夕暮れが、公園のコンクリートを橙色に染めていた。
人気はない。風だけが、等間隔に並ぶ街灯を揺らしている。
オールマイトから受け継いだ力
その名も ワン・フォー・オール
この個性を制御するのに、緑谷出久は手を焼いていた
力を引き出そうとすれば筋肉や骨が悲鳴を上げ、明らかに鳴ってはいけない音や激痛に襲われる
しかしながらその代償で放たれる威力は確かに絶大
軽く手を振っただけで巨大な岩すらも粉砕してみせた
オールマイト曰く、自分の時よりも引き出せる力が増している様子だ
何故なのかは本人にすら分からないらしいが
緑谷出久は息を整えながら拳を握り、何かを確かめる
体の奥で力が暴れずに留まってるような感覚がしっかりある
「‥‥‥よし」
足を踏み込み、空を切るように拳を突き出す。
プラズマのようなものが身体から地面へと伝わり、凄まじい風圧が拳から飛ばされる。
暴発も起きない。骨や筋肉も悲鳴をあげない。
―――そう、しっかりと制御可能になっているんだ
「いい感じだな」
少し離れた場所で、孫悟空が腕を組んで立っていた。
いつもの軽い調子だが、その視線はどこか遠い。
「力の使い方が上手くなってきてるな。
この調子なら100%使っても問題ねえだろ」
「でもな、出久はまだ"考えて殴ってる"
考えるなとは言わねえが、感覚で動くことも意識するんだ。
考えてからじゃ遅え時はいくらでもあんだからな」
「は、はい!」
緑谷は何度も頷く。
その背中を見ながら、悟空は小さく笑った。
(もう大丈夫だな)
悟空が教えたのは、技でも流派でもない。
ただ一つ――力と向き合う姿勢だけだ。
無理をしないこと。
力に溺れないこと。
そして、恐れずに前へ出ること。
それはもう、この少年の中に根を張っている。
「今日はここまでにすっか」
悟空が言うと、緑谷は少し驚いた顔をした。
「え? でも、まだ教えてもらいたいことが―――」
「オラが教えられることはもうねえさ」
その言葉は、あまりにもあっさりしていた。
冗談みたいな口調。
けれど、悟空の表情に冗談はなかった。
緑谷は思わず一歩、前に出る。
「そ、そんな……!」
「まだ僕、全然……悟空さんみたいに強くもないし……!」
力は、確かに応えている。
それでも、胸の奥に残る不安は消えない。
悟空はその様子を見て、少しだけ困ったように笑った。
「強くなるってのはな、誰かの背中を追い続けることじゃねえさ」
「どっかで、自分の足で立つって決めることだ」
悟空は、緑谷の前に立つ。
見下ろすでもなく、見上げるでもなく。
ただ、真正面から。
「出久はもう、自分で立ってる」
「だから、次に教えてもらうのはオラじゃねえんだ」
「……オールマイト、ですか?」
「ああ」
「それから、これから出会う仲間たちだ」
「悩んで、ぶつかって、助け合って」
「そうやって強くなる」
悟空は軽く肩をすくめる。
「オラの番は、もう終わったんだ。」
沈黙が落ちる。
風が、公園の木々を揺らす。
緑谷は、言葉を探すように口を開いては閉じた。
「……悟空さんは」
「僕にとって……その……」
ヒーローです、と言いかけて。
喉で止まる。
悟空は、その先を察したように、柔らかく笑った。
「ありがとな」
そして、頭を軽くぽんと叩く。
「でもな」
「お前が目指すのは、“オラみたいな誰か”じゃねえ」
「お前自身だ」
その一言が、胸の奥に落ちる。
ずっと前、
“ヒーローになれるかはお前次第だ”
そう言われた日の記憶が、重なった。
悟空は、ゆっくりと背を向ける。
「雄英、もうすぐだろ?」
「……はい」
「だったら、そこからは全力で行け」
「転んでも、迷っても」
「全部、ヒーローの道だ」
数歩、歩いてから。
悟空は立ち止まり、振り返らずに言った。
「また会う時が来たらよ」
「その時は、胸張って立ってろ」
「いい面になったな、出久」
____そう言えるようにな。
夕陽が、悟空の影を長く引き伸ばす。
次の瞬間、
その姿は、光の向こうに溶けるように薄れていった。
気配が、消える。
そこに残ったのは、静かな公園と――
一人、立ち尽くす緑谷出久だけだった。
「……っ」
胸の奥が、熱い。
寂しさと、怖さと、
それ以上に、確かな覚悟。
緑谷は、ゆっくりと拳を握った。
「……行かなきゃ」
誰に言うでもなく、そう呟いて。
彼は、前を向いた。