壁も巨人も、世界は私のために変われ!   作:an-ryuka

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――前話の続き


7.

 

ミカサと歩き始めた。

人気のない方へ。人の声が薄くなる方へ。

 

彼女がそう選んだ。

人は場所から先に整える。

ミカサはたぶん無意識でそれをやっていた。

 

でも――ミカサは、話し始めない。

 

歩幅は一定。呼吸も乱れない。

ただ、沈黙だけが続く。

 

私は、気になっていたことを先に投げることにした。

沈黙は情報として薄すぎるから。

 

 

「エレンのどこが好きなの?」

 

ただの好奇心。

ミカサがエレンを大事にしているのは分かる。

でも、どうしたらそこまで他人を思えるのかが、私には分からなかった。

 

ミカサは少し考えてから言った。

考えた、というより、言葉を整えたみたいな間。

 

「全て」

 

間髪入れずに続く。

 

「エレンは、私の生きる理由」

「エレンも私のために生きてる」

 

言い切る。

確信。揺らぎゼロ。

 

私は少し呆気にとられた。

言い過ぎでも、言い足りなさでもない。

ただただ、硬い、意思。

 

 

「それは……すごいね」

 

すごい、という言葉が自分の口から出て、少し滑稽に感じた。

 

ミカサは少し迷ってから口を開く。

迷いがあるようだった。

 

 

「……ジラは東洋人じゃないの?」

 

私は笑ったまま、目だけを細める。

 

「ミカサは東洋人なんだ?」

 

「……私は半分。母親が東洋人だった」

 

過去形か。

 

「へぇ……」

 

声を薄くする。

同情の匂いは混ぜない。

ミカサは今話そうとしてるから。

 

「父親は、普通の人?」

「そう」

 

アッカーマン。

普通じゃないけれど――彼女は知らないのか。

知らないふりをしている?

どちらでも、今は同じだ。今は、彼女が話す番。

 

ミカサは少し俯いて、続けた。

 

「私たちは森の奥で、隠れるように住んでいた」

 

森の奥。隠れる。

頭の中で、歴史書の言葉が知識として並んだ。

 

「……まだ子どもだった」

「父さんがドアを開けて、そいつらに刺された」

「母さんがそいつらに立ち向かって、殺された」

 

淡々とした口調で、簡単に言う。

簡単に言うけれど、内容は重い。

 

「……なかなか壮絶ね」

 

言いながら、私は自分の声の乾きを自覚した。

慰めは今の私の役割じゃない。

 

ミカサはただ続ける。

 

「攫われて、捕まっていた時に、エレンが助けてくれた」

「このマフラーを巻いてくれた」

 

そう言って、ミカサはマフラーに触れた。

指先が布を確かめる。確かめる仕草がやけに丁寧だ。

 

「エレンがいなければ、私はここにいない」

 

 

……惚れるには十分すぎる理由か。

生存と結びついた執着、好意、依存。さぞや剥がれ辛いだろう。

 

「そう。

 で、それをなんで私に話したの?」

 

目的がない情報をただ与える理由はない。

私は、何を求められている?

 

「分からない。話すべきだと思った」

 

ミカサは真っ直ぐに私を見た。

目の焦点がぶれない。嘘をつく人間の目じゃない。

 

 

……苦手なのよね。これ。

正面から信じられると、こちらの嘘が薄汚く見える。

 

私は一瞬だけ目を逸らして、すぐに戻した。

話題を自分に戻さなければ。

 

「私のこと、なんで東洋人だと思ったの?」

 

黒髪なんていくらでもいる。

私は見た目で血筋なんてバレない前提で、そのままにしているんだ。

――バレる要素があるなら、少し考えないといけない。

 

ミカサは一呼吸置いた。

 

 

「……私の母に似ていた」

 

似ていた、か。

 

「勘ってことね」

 

同じ東洋人を間近で見続けた故の勘。

経験は直感を鋭くし。直感は説明を飛ばす。

私も勘は信用している。

 

 

私はミカサに一歩近づく。

 

「……誰にも言わないって誓える?」

 

ミカサの答えはすぐだった。

 

「エレンに危険がなければ」

 

 

私は一拍置いて、ため息をついた。

……なんだか負けた気がした。

 

絶対言わないと言う人間より、よほど誠実だ。

 

 

「……まぁ、いいか」

 

私は口角を上げる。

可愛い笑顔じゃない。少しだけ、嫌味な笑い方。

 

「東洋人で合ってる。純血。高いんだよ? 私」

 

ミカサは私をじっと見る。

……少し笑ったか?

ミカサは何も言わないし、表情も分かり辛すぎる。

 

私は表情を戻した。

戻すという感覚がある時点で、私は常に顔を使っている。

 

「……xxx」

 

本当の、東洋人としての名前。

それを口の中だけで一度転がしてから出した。

久しぶりに言った。しっくりくるのに違和感が凄い。

 

ミカサが少し目を見開いて黙った。

表情が動いた。

 

「私の名前」

特に思い入れなんてないけれど。

 

「私、中央の貴族から逃げてきたの。

 ジラは偽名」

 

ミカサの唇が少し開いた。

「……それは、」

 

言葉が出そうで、止まる。

 

「あぁ。大丈夫。すっごく大事にされてたから。

 高いモノだからね」

 

笑う。なんてことないみたいに。

笑うと、現実が薄くなる。薄くすると、相手は受け止めやすい。

 

「外に出たかったんだ。中央からなるべく離れた外」

 

嘘と本当を混ぜる。

本当の理由なんて、同類にくらいしか言えやしない。

ミカサは同類じゃない。

彼女は守る側で、私は動かす側だ。

 

「調査兵団なら、世界の端まで行けるかもしれないから」

 

ミカサの目が少しだけ鋭くなった。

世界の端。その言葉は彼女にも刺さる。エレンの夢に近いから。

 

 

「……xxxは調査兵団希望なの?」

 

久しぶりに、その名前を呼ばれた。

ただの音のはずなのに、背中の奥が少しだけ疼く。

不快じゃない。不快じゃないのが不快だった。

 

「そう。エレンも、だっけ。じゃあミカサもだ」

 

私は軽く笑って見せた。

笑って見せないと、今の感覚が顔に出る。

 

でも――ここだけは釘を刺す。

 

 

「……名前、呼ばないでね」

 

声を落とす。

この声は命令じゃない。頼みでもない。

ただの事実として置く声。

 

「見つかると、私また売られちゃうから」

 

ミカサは短く頷いた。

 

「……分かった。ジラ」

 

呼び直すのが早い。

 

早さは誠意だ。

彼女の誠意は、エレンのため以外にも使われるらしかった。

 

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