壁も巨人も、世界は私のために変われ!   作:an-ryuka

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――翌日。


83.フロック視点

 

ジラが会場の中へ消えていく。

 

俺らは入れない。

エルディア人だから、ってだけじゃねぇ。

そもそも入れる格好もしてない。刃だけ抜いた立体機動の制服のままだ。

 

周りの連中が、こっちを見てざわつく。

珍しいものでも見る目だ。どうでもいい。

 

横ではジャンが、消えていった扉の方をまだ見ていた。

とっくに姿なんか見えなくなってるのに、目だけがそこに置き去りみてぇになってる。

 

「帰るぞ」

 

言う。

 

「ここにいたって、あいつの邪魔になるだけだ」

 

ジャンはすぐには動かない。

喉だけが、小さく動いた。

 

「……お前」

 

やっと口を開く。

 

「ジラが何する気か、聞いてんのか」

 

「全部は知らねぇよ」

 

本当だ。

全部なんか喋るわけがない。あいつが。

 

必要なことだけ置いて、肝心なところは最後まで自分で握る。

今さらだろ。

 

ジャンは少し黙って、それから低く言う。

 

「……そうかよ」

 

その声で分かる。

俺に期待してたわけじゃねぇ。

でも、何か知っててほしかったんだろう。

 

俺は鼻で笑う。

 

「安心したいなら、昨日のうちに本人に聞いとくべきだったな」

 

そこでようやく、ジャンがこっちを向いた。

 

「……うるせぇよ」

 

掠れた声だった。

睨んでくるくせに、目の奥は鈍い。寝てねぇな、こいつ。

 

顔色も悪い。

どうせ昨日から、同じことばっか考えてたんだろ。

 

止めるか。

止められるか。

縛るか。

嫌われるか。

それでも生かすか。

 

で、結局、何もしなかった顔だ。

 

ジャンがようやく歩き出しかける。

 

その背中に投げる。

 

「お前が言うなら、あいつは聞いたんだよ」

 

足が止まる。

 

振り向かない。

肩だけがわずかに強張る。

 

「……聞くわけねぇだろ」

 

否定の形をしてるくせに、声が弱い。

言い切れてねぇ。

 

「さぁな」

 

肩をすくめる。

 

「でも、お前は試してもいねぇだろ」

 

ジャンの肩が、ぴくりと揺れた。

 

返事はない。

 

会場の灯りがやけに明るい。

笑い声まで聞こえてくる。反吐が出る。

 

その中にジラは入っていった。

一人で。

当然みてぇな顔して。

 

昨日のあいつの顔が浮かぶ。

それと、俺に回ってきた書類。

今日の会議で何が起こるか。

 

俺に見せるつもりがなかった資料だ。

なのに、妙に整えられてる。

 

引き継ぎ前提の資料。

 

胸の奥がざらつく。

 

 

――私、フロックに殺されたいな。

 

思い出すな。

今じゃねぇ。

 

 

押し込めるみたいに息を吐く。

 

「……なんで引き止めなかった」

 

ジャンが言う。

 

誰に言ってんだ。

俺か。自分か。

どっちでもいい。

 

「知るかよ」

 

吐き捨てる。

 

「俺は最初から、あいつが生きて帰る気で動いてるようには見えなかった」

 

ジャンが弾かれたみてぇにこっちを見る。

 

「そんなこと……」

 

言いかけて、止まる。

 

拳がぎりっと鳴る。

分かってた顔だ。

見えてなかったんじゃねぇ。

見たくなかっただけだ。

 

 

「お前のせいで、ジラは死ぬかもな」

 

ジャンがこっちを睨む。

目の奥だけ、ひどく揺れてる。

 

「分かってるっつってんだろ!!」

 

声が響いた。

周りの視線が一気に集まる。警備までこっちを見る。

 

でもジャンはそんなもん見えてない。

そんな余裕ある顔じゃねぇ。

 

「そんなこと、昨日からずっと考えてんだよ」

 

拳が強く握られている。

指の節が白い。行き場のない力だけが溜まってる。

 

「それで、止めたら――」

 

そこで詰まる。

喉が引っかかったみたいに止まって、それから絞り出す。

 

 

「……もう、俺のためじゃねぇか」

 

その声で、少しだけ冷える。

 

ああ。

そこまでは分かってたか。

 

「最初からそうだろ」

 

静かに言う。

 

ジャンの肩がぴくっと揺れる。

 

会場の中では、何も知らねぇ連中が笑ってる。

グラスの当たる音がする。

その真ん中に、ジラはいる。

 

一人で。

誰にも止めさせない顔で。

 

ジャンは俯いたまま、肩で息をしていた。

 

 

止められなかったんじゃねぇ。

止めなかったわけでもねぇ。

たぶん、その間だ。

 

嫌われても生かす、をやれなかった。

それだけだ。

 

俺だって笑えない。

似たようなもんだからだ。

 

あいつは人の手から抜ける。

掴んだと思った時には、もう次を見てる。

 

柔らかい顔をする時があるから、勘違いする。

自分なら少しは届くかも、なんて。

 

 

でも無理だ。

 

あいつは最初から、落ちるとこまで含めて歩いてる。

 

 

「……行くぞ」

 

もう一度言う。

 

「ここで立ってても、何も変わらねぇ」

 

ジャンは返事しない。

 

ただ、握っていた拳が少しずつほどけていく。

掌に爪の痕が残ってるのが見えた。

 

扉の向こうは、もう開いてる。

 

ジャンがようやく一歩踏み出しところで、扉の向こうは何も止まらねぇ。

 

ジャンがようやく一歩踏み出した。

 

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