壁も巨人も、世界は私のために変われ!   作:an-ryuka

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――当日。


76.ジャン視点

 

 当日、俺は予定より少し早く着いた。

 

 早く着きすぎだろ、と自分でも思う。

 でも落ち着かなかったんだからしょうがない。

 

 なのに、いた。

 

 ジラはもう来ていた。

 何をするでもなく、入口近くの壁際に立っていた。人を待つのに慣れてないみたいに、手を下ろしたり、組んだり、また下ろしたりしている。

 

 俺に気づいた瞬間、その顔が少しだけ明るくなった。

 

「ジャン」

 

 ただ名前を呼ばれただけなのに、胸の奥が変なふうに鳴る。

 

「早いわね」

 

「お前こそ」

 

「……ちゃんと来たかったから」

 

 さらっと言うな。

 そういうのを。

 

 

「で」

 

 俺は息をひとつ吐いてから言った。

 

「何したいんだよ」

 

 ジラは少しだけ首を傾げた。

 

「何って?」

 

「今日だよ。どこ行くとか、何食うとか、何見るとか」

 

「……ジャンといる」

 

「それは分かってんだよ」

 

 少し強く返すと、ジラが目を瞬いた。

 責めたいわけじゃない。

 でも、胸の奥に引っかかったものがあった。

 

 時間は空けた。

 それは分かった。

 嬉しい。嬉しいに決まってる。

 

 でも、その時間の中身まで全部こっち任せみたいにされると、少しだけ怖くなる。

 

 空けただけで、終わりにされる気がして。

 

「一緒がいいのは分かった」

 

 俺はなるべく声を落とした。

 

「でも、それで終わるな」

 

 ジラの視線が少し揺れる。

 

「……終わる?」

 

「お前、マルコに言われたんだろ。会うために時間空けろって」

 

「ええ」

 

「じゃあ、その先だよ」

 

 通りの向こうから、焼いた肉の匂いが流れてくる。

 鉄板の上で脂が弾ける音。果物を売る女の声。子どもが菓子をねだって、親に袖を引かれている声。

 

 そういう普通のものが、やけに遠く感じた。

 

「空けた時間の中で、お前が何したいかだよ」

 

 ジラは黙った。

 怒った顔じゃない。

 困った顔だった。

 

 本気で困ってる顔。

 

「……分からないわ」

 

 小さく落ちた声に、俺は何も言えなくなる。

 

「世界をどう動かすかとか、どこと話をつけるかとか、誰に何を見せればいいかとか、そういうのは考えられるの」

 

「ああ」

 

「でも」

 

 ジラは自分の指先を見た。

 昨日、当番表の紙を持っていた指だ。

 俺のために予定を変えた指。

 

「何を食べたいとか、どこへ行きたいとか、何を買いたいとかは、あまり考えたことがない」

 

 胸の奥に、変なものが落ちた。

 

 欲がないわけじゃない。

 こいつは、馬鹿みたいに欲が深い。

 世界を変えようとする。盤面を動かす。人の心も、国の立場も、必要なら平気で触る。

 

 なのに、自分の口に入れるものひとつ、欲しがり方が分からない。

 

「……面倒くせぇな」

 

 つい口から出た。

 

 ジラが少しむっとする。

 

「私だって困ってるわ」

 

「だろうな」

 

 俺は歩き出しかけて、やめた。

 

 ジラが俺を見て、目が揺れる。

 置いてくわけねぇだろうが。

 

 ジラに向き直る。

 

「……分かんねぇなら、今日探せ」

 

「探す?」

 

「好きなもん。嫌じゃねぇもん。少し気になるもん。何でもいい」

 

 俺は市場の方へ顎をしゃくった。

 

「俺といるのがいいなら、それはそれでいい。けど、それだけで終わるな」

 

「……難しいわ」

 

「知ってる」

 

 ジラはそこで黙った。

 何かをゆっくり飲み込んでいる顔だった。

 

 こういう時、こいつは変に素直になる。

 反発するくせに、ちゃんと聞いている。

 

「……分かったわ」

 

「絶対分かってねぇ顔だな」

 

「分かったもの」

 

「じゃあまず、何か選んでみろよ」

 

 そう言って、俺は市場へ足を向けた。

 

 

 

 市場は昼の匂いで満ちていた。

 

 焼きたてのパンの甘い匂い。

 肉の脂が焦げる匂い。

 青い葉野菜の土っぽい匂い。

 人の汗と、湿った石畳と、どこかの店先に置かれた花の青臭さ。

 

 ジラは隣を歩いていた。

 くっつくわけでもない。離れるわけでもない。

 ただ、俺が止まると止まる。俺が横を見ると、少し遅れて同じ方を見る。

 

 店を見てるんじゃない。

 俺を見てる。

 

「……前見て歩け」

 

「見てるわ」

 

「見てねぇだろ」

 

「ジャンが見てるものを見てる」

 

「それを見てねぇって言うんだよ」

 

 ジラは少しだけ不服そうに唇を結んだ。

 けど、すぐに視線を店先へ戻す。

 

 果物。

 焼き菓子。

 飾り紐。

 小さな硝子細工。

 袋に詰められた香辛料。

 

 どれを見ても、ジラの目は滑っていく。

 

「何か欲しいもんねぇのかよ」

 

「……物は物でしょう?」

 

「出たよ」

 

「違うの?」

 

「違うだろ」

 

「どう違うの」

 

 真顔で聞かれて、返事に詰まる。

 

 どう違うって言われても。

 欲しいから欲しい。

 気に入ったから買う。

 そういうものをいちいち説明したことなんかない。

 

 俺が黙ったのを見て、ジラが少しだけ目を細めた。

 

「じゃあ、ジャンの好きなものは?」

 

「あ?」

 

「ジャンは分かるんでしょう。好きな物」

 

「まあ、分かるだろ。普通」

 

「私は分からないの」

 

 急に面倒な方向に来た。

 

 ジラは少し拗ねたように俺を見ている。

 自分ばかり選ばされるのが不満なのか、それとも本当に知りたいのか。

 たぶん両方だ。

 

「ジャンの好きって、何?」

 

「何って……好きは好きだろ」

 

 俺は視線を逸らした。

 

「服とか。馬とか。まあ、剣も嫌いじゃねぇし」

 

ジラはすぐには言い返さなかった。

 

 困ったように眉を寄せて、店先の飴や焼き菓子を見て、それから俺を見る。

 何かを探してる顔だった。

 言葉の意味じゃなくて、置き場所を探してるみたいな顔。

 

「ジャンのことは好きよ?」

 

「……っ」

 

 急に何言ってんだ。

 

 声が出かけて、喉の奥で詰まる。

 ジラは俺の反応を見ても、からかってる様子はなかった。

 

 本当に、手持ちの札を順番に並べているだけみたいに続ける。

 

「人を動かすのも、多分好き」

「盤面が動く瞬間も好き」

 

 黒い目が少しだけ細くなる。

 市場の人の流れじゃなく、もっと遠い何かを見ている目だった。

 

「思った通りに流れが変わる時とか」

「誰かが、私の置いた言葉で違う選択をする時とか」

「国の空気が、ほんの少し変わる時とか」

 

「……お前な」

 

 思わず低い声が出た。

 

 分かってた。

 こいつがそういうものに高揚するのは、分かってたはずだった。

 

 でも、昼間の市場で、飴や焼き菓子の前で聞くと、妙に生々しい。

 甘い匂いの中に、刃物の光が混じったみたいで落ち着かない。

 

 ジラはそこで、少しだけ目を伏せた。

 

「でも」

 

 小さく息を吸う。

 

「……ジャンが言ってる好きなものは、こういうのと違うのよね?」

 

 声が探り探りだった。

 

 さっきまで世界だの盤面だの言っていたくせに、急に足元の石を確かめるみたいな声になる。

 その落差に、胸の奥が変に詰まった。

 

「たぶん、違う」

 

 ジラは指先で自分の袖口を軽くつまんだ。

 

「何かを手元に置きたいとか」

「食べたら嬉しいとか」

「見ているだけで少し気分がよくなるとか」

 

 そこで、ほんの少しだけ黙った。

 

「……難しいわ」

 

 その声が、本当に難しそうで。

 呆れるより先に、胸の奥が痛くなった。

 

「難しく考えすぎなんだよ」

 

「ジャンは簡単に言う」

 

「簡単にしていいんだよ、こういうのは」

 

 そう言いながらも、俺自身、どこから手をつければいいのか少し迷っていた。

 

 好きなものを探せ。

 嫌じゃないものを選べ。

 

 言うのは簡単だ。

 でも、こいつ相手に「好きなものを選べ」なんて、地図も持たせずに森へ放り込むようなもんだろう。

 

 視線を巡らせて、近くの屋台で止まる。

 

 甘い匂いがした。

 

 木箱には丸い焼き菓子が積まれていて、隣には白い粉砂糖をまぶした小さな菓子が並んでいる。干した果物を蜜で固めたもの、薄く焼いた生地に木の実を挟んだもの、瓶に詰められた色付きの飴。

 

 店主の女は慣れた手つきで紙袋を開き、菓子を入れていく。

 甘い匂いと、焼けた小麦の香ばしさが、肉の脂の匂いに混ざって流れてきた。

 

「……あそこ行くぞ」

 

「どうして?」

 

「甘いもんは、大体みんな好きだろ」

 

 言ったあとで、雑すぎたかと思った。

 でも、ジラは怒らなかった。

 

 ただ、少しだけ考える顔をする。

 

「みんな?」

 

「まあ、嫌いな奴もいるだろうけど」

 

「ジャンは好きなの?」

 

「嫌いじゃねぇよ」

 

「好きなのね」

 

 ジラは少しだけ目を細めた。

 また何か考えてる顔だ。

 

 俺は屋台の前で足を止めた。

 

 並んだ菓子を前にして、ジラは真剣に黙り込んだ。

 戦場の地図でも見るみたいな顔で、焼き菓子、砂糖菓子、干し果物、飴の瓶を順番に見ている。

 

 けど、目が留まらない。

 

 全部を見ているのに、どれも同じ距離に置いている。

 物は物。

 食べ物は食べ物。

 そういう顔だった。

 

「どうだ」

 

「……甘いものがたくさんあるわ」

 

「見りゃ分かる」

 

「お茶菓子に喜ばれるものとかなら分かるのだけれど」

 

「お前が、好きなものだ」

 

 俺は少し息を吐いて、屋台に肘でもつきたい気分になるのを堪えた。

 

「今はお前が選ぶんだよ」

 

 ジラは不満そうに唇を結んだ。

 自分ばかり選ばされるのが嫌なのかもしれない。

 いや、嫌というより、本当に困ってるんだろう。

 

「いいか。好きじゃなくていい」

 

「好きじゃなくていいの?」

 

「最初から好きまで行こうとすんな」

 

 俺は菓子をいくつか指した。

 

「これと、これ」

 

 白い砂糖菓子。

 蜂蜜を塗った焼き菓子。

 

「どっちがマシだ」

 

「マシ」

 

「どっちでもいいは今日禁止な」

 

 ジラが眉を寄せた。

 

「難しいのよ」

 

「お前を甘やかすと全部どっちでもいいになるだろ」

 

「……甘やかしてくれればいいのに」

 

 小さく拗ねる声が、少し悔しそうだった。

 

 ジラは白い砂糖菓子を見る。

 焼き菓子を見る。

 また砂糖菓子に戻る。

 

 けれど、どちらにも決まらない。

 

 その目が、ふと横へ流れた。

 

 瓶に詰められた飴の方へ。

 

 赤。薄青。白。琥珀色。濃い茶色。

 日の光が瓶の角に当たって、丸い飴の表面で小さく光った。

 

 ジラの視線が、琥珀色の飴の前で止まる。

 

 はっきり、止まった。

 

 

「……これ」

 

「飴か?」

 

「これがいい」

 

 その声は、さっきまでとは違っていた。

 

 迷ってない。

 選んだ声だった。

 

 胸の奥が、変に熱くなる。

 

「何でだよ」

 

 聞くと、ジラは瓶の中を見つめたまま言った。

 

「ジャンの目の色と同じ」

 

 心臓が変な跳ね方をした。

 

「……は?」

 

「光が入った時の色」

 

 ジラは瓶に少し顔を近づけた。

 中の飴がかすかに動いて、から、と小さく鳴る。

 

「少し金色で、でも茶色で、奥が暗い」

 

「お前、何をそんな細かく見てんだよ」

 

「見てるもの」

 

 当然みたいに言われる。

 当然じゃねぇだろ。

 

 ジラはしばらく飴を見て、それからこっちを見た。

 黒い目が、まっすぐ俺の目に合う。

 

「……ジャンの目を食べるみたいで、少しゾクゾクするわね」

 

 一瞬、息が止まった。

 

 何なんだよ。

 何でそういう言い方をする。

 市場のど真ん中で。

 甘い菓子の屋台の前で。

 

「……お前な」

 

 声が低くなる。

 低くなったのに、ジラは怯まない。

 

「嫌?」

 

「嫌っていうか」

 

 嬉しくないわけじゃない。

 むしろ、だいぶ効いてる。

 

 でも、それをそのまま認めたら終わる気がした。

 

「……怖ぇんだよ、言い方が」

 

 ジラは少しだけ瞬きをした。

 それから、ほんの少し笑う。

 

「でも、これがいいわ」

 

「味じゃねぇのかよ」

 

「味に好き嫌い無いもの」

 

 ジラは瓶を指先で軽く叩いた。

 こつ、と乾いた音がする。

 

「選ぶなら、これ」

 

 たったそれだけなのに。

 

 こいつが自分で選んだ、と思うと、それだけで十分な気がした。

 

「……じゃあ、それにしろ」

 

 俺が店主に声をかけると、店主の女が棚から瓶を下ろした。

 蓋を開けた瞬間、砂糖と蜂蜜の匂いが少し強くなる。

 

 小さな金属の匙が、瓶の内側に当たって、かちんと鳴った。

 琥珀色の飴がいくつか掬われて、紙袋の中へ落ちる。

 

 からから、と乾いた音がした。

 

 隣の焼き菓子からは、まだ小麦と蜂蜜の匂いがしていた。

 ジラはそれには目もくれず、店主の手元をじっと見ている。

 

 瓶の中で光っていたものが、紙袋の中に隠れる。

 それを少し惜しむみたいに、ジラの指がわずかに動いた。

 

 俺が金を出そうとすると、ジラが先に手を伸ばした。

 

「私が買うわ」

 

「何でだよ」

 

「私が選んだから」

 

「……そうかよ」

 

 変なところで律儀だ。

 でも、その指先が少しだけ急いでいるのが見えた。

 

 欲しいわけじゃない、から。

 欲しいかもしれない、に変わったばかりみたいな手つきだった。

 

 

 袋を受け取ったジラは、すぐには食べなかった。

 

 歩きながら、紙袋の口を少し開けては、中を覗く。

 覗いたところで、さっきみたいに光るわけじゃない。

 薄暗い袋の底で、飴が小さく転がるだけだ。

 

 それでもジラは、何度も確かめるみたいに見ていた。

 

「食わねぇのか」

 

「食べるわ」

 

「ずっと見てるだけじゃねぇか」

 

「見えなくなったから」

 

「は?」

 

「瓶の中だと、光ってたでしょう」

 

 ジラは袋の口を指でつまんだまま、少しだけ不満そうに言う。

 

「袋に入ると、色が分かりにくいわ」

 

「そりゃ紙袋だからな」

 

「少し残念」

 

 そんなことを言う顔が、本当に惜しそうで。

 俺は一瞬、何も言えなくなった。

 

 飴そのものが欲しかったわけじゃない。

 光の中で、俺の目の色に似ていたから。

 だから、こいつはそれが隠れたことを残念がっている。

 

 ……何なんだよ、ほんとに。

 

「貸せ」

 

 俺が手を出すと、ジラは袋を少し引いた。

 

「取らないで」

 

「取らねぇよ。一個出すだけだ」

 

「……そう」

 

 素直に袋を渡してくる。

 

 警戒した後で、すぐ信じる。

 その落差に、また胸の奥が変になる。

 

 俺は紙袋の口を開けて、琥珀色の飴をひとつ指先で摘まんだ。

 

 外へ出した途端、日の光が飴の表面に乗る。

 さっき瓶の中で見た時より少し小さくて、少し歪で、それでも確かに茶色と金色の間みたいな色をしていた。

 

 確かに、俺の目の色に似ている気がした。

 

 そう思った瞬間、急にこっちまで落ち着かなくなった。

 

「ほら」

 

 差し出すと、ジラは飴と俺の顔を交互に見た。

 

「ジャンがくれるの?」

 

「袋から出しただけだろ」

 

「でも、ジャンがくれるのね」

 

「……そういうことでいいよ」

 

 ジラは両手で受け取った。

 飴ひとつに、そんな持ち方をするな。

 

 それから、ゆっくり口に入れる。

 

 唇が閉じる。

 頬がほんの少し動く。

 黒い目が、何かを確かめるみたいに細くなった。

 

「……どうだよ」

 

 聞くつもりはなかったのに、聞いていた。

 

「甘いわ」

 

「そりゃ飴だからな」

 

「少し、花みたいな匂いがする」

 

「蜂蜜だろ」

 

「硬い」

 

「飴だからな」

 

 ジラは口の中で飴を転がした。

 こつ、と歯に当たる小さな音がする。

 

 その音が妙に近く聞こえて、俺は視線を逸らした。

 何見てんだ、俺は。

 

「好きかよ」

 

 なるべく普通に聞いた。

 普通に聞いたつもりだった。

 

 ジラはすぐには答えなかった。

 

 味を探しているのか。

 言葉を探しているのか。

 どっちか分からない顔で、少しだけ黙る。

 

 それから、ふっと笑った。

 

「好き。きっと」

 

 胸の奥が、掴まれた気がした。

 

「……きっとって何だよ」

 

「まだ分からない」

 

「分からないのに好きなのかよ」

 

「だって、ジャンの色だわ」

 

 ジラは袋を胸の前で持ったまま、当たり前みたいに言う。

 

「ジャンが選ばせてくれて、ジャンが開けてくれた」

「ジャンと見つけたものだもの」

 

 そう言って、また飴を口の中で転がす。

 

「だから、きっと好きになるわ」

 

 何なんだよ、それ。

 

 味そのものじゃない。

 飴そのものでもない。

 俺に繋がってるから、好きになる。

 

 そういう順番でいいのかよ。

 普通は逆だろ。

 

 でも、ジラが初めて自分で選んだものが、俺の目の色に似た飴で。

 それを大事そうに口の中で転がしている。

 

 それが、どうしようもなく嬉しかった。

 

「……お前、ほんと変だな」

 

「知ってるわ」

 

「褒めてねぇよ」

 

「でも、嫌そうじゃない」

 

 言い返せなかった。

 

 ジラはそれを見て、少しだけ満足そうに笑った。

 さっきより、ずっと柔らかい顔だった。

 

 俺は鼻で息を吐いて、歩き出す。

 

「次は、味で選べよ」

 

「次?」

 

「今ので終わりにする気かよ。今日探すって言っただろ」

 

 ジラが隣に並ぶ。

 紙袋を片手で持って、もう片方の手を少し空ける。

 

「じゃあ、次も二択にして」

 

「自分で選ぶ練習だろ」

 

「最初は手伝って」

 

 さらっと言うな。

 そういう頼り方をするな。

 

 でも、悪くなかった。

 

「……しょうがねぇな」

 

 俺がそう言うと、ジラは小さく笑った。

 口の中の飴が、またこつんと鳴る。

 

 市場の人の流れが少しだけ密になる。

 ぶつかるほどじゃない。でも、油断すると肩ひとつ分くらい、すぐ距離が空く。

 

 ジラは紙袋を持ち直してから、空いた手を俺の方へ少しだけ差し出した。

 

「……繋がないの?」

 

 言いながら、こっちを見上げる。

 

「繋ぎたい」

「だめ?」

 

 何でそんな言い方すんだよ。

 

 心臓の方が先にうるさくなって、俺は返事の代わりにその手を取った。

 

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