壁も巨人も、世界は私のために変われ!   作:an-ryuka

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立体機動装置の訓練。

訓練兵団に、三年も縛られる理由の八割はこれだと思う。

 

単純に難しい。

難しいのに、難しいだけじゃ済まない。

体の中に、新しい器官を増やすみたいな感覚が要る。

 

これを体の一部みたいに動かせなんて、本当に馬鹿げている。

人間の構造に反している。

反しているから、慣れるまで死にかける。

 

 

それを、短い期間で、ほぼやり遂げてる連中がいる。

……もう人間じゃない。

どこで身体の部品を交換したの。

 

「ジラ、余所見か? 先行くぜ!」

 

コニーが振り返りもせずに叫んで、木から木へ飛び移った。

身体が軽い。動きが迷わない。余裕げに見えるのが腹立つ。

 

……次の班だったよね?

追いつくのが早い。

運動能力っていうのは、才能が出やすい。努力は盛れる上限がある。

 

ライナーとベルトルトが後ろから追い抜いていく。

私は視線だけで二人を追った。

大きい。息が乱れていない。重心がぶれない。

 

……こいつらは、色々気になるところもある。

あるけど、今は後回し。

 

 

今はこの訓練が先だ。

 

ケニーには本当に感謝している。

あの期間がなかったら、私はここで普通の顔ができなかった。

 

 

 

 

地下の、開けた空間だった。

人の気配がない。風の流れもない。

音が壁に当たって、鈍く返るだけの場所。

 

ケニーに、私の計画を話した時だった。

 

「調査兵団だぁ? お前さんがぁ??」

 

乾いた笑い混じりに言われて、私は少しだけ眉を寄せた。

私の頭がおかしいと思われる話は他にもしたはずなのに、最初に突っ込まれたのはそこだった。

 

「実際に見るのが手っ取り早いんです。

その手段を身につけるのにいちばん向いてる場所、ですよね?」

 

私は変なことを言っているつもりがなかった。

だから困惑したのを覚えている。

 

ケニーは眉根を寄せた後、ぶっきらぼうに聞いた。

 

「お前さん、走ったことはあるか? どの位の距離だ?」

 

「体力なんて、訓練兵団にいる間にいくらでもつくでしょう?」

 

答えになっていないのは分かっている。

でも、私は知識の中では正しいことを言っている。

 

「いいから答えろ」

 

……せいぜいが、主人を出迎える時に小走りする程度。

はしゃいだ子どものふりをするために。

距離は――。

 

「……十メートル、未満ですね」

 

ケニーは呆れるように、長い息を吐いた。

 

「訓練兵団ってのは、一般人を兵士にする場所なんだぜ?

お嬢様を一般人へ戻すところじゃねぇの!」

 

雑に言い切って、手をひらひら振る。

その雑さが、妙に優しい。

優しさの形が、綺麗じゃないのがこの人らしい。

 

 

そうか。

そこまで常識外だったのか。

 

「……今年に希望を出すのは、やめた方がよさそうですね」

 

ケニーが言うのならそうなんだろう。

私は計画の変更を考え始める。

 

ケニーは目を細め、空間の端を指差した。

 

「諦めるつもりは無さそうだな。

 ここ三周してきな。その後話聞いてやるよ」

 

「お前さんの頭脳は買ってるんだぜ?

 せいぜい現実を見ろよ」

 

現実。

私は知識でしか知らなかった。

走るという行動を、体力の意味を。

 

 

その時の私は、一周もできずに地に伏せた。

胃の中がひっくり返って、喉の奥が焼けて、涙が勝手に出た。

 

自分の限界を私はその時初めて知った。

けれど、苦しいこととは別に、

限界が広がっていく感覚が、私は嫌ではなかった。

 

 

数日かけて走りきった。

ケニーは呆れた顔で続きを聞いてくれた。

 

 

 

 

木にアンカーを刺し、次の木へ移動する。

ワイヤーが鳴る。

身体が引っ張られて、空気が頬を切る。

 

私の後ろにも人がいる。

二年かけて、私は体力が少ない一般人程度にはなった。

コツさえ掴めば、平均程度の動きはできる。

 

平均。

それが今の私の現実だ。

 

順路を走り切って、地面へ降りた。

着地の衝撃が足首に残る。

息が熱い。喉が痛い。汗が目に入る。

 

走破時間は、平均より少し上。

悪くない。

悪くないと言い聞かせる必要がある時点で、良くないことを知っている。

 

遠くでミカサが降り立つ。

 

……ミカサはコニーよりさらに後の班じゃなかった?

 

その後、着々とジャンやサシャも降り立つ。

目立っている面々が、当然みたいに結果を出す。

 

 

私が視線を送っていると、隣で誰かが鼻で笑った。

――フロックだ。

 

「あいつらすげぇよな」

 

声で分かる。

自分を下げて安心している。

安心のために言葉を吐く。

それで何が変わるのか。

 

口から言葉がするりと出た。

こういう時、私は少しだけ雑になる。

 

「そうやって羨んでるだけじゃ、何も変わらないけどね」

 

フロックがハッとこちらを見る。

私に言ったつもりはなかったのかもしれない。

独り言のつもりなら、なおさら浅い。

 

彼は、息を整えている私を憐れむように見下ろし、それでも口の中の毒をそのまま吐き出した。

 

「お貴族様には、努力が実らない平民の気持ちなんて分からないんでしょうね?」

 

喧嘩を売る時の言葉はだいたい似ている。

相手を分類して、自分を守る。

平民と貴族で世界を切れば、負けても自尊心が残る。

 

喧嘩は買う。

私は息を整え、彼に向き直る。

 

「気持ちを考えて、それでどうなるの?

 結果が変わるわけでもないじゃない」

 

フロックが舌打ちした。

 

「……全部才能ってやつだろ。立体機動装置も対人格闘だって。

俺らは、何やってもあいつらには勝てやしない」

 

サラッと私を同じ位置に判定するのね。

いいけれど。

私はここでは勝てないと受け入れている。

 

「そうね。才能、血筋がほとんど。

 努力するしない。できるできない。全部含めてそうよ」

 

フロックの顔が一瞬だけ引きつった。

努力は美徳の物語、淡い幻想が崩れる瞬間の顔。

 

それを見て私は目線を少しずらした。

言葉を刺しすぎた。

……疲れて加減を誤った。

 

 

でも、言葉が上から落ちてきた。

彼は、去らなかった。

 

「……じゃあなんで、羨んでも何も変わらない、とか言うんだよ。

 どうせ変わらないなら、やるだけ損だろ」

 

私は顔を上げ、一瞬だけ考えた。

 

彼は納得を求めているんじゃない。

自分の諦めに、形が欲しいだけだ。

それなら……。

 

「羨ましいと思う時点で――」

 

そこで、空気が切れた。

 

「1班集合!!!」

 

キース教官の声が訓練場に落ちる。

背筋が反射で伸びる。

 

フロックは言葉を飲み込み、私も続きを飲み込んだ。

 

 

隊列が動き出す。

人の足が土を踏む。

私は最後にもう一度だけ、空を切ったワイヤーの音を思い出す。

 

才能。血筋。努力。

その全部が、結局は盤面の初期配置だ。

 

初期配置が認められないなら。

盤面そのものを壊して、並べ直せばいい。

 

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