルヴィンの眉が少しだけ動いた。
「国が、って意味ね」
私は手をひらひらさせる。
「船も港も銃も工場も、もちろんそうなんだけどさ。そういう道具だけじゃなくて、それを回す仕組みがちゃんとあるんだよ。軍があって、補給があって、差別があって、宣伝があって、全部つながってる」
「……巨人だけではない、か」
「全然。むしろ巨人を含んだ上で、回ってた」
言ってて、ちょっと嫌になる。
「壁の外っていうとさ、もっとこう、開けてるとか、自由だとか、そういう雑な想像したくなるじゃない?
でも全然だったよ。むしろ逆。もっと大きくて、器用で、息苦しくて、面倒な社会だった。」
モブリットが静かに続ける。
「エルディア人への扱いも含めて、です。腕章ひとつで線を引いて、その線が生活全部に入っていました」
「気持ち悪かったねぇ」
私はため息混じりに笑う。
「露骨なのに、それが日常として馴染みきってる感じが」
「胸糞悪ぃ」
リヴァイが壁際から短く言う。
「だが、ああいうのは強ぇぞ」
うん、そうなんだよね。
嫌だけど、強い。
エルヴィンはそのまま次を聞いた。
「戦士達はどうだった」
「ああ、ライナーたち?」
私は少し首を傾けた。
「帰ってきた、って感じじゃなかったな。回収された、かな」
モブリットが頷く。
「まず報告でした。生存を喜ぶより、任務の確認と情報の整理が先です」
「向こうじゃ、兵士ってより戦力なんだろうね」
私は言ってから、少しだけ肩をすくめた。
「いや、こっちだって人のこと言えないか。でも、向こうの方がずっと露骨」
エルヴィンは何も挟まず、ただ聞いている。
だから私も、自然と次に進んだ。
「ジラは、最初はかなり大人しかったよ」
「大人しい、か」
「見た目はね」
私は笑う。
「東洋人って札をうまく使ってた。エルディア人じゃないって線も。向こう、あれだけでちょっと扱い変えるんだよ。笑えるくらい分かりやすかった」
「利用したのか」
「してたしてた。ためらいなく」
そこは別に、驚くところじゃない。
「嫌そうにもしてなかったし。使えるなら使うって感じ」
リヴァイが鼻で笑う。
「いつも通りだ」
「まあね」
エルヴィンがそこで、少しだけ声を落とした。
「それで、何をした」
うーん、と思う。
ここ、変にまとめると違うんだよな。
「……戦争の話が出た」
「ジラからか」
「……いや、会話の流れだ」
流れ、だと思いたい。
指先で膝を軽く叩く。
「エルディア人は黙ってマーレに使われていればいい、みたいな空気」
「それに対して止めろとか、そういう意見じゃなくてさ、なんて言うかなぁ。あの子、そういう言い方しないんだよ」
「ではどうした」
「たまに口を挟むんだよ」
エルヴィンが黙る。
意味が分からないって顔じゃない。続きを待ってる顔。
「ほんとに、ちょっとなんだよ。こういうことでしょうか?とか、外にはどう見えてるんでしょうね?とか、そんなのを挟むくらい」
私はそこで、思い出してちょっと笑ってしまった。
「なのにさ、気づいたらマーレの偉い人たちが勝手に喋ってるんだよ。消耗がどうとか、戦線整理がどうとか、今止めるならどう見せるかとか」
「――私たち帰る頃には、少なくとも上の連中は、もう停戦に傾いてる感じだった」
「私たち途中から、ちょっと置いてけぼりだったよ」
モブリットが小さく頷く。
「ジラが案を出した、という感じではありませんでした。もともと相手の中にあった話を、口に出しやすい環境自体を作っていくように見えました」
「そう、それ」
私は指をさす。
「たぶんさ、向こうも最初から何にも分かってなかったわけじゃないんだよ」
私は膝の上で手を組み直した。
「止め時とか、消耗とか、そういうの。頭のどっかにはあったんだと思う」
「ジラは、そこをちょっと触ったみたいな。ほんとにそれくらい」
「触った、で済むか」
リヴァイがぼそっと言う。
「済まないねぇ」
私は苦笑する。
「でも、持ち上げたいわけじゃないんだよ。すごい、とかじゃなくて、なんか……嫌な上手さだった」
「どういう意味だ」
エルヴィンの言葉に、私は少し考える。
「すごい、とかとは違うんだよ」
少し迷って、それから肩をすくめた。
「……なんて言うかな。
見てて、ちょっと気持ち悪かった」
部屋が静かになる。
でも、そこはたぶん誤魔化さない方がいい。
「可愛いとこもあるんだけどねぇ。エルヴィン知ってる?ジャンが絡むと、あの子びっくりするくらい崩れるんだよ。
でも、それ込みにしたって、マーレでのジラは、ね。
向こうの仕組みとか、差別とか、戦争の都合とかを前にして、怯む感じはなかった」
「楽しんでた」
リヴァイが言った。
私はそっちを見て、少しだけ首を傾ける。
「うん……まあ、そう見えたね」
否定はしない。
でも、断言もしたくない。
「楽しいっていうか、手触りを確かめてる感じかな。ああ、この国はこうやって動くんだ、って」
エルヴィンは、そこでようやく少しだけ目を細めた。
「ジラらしいな」
「うーん、らしい」
私は笑う。
「自分が前に出るより、相手に言わせる方が好きそうだよね」
◇
他にも技術の話や、国の制度、
人となり、色々話した。
エルヴィンはしばらく黙っていた。
私達はその間、別に急かさない。
団長はこういう時、こっちの言葉をいったん全部どこかに置いてから、自分の中で組み直す。
やがて、短く言った。
「なるほど」
私は少しだけ笑う。
「分かった?」
「いや」
エルヴィンは首を振った。
「ジラの目的は、分からない」
「だよね」
そこは私も即答できる。
「だが、分からなくても構わない」
「何ができるかは見えた」
リヴァイが壁から背を離す。
「それで十分だ」
エルヴィンは視線を順に回した。
「お前たちはジラをどう見る」
その問いには、ちょっと考えた。
でも答えは単純だ。
「使えるよ」
私は言う。
「すごくね。でも、便利だからって安心して使っていい感じじゃない」
モブリットが頷く。
「こちらが使っているつもりでいるのは危険だと思います。少なくとも、向こうもこちらを見ています」
「兵長は」
「使うしかねぇだろ」
リヴァイはいつもの調子で返す。
「目は離すな。あいつは、やれると思ったらやる」
うん、それだ。
私はそこで立ち上がる。話は終わった。
モブリットが立って、リヴァイは先に扉へ向かう。私もそのあとに続きかけて、でも一瞬だけ振り返った。
団長はもう、次のことを考えてる顔をしてた。
マーレのこと。
ジラのこと。
たぶん、その両方を。
「団長」
「何だ」
「戦争を止めた、って言ったけど」
「うん?」
「別に、あの子一人の手柄って言いたいわけじゃないからね」
「分かっている」
エルヴィンはそう言って、ほんの少しだけ口元を緩めた。
「だが、そう見えたんだろう」
「……うん」
私はそこでやっと笑った。
「ちょっとね」
◇
扉を閉めて廊下に出ると、モブリットがすぐ横で小さく息を吐いた。
「ハンジさん」
「ん?」
「だいぶ柔らかく言いましたよね」
「そう?」
「はい」
私は少し考えてから、肩をすくめる。
「だって、あれ以上ちゃんと説明しようとすると、逆に嘘っぽいし」
前を歩くリヴァイが、振り返りもせずに言った。
「あれは気味悪ぃどころじゃねぇ」
「だよねぇ」
言葉では苦笑。
それでも自然と口元がにやけていく。
最悪だ。
胸糞悪い。
気持ち悪い。
でも、そんなこと言ってる場合じゃない。
正攻法じゃ、とても追いつけない。
あの船も、工場も、銃も、制度も、仕組みも。
奪って、剥いで、持ち帰って、こっちのものにしなきゃ間に合わない。
猶予なんて、ほとんどない。
ぞくぞくした。
怖いんじゃない。
武者震いだ。そうに決まってる!
「さぁ、やるぞぉ!!!」