壁も巨人も、世界は私のために変われ!   作:an-ryuka

85 / 87
――エルディア人待機場所。


85.フロック視点

 

「……」

 

地面が揺れた。

周りを見渡す。

 

エルヴィンが顔色ひとつ変えずに何かをメモしている。

リヴァイはいつものイラついた顔。

その少し離れた椅子で、アルミンはじっと机の一点を見ていた。

 

作戦室。

ジラがいる会場からは少し離れた場所。

 

「フロック」

 

妙に静かなアルミンの声が響く。

ゆっくり顔を向けると、真っ直ぐ俺を見ていた。

 

 

「ジラは、無事だよ」

 

 アルミンは淡々と続けた。

 

「死んだのは、ジャンだ」

 

 

世界が、さっきと別の意味で静かになった。

 

安堵と、焦りが同時に来る。

さっきまで、あんなにうるさかった心臓の音が一瞬浮いた。

 

「フロック」

 

次はエルヴィンが口を開く。

正論が来る。危険だとか、状況を見るべきとか、そういう類のやつが。

 

俺は顰めた顔を隠さずに、顔だけで振り向く。

 

「……」

 

真正面から見つめ返される。

 

「ジラはまだ、我々に必要な存在だ」

「回収は君の役目だろう」

 

――許された。

 

 

「……回収してきます」

 

 

 

◇

 

燃えた匂いがした。

 

建物の外にいる時点で、鼻の奥に刺さっていた。

煙と、焦げた木と、焼けた布と、鉄と、……血。

 

外壁は黒く焦げている。

窓ガラスは何枚も割れ、ところどころ大きく穴が空いている。

 

でも、崩壊してはいない。

街全体が吹き飛んだ気配もない。

ジラの、計算通り。

 

 

警備のやつが囲んでる。

 

変装くらいしてくるべきだったか。

立体機動の制服のままで、良かったのか?

ジラの想定と、これは、どこまでズレてる……?

 

 

「……入っていいか?」

 

警備は俺の格好を見て、顎をしゃくった。

 

「中だ」

 

分からねぇが、いいらしい。

俺は頷く。

 

 

崩れかけた階段を駆け上がった。

 

三階。

長い廊下。

血と埃と煙で霞んだ空間。

 

その向こうに、破れた扉と、半壊した会議室。

 

天井が一部落ちている。

支柱が折れ、テーブルが傾き、様々な破片がめちゃくちゃに散らばっている。

 

人がいる。

呻き声を上げている者、気絶している者。

焼け焦げた制服を着た兵士が、壁にもたれかかって咳き込んでいる。

 

「生存者はこちらです!」

 

誰かが叫ぶ。

救護部隊が担架を運び、傷ついた人間を引きずり出していく。

 

足元の瓦礫を蹴散らしながら探す。

 

黒焦げになった木片。

ねじ曲がった鉄。

砕けたガラスに、靴底を滑らせそうになる。

 

あの黒髪を探す。

あんなにいつも目立ってるのに、今日はなんで。

 

「……ジラ」

 

喉が勝手に名前をこぼす。

 

返事はない。

返ってくるのは、そこら中にある人の呻きと、咳と、うっすらした泣き声。

 

焦ってるのか冷静なのか、自分でも分からない。

ただ、視界に入る一つひとつを、片っ端から。

 

――いた。

 

半壊したテーブルの陰。

折れた支柱と、落ちた天井の板の隙間。

 

膝から崩れた姿勢のまま、動かない黒。

 

心臓が、一瞬だけ高く跳ねた。

 

「ジラ!」

 

瓦礫を蹴飛ばし、踏みしだき近づく。

 

近くに行っても、最初はそれが本当にジラなのか、判別できなかった。

 

 

灰と血と、細かいガラス片が髪にこびりついている。

服は煤で汚れ、肩口が破れている。

素肌に、赤黒い線が何本も走っていた。

 

顔を覗き込んで、ようやく、見慣れた輪郭だと理解する。

 

「……生きてるか」

 

呼びかける。

 

黒髪が、かすかに揺れた。

 

伏せていた顔が、ゆっくりこちらを向く。

黒い瞳が、ピントを探すみたいにフラフラと動いて――俺の顔に止まった。

 

その瞬間、ジラの喉から、音になりきらない何かが漏れた。

 

「……フロック」

 

声がひどく掠れている。

いつもの甘ったるい響きが、全部どこかに落ちたみたいに乾いていた。

 

「あぁ。生きてんな」

 

実際に口から出たのは、その程度の言葉だった。

 

近づいて、肩を掴んで揺さぶろうとして――気づく。

 

ジラの手が、何かを抱えて離していない。

 

胸の前で、まるで壊れものを守るみたいに、小さな両手が固まっている。

 

――近くには立体機動装置の残骸。

 

見た瞬間、口の中に鉄の味が広がった。

 

この会場には入れなかったはずの、

壁の中にいた、俺たちしか使わない、

見慣れた形。

 

 

「……ああ、クソ」

 

頭の奥で、アルミンの声が蘇る。

 

――ジラは、無事だよ。

――死んだのは、ジャンだ。

 

そうかよ。

 

「どこまで……分かってて言いやがったんだ」

 

アルミンに向かっての悪態か、自分へのかはもう分からない。

 

ジラは、俺の独り言なんか聞いていない。

 

視線は、腕の中のそれに貼り付いたままだ。

 

血で滑ったのか、ところどころベルトの革が裂けている。

金具の一部は、熱で変形していた。

 

「……全部、無くなっちゃった」

 

かすかな声が落ちた。

 

「……あ?」

 

「……顔も、手も。……何も分からないの」

 

瞳が、ゆっくり俺の方に向いた。

 

何かを期待している訳でも、助けを求めてる訳でもない。

ただ、そうだった、と確認された事実を、俺に見せつけてくるみたいな目。

 

「ここに、これだけ」

 

ジラの指がぎゅっと握られる。

ジラの握ったバックル部分には、小さく刻んだイニシャルが見えた。

 

J.K.

ジャン・キルシュタイン。

 

 

「……あの、馬鹿」

 

笑い声とも、しゃくり上げともつかないものが喉で絡まる。

 

「キスくらい、しとけばよかった、なんて……」

 

 心臓が、どくりと跳ねた。

 

「なんで、今更言うのよ……」

 

ジラから涙と嗚咽が、溢れるように零れる。

 

 

――やってくれたな、ジャン。

胸の奥で、誰にも聞こえない声が呟く。

 

 

「……最悪だな、お前ら」

 

息を吐き出すみたいに言う。

 

ジラが、ぽかんと俺を見る。

 

「……フロック?」

 

「最悪だよ」

 

あえて笑った。

 

「全部目の前で終わらせやがって」

 

ジラの喉が、きゅっと縮まるのが見えた。

 

「……終わってなんて、ない」

 

細い声。

 

「してないの。終わらせてなんか、ないのに」

 

指先が震える。

握っているバックルに、爪が食い込む。

 

そのまま、ジラの肩を片手で掴んだ。

 

「立て」

 

簡潔に言う。

 

ジラは、俺を見上げたまま瞬きをした。

 

「……立てない」

 

「立て」

 

「……足が」

 

「じゃあ勝手に連れてく」

 

無理矢理引き起こす。

ジラの膝が、瓦礫の上をずるりと滑った。

 

細い足が震えて、すぐに折れそうになる。

 

肩を引き寄せ、腰を支え、半ば引きずるみたいにして立たせる。

 

「フロック、離して」

 

「やだね」

 

「お願い」

 

「嫌だ」

 

ジラが顔を歪める。

 

「……私、今、まともじゃないわ」

 

「最初からだろ」

 

一瞬、ジラの目が見開かれて――ふっと笑いが零れた。

 

ひどい顔だ。

笑ったというより、顔の筋肉が勝手に引きつっただけだ。

 

「……そうね」

 

肩にかかる重みが少し増える。

 

「私がまともじゃないから」

 

「ジャンが来てしまった」

 

 

――どこまでこいつの想定通りだ。

 

爆弾はお前が用意した。

和平会談のど真ん中に。

 

爆発前に逃げると言ったのは、嘘だったんだろ。

 

 

「……」

 

ここで口にするのは、良くねぇ。

ただ、睨みつけた。

ジラは顔をそむけた。

 

ッチ。

 

「帰るぞ」

 

あのへたれが、最後の最後で一番格好つけたのは想像がつく。

 

「……でも、あいつはそういう男だ」

 

吐き捨てるように言う。

 

「ジャンの足を動かしたのは、ジラ、お前だ」

 

言いながら、自分で言わせられてる感覚があって、舌打ちしたくなる。

 

「……私が、殺したってこと?」

 

「そうだ」

 

即答した。

 

「お前とジャン共犯だ」

 

ジラが、ぽかんとした顔で俺を見る。

 

言いながら、自分でも笑えてくる。

 

そして――

 

「俺は、そのお前らに、最後まで付き合うって言っちまった馬鹿だ」

 

ジラの喉が震える。

胸の奥から、ふっと息が漏れた。

 

「……まだ、付き合ってくれるの?」

 

「途中で都合よく変えるなって言ったの、俺だからな」

 

肩を引き寄せる腕に力を入れる。

 

ジラは、まだジャンのバックルを離さない。

 

いい。

それはそれで持ってろ。

 

「行くぞ、ジラ」

 

「どこに?」

 

「エルヴィン団長のとこだ」

 

この女はまだ、必要とされている。

世界をマシにする道具として。

 

「お前を、回収しに来た」

 

ジラが笑う。

 

ひび割れた声、汗と涙と血でぐちゃぐちゃになった顔。

 

力は入ってない。

俺が引きずってるようなものだ。

 

……背負うか?

 

 

「……もういい。もういいのよ」

 

「もう、楽しくないじゃない。こんなの」

 

「それでも、最後までやれ」

 

 

無理やりにでも背負う。

嫌がられはしなかった。

 

 

一歩。

また一歩。

 

崩れかけた会議室の中を、ゆっくり歩く。

 

周りには、まだ呻いている人間がいる。

誰かが泣いている。

 

その全部を背に受けて。

 

「フロック」

 

俺の背中に重みを預けたまま、ジラが囁いた。

 

 

「……私、ジャンの望む未来なんて、つまらないわ」

 

「だろうな」

 

こいつには退屈すぎる。分かってた。

 

「でも」

 

俺は、正直に答える。

 

「ジャンは諦めなかったから、こうなってんだろうが」

 

「……諦めなかった、だけ」

 

「途中で投げ出したら、

 その時こそ本当にお前を殺しに行くぞ」

 

ジラが、小さく笑った。

 

「……頼んだわね」

 

「……黙ってろ」

 

会議室の出口が近づく。

 

外には、煙と、怒号と、これから何十年も続く面倒くさい話が待っている。

 

その全部をまとめて引き受けるみたいに、ジラは最後にもう一度だけ、バックルを握りしめた。

 

 

「……聞いてる? ジャン」

 

誰にともなく呟く。

 

「……ちゃんとやるから。……嫌いにならないでよ」

 

そう言って、黒髪の女は顔を上げた。

 

俺は崩れた会議室から一歩外へ踏み出す。

 

世界はまだ、燃え尽きていない。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。