ピッ…ピッ…ピッ…
動物保護センターの飼育エリア。
無機質な電子音だけが支配するその空間で、烏丸クロエはスマホを掲げ、まるで自撮りをするようなアングルで自身と──背後の「時限爆弾」を画面に収めていた。
「画角はこんなもんですかね」
そう呟いたクロエは手際よくスタンドを立て、照明、マイクなどの機材を設置し───
「おっと、こっちの向きだとあなた方がびっくりしてしまいますかね?」
ふと足元のケージに視線を向けた彼女は、立てていた照明スタンドを縮め、下から照らすように切り替える。
「うーん、下からだとまるで私が悪役かのように見えてしまうのですがねぇ…まぁいいか」
普段から爆弾解体の様子を撮影してはネットにアップするという日常を続けていたクロエ。
彼女の手はまるで身支度のように機材をセットアップしてゆく。
「これはここで…ここの方が栄えるか?でもあの大型スクリーンですからねぇ…」
『クロエさん、時間ないの分かってるっスか?』
「うるさいですよモナカ、あと…9『6分っす』えぇ!分かってますよ!」
モナカから通信越しに急かされながら、クロエは最後の画角調整を行っていた。
彼女の赤い瞳が、ケージに向けられる。
「私ではなく、この子らを映して進めるのはどう思います?」
『
「はぁ…そうですよねぇ…」
ため息をつきケージの網に触れていると、寄ってきた犬がペロペロと僅かに内に入った指を舐めてきた。
彼女の目尻が僅かに垂れる。
「ふふ、愛いやつですねぇ。お前は…」
「お前は…」
「お前は、いつまでそこにいるのですか?誰を待っているのですか?」
その言葉は、彼女の無意識から零れたものだった。
『クロエさん…?』
「はい?どうしました?」
『いや…なんでも、ちょっと切っていいっすか』
「どうぞ?」
通信が止まる。
監視室にて、ノートパソコンと向き合っていたモナカは大きく身体を逸らし息を吐いた。
「…結局自分が一番後悔しているんですね」
『クロエさん、いけますよ』
「ありがとうモナカ。それでは…えー、テーステス。聞こえてますかぁ?正義の爆弾魔さん」
クロエの姿と声は、建物の外に避難している職員や野次馬たちのスマホ、そして屋外の大型モニターにまで強制的に配信されていた。
建物の外は大騒ぎとなり、周囲を守っていたヴァルキューレの生徒たちが騒がしく動き始める。
「なっ…なんだあれ!?」
「さっき入っていった刑事局の生徒か?!」
「なにやってんだ刑事局は?!」
ザワザワと波立つ群衆の中で、先生とイキハ、そしてサザナは鋭い視線を巡らせていた。
”クロエ、映像が外にも流れてるよ。わざと?”
ヘッドセット越しに先生が問いかける。
『えぇ、わざとですよ先生。これからちょっとした「劇」を始めますから、皆さんをよーく見ていてくださいね』
画面の中のクロエは、艶のある黒髪をかき上げ、人を小馬鹿にしたような笑みを浮かべる。
その瞳の奥にある赤い光は、獲物を追い詰める捕食者のそれだった。
『さて、この素晴らしい爆弾について講評を始めましょうか』
彼女は愛用のハサミを取り出し、わざとらしく刃先をチャキチャキと鳴らしながらスマホに顔を寄せる。
『結論から言いますと、これを作った人は「三流」ですね。えぇ、ド三流の甘ちゃんです』
クロエの言葉が響いた瞬間、群衆の中にいたある人物の肩がピクリと跳ねたのを、イキハは見逃さなかった。
「…!」
「見えたか、イキハ」
「はい」
「よし、後はこちらに任せろ。お前と先生はクロエの指示に従え」
”了解”「了解」
『そもそもの構想が矛盾しているんですよ。センターの腐敗を正すために動物を爆破する?ハッ、笑わせないでください。見てくださいこのお粗末な感圧センサー』
クロエはあろうことか、爆弾が仕掛けられたケージをコンコンとハサミの柄で叩いた。中にいた子犬が「キャン!」と怯えて跳ねる。
「ひっ…!」
外の群衆から小さな悲鳴が上がる。
それは爆発に怯えるものか、それとも子犬を心配してのものか。
『このセンサー、感度が低すぎる。犬が動いた程度じゃ反応しないんです。つまり貴方は動物を殺したくない』
あからさますぎる演技でため息をつくと、並ぶケージに次々とハサミでコンコンとノックをしてゆく。
『はぁーあ。覚悟が足りないんですよ覚悟が。テロリストなら、目的のためにギリギリまで心を尖らせて冷徹になって、犬ッコロごと一緒に吹き飛ばすよう設定するべきでしょう?』
『こんな中途半端なオモチャ、私がサクッと切っちゃいますからね〜?えーと、まずはこの一番大事そうな赤い線から…♪』
「あれ大丈夫なのか…?」
「一番太いし、最近の爆弾ってそういう線を切ると爆発するって聞いたよ?」
再び最初のケージに戻ったクロエは、ハサミを明らかに「切ってはいけない」と直感させるメインケーブルに近づける。
『えーと確か、間違ってたらドカンでしたっけ?まぁ、たかだか数十匹と私1人がヒドい目に遭うだけですし?お安い犠牲ですよねぇ?』
「あんな言い方、犯人を逆上させるだけだろ!」
「ヴァルキューレはなんであんなやつを…」
聴衆がざわめく中、サザナは腕を組み静かにモニターを眺めていた。
(こりゃ始末書か…解決するんだったらなんでもいいがね)
『そろりそろり…』
彼女の刃が、赤い線に食い込む。
じわじわと被覆を切り裂くと同時に、彼女の声量もどんどん大きくなる
『それじゃあ……切ィりまぁぁぁす…!!』
ピッ……ピッ…ピッ、ピッ───
電子音が早くなる。
まるで、危険な状態を告げる心電図のように。
「や、やめ…」
多くの人が集まる屋外広場。
職員たちの集まりの中から、絞り出すような声が漏れた。
「やめて…やめてよッ!!」
耐えきれずに飛び出したのは、大人しそうな若い少女だった。
彼女は狂乱したようにモニターに向かって叫ぶ。
「切らないで!!それのケーブルは『連動』してるの!!その線を切ったら、全てのケージが爆発してあの子たちが死んじゃう!!!」
「確保!!」
サザナの鋭い号令と共に、待機していた公安局の生徒たちがその女性を取り囲む。
そして、鮮やかな手つきでサザナは彼女の持っていた端末を引き抜いた。
「あっ、あぁ……」
囲われた事実と自分の失態に気付いた飼育担当の生徒は、ハッとして口を押さえるがもう遅かった。
自分の口で、犯人しか知り得ない爆弾の構造を暴露してしまったのだから。
「…君が…どうして…」
集まる人をかき分け現れた恰幅の良いロボットのセンター長が、驚きと軽蔑の混じった表情で彼女を見下ろす。
「っ…」
何も言わず目を逸らす生徒を見た彼はたちまち激昂し、大声をあげた。
「普段から真面目ぶっておいて、まさかテロリストとはな!おいヴァルキューレ!さっさとその女を連行しろ!この狂人が施設を台無しにする前に!!」
センター長の声を聞いて、うなだれていた生徒がギリッと唇を噛み締め、猛然と顔を上げた。
「誰のせいで…誰のせいでこうなったと思ってるのよ!!」
彼女の叫び声は悲痛だった。
「センター長!あなたが保護費を横領して、あの子たちの餌代も、治療費も削ったからよ…!」
「安いからって動物が嫌いな匂いの柔軟剤に勝手に切り替えて!クーラーも直さない!老朽化してきた施設は見て見ぬふり!今年の夏だけで何匹が苦しんだと思ってるの!!」
「な、何をデタラメを…!」
「私は何度も訴えた!役所にも!ヴァルキューレにもマスコミにも!怪しい所にも告発文を出した!でも、あんたが全部握りつぶしたんじゃない!!」
彼女は涙で顔をぐしゃぐしゃにしながら叫んだ。
「だから…こうするしかなかった…!事件になれば、爆弾騒ぎになれば、きっと警察が内部を調べてくれると思ったのに…!!」
彼女の動機は、クロエの推理通りだった。
歪んだ、しかし純粋な正義。
自分たちの声が届かないなら、悲鳴を爆音に変えて届けるしかなかったのだ。
『ピンポ〜ン♪正解ですそこの人〜♪』
スピーカーから、乾いた拍手が聞こえてくる。
モニターの中のクロエは、先程までの悪役の顔を少しだけ潜め、どこか哀れむような目でカメラを覗き込んでいた。
『あなたの計算通り、爆弾の配置は完璧なくらい『安全』でしたよ。3時前のオヤツの時間を狙い、動物たちが満足して眠くなる時間に設定した。さらに、ここまでギリギリのセンサー配置とは…独学にしては上出来です』
クロエは手元のハサミをくるりと回す。
『でもね、あなたの計画には穴があった』
彼女はスマホのカメラを切り替え、とある人物の映像を映し出した。
『ねぇ、モナカちゃん?そっちはどうですか?』
画面が切り替わる。
そこに映っていたのは、施設の中にある豪華な役員室…の金庫をシールドで破壊したモナカの姿だった。
「な、何をしてるんだ貴様?!」
『えー、こちら八咫黒、任務完了っす。クロエ先輩が外でヘイト買ってる間に、裏帳簿と横領の証拠データ、あとセンター長の隠し口座の情報、全部抜きました」
「…………へ?」
センター長の顔色から血(?)の気が引いていく。
青を通り越して土気色になり、やがて白紙のように真っ白になった。
「う、うわああああ!?な、なな、何をしてるんだ貴様らは!?令状はあるのか令状は!!」
「緊急時の捜査権限を行使しました」
サザナが冷徹な声で告げる。
「爆発物処理および、人命救助の観点から、施設内の『あらゆる危険物』を排除する必要があったもので。まさか、このデータが爆発の原因ではないとは言い切れませんからね?」
「そ、そんな馬鹿な理屈が通るか!!」
「通したんですよ、事件現場では私がルールだ」
サザナが指を鳴らすと、控えていたイキハと先生が、段ボール一杯の資料を持って現れる。
「あはは!いやー、出るわ出るわ!架空請求に、裏社会への横流しの記録!ついでに高級キャットフード(人間用)の領収書まで!」
”センター長さん、まだこれでも全部ではないですよ”
イキハは呆れたように肩をすくめる。
そのグリーンの瞳は、猛禽類のように鋭かった。
「なんとこれは!爆弾騒ぎなんかよりよっぽど重い罪になりますね〜センター長さん?!」
「ひ、ひぃぃ…?!」
腰を抜かしてへたり込むセンター長。
その姿を見て、取り押さえられていた生徒が呆然と呟く。
「そんな…私が全てを懸けでやろうとしたことが…こんなあっさり…」
「そう、あなたのやり方は間違っていました。無駄に手間をかけて無駄になったのですよ」
モニター越しのクロエの声が静かに、しかし厳しく響く。
『テロリズムは決して許されない。たとえどんなに崇高な動機があろうとも、爆弾という暴力で誰かを脅した時点で、あなたは犯罪者です』
クロエはスマホを動かすと、足元のケージの中で怯えている子犬にカメラを向ける。
そしてケージに手を入れると、震える小さな生き物に優しく触れた。
『でも』
クロエの声色が柔らかくなる。
『この子たちを守りたかった。その想いだけは確かに本物でしたよ』
彼女は犬を抱いたまま中央コンソールに歩み寄り、もう片手に握ったハサミを、複雑に絡み合った内部配線の「心臓部」に当てた。
それは、あからさまな赤い線でも、大量にある黒い線でもない。
一見すると何の変哲もない、極細のワイヤー。
『だから、ここは私が引導を渡してあげます。あなたの歪んでしまった正義と、この腐った施設に終わり告げるため…断ち切る!!』
パチンッ。
鋭い金属音が鳴り響き…
【--:--】
タイマーの数字が消灯した。
「………あ」
生徒の目から、堰を切ったように涙が溢れ出した。
それは絶望の涙ではなく、安堵と、そして救済の涙だった。
事件は幕を下ろした。
センター長と、関与していた職員数名はヴァルキューレによって横領および動物愛護条例違反等の容疑で逮捕。
爆弾を仕掛けた生徒もまた、爆発物取締の違反で連行されることとなった。
パトカーに乗せられる直前、手錠を掛けられた彼女の元に、クロエが歩み寄る。
「失礼、ひとつ聞きたいことが」
生徒が顔を上げる。
目の前には画面の中で彼女を煽り倒していた、性悪な爆発物処理班の姿。
「…」
赤い瞳を不安定に揺らし、キザキザの歯をむき出しに笑う姿はまるで悪魔のようであった。
「爆弾の作り方は独学ですか?資料を見ながらとはいえ素人にしてはかなり出来が良かったですし、アレンジまで加えられるその腕には感心しましたよぉ」
「…どうして」
生徒は問いに答えることなく、クロエに問い返す。
「どうして、私が本気じゃなかったって分かったの?」
「…簡単ですよ」
クロエは、自分の首から下げた「CROW」のドッグタグを指先で弾いた。
「この施設全体が、まるで一つの巨大な『揺り籠』のように作られていたからですよ。爆弾なんて単純な恐怖より、愛情の方がずっと色濃く残っていた」
クロエはふっと笑い、ほんの数分前の事を思い出す。
一人になってから彼女は、行ける範囲で周囲を観察していた。
「センター長の悪事によって、劣悪な環境になっていた筈なのに、あの子達は安心して眠れていた。それはあなた方の尽力によるものでしょう?」
クロエは上着のポケットから、小さな何かを取り出す。
「それは…!」
「えぇ、これはあなたは全ての爆弾に設置していた『遅延起爆設定』のチップ。もし我々が解除に失敗しても、最低でも動物たちを持ち出せるくらいの時間を確保するためにね…そんな甘い爆弾、私が見抜けないとでも?」
生徒は涙を拭い、小さく頭を下げた。
「ありがとう…あの子たちを、助けてくれて」
「礼には及びません。仕事ですから」
クロエは背を向ける。
「罪を償って出てきたら、今度は爆弾じゃなく、いい匂いのする毛布を下に敷いてあげてください」
「……はい!」
生徒を乗せたパトカーが去っていく。
いつの間にか夕方に突入していた空は、雲の隙間から夕陽が差し込ませていた。
「ふぁ〜あ……終わった終わった〜」
施設からモナカが大きな欠伸をしながら、傷だらけになったシールドを引きずって歩いてくる。
「お疲れ様っス、クロエ先輩。あの演技、マジでムカついたっすよ」
「フフ、最高の褒め言葉ですね」
「いや褒めてないっす。やっぱ素の性格の悪さが出るなぁって意味っす」
「失敬な!」
そこへ子猫を抱えたイキハと、犬に囲まれた先生がやってくる。
「クロエさーん!サザナ局長が『今日は奢りだ!』って!先生の財布で!」
”えっ、私の!?”
「やったー!働いた甲斐がありましたねぇ!」
「あ、私も行くっす。たくさん食べるっス」
ワイワイと盛り上がる仲間たちを、サザナが少し離れた場所から見ていた。
彼女の手にはハンカチが握られており、まだ少し顔色が青い。
「…局長、大丈夫ですか?」
クロエが近づく。
サザナは「ふん」と鼻を鳴らした。
「問題ない。それにしても、相変わらず無茶な真似をする」
「煽るだけ煽って、もし相手が逆上して起爆スイッチを押していたらどうするつもりだったんだ?」
「その時はその時ですよ」
クロエは悪びれもせず言う。
「でも、信じていたんでしょう?私の腕を」
「だから先生とイキハを中に行かせたんだ」
「…ハハ」
サザナはため息をつき、呆れたように、しかし信頼を込めて言った。
「…信じているよ。部下は全員」
クロエは目を見開いた後、クスクスと笑い出した。
「それは光栄ですね。では局長、美味しいお肉をご馳走になりに行きましょうか」
「あぁ。ただし、私はあまり脂っこくい部位はごめんだ…うっ、まだ胃がムカムカする…」
夕暮れの街を、ヴァルキューレの面々を乗せた車が走っていく。
「待て、肉って言ったか?」
車窓の外を眺めながら、クロエはポケットの中に入れていたハサミを取り出し、カチリと鳴らした。
(野良犬、ですか…)
かつて、雨の中で訣別した戦友の顔がよぎる。
(ユキノ達は今、息災でしょうか)
彼女たちは組織という鎖を断ち切り、掲げた正義を求めて散った。
そして自分は今、別の「首輪」をつけてここにいる。
”クロエ、どうしたの?”
隣に座っていた先生が声をかけてくる。
「いえ、なんでも」
クロエはハサミをしまい、ニカリと笑った。
「今日のランチ、じゃなくてディナーは爆弾じゃないことを祈っていただけですよ」
”それは切実な願いだね…”
「ですねぇ♪さぁ先生!オススメの場所があるんですよ!局長とヒミツで行っていた焼肉屋なんですが…」
「ヒミツで?!」
「ウッス。聞き捨てならねぇっす」
「何勝手にバラしてるんだクロエ!!!!」
どこか晴れやかな彼女の表情を、一番星だけが見ていた。
烏は何を思うのか。
ここからは不定期です。
感想お待ちしております!
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