壁も巨人も、世界は私のために変われ!   作:an-ryuka

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78.リヴァイ視点

 

 執務室の壁に背中を預けながら、俺はエルヴィンが呼び出した、机の向こうのガキを見てた。

 

 金髪、ひょろい体、眼の下に薄くクマ。

 一見ただの頭でっかちな兵士。

 

 だが、あの黒髪のガキが妙に気にかけているのは、こいつだ。

 理由までは知らねぇ。だが、警戒してる相手ってのは見りゃ分かる。

 

 エルヴィンは肘をついて、静かにアルミンを見ていた。

 問い詰めるでも、疑うでもなく、まず全部吐かせる時の顔だ。

 

 窓際ではケニーが椅子に腰かけ、つまらなそうに足を組んでいる。

 こいつが同じ部屋にいて、なおかつ帰らねぇ時点で、ろくでもねぇ話だと分かる。

 

 

「……確認するが」

 

 エルヴィンが口を開いた。

 

「君の見たものは、ただの予測ではないんだな」

 

「はい」

 

 アルミンは頷いた。

 迷いのない返事だった。

 

「結果だけが見えるわけじゃありません。そこへ行き着くまでの失敗も、途中で切れた枝も、全て見ています」

 

 淡々とした声だった。

 そのくせ、目の底だけが妙に冷えている。

 

 俺は黙って聞いていた。

 進撃だの未来だの、そういう話を素直に飲み込める趣味はねぇ。

 だが、こいつが適当を抜かしてる顔じゃないことくらいは分かる。

 

「その中に」

 

 エルヴィンが続ける。

 

「その失敗の記憶に、

 この島がどう終わるかも含まれている、と」

 

エルヴィンの声も淡々としている。

 

「はい」

 

アルミンは頷き、

エルヴィンは続ける。

 

「パラディ島が破滅する枝も、

 こちらが先に世界へ、取り返しのつかないことをする枝もあったのだな」

 

「はい」

 

 短い返事。

 それだけで、部屋の空気が一段沈んだ気がした。

 

 ケニーが喉の奥で小さく笑う。

 面白がってるのか、呆れてるのか分からねぇ嫌な笑いだ。

 

「で」

 

 俺は口を開いた。

 

「てめぇはその中から、どれがマシか選んで持ってきたってことか」

 

 アルミンの視線が一瞬だけこっちを向いた。

 驚きも反発もない。ただ、少しだけ疲れた目だった。

 

 

 

 いい加減頭のいい会話に飽きた頃。

 エルヴィンは指を組み直した。

 

「君は調査兵団に何を求める」

 

 アルミンはすぐには答えなかった。

 息をひとつ挟んでから、ようやく口を開く。

 

「壁内と外の世界との、バランスを保つための、

 ジラが世界を、飲み込まないための」

 

「止める力を」

 

 静かな声だった。

 部屋の空気がまた一段重くなった。

 

 ケニーが細めた目でアルミンを見る。

 俺は腕を組み直す。

 

 

 アルミンは声に出す。

 エルヴィンは目を閉じる。

 

 

 考えている時の顔だ。

 あいつはいつだって、人類の勝利と自分の夢の両方を天秤にかけて、それでも前へ進む。

 

 

「君の話をそのまま受け取るなら」

 

 やがてエルヴィンが言った。

 

「我々は外と戦う準備を進めながら、同時に内にも枷をはめることになる」

 

「はい」

 

「人類全体から見れば、自己制約だな」

 

 その言葉には確認以上の意味があった。

 必要だからやるのか、それとも恐れているからやるのか。

 たぶん、その両方だ。

 

 エルヴィンの視線が俺に向いた。

 

 

「リヴァイ」

 

「なんだ」

 

「君はどう思う」

 

 面倒な振り方をしやがる。

 

 俺は壁から背を離しもしないまま、アルミンを見た。

 

 ガキは逃げねぇ目をしていた。

 だが、まっすぐなだけの目でもねぇ。

 もう引き返せない場所まで、一人で歩いてきたやつの目だ。

 

 

「気に食わねぇ話だな」

 

 そう言うと、ケニーが肩を揺らして笑った。

 

「だが、止める役が要るってのは分かる」

 

 アルミンが小さく息を吐く。

 安堵には見えなかった。確認がひとつ済んだだけの顔だった。

 

 エルヴィンはしばらく黙っていたが、やがて頷いた。

 

 

「いいだろう」

 

 低い声だった。

 

「君の見たものとやらを、私は一旦信じる」

 

 あっさり言いやがる。

 こいつはいつだってそうだ。腹を括る時だけは、余計な音がねぇ。

 

「ただし」

 

 エルヴィンの声が続く。

 

「この話はここで終わらせない。確認すべき相手がいる」

 

 

 アルミンがわずかに目を伏せる。

 

「……はい」

 

 その返事で、次の行き先が決まった。

 

 窓際のケニーが、腰を上げる。

 

「案内しろって顔だな」

 

「頼めるか」

 

 エルヴィンが言うと、ケニーは大げさに肩をすくめた。

 

「連れてくだけだ。後は知らねぇぞ」

 

俺は壁から背を離した。

 

 

 

その場所の空気は、最初から気に食わなかった。

誰も声を荒げてはいない。だが静かな時ほど、取り返しのつかねぇ話は進む。

 

 

歴史だのどうだのに興味はねぇ。

空気は張っているが、今すぐ斬り合う類のもんでもねぇ。

 

アルミンが何か言い、フリーダが静かに返し、エルヴィンがその先を読んでいるだけだ。

 

 

その横で、ケニーがふらっと抜けた。

 

先導してきたくせに、肝心な場には背を向ける。

やつらしい。

だが今日は、ただの気まぐれじゃねぇ匂いがした。

 

 

「エルヴィン」

 

呼ぶと、あいつは目だけ寄越した。

 

「外す」

 

それだけ言って、俺は広間を出た。

 

 

 

開いた裏口の先、石段にケニーがいた。煙草をふかしてやがる。

 

「おい」

 

声をかけると、やつは振り返りもせず、肩だけ揺らした。

 

「来ると思ったぜ」

 

俺は近くの壁にもたれた。

 

「見張りだ」

 

「暇だったんだろ?

 そんなとこばっか俺に似やがって」

 

舌打ちが出た。こいつの口からそういう言い方を聞くと、今でも妙に腹が立つ。

 

 

ケニーは笑って、煙を吐いた。

 

「中央憲兵が、元々何してたか知ってるか」

 

「知らねぇな」

 

「嘘つけ」

 

その言い方で、ろくでもねぇ話が来ると分かった。

 

 

「あの嬢ちゃん。

 ――xxxの親を殺したのは、俺だ」

 

風が木を鳴らす。

 

驚きはしなかった。

 

xxx。

あの女の本名だ。中央側ではたまにそっちで呼ばれて、嫌そうな顔してたか。

 

思えば、ジラがケニーをそばに置いていたことも、途中で切ったことも、全部どこか歪だった。

 

 

「……そうか」

 

「薄いな」

 

「お前が人を殺した話で、いちいち驚くかよ」

 

ケニーが喉の奥で笑う。

 

「それでも嬢ちゃんは俺を使った。

 俺も使わせた。そういう関係だった」

 

「なんで切られた。……アルミンか?」

 

「そうだ」

 

ケニーは灰を落として、少し笑う。

 

 

「地下に連れてった時だ。にっこりしやがってよ。

 『もう来ないでください』だと」

 

目に浮かぶ言い方だった。柔らかい面して、後に引かねぇ声で言う。

 

「上等な切り方じゃねぇか」

 

「だろ?」

 

だがその笑いも長くは続かなかった。

 

 

石段の下、暗い庭を見たまま、ケニーは低く言う。

 

「親は東洋人だった。二人ともな」

 

「だろうな」

 

 こいつに聞いた。

 壁の中で、アッカーマン家と同じような境遇だった一族。

 

 

「頭の切れる夫婦だった。国に使われてた」

 

ケニーは鼻で笑った。

何が言いたい。

 

「化け物の親は化け物だってだけだろ」

 

ケニーは肩を竦めて、そのまま続けた。

 

 

「世界のために、自分が役立つのが楽しかったんだとよ」

 

落としたその言葉だけ、重い。

 

「だが結局、見てたのは自分の好きな世界だけだ」

 

馬鹿にしてるようで、違った。

嫌ってるくせに、忘れてねぇ声だ。

 

ジラの親の話をしてるはずなのに、それだけじゃないものが混じっている。

 

 

「何が言いたい」

 

俺がそう言うと、ケニーはすぐには答えなかった。

 

「……広間の中じゃ、あいつらがでけぇ顔して世界を決める」

 

唐突なようで、そうでもなかった。

 

アルミンとエルヴィン。フリーダとヒストリア。あそこで進んでいる話が、ジラの盤面をひっくり返す。それくらいは俺でも分かる。

 

 

「嬢ちゃんは負ける」

 

ケニーがそう言った。

 

言い切りだった。予感でも分析でもねぇ。もうそういう顔をしている。

 

 

「勝つ負けるで動く女でもねぇだろ」

 

「そうだな。負ける時はある」

 

煙草を指で揉みながら、ケニーは吐き捨てるみてぇに続ける。

 

 

「で、柄にもねぇことを考えちまった。

 俺のせいかもなってよ」

 

俺は黙った。

 

こいつがそんな言い方をするのは気持ちが悪かった。謝る気なんざなく、悔いるつもりもねぇ。だが引っかかってる。そういう声だった。

 

 

「親を殺した。そいつの血を引いたガキを手元に置いた。使えるだけ使った。余計なもんまで見せた」

 

ケニーが笑う。乾いた、嫌な笑いだった。

 

「そりゃあ、少しくらいは歪むだろ」

 

「今さらだろ」

 

「ああ、今さらだ」

 

 

石段から立ち上がる。膝を払う仕草まで、いつも通りだった。いつも通りなのに、妙に鬱陶しい。

 

 

「だから何だ」

 

吐き捨てると、ケニーは肩をすくめた。

 

「別に。助ける気もねぇ。助ける筋合いもねぇ」

 

「だったら黙って失せろ」

 

「怖ぇな」

 

そう言いながら、こっちを見た。

 

 

「育ててなくても、似るもんだなと思ってよ」

 

その言葉で、嫌でも分かる。

 

ジラが親に似たと言いたいのもある。

俺がこいつに似たと言いたいのもある。

たぶんその両方だ。

 

 

「誰が誰にだ」

 

「聞いてんじゃねぇよ。分かってる顔してるくせに」

 

 

腹が立った。

 

地下で叩き込まれたもんが今も身体に残ってるのは、自分が一番よく知っている。刃の使い方も、息の殺し方も、迷わねぇための癖も。捨てたつもりのもんは残る。

 

だから余計に、こういう話をこいつの口から聞きたくなかった。

 

「今さら身内面か」

 

吐き捨てると、ケニーは露骨に嫌そうな顔をした。

 

「気色悪ぃこと言うな。伯父ぶる気なんざねぇよ」

 

「もう十分気色悪ぃ」

 

「違ぇねぇ」

 

ケニーは短く笑って、それから少しだけ真顔になった。

 

 

「こうはなるなよ、とは思ったかもな」

 

そのまま言いやがったので、一瞬だけ言葉に詰まった。

 

だが次の瞬間には、こいつ自身がその言い方を気に食わなかったらしく、舌打ちして言い直す。

 

「……いや、違ぇな。そうなるなら、せめて自分で選べ。人に乗せられた盤面で、勝手に終わるな」

 

その言葉は、ジラに向けたものか、俺に向けたものか分からなかった。

 

たぶん、どっちにもだ。

 

 

「何で俺に話した」

 

聞くと、ケニーは鼻を鳴らした。

 

返さずに俺の横を通り過ぎる。

煙草と酒と、古い地下の匂いがした。忘れたつもりでも、身体は覚えてやがる。

 

 

「後は若いのでやれ。俺は抜ける」

 

「逃げるの間違いだろ」

 

「そうとも言う」

 

 

数歩先で、足が止まる。

 

「リヴァイ」

 

呼ばれて顔をしかめた。

 

「何だ」

 

だが俺が黙っていると、ケニーはそれで満足したらしい。

 

 

「……気まぐれだ」

 

ケニーは口の端だけで笑った。馬鹿にする笑いじゃない。認めたくねぇことを誤魔化す時の顔だった。

 

それだけ残して、今度こそ歩いていく。

 

俺は追わなかった。

 

追ったところで、こいつは肝心なところだけ自分でも名前をつけねぇ。昔からそうだ。

 

裏口の向こう、広間の方からかすかに声がした。アルミンたちはまだ話している。世界だの未来だの、でかい話はあっちで進む。

 

石段に残った煙草の匂いだけが、妙にしつこかった。

 

勝手なことばかりしやがる。

 

ケニーも。

ジラも。

アルミンも。

 

……反吐が出るほど、似たような連中だ。

 

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