音を超え、光を超えて   作:バクフーSLUMP

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予約投稿の時間をミスってました。今後はこの時間に投稿する予定です。


人懐っこい仔馬

 2000年2月24日の夜に生まれた仔馬。サクラバクシンオーとノースフライトの子──ノースフライトの2000はすくすくと育っていった。

 

 出産も問題なく終わった。気づけば産まれていた、産んでいたなんてことはない。

 常にスタッフが目を光らせ、四六時中監視していた。その甲斐あってか、ノースフライトのお産はスムーズだった。

 

 産まれたばかりの仔馬は、平均1から2時間ほどで起き上がる。

 ノースフライトの2000も例に漏れず。それよりも少し早い40分程度で起き上がった。

 

 鹿毛の牡馬。母譲りの色に、額から鼻にかけて真っ直ぐと白い線が伸びている流星鼻梁鼻白。かの名馬、テンポイントを彷彿とさせるような、そんな流星の形だ。

 

 きょろきょろと辺りを見渡しかと思うと、母馬のところへと一直線。お乳にしゃぶりついて、お腹を満たそうとする。

 ひとまず大丈夫そうだ。特に問題は見受けられない。厩務員達は胸を撫で下ろす。

 

「いや、いや。良かった、本当に良かった……無事に生まれてくれて」

「脚も外向いてないし、蹄の状態も問題ない。それに、なんとも利口そうな子じゃないか。生まれながらに、良い顔つきをしているねぇ」

 

 母子ともに健康であることに、西塔と吉良も喜んでいた。

 

 

 ノースフライトの2000の噂は瞬く間に広がった。サクラバクシンオーとノースフライトの子が生まれた、と。

 

「ほぉ、サクラバクシンオーとノースフライトの子か」

「体質はどうなんだ? さすがにまだ分からんか」

「いや、一世を風靡したライバル2頭の子かぁ。将来が楽しみじゃないか」

 

 馬主の間でも有名になり、今の内にと足を運ぶ馬主が多かった。2頭の産駒をぜひ見たいと、西塔の牧場へとわざわざ出向いてきたのである。

 評価は概ね好評。これといった悪い要素が見当たらず、なにより立ち姿が良かった。いつも姿勢よくピシッとしており、人々からの高評価を集める。

 

 また、ノースフライトの2000は人懐っこかった。牧場外の知らない人間であっても、恐れを知らないとばかりに寄ってくる。

 人を見かけると一目散に駆け寄り。

 

「おっと、ははは。中々やんちゃな子ですな」

「す、すみません。コラ、フー坊。あんまり迷惑かけちゃダメだぞ? もしかしたら、お前がお世話になる人になるかもしれないんだからな」

「いえいえ、元気があって良いじゃないですか。嬉しい限りですよ」

 

 撫でてと言わんばかりに頭を寄せる。牧柵越しに、顔を舐めようとするのだ。

 メンタルが優れているのか、はたまた図太いだけか。なんにせよ、競走馬としてはプラス。大成するだろうと太鼓判を押す。

 水面下で取引を進めようとする馬主もいたほどだ。幼駒ながらも、ノースフライトの2000はかなりの評価を受けている。

 厩務員達もまた、フー坊と呼んで可愛がっていた。

 

 フー坊、というのは、ノースフライトの2000の愛称だ。

 幼駒は本来、競走馬として名前を付けられるまでは母馬の名前に生まれた西暦の数字が付けられる。

 しかし、中には愛称を付ける場合もある。生産牧場内のみでの、特別な呼び方だ。

 ノースフライトの2000はフー坊と呼ばれていた。ノースフライトの現役時代の愛称だったフーちゃん。その子ということで、フー坊。

 厩務員はフー坊と呼び可愛がる。

 

「よ~しよしフー坊。ご飯の時間だぞー」

「ブルル」

 

 餌を食べる前に、厩務員に顔を寄せる。撫でて撫でてと言わんばかりに押し付け、厩務員もフー坊の頭を撫でる。

 

「ホントに可愛いヤツだなお前は」

 

 頭を撫でてやると、嬉しそうに目を細めて顔を寄せる。可愛くて仕方ない子だった。

 

「いや、本当に。愛嬌のある子ですよねフー坊。あー、走らせたくねー。このままずっとこの牧場にいてくれないかな?」

「あまり変なこと言うもんじゃない。それができないのは分かってるだろ」

「わ、分かってます西塔さん。冗談ですよ、冗談。そのくらい可愛いってことで」

「ま、気持ちは分からんでもないけどねぇ。いやぁ、可愛い子だ。目に入れても痛くない」

 

 愛情たっぷりに育てられる。ノースフライトの2000改めフー坊は幸せ者だ。

 

 そんな彼は、走ることが大好きなようだ。気づいた時には走っている、なんてことがざらであり、走っているところしか目撃したことがない、なんて厩務員の証言が飛び出すほど。

 それだけではない。なんと彼は、寝ている時でも脚をシャカシャカと動かしているのだ。

 

「あ、ちょ、こ、これっ、これ! 寝ながら脚動かしてますよ!? ぷぷぷ……っ!」

「ブフっ! は、走っている夢でも見てるんだろうねぇ。こりゃ、天性の走り屋だ」

 

 走っている夢を見ているのか、忙しなく脚を動かすことがままあった。そのことから彼は、【マグロ】と呼ばれることもある。

 

「マグロですよ、マグロ。止まったらダメみたいな感じで。もうずっと動きっぱなしです」

「言いえて妙だねぇ。とはいえ、走るのが大好きってのはプラス要素だ。後は、ケガしないように目を光らせないと」

 

 走ることが大好きなフー坊。離乳前は母馬の目が届く範囲で、放牧地を駆け回る日々を過ごしていた。

 ノースフライトは見守るだけ。楽しそうに走る我が子に対し、我関せずといった態度で、時折チラリと視線を向けるのみ。どれだけ離れようが、欠片も気にしなかった。

 薄情? 違う。これがノースフライト流の子育て術だ。子の思うがままに走らせ、満足するまでなにも言わない。

 良い意味での放任主義。自由な放牧の時間は、とにかく子供の好きなようにさせる。それがノースフライト流だ。

 

(思えば、最初の子からそうだったな、ノースフライトは)

 

 うんうんと。いつもと変わらない様子に満足げに頷く厩務員達。子育ても順調だと、大いに喜んだ。

 

 競走馬としてプラスのことばかり。きっと、凄い馬になるだろうと期待を膨らませていた。

 

 ただ、やはりというか両親の体質の弱さも受け継いでしまっていた。他の幼駒達に比べて、熱発をすることが多い。

 

「吉良さん! フー坊の様子が!」

「すぐに行く! 大丈夫かー、フー坊ー!」

「あの、あんまり大きな声出さない方がって、もう聞こえてないな、アレ」

 

 元気よく走り回っていても、次の日には体調を崩すなんてことも珍しくない。雨の中走り回って、次の日には熱発をするのが当たり前。

 蕁麻疹もそうだ。まだ幼駒とはいえ、回数があまりにも多い。

 

「やはり、体質の弱さを受け継いだか。だが、これは関係者の努力で何とかなる。俺が四六時中面倒を見るぞ」

「そうだねぇ、伸介さん。フー坊のこと、頼んだよ」

「任せろ。絶対にこの子を競走馬にしてやる」

 

 それでも。吉良を始めとしたスタッフ達の尽力によって、大事にならずに済んでいる。常に目を光らせて、些細な変化も見逃さないようにしている。

 その甲斐もあってか、フー坊はすくすくと育つことができていた。

 

 

 気づけば雪も溶けて、春も夏も越した2000年の秋頃。フー坊は離乳も済ませ、母馬であるノースフライトとは離れて暮らしていた。

 母と離れても何ら変わらず、フー坊は今日も元気に放牧地を駆け回る。大きな放牧地で、元気いっぱいに走り回っていた。

 

「おーし、今日も元気よく走り回っているな。元気があってよーし!」

 

 万が一が起こらないように、吉良は放牧地に監視の目を光らせている。

 誰に言われたわけでもない。自主的に監視につき、ケガがないようにと注意深く観察していた。

 

 フー坊は放牧地を目一杯駆け回る。時には追い運動の馬を追いかけ回すほど元気よく、そうでない時は同じ歳の仲間と一緒に走り回る。

 その姿を見て、吉良は満足げに頷く。

 

「うんうん、元気なのは良いことだ。競走馬として、走る気力が強いというのはプラスだからな」

 

 可愛い我が子同然の扱いをする吉良。とはいっても、これは吉良に限った話ではない。他の厩務員も同じことだ。

 人懐っこく、やんちゃな一面を覗かせる幼駒。怒られてしゅんとする時もあれば、褒められて嬉しそうに鳴く時もある。

 喜怒哀楽がはっきりしている、というべきか。見ていて飽きないサラブレッド。気づけば牧場のアイドル的な立ち位置を確立していた。

 

「っとと、他の子も大事にならないか見張らなければ。けど……やはり良いなぁ、フー坊は。そのままどんどん成長してくれよ」

 

 ご満悦。将来が楽しみだと、吉良は顔を綻ばせた。

 

 放牧地を見守る吉良の下へ、1人の厩務員が現れる。呆れた表情で、やっぱりここにいた、と言わんばかりの顔だ。

 ぎくりと、サボっていたのがバレていたかのような反応を見せる吉良。

 

「ほら吉良さん。そんなにジッと見てたら馬達も気が立っちゃうでしょ。それよか働いてください」

「ぬおっ!? は、離せ! 俺にはあのフー坊達を見守る義務がっ」

「はいはい我々全員でちゃんと見てますから。そんなにジロジロ見てたら逆にストレスですよ」

 

 やってきた厩務員に首根っこを掴まれる吉良。いくら監視とはいえ、馬のストレスになるようなことになったら世話しない。

 掴まれながらも抗議の声を上げるが、適当に聞き流されて連れていかれる。引っ張られている間もフー坊の名前を叫んでいた。

 

 もっとも、フー坊にとってはそんなこと関係ない。他の馬達と一緒に走り、追い運動の馬の言うことを素直に聞いている。

 時折機嫌良さそうに鳴き、鳴いたかと思えばまた走る。

 見ているだけで楽しいことが伝わる走り。何とも可愛らしい馬だ。アイドル的な立ち位置を確立するのも、必然だったのかもしれない。

 

 

 問題なく成長するフー坊。そんな彼は、すでに馬主が決まっていた。夏頃の話である。

 当歳馬──0歳の競走馬を対象にしたセリ市で、見事彼を獲得したのは。

 

「さて、と。どの厩舎にしましょうかねぇ」

「こ、ここが重要、ですよね。間違えるわけにはいきませんね、西塔さん」

 

 つい最近馬主資格を獲得した企業の若社長、長谷川雄大である。

 

 

 

 

 

 

 西塔が所有する牧場の事務室。緊張した空気が流れ、口を開くのすら憚られる空気が形成されていた。

 

 ガチガチに緊張している若い男、長谷川。そんな彼の緊張をほぐそうと、西塔は朗らかに笑う。

 

「あんまり緊張せんでください。ほら、気を楽に」

「そそそ、そうで、そうです、よね。す、すぅー、はぁー……」

 

 緊張を解くために、目の前にもかかわらず深呼吸をする。やった後にしまった、といった表情を浮かべるが、西塔は微塵も気にしていなかった。

 恥ずかしさから顔を赤くする。ただ、羞恥心を感じたことで、幾分か緊張が解け楽になった。

 

 改めて向かい合い、話し合いが。

 

「いや、それにしても。私なんかがまさか落札できるとはっ。今でも、あの、はい。夢みたいです」

「いやぁ、我々としてもびっくりしていますよ。まさか、長谷川さんのような若社長が、あの落札額で落とすとは」

「あ、あはは。その、なんとしても競り落としてやる! って後半は思ってました。はい」

 

 始まらなかった。2人してセレクトセールの話題に花を咲かせる。

 

「そ、その代わり、かなりの高額になってしまいましたけど……やっぱり、セレクトセールでも注目の的でしたね、ノースフライトの2000は」

「セールにあげる前から高評価をいただけましたからねぇ。これも当然、って奴なのかもしれないですねぇ」

「2頭の産駒が欲しいから、って理由で競り続けてたら、まさか7000万にもなるなんて」

 

 かなりの高額で落札したこと、それによって複数購入予定が1頭しか買えなくなったこと、関係者にしこたま怒られたことを告白する。話している長谷川も元気がない。

 

 しかし、落札できたのがよほど嬉しかったのだろう。すぐに持ち直す。

 

「け、けど! どうにか落札できました! 本当に良かったぁ……っ」

 

 心の底から安堵している様子に、西塔も思わず笑みを零す。なんとも喜怒哀楽の激しい人物だ、どことなくフー坊に通ずるものがあると、少しだけ和んだ。

 だが、仕事の話はキッチリと。表情を引き締めて、長谷川に鋭い視線を向ける。

 

「ハハハ。ですが、落札はあくまで前段階、これから先が大事というのは、分かっていますねぇ?」

「あ、は、はい。分かっています」

「デビューまでに必要なこと、お世話になる厩舎の存在、横のつながりをできる限り持っておくこと。やるべきことはたくさんある。これから先が大変ですよ、長谷川さん」

 

 覚悟を求めるように睨みつける。この業界で生きていく覚悟はあるか、資質を見るために。

 

 長谷川は、落ち着かない様子。どうして睨まれているのか、そんなことばかり考えているのが表情から分かる。

 

(な、なにか怒らせてしまうような粗相をしてしまったのだろうか? うわわ、ど、どうしようっ、どうすればいいんだ~!?)

 

 身に覚えがないうちに怒りを買ってしまったのかもしれない。長谷川は焦り、頭を下げようかと考える。

 

 それでも。今やるべきことは違うと頭を振り被って。

 

「そ、その、まだ右も左も分からないひよっこですけれど、それでも一生懸命やるつもりです! ノースフライトの2000を、最後まで面倒見るつもりです!」

 

 今の自分の気持ちだけは伝えた。最後まで面倒を見ると、西塔の前で口にした。

 

 それに対して西塔は、ほうと呟いた後に。

 

「ふぅむ。具体的には?」

 

 どうするつもりか、とまた質問をする。追撃が来るとは思っていなかったか、それとも考えていなかったか、はたまた両方か。長谷川は露骨に狼狽える。

 

「ぐ、具体的に!? え、えっと、その~……」

 

 頼りなさを覚える姿。大丈夫かと言いたくなる。

 ただ、一生懸命さは伝わってきた。分からないなりに、これから先努力をしていこうという気概だけは見えた。

 後は、これから先長谷川がどうするか。じっくりと見極める必要がある。今後とも良い付き合いをすることになるか、それともこの場限りの付き合いになるか。全ては長谷川次第だ。西塔の考えがまとまる。

 

 まずは、焦っている長谷川を落ち着かせるように、西塔は笑う。

 

「いや、すみませんねぇ。ちょいと意地悪をしてしまいました」

「へ? そ、そのぅ……すみません。なんも思いつかなくて」

「いえいえ、良いんですよ。新人なんてそんなもの、これから先経験を積めばいいんです。俺の方が意地悪でしたねぇ」

 

 頭を下げて謝罪する。ひとまず、これでこの件は落着である。

 

 

 改めて、今後のことについて話し合うことになる2人。厩舎のこと、馴致のこと、馬名のことなどいろいろだ。

 

「厩舎の方は、どこか懇意にしているところはあるのかい? なければこちらの方で紹介するけれども」

「あ、厩舎の方は是非に! という人がいてくれたので。えっと、古島さんって方なんですけど」

「あ~、古島さんね。サクラバクシンオーの主戦騎手だった」

 

 先は長い。果たしてこの先、どのような道を歩むことになるのか。いろいろな未来を想像しつつ、2人の話し合いは日付が変わりそうになる時間まで続いた。




この時のセレクトセール最高額は父サンデーサイレンスの3億2000万円らしいです。内国産ならバブルガムフェローの9400万?なので、父サクラバクシンオーで7000万はかなりの高額。
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