ようこそ陰の実力者がいる教室へ! 作:心入れ替え
新しい街を見ていたら時間が溶けてました。
退屈な授業を真面目に受けながら、今日の昼にあった出来事を思い返す。
入学から一週間ちょっと、影野と昼飯を共にするのもすっかり習慣になっていた。先が思いやられると感じていたはずなのに、気づけばそうなっていた。
そんな影野と食堂で昼飯を食べていた時、向かいに座るアイツが山菜定食を食べながら唐突に口を開いた。
「ねえ綾小路くん。放課後さ、服買いに行かない? 一人だと何買えばいいか分からなくて」
影野からの遊びの誘い。特に断る理由もなく、オレはトレーを持ち上げながら「構わないが」と返した。
「ありがとう、助かるよ」
影野は嬉しそうに笑った。それ自体はいい。
問題はその直後だ。
「そうだ、綾小路君に一つ言っておきたいことがあって」
影野が何かを言いかけた瞬間、時計が昼休み終了五分前を指した。
「あの、本当にちょっとの可能性で、もしかしたらの話なんだけどね。変な女の子達が君に絡んでくるかもしれない……まあでも、あんまり気にしないでいいと思うよ」
「変な女の子……どういう意味だ?」
「うん、たぶん大丈夫だから。多分」
影野は不穏な話を展開しながらも、自分でその話を切り上げて席を立った。オレは『変な女の子』という言葉だけを頭の中に残したまま、影野の後を追って教室に戻るしかなかった。
今受けている授業中もそれが気になって仕方がなかった。
深刻な話ではなさそうだが、影野絡みとなると何が飛び出すか分からない。ただでさえ読めない奴なのに。
まあ、それより放課後の買い物の方が少し楽しみだというのは秘密だ。
友人と放課後に買い物をする。それは普通の高校生がやることだ。だが、オレにとってはそうじゃない。こういう時間を過ごしたことが、これまでの人生で一度もなかったのだ。
なんとなく、悪くなさそうだと思った。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
放課後、学校内のショッピングエリアに着くと、影野はさっさと服屋に入っていった。遊びの作法が分からないオレもとりあえずついていく。
影野は棚を前にして、異様に真剣な顔で服を一着一着吟味し始めた。何かを心の中で確認するような目つきで、無地のTシャツを手に取っては戻し、また別のものを取り出している。
「……うん、無地はいい。でもこの青は主張が強すぎるかな」
独り言だった。オレに向けた言葉ではないらしい。
影野は次に柄物のシャツを手に取り、二秒ほど眺めてから静かに戻した。
「柄はダメだ。個性が出る」
また独り言だ。
何の基準で服を選んでいるのかは分からないが、影野の中には明確なルールがあるらしかった。オレはとりあえず近くの棚を眺めるふりをしながら、影野の選定作業を横目で追った。
しばらくして、影野が〝CALIFORNIA〟と書かれたトレーナーと無地のシャツをオレに差し出してきた。
「これとかどう?」
「まあ、普通だな」
「だよね。こういうの、やっぱり気に入ったでしょ?」
オレの可も不可もない返答に、影野は心底嬉しそうだった。何がそんなに嬉しいのかはよく分からない。
カリフォルニアに行ったことがあるのかと聞こうとして、やめた。聞いても面倒なことになりそうだったから。
その後も影野はオレに服を手渡し続けながら、時々こちらに意見を求めてきた。
「これとこれ、どっちがいいと思う?」
グレーの無地パーカーと白いTシャツ。どちらも普通だった。
「どちらでも変わらないと思うが」
「なるほど、じゃあグレーで」
参考にしているのかしていないのかよく分からない即断だった。
「この色どう思う? 主張強すぎ?」
「強くはないと思うが」
「そうだよね。やっぱり強すぎるよね」
どうやら、オレの意見は完全に参考にされていなかったようだ。
次に影野は〝NEW YORK〟と書かれたトレーナーを手に取ってオレに見せた。カリフォルニアに続いてニューヨークだ。アメリカに縁でもあるのだろうか。
「これは?」
「普通だな」
「でしょ」
影野は迷わずオレの腕に乗せた。
結局オレは影野が「これいいんじゃない」と手渡してくるものを、特に抵抗もせず数着まとめて買った。
自分で何を選べばいいか分からなかったというのもあるが、影野が選ぶものに特別文句をつける気にもなれなかった。普通だったから。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
服屋を出ると影野が「暇だしゲーセン行こう」と言った。
異論はなかった。ただショッピング袋を両手に提げた状態でゲームセンターに向かいながら、オレは静かに思った。
先にゲームセンターに行けばよかった、と。
影野は自分のスクールバックだけを軽々と持ちながら、呑気に前を歩いている。結局コイツは何も買わなかった。何のための買い物だったんだろうかと思わなくもない。
オレの荷物のことなど頭にないのだろう。聞いてもいないし言ってもいないから仕方がないのだが。
残念ながら、荷物を寮に置いてから行かないかと言えない人間なのだ、オレは。
意志の弱い人間? ある意味配慮とも言えるだろう。
ゲームセンターに入ると、影野はずかずかと奥に進んで二人用のゾンビゲームの筐体の前で立ち止まった。
「やろう」
荷物を足元に置いて、銃を模したコントローラーを手に取った。
ポイントを振り込み、ゲームが始まった瞬間、影野の様子が変わった。
「来るな……来るなよ……そこだ!」
画面に向かって呟きながら、引き金を引き続けている。さっきの服屋での真剣な顔とは別の種類の、完全にゲームの世界に入り込んだ顔だった。
オレはとりあえず自分のコントローラーを操作した。最初は照準の合わせ方が掴めず、ゾンビに何度か噛まれてしまった。一度噛まれても感染しないのか。
「左から来るよ」
影野が画面から目を離さないまま言った。オレは言われた方向に銃を向けると、確かにゾンビの群れが押し寄せてきていた。
引き金を引く。倒れる。なるほど、そういうことか。
影野の動きを横目で確認しながら操作を続けると、だんだん画面の流れが読めるようになってきた。どこに敵が湧くか、どこを先に処理すべきか。
影野は相変わらずゲームの世界に没頭したまま呟き続けている。
「囲まれても焦るな……退路は常に確保しておくものだ」
ゾンビゲームの話なのか、それとも別の何かの話なのか、あまりの真剣さにオレには判断がつかなかった。
ボス戦に差し掛かった頃には、オレも大体のコツを掴んでいた。
動きの鈍いボスを、影野が正面から引きつけている間にオレが側面から撃ち込む。気づけば自然とそういう動きになっていた。
ステージクリアの音楽が流れた。結果が表示される。
オレたちは……上から三番目のタイムだった。
「お、良いねえ。初めてにしては上出来だよ、綾小路君」
影野はそれだけ言って次のゲームを探しに歩き出した。ランキングに入ったことより、自分が楽しめたことに満足しているのだろう。関わって一週間ちょっとだが、そういう奴だというのは理解している。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
エアホッケーの台を挟んで影野と向かい合った。
ポイントを払えば軽快な音楽に、イルミネーションのように光る台。
試合が始まると影野はとにかく色々なことを試し始めた。
妙なフェイント、回転をかけようとする謎のシュート、浮かして空中で打つ反則技。ほとんど上手くいっていなかったが、本人は楽しそうだった。
オレは特に何も考えず、来たパックを返し続けた。それだけなのに気づけば得点が入っていて、最終的にオレが勝った。
「ナイスゲーム!」
影野は清々しい顔をしていた。負けたのに。
オレは何故か、少し罪悪感を覚えた。別に本気でやったわけでもないのだが。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
パンチングマシンの前に立った影野は、いつものアホっぽい顔を投げ出し、しばらく黙って考えていた。
何を考えているのかは分からないが、とにかく真剣な顔をしていたように感じた。
降りてくるサンドバッグに向かって、影野が拳を振り下ろした。表示された数字は、ランキングでは251/563と表示されていた。平均的な位置なのだろうか。
「綾小路くんもやってみて」
一瞬影野の数字を確認し、オレはマシーンの前に立った。
立っている場所、フォーム、サンドバッグの挙動。影野の動きを思い返しながら、グローブをはめる。
それからほぼ同じ数字を狙って、拳を振り下ろした。
表示された数字は、影野と殆ど変わらない数だった。
二人でその数字をしばらく眺めた。結果に対して、特に誰も何も言わなかった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
寮に戻る道を、影野と並んで歩いた。
影野は両手をポケットに入れて、特に何を話すでもなく呑気に歩いている。今日一日どこに満足しているのかは分からないが、機嫌は良さそうだった。
しばらく無言で歩いていると、影野がふと口を開いた。
「今日さ、ボスと戦う時、綾小路くんが横から撃ってくれたじゃん」
「ああ」
「あれは良かったね。やっぱり綾小路君は分かってると思ったよ」
影野は前を向いたまま、特に感慨もなさそうにそう言った。
何を分かっているのかは分からないが……まあいい。影野なりの褒め言葉なのだろう。
オレはショッピング袋を持ちながら、今日のことを振り返った。
変な服を買わされた。ゾンビゲームでランキング上位に入った。エアホッケーで勝って罪悪感を覚えた。パンチングマシンで二人揃って平均を叩き出した。
──今日は普通の高校生のような放課後だった。
前を歩く影野の背中を見ながら、オレはそう思った。
それ以上でも以下でもなく、ただ少しだけ、悪くなかった。
綾小路くんとの好感度上昇イベントです