壁も巨人も、世界は私のために変われ!   作:an-ryuka

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――前話の続き。


72.フロック視点

 

先に手が動いた。

 

「先、借ります」

 

ジラの細い腕を乱暴に掴む。

驚いたように肩が跳ねたが、構わず立たせ、そのまま引きずるように歩き出した。

握っている力が強すぎるのは、分かってる。

 

「おい!」

 

すぐ背後で椅子が軋み、ジャンの声が飛ぶ。振り返りもせず、俺は横目だけ向けて睨みつけた。

 

ジャンの身体が一瞬止まる。

 

背中に団長達の視線が突き刺さるのを感じたが、無視した。

 

俺が先だ。

 

掴んだときのジラの顔は、心底驚いたように目を丸くしていたくせに、数歩も歩けば顔が作られる。

口の端だけが、面白そうにわずかに上がった。

 

クソッ。

 

俺か。

俺のせいかよ、これ。

 

 

 

人通りのない廊下の奥、ほとんど使われてない部屋の扉を蹴るみたいに開けて、ジラを中へ押し込む。

手を離し、軋む音を背中で聞きながら扉を閉めた。

 

ジラは少しふらつきながらも姿勢を直し、こちらへ首を傾げる。

いつもの人を値踏みする角度で。

 

「……どうしたの、フロック?」

 

その声音が妙に落ち着いていて、逆に苛立ちが増した。

 

「なぁ、ジラ」

 

喉が熱い。言葉を選ぶ余裕なんかない。

 

「分かってんのか?」

 

「なにが?」

 

本当に分かってねぇ顔。

とぼけてるのか、素で気づいてねぇのか、一瞬判断に迷う。

 

「線、超えてんだよ。お前」

 

「線?」

 

首を傾げたまま、薄く笑う。

その笑いが、今は心底ムカついた。

 

「人を数字で見てるのは前からだ。

 人が苦しんで、混乱してるの見て、楽しくて仕方ねぇ顔してんのも、前から知ってる」

 

一歩詰める。

 

「でもな。

 それだけのやつじゃなかっただろ」

 

ジラの睫毛が、不満そうに一瞬だけ揺れた。

 

「自分の趣味だけで人を潰したいなら、貴族の飾りのままでもやれただろ。

 わざわざ調査兵団なんかまで出てきてねぇよ」

 

呼吸が荒くなる。

それでも言葉は止まらない。

 

「お前は、悪いって分かっててやってんだよ。

 今までは、利益や得がある時しか自分の趣味は通さなかった」

 

絞り出すように言う。

 

「だから、まだギリギリ許せたんだよ。

 俺も、団長も、他のやつらも。

 お前が必要だからって線ギリ攻めてるだけだって、思い込んで誤魔化してきた」

 

ジラと目が合う。

 

瞬き。何度も。

――あのジラが、本気で、驚いてる?

 

 

「……楽しいから、だと思ってたのだけれど」

 

(……マジで、気づいてなかったのかよ)

 

笑えてくる。

ほんとに俺のせいか?これ。

気づいてなかったとか、分かるかよ、んな事。

 

 

「……あの技術者返して、得したやつ、誰だよ」

 

 静かに問いかける。

 

 ジラは俯く。

「――私。楽しかったわよ?」

 

「ジャンの信頼裏切ってまで、欲しいもんかよそれ」

 

最初は皆、喜んだ。

ジャンだって、ちょっとだけ救われたような顔してた。

お前は、嫌われなかったとホッとしただけだ。

 

技術者が殺されたって、自分は楽しめる。

返すのを決めたのはジャン本人。

自分は嫌われないって、

そんなヌルい、ボケた予測しやがって。

 

――俺らのこと、バカにしすぎだろ。

 

返した技術者は、本島で被害者に仕立てられた。

新聞はパラディ島を悪魔の国だって喚き立ててる。

 

「こうなるなら、ジャンも無理に返さなかった」

 

 喉の奥が焼ける。

 

「――お前は、最初からこうなる可能性、見えてたんだろ」

 

こいつだったら読めてたはずだ。

それくらい、俺らはもう分かってる。

それでも、面白そうだからって天秤にかけて、世界の方選んだ。

そう思い込んだ。ジャンが絡んだから、バカになってんだこいつの予測が。

 

「お前は今回、

 ジャンを取ったつもりで、

 ジャンでもなく、俺ら人類でもなく」

 

「――自分の楽しみをとった」

 

 

線を、超えた。

 

――お前が止まらなくなったら。

――その時は、俺が、殺す。

 

訓練兵の頃、ジャンを殺そうとしたこいつに、俺は言った。

 

 

止まるかこいつ?

止まれ。止まるよな?

 

ジラは俯いたまま。

表情が影になって、見えない。

 

 

――廊下の向こうから、焦ったような靴音が近づいてくる。

舌打ちが漏れた。

 

「……チッ」

 

 

俺は扉を開け、自分だけ外へ出る。

背中で扉を押さえ、ジラを部屋に閉じ込める。

 

 

「やっぱりお前か」

 

案の定、ジャンが歩いてきた。

眉間に皺寄せて、まっすぐ俺を睨んでいる。

 

「俺だって、ジラに話する権利くらいあるだろ」

 

「悪いけど、無ぇよ」

 

短く切り捨てる。

ジャンの目が一瞬ギラッと光き、次の瞬間、俺の胸ぐらを掴んできた。

 

「退け」

 

低い声。喉の底で震えてる。

 

俺は笑った。鼻で。

 

 

「自分のせいでこうなったって、思ってんのか?」

 

「あ?」

 

「これはな、ジラの悪癖だ」

 

 胸ぐらを掴まれたまま、顔を近づけて言う。

 

「お前が知らなかっただけで、地下じゃ日常茶飯事だったことだ」

 

「貴族の書物を漁った時に邪魔だったやつ」

「必要な情報をどれだけ痛めつけても吐かねぇやつ」

「新しい薬を試して、そのまま動かなくなる身体」

「新装置の実験で転がる死体」

 

 言葉は荒くなっていく。

 

「その場に、いつもジラはいた。

 手ぇ下してた時もあれば、椅子に座って見てただけの時もある」

 

思い出すのは、あいつの目だ。

 

追い詰められたやつの絞り出す感情を。

死んだやつらを見る、俺らを。

楽しそうに、観察してくる目。

 

 

「胸糞悪いだろ。俺だってそう思うよ」

 

 鼻で笑う。

 

「それでも俺らは飲み込んだ。

 それが一番早くて、俺らに足りねぇのは時間だったからだ」

 

俺の言葉に、ジャンの手が少しだけ緩む。

胸元を掴む力が弱くなった瞬間、心の中で別の声が囁いた。

 

(なんでこんなやつに)

 

なんで俺なんかに、ジラのことを説明しなきゃならねぇんだ。

なんでここまで言ってやんなきゃ、こいつは分かんねぇんだ。

 

今度は俺が、ジャンの胸ぐらを掴み返す。

布越しに伝わる体温が、やけに熱い。

 

 

「ついでに、もう1つ教えてやろうか?」

 

目を細めて言うと、ジャンがわずかにたじろぐ。

 

「……な、なんだよ」

 

喉が震えている。声が掠れている。

知りたくねぇけど、もう後戻り出来ねぇって顔だ。

 

 

「――俺とジラ、キスしてんだよ」

 

ジャンの動きが、ピタッと止まった。

 

時間まで止まったみてぇに、あたりが静かになる。

廊下を吹き抜ける風の音だけが、遠くでかすかに鳴っていた。

 

「は?」

 

間抜けな声が漏れる。

胸ぐらを掴んだまま、俺は嘲りの笑みを浮かべた。

 

知ったことか。

もう、全部ぶちまけてやる。

 

「お前ら、あんだけ、好き好き言っときながら、キスしてないんだってな」

 

わざとらしく肩をすくめてみせる。

 

「何歳だよ。ガキかよ、お前ら」

 

ジャンの肩が震える。

俺の胸ぐらを掴んでいる手も、震えている。

怒りか、ショックか、その両方か。

 

「……いつだよ」

 

声まで震えてる。

当たり前だ。好きな女の口が、別の男に取られてた話なんて聞きたくなかっただろうに。

 

 

「訓練兵の時だ。お前、ボロ泣きさせただろ」

 

俺の脳裏に、あの夜の倉庫が蘇る。

泣き腫らした目で、ぐしゃぐしゃな顔で、扉を開けてきたジラ。

 

「忘れたなんて言わせねぇぞ?」

 

「あれは……!」

 

ジャンが俺を睨みつける。顔が近すぎて鬱陶しい。

掴んでいた胸ぐらを突き放すように手を離した。

同時に、ジャンの手も滑り落ちる。

 

「何があったかなんて、どうでもいい」

 

吐き捨てる。

 

「あいつはボロボロのまま俺のとこ来て、キスしろって言い出した」

 

喉の奥から苦笑が漏れた。

 

「……俺が拒否出来ると思うか?」

 

あの目で見上げてきて、あの声で頼まれて。

……俺には、無理だった。動けなかった。

 

 

「拒否、しろよ」

 

ジャンが低く言う。

睨みつけながら、歯の奥で言葉を噛み砕いて。

 

「無理だっつの。あいつの方から舌突っ込んできたんだぞ」

 

わざと下品に言ってやる。

顔をしかめたのはジャンだけじゃない。俺もだ。

 

いまだに、ふとした時に思い出す。

柔らかい感触と、熱と、後味の悪さ。

 

「……それが、今と何の関係がある」

 

ジャンの声が、さっきより低くなる。

付き合ってられねぇって顔してるな。

残念。

 

 

「大ありだよ」

 

間髪入れずに返す。

 

「お前は、調査兵団なんか来るべきじゃなかった」

 

 ジャンの目が大きく開く。

 

「お前がいたから、ジラはこんなことやったんだよ」

 

「は?」

 

「お前がいなきゃ、技術者返還なんて話、ジラの却下の一言で終わってた」

 

言葉を突き立てる。

 

「お前が食い下がったんだ。

 殺さなくて済むなら、その方がいい、なんて綺麗事で殴りかかって」

 

俺は見ていた。

あの時、ジャンの拳が震えてたのも。

その横で、ジラが迷った顔をしたのも。

 

「ジラは、お前に嫌われたくなくて頷いた」

 

扉の向こうのジラを、見ないまま。

 

「その結果が、今だ。

 返された技術者は本島で道具にされて、パラディ島は、また新聞で悪魔扱い」

 

ジャンの拳が、ぎりっと握りしめられる。

節が白く浮き出て、震えが腕ごと伝わってくる。

 

 

「ジラは、人で遊ぶのが好きな最低な女だ」

 

そこは誤魔化さない。

 

「お前より先に、俺とキスしてるようなやつだ」

 

それも事実だ。

 

「それでも、世界を相手に戦えるようなやつだ」

「世界をあいつの手1つで敵に回せるようなやつだ」

 

言いながら、自分でも何をしてるのか分からなくなる。

 

「ジャン」

 

名を呼ぶ。

 

「お前、ジラにとって、

 世界と同じ位置にいるの分かってんのか?」

 

目を見る。

 

「――それでも、ジラのこと、好きか?」

 

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