それは、うだるような暑さの夏の日だった。雲一つない空はムカつくくらい青く澄んでいて、その青色を遺憾なく見せつけていた。そんな日に蝉の声が脳内で反響する。多くの人は蝉が
周りにも同じ学校の生徒がチラホラと見える。その中には何人かでグループを組んで帰っている者もいる。べ、別に私がぼっちで友達が一人も居ない訳ではないんだからね!
と心の中で考える。真面目な話をすると私がよくつるんでいる友達は皆何らかの理由で休んでいた。熱を出して休んだ者もいれば、家庭の事情で休んだり、シンプルにサボりもいる。
そんなことが重なってしまい、私は一人で下校しているという訳だ。
隣に騒がしさはないが、期末テストも無事に突破し、終業式の校長先生の長い話も聴き終わった開放感ときたら、実に歌でも一つ歌いたいようないい気分だ。まあ、私は歌が下手なので、こんな道端で歌うことはしないが。さて、今日は帰ったら何をしようか。自分のパソコンでゲームをしてみてもいいし、アイスを食べたって良い。けど、アイスはもう家になかった気がする。買って帰らねば。そう考えて私の寄り道が決定した。
ーーーーー
コンクリートの熱気と太陽の光のダブルパンチでガンガンHPを削られながら、それでもアイスを買うためにひたすらに歩いていると大通りに出た。この大通りを横断すればコンビニに着く。丁度コンビニへの横断歩道の信号が青に変わったところだったので私は待たずに歩くことができた。ラッキー。そうして横断歩道を歩いていると目の前に見慣れない制服の人がいた。あれは、どこの学校の制服だろうか。どこかで見たことあったはずだが思い出せない。なんなら、その人物にも見覚えがあるような……?いや気のせいか。
そう結論付け、ふとちらりと、コンビニのある右の方を向いてみた。すると私の目に飛び込んできたのは夏の暑さも全てを吹き飛ばすような光景だった。
「あのトラック、突っ込んできてない?」
それは自分の喉からこぼれ落ちた声だったのか、それとも他の人の声だったのかはわからない。ただ、このままのんびり歩いていると、私たちのどちらか、またはその両方の名前が実名報道されることはたやすく予測できた。蝉の声が嫌に響いた。何か行動するしかない。
一歩、開始する。走り出したと同時に前の人もトラックに気づいた。「一歌!」
二歩、発見する。前の人は動けていない。恐怖で固まっているのかもしれない。「どうすれば」
三歩、思考する。おそらくこのまま走れば私は助かる。しかし前の人は助からない。「助けられる?」
四歩、決断する。改めて私は前の人を助けるためにタックルをして突き飛ばすことを決めた。「こうするしかないの」
五歩、自覚する。私の力では前の人しか助けられない。「ごめん。」
六歩、愚行する。私はそれを理解したうえで無い体力を振り絞りスピードを上げた。「巻き込んで。」
七歩、想いが、重なる。 「「助ける!!」」
その瞬間に自分のではない何かが流れ込んでくるのがわかった。
それはとても不思議で暖かなものだった。しかし、考えている暇はない。私は胸を起点にして発せられる力を全て前への推進力に変えた。
ドンッ!!
私の体と彼女の体がぶつかった音は大分強烈な音だった。肺から空気が全て出ていったような、そんな衝撃だった。だけどそれをかき消すくらいのエンジン音が聴こえていた。
ああけど、彼女は助かりそうだ。そこでようやく一安心するが、やけに体感時間が長い。これが走馬灯ってやつか。良い人生と断言することは出来ないが、悪くない人生ではあっただろう。今まで育ててくれた両親や遊んでくれた幼なじみや親友に感謝して諦めて目を瞑った。
次の瞬間、エンジン音のソロパートにもう一つ音が割り込んできた。それは私のスマホからの音で、それは笑ってしまうくらい単純な、Cコードをただひたすら鳴らし続けている曲と言えるかすら怪しいものだった。場合によっては騒音にすら捉えられるかもしれない。しかし、その音量からは並々ならぬ決意が伝わってきた。そうして、その音が私を包み、トラックが私にぶつかる寸前で、私の視界は明転した。
ーーーーー
『えー、続いてのニュースです。今日の正午、シブヤの垂草通りでトラックの運転手が居眠り運転し、電柱に衝突するという事故が起こりました。また、歩行者一名がトラックを避けようとして転倒し、軽傷を負ったとのことです。』
そんなニュースが夕食の場で流れていた。食卓に座っているのは私と母だけで、父は出張にていない。私の家は父、母、私の3人家族である。父も母も仕事が忙しいため、3人揃うことは稀だ。そのニュースを見た私は思わず夕食のハンバーグを食べる手を止めた。私の視線がテレビ画面に注がれる。もしかして、あのトラックだろうか。
その私の行動を母はどう受け取ったのかは知る由もないが「あらやだ。怖いわねぇ。」とニュースについて言及する。そしてそれと同時にTVを消して、私に夕食を食べることを促す。それに従い色々なことを考えながらご飯を食べていると「明日から夏休みねぇ。受験がないとはいえ、少しは勉強しなさいよ?学習習慣って大事なんだから。」と話題をなげてくる。
正直なところ私の頭の中では今日の昼間の映像がずっとループ再生されている。だから、母の小言にも「うん」とか「あー」とかテキトーな返答しかできずにただひたすら自分に起こった出来事を反芻し、消化出来るまで噛み砕いていた。
気が付くとご飯を食べ終わっており、母に軽く感謝と味の感想を伝えて廊下に出る。今日の出来事を消化するには長く考える時間が欲しい。というわけで先にシャワー等を済ませておこうと思ったのだ。
浴室に入り、また今日のことを考える。
温水を頭からかぶり、体を洗っていると、少し思考が落ち着いてきたような気がする。まあこんなことが現実で起こるわけないよね。うんうん。きっとあれも夏の暑さが生み出した幻覚的なサムシングだ。そう自分を納得させると同時にシャワーを止める。
その後も自分の体は寝る前の身支度を済ませようとせわしなく動いている。その間にも、幻覚説を補強させるための理論武装をくみ上げていく。思えばあの時は水分をそこまで取っていなかったような気がする。うーん、これは完全に脱水症状からの幻覚ですね。それに、だって、だから。
そんな言葉をぐるぐると脳内で巡らせながら、身支度を終えた私はベッドにストン、と座る。さて、その完璧に武装した説への反証一つ目。謎の楽曲「Untitled」。この楽曲は今日の昼、トラックに轢かれそうになってから突然私のスマホの音楽アプリに追加されたものだ。私音楽アプリなんて入れてないのに。(恐怖)あー脳内の説がオカルトによって吹っ飛ばされていく音がする。おしまいです。この議論に意味などなかった。いくら会議で踊っているからって爆弾ぶち込まれる謂れはないよ。などと、ちっちゃな私が脳内で暴れまわっている。そう。そこなのだ。どうにかしてこの「Untitled」を否定しないと、昼にあったことは幻覚とは言えない。私を護った音楽を確かめないといけない。
「ふぅー……。やるか。」
そう短く呟いて部屋の中の電気を消し、意を決してスマホの中でのうのうと輝いている再生ボタンを押した。
あの時とおなじCコードが鳴り響く。まだ2回しか聴いていないのに、酷く馴染むような音楽だ。
(頼むから幽霊とかはやめてくれよ、ほんと、お願いだから頼むよ。)そう思いながら、私はスマホの中から発せられる白い光に包まれていった。
ーーーーー
「ですよねー。」
顔を自らの手で覆い隠し、床に寝転がりながら文句を垂れる。音楽を再生するとそこは見知らぬ世界であった。私の周囲にも白が多いしこれ実質雪国では?どちらかと言うと異世界転移か。
「何で私がこんな目に~。善行積んでるのになぜオカルトに巻き込まれるんだよ。あ゛ー。もうまじで無理だって許してよー。」
そう言い切った後に緑色の髪を持つ幼い雰囲気の少女に目を向ける。チラッ。
「……。」
「どうじでこんな目に~。もう終わりだよ~。」今度は手足をじたばたさせる動きを加えてみる。チラッチラッ。
「……。」
視線が冷たいよ~。悲しいよ~。だが、そんなことで折れる私ではない。そう思い再び駄々をこねようとしたときに声が掛かる。
「あの…いつまでそうしているつもりなのだ?」
「この場から逃げられるまでですかね。」
自分のような不審者に目の前の少女が声を掛けるとは予見していなかった。愚かな私はすぐさま目の前の人物「ずんだもん」に向き直って、即答する。というかずんだもんって音声ソフトみたいなものじゃなかったっけ。気のせい?なんなら妖精だった気がするんだけど。
「うーん…。一応来た時に再生した楽曲を停止すれば帰れるのだ。けれども、ぼくとしては説明事項があるのでもう少しいてほしいのだ……。」
少し思案した後ずんだもんは不安気にこう答えた。さて、今の自分を客観視してみよう。自分より背の低い少女に対して全力で駄々をこね、優しくお願いされる15歳だ。おいは恥ずかしか!もう生きていられんごっ!(薩摩)
冷静に考えて私がカス過ぎて笑っちゃうんすよね。
「はい。もう何でも聞きます。」
「急に礼儀が良くなったのだ……。」
そんな目で見つめないでくれよ。悲しいじゃないか♡。
こほん、と気を取り直してずんだもんが説明を始める。
「まず、ここがどこかの説明からするのだ!ここは"セカイ"。誰かの強い想いから作られる空間なのだ!とはいっても君のセカイの生まれかたは少し特殊なのだ!なんでかわかるのだ?」
そうやって身振り手振りも使い説明しようとする姿はとても愛らしかった。これは人気出ますわ。さて、何が違うかか…。ま、多分こうでしょう。
「私自身の強い想いから作られていないこと?」
「正解なのだ!」
やっぱりね。あの時私の体には何かが入ってきていた。今思えば、それは誰かの目の前の人を救いたいという強い想いだったのだろう。正直私と比べ物にならないくらい強かった。そら、こんな空間もできるわな、と言った具合に。対して、私の方はどうだろうか。
有り体に言ってしまえば薄っぺらい、せいぜいが偽善Lv.100くらいの感じだった。ということでこのセカイはその"誰か"さんが作ったセカイ。そして私は同じ想いを持っていただけでなぜか入れてしまった不法侵入者ということだ。そんな感じの推論をずんだもんに若干のどや顔付きでお見舞いしてみる。
「違うのだ!」「本当!?」
「けど、ほとんどはあってるのだ。なかなか頭いいのだ。」
その言葉に軽く頬を掻く。ずんだもんはそんな私の様子を確認してから、補足説明を入れてくれた。
「違うのは誰かの想いから作られたというところなのだ。このセカイは紛れもなく君の想いからできたのだ。けど、君の想いだけじゃこの空間を形成するには不安定だから。別の人の想いも入っているのだ。イメージとしては核が君で、その周りを誰かの想いで補強しているわけなのだ。」
「なるほど。核はあくまで私なのね。この殺風景な世界にも納得だわ。」
改めてあたりを見渡すとそこは多くの白で構成されたセカイだった。床も白、空っぽいところも白。
白って200色あるからどんな白か説明責任を要求されそうだから詳しく言うと、主にスノーホワイト、白色、胡粉色のような薄い白とゴーストホワイト、牡蠣色、パールホワイトで色の濃い白で構成されたセカイだ。後、おまけにそこまで広くない。平均的な公園くらいだ。
ただ、ずんだもんの影響かところどころに緑があり、緑に関しては言うまでもないがずんだ色だ。ハクイーソーだと気が狂うから緑があって良かった。リューイーソーの方が良かったけどね!
再びずんだもんに目線を戻してから、私は口を開く。
「ただ、そうなると気になるのは、その誰かのことだけど…。」
「ごめんなのだ。それは言えないのだ。面会謝絶で匿名希望みたいな感じなのだ。」
先制してずんだもんが頭を下げた。それに慌てたのはこっちだ。
「いやいや!全然大丈夫!気にならない!気にならない!まだ霞草の方が興味ある!」
訳が分からないフォローになってしまったが信じてもらえたようで、
「ありがとうなのだ」
と言って、ずんだもんはこちらに質問を投げかけてきた。ちなみに私は花の中ならムラサキケマンが一番好き。
「ほかに聞きたいことはあるのだ?」
「君ってVOICEVOXのずんだもんなのだ?」
「なんで急に口調をまねるのだ?ま、それであってるのだ。」
「妖精の姿にはなれる?」
「もちろんなのだ。」
そういうとぼんっという音とともに煙を立ててずんだもんは変身した。その姿に自然と私は拍手をしながら「かわいい!」と言ってみた。そうするとずんだもんは少し照れたようだった。くそかわ。
「ふーん、にしても本当に本物なんだなぁ。」
思わずと言った様子で呟いた。
「逆になんだと思っていたのだ?」
「幻覚。」
「そっか…。」
なんだか可哀そうなものを見るような目で見られてしまった。私だって心はあるんだぞ。ぐすん。
その後、私の要望で少しだけセカイの案内をしてもらい、スマホでずんだもんの公式設定を調べて、照らし合わせてみたりしていたら、最初にセカイにきてから結構時間が経過してしまっていた。
「そろそろ私は帰るよ。」
「了解なのだ。また来てほしいのだ!ここは君のセカイなんだから!」
またずんだもんが元気よく言う。それに対し私は軽く微笑んで「Untitled」を止めようとする。
「あ!ちょっと待ってほしいのだ!」
そうずんだもんが私を引き留める。その顔は重要なことを思い出したかような表情であった。
「お名前教えてほしいのだ。」
なるほど。そういえば名乗っていなかったと合点がいった私は自分の名前を告げる。
「
そういって手を差し出す。
「よろしくなのだ。また会おうなのだ。」
ずんだもんもそれに応えて、握手をしてくれる。ダメ押しと言わんばかりのその温かさでここも現実なんだということを認めるしかなくなった。
「摩訶不思議だなぁ。セカイって。」
そういって私は「Untitled」のやたらと輝いている停止ボタンを押した。その瞬間私は再び光に包まれた。
ずんだもんは一人になった空間でこうつぶやく。
「ハルは、自分のことをおまけだとか、ただの騒音だとか思ってるかもしれないけれど。」
彼女は一拍おいて本音を謡う。
「ハルにだってちゃんとセカイが待ってるのだ。」
その振動は白と少しの緑、そしてカケラが浮いてるだけのセカイに吸い込まれて消えていった。
ーーーーー
ベッドに腰掛け、とあるニュースを見ながら顎に手をあて考えこんでいる少女がいた。
「やっぱり、夢じゃない…よね。」
少女はそう独り言ちる。少女の名は星乃 一歌。今日トラックに轢かれそうになった女子中学生である。一歌が何について考えているかというと轢かれそうになったときの不可思議な現象についてだ。
(あの時の私は誰かに突き飛ばしてもらって助かった。あんまり考えたくはないけど、私を助けてくれた人はトラックに轢かれていないとおかしい。だって、避ける時間がなかったから。)
にもかかわらず、一歌を助けた人物はぴんぴんしていて、トラックは誰も轢くことなく電柱に衝突し、一歌は軽いけがで済んだ。その後、その人はトラックの運転手の謝罪も一歌からの感謝も受け取らずに、ひどく憔悴しきった顔で走り去っていった。それは何かを激しく恐れているような表情だった。
最終的に一歌はここで考えていてもしょうがないという結論を出した。スマホの画面を消して、充電器につなげる。そうして部屋の電気も消した。そして流れるようにベッドにもぐりこんで、瞼を閉じた。
薄れゆく意識の中で一歌はこんなことを考えていた。
(いつか絶対また会って…助けてもらったお礼を言わなきゃ…。そのためにも…今日のことはよく覚えておかないと…。ああ、そういえばあの人どこかでみたことあるような……。)
だが、一体どこで見たのか全く思い浮かばない。もしかしたらどこかの道で袖がすりあっただけの関係かもしれない。
(雰囲気…ミクに似てたな。)
その思考を最後に一歌の意識は闇に溶けていく。窓からはいくつもの星が瞬いて、シブヤにいる人たちを何十光年も先から相も変わらず見守っていた。
横断歩道で他人を助けてトラックに轢かれそうな状態から異セカイへ。
実質転生ものか?
ご拝読ありがとうございました!