ジラが会場の中へ消えていく。
俺らは入れない。
エルディア人だから、ってだけじゃねぇ。
そもそも入れる格好もしてない。刃だけ抜いた立体機動の制服のままだ。
周りの連中が、こっちを見てざわつく。
珍しいものでも見る目だ。どうでもいい。
横ではジャンが、消えていった扉の方をまだ見ていた。
とっくに姿なんか見えなくなってるのに、目だけがそこに置き去りみてぇになってる。
「帰るぞ」
言う。
「ここにいたって、あいつの邪魔になるだけだ」
ジャンはすぐには動かない。
喉だけが、小さく動いた。
「……お前」
やっと口を開く。
「ジラが何する気か、聞いてんのか」
「全部は知らねぇよ」
本当だ。
全部なんか喋るわけがない。あいつが。
必要なことだけ置いて、肝心なところは最後まで自分で握る。
今さらだろ。
ジャンは少し黙って、それから低く言う。
「……そうかよ」
その声で分かる。
俺に期待してたわけじゃねぇ。
でも、何か知っててほしかったんだろう。
俺は鼻で笑う。
「安心したいなら、昨日のうちに本人に聞いとくべきだったな」
そこでようやく、ジャンがこっちを向いた。
「……うるせぇよ」
掠れた声だった。
睨んでくるくせに、目の奥は鈍い。寝てねぇな、こいつ。
顔色も悪い。
どうせ昨日から、同じことばっか考えてたんだろ。
止めるか。
止められるか。
縛るか。
嫌われるか。
それでも生かすか。
で、結局、何もしなかった顔だ。
ジャンがようやく歩き出しかける。
その背中に投げる。
「お前が言うなら、あいつは聞いたんだよ」
足が止まる。
振り向かない。
肩だけがわずかに強張る。
「……聞くわけねぇだろ」
否定の形をしてるくせに、声が弱い。
言い切れてねぇ。
「さぁな」
肩をすくめる。
「でも、お前は試してもいねぇだろ」
ジャンの肩が、ぴくりと揺れた。
返事はない。
会場の灯りがやけに明るい。
笑い声まで聞こえてくる。反吐が出る。
その中にジラは入っていった。
一人で。
当然みてぇな顔して。
昨日のあいつの顔が浮かぶ。
それと、俺に回ってきた書類。
今日の会議で何が起こるか。
俺に見せるつもりがなかった資料だ。
なのに、妙に整えられてる。
引き継ぎ前提の資料。
胸の奥がざらつく。
――私、フロックに殺されたいな。
思い出すな。
今じゃねぇ。
押し込めるみたいに息を吐く。
「……なんで引き止めなかった」
ジャンが言う。
誰に言ってんだ。
俺か。自分か。
どっちでもいい。
「知るかよ」
吐き捨てる。
「俺は最初から、あいつが生きて帰る気で動いてるようには見えなかった」
ジャンが弾かれたみてぇにこっちを見る。
「そんなこと……」
言いかけて、止まる。
拳がぎりっと鳴る。
分かってた顔だ。
見えてなかったんじゃねぇ。
見たくなかっただけだ。
「お前のせいで、ジラは死ぬかもな」
ジャンがこっちを睨む。
目の奥だけ、ひどく揺れてる。
「分かってるっつってんだろ!!」
声が響いた。
周りの視線が一気に集まる。警備までこっちを見る。
でもジャンはそんなもん見えてない。
そんな余裕ある顔じゃねぇ。
「そんなこと、昨日からずっと考えてんだよ」
拳が強く握られている。
指の節が白い。行き場のない力だけが溜まってる。
「それで、止めたら――」
そこで詰まる。
喉が引っかかったみたいに止まって、それから絞り出す。
「……もう、俺のためじゃねぇか」
その声で、少しだけ冷える。
ああ。
そこまでは分かってたか。
「最初からそうだろ」
静かに言う。
ジャンの肩がぴくっと揺れる。
会場の中では、何も知らねぇ連中が笑ってる。
グラスの当たる音がする。
その真ん中に、ジラはいる。
一人で。
誰にも止めさせない顔で。
ジャンは俯いたまま、肩で息をしていた。
止められなかったんじゃねぇ。
止めなかったわけでもねぇ。
たぶん、その間だ。
嫌われても生かす、をやれなかった。
それだけだ。
俺だって笑えない。
似たようなもんだからだ。
あいつは人の手から抜ける。
掴んだと思った時には、もう次を見てる。
柔らかい顔をする時があるから、勘違いする。
自分なら少しは届くかも、なんて。
でも無理だ。
あいつは最初から、落ちるとこまで含めて歩いてる。
「……行くぞ」
もう一度言う。
「ここで立ってても、何も変わらねぇ」
ジャンは返事しない。
ただ、握っていた拳が少しずつほどけていく。
掌に爪の痕が残ってるのが見えた。
扉の向こうは、もう開いてる。
ジャンがようやく一歩踏み出しところで、扉の向こうは何も止まらねぇ。
ジャンがようやく一歩踏み出した。