烏丸クロエの切断論理   作:四条の利

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的場イキハ。百鬼夜行出身の二年生。
幼い頃からどこかに出かける度にトラブルに遭遇する巻き込まれ体質の少女。

その足跡は、彼女の練度が証明する。



イキハも歩けば事件に当たる

 

“うーん、いい天気だ“

 

爽やかな風がD.U.地区の広い通りを吹き抜けていく。

よく晴れた空と適度に賑わう休日の市街地は、激務に追われる先生にとって貴重な癒やしの時間だった。

 

…少なくともそうなるはずだった。

 

「先生ー!こっちですよこっち!」

 

駅前の広場で栗色のポニーテールを揺らし、元気に手を振っているのは的場イキハ。

グレーのスーツを肩がけにし、動きやすさを重視したベストとクロップドパンツ。

手には派手な何かのチラシがしっかりと握られている。

 

“お待たせイキハ、待った?“

「いえ全然!私も今着いたんですよ!」

 

今日は彼女の「パトロール」という名目の非番の食べ歩きに付き合う約束をしていた。

何度か刑事局に足を運ぶ中、全員とそれなりの関係性を構築できてきたところで、ちょうど先日彼女から誘われたのだった。

 

「あはは!休日にあの先生と会えるなんて光栄だなー!」

“そんな偉い人じゃないよ“

「それくらいの権威と尊敬がある人なんだからもっと自信もっていいですよ!この的場イキハが保証します!」

“はは、ありがとう“

 

ヴァルキューレの刑事局。癖の強い面々の中で、彼女は一見してまともに見えた。

いつも明るく朗らかで、面倒な後輩や問題だらけの先輩たちの間を取り持ちパシられるムードメーカー。

 

だが先生は、局長のサザナから伝えられた奇妙な忠告を思い出していた。

 

『あいつもまた、手綱を握る人間が必要だ。まぁ、色々と驚くと思うが、よろしく頼むよ』

“…“

 

RABBIT小隊の一件から、ヴァルキューレの生徒と関わる頻度もかなり増えた。そして、色んな噂も聞くようになった。

 

“(巻き込まれ体質…だっけ)“

 

イキハについて回る奇妙な噂。

 

『歩く特異点』

『転ばぬ先のイキハ』

『イキハも歩けば事件にあたる』

 

彼女は驚異的な巻き込まれ体質を持ち、信じられない頻度で犯罪や事故に遭遇する。

しかし彼女本人は至って呑気に生きており、どんな修羅場も笑顔で潜り抜けてしまうというのだ。

 

“(そういう生徒は何人か見てきたけど…)“

 

先生がこれまで知り合ってきた生徒の中には、特異的とも言える特性や体質を持つ生徒達がいた。

そしてもれなく皆、その体質はささやかなものでは無かった。

 

“(例にのっとるならイキハも…大丈夫だよね)“

 

先生はそう自分に言い聞かせ、笑顔で駆け寄る彼女の前に歩み出た。

 

「じゃあ早速!大通りのところのスイーツ店に行きましょう!」

 

彼女の弾むような声に合わせ、二人は駅前通りを歩き始めた。

ガラス張りのショーウィンドウに日差しが反射し、平和な休日の空気が二人を包む。

 

「最初に行くお店はですね…期間限定でイチゴたっぷりの限定クレープが出てるらしいんですよ!整理券で入るヤツなんですけどもう少して配布なので急がないと!」

“楽しみだね。イキハのおすすめなら間違いないだろうし“

「えへへ、期待しててください!私、食べ物の勘だけは自信があるんですから!」

 

持っていたチラシはそのスイーツ店のものだったらしく、機嫌良く見せびらかしながら歩くイキハの横顔を見ながら、先生はやはり彼女はただの活発な生徒なのだと確信した。

 

あの噂は少し誇張が過ぎる。

 

そう結論付けた矢先のことだった。

 

「どけーッ!道を開けるんだよぉ!」

“「?!」“

 

後方から怒声と銃声が轟き、人だかりが割れた。

振り返ると、目出し帽を被った不良が血相を変えて走ってくるのが見えた。

手には真っ黒なジュラルミンケースと、黒光りするアサルトライフルが握られている。

 

「こんな昼前から…凄いですね健康的だ」

“着眼点おかしくないかな?!“

 

遠くからはパトカーのサイレンが微かに聞こえる。

真昼の銀行強盗逃走劇。不良はこちらへ向かって一直線に突っ込んできている。

 

周囲の歩行者たちが悲鳴を上げて逃げ惑う中、強盗の進行方向にいるのはイキハと先生の二人だけだった。

 

「どかないとぶっ殺すぞ!」

“イキハ!“

 

急かすように後ろから風が吹く。

向けられた銃口に対し、咄嗟に先生はイキハの前に出ようとした。

 

しかしそれより早く、イキハが動いた。

 

「あっ」

 

彼女は短い声を上げる。

それは強盗に対する警戒や迎撃の声ではなく、手元を見た驚きの声だった。

彼女が大切に握っていたスイーツ店のチラシが、風に煽られて手からすり抜け、ひらひらと足元に落ちたのだ。

 

「私のチラシぃ!」

“イキハ?!“

 

イキハは慌ててそれを追い、思い切り前傾姿勢でコンクリートへ手を伸ばした。

その無防備すぎる屈み込みは、走ってきた強盗からすれば逃げるはずの障害物が突如こちらに迫ってきたに等しい状況であった。

 

「どけって言ってんだろ!」

 

強盗がイキハの顔を殴り飛ばそうとをライフルの銃身を振り上げ、全力で足を踏み出したその瞬間。

 

「キャッチ!やったー!」

 

チラシを掴んだイキハが無邪気に両手を振り上げた勢いで、彼女の頭が上へ跳ね上がった。

跳ね上がったその頭は、全力疾走してきた不良の腹部に信じられないほどの完璧な角度でクリティカルヒット。

 

「オ"ッ?!」

 

ドッ…!という鈍い音。

まるでカブトムシにすくい上げられたように持ち上げられた強盗は、体の重心を完全に前に持っていかれていたため、足で空を掻きながら綺麗にアスファルトへ顔面ダイブした。

 

「ん?」

 

ゴッ!!という衝撃音が響き渡り、ジュラルミンケースが地面を転がる。

不良は白目を剥き、完全に気絶してぴくりとも動かなくなった。

 

「うわっ?何かイヤな音がしましたよ先生」

“イキハ…後ろ“

 

イキハはチラシを叩いて砂を払いながら振り返り、足元に倒れている気絶した不良を見下ろした。

 

「あれま。ベッドダイブするにももっといい所があるでしょうよ危ないなぁもう」

“えぇ…?“

 

彼女は事態を理解しているのかいないのか、無防備に近づくと上着の裏に提げていた手錠を取り出した。

慣れた手つきで不良の両腕をねじり上げ、カチャリと金属の拘束具をはめる。

その流れるような手際には、熟練の制圧術が光っていた。

 

「まぁでも私じゃなくて地面にぶつかってくれてよかったです。これにぶつかられたら制服が汚れちゃうところでしたからね」

“…そうだね“

 

その表情には強盗に遭遇した動揺もなければ相手を倒した興奮も存在しない。

ただただ事務的に路上のゴミを脇に退けるようなテンションのままイキハは作業を完了させ、転がってきたジュラルミンケースに座り込んだ。

 

すぐ後に到着した公安局の生徒たちに、彼女は気楽に手を振っていた。

 

“…“

 

結果として平和裏に事件は解決した。だが彼女のあの偶然という名目で構成された破壊の威力はなんだろう。

すごい音がしたぞ。

 

「じゃ、今日は非番なんであとよろしくねコノカちゃん」

「あいよ、ついでにあと四件くらい頼むわー」*1

 

アロハシャツ姿の生徒との事情聴取(?)も早々に済ませ、彼女は何事もなかったように先生の元へ戻ってきた。

 

“怪我はない?“

「平気ですよ!こんなの日常茶飯事ですから!あーでも時間が勿体ない!急がないと整理券が無くなっちゃいますよ!」

 

全く堪えた様子のないイキハは再び歩き出す。

先生も軽く息をついてその後を追った。

 

“(幸先…)“

 

しかしその日常茶飯事は立て続けに先生を襲うことになる。

 

“もうそろそろだよね?“

 

大通りの交差点を渡ろうと信号待ちをしていた二人。

その上では通りの反対側に建設中のビルの足場があり、大きなクレーンが資材を吊り上げていた。

 

「この角を曲がったところがスイーツのお店なんです。先生にはイチゴクレープだけでなくマカロンが乗ってるやつも絶対食べて欲しくてですね……あっ?!」

 

イキハがまた短い声を出す。

今度はスマホを取り出す際、ベストのポケットからコインが滑り落ちた。

乾いた金属音を響かせそれは、向こう側の側溝へと転がっていく。

 

「やばい!」

“イキハ!“

 

イキハの動きは野生動物より俊敏だった。「私のお金!」と叫びながら勢いよく横断歩道の先へ全力ダッシュを始める。

ちょうど青信号、慌てて先生もイキハを追って走り出した。

 

その直後だった。

 

ギギィィィィン!!

 

頭上のクレーンのワイヤーが軋み、バァンと千切れる音が大通りに轟いた。

吊り上げられていた数トンもある鉄骨がバランスを崩し重力に引かれて真っ逆さまに落下してくる。

 

“?!“

 

その直撃点は、まさに数秒前まで二人が立っていた歩道であった。

 

“危ない!!“

 

先生は反射的に前に跳び、イキハが走っていった横断歩道の先に体を投げ出した。

 

ズドドォォォォン!!!

 

凄まじい衝撃と粉塵が上がり、歩道のタイルと周囲のアスファルトを分厚い鉄骨が砕く。

地面が揺れ、車の警報アラームが一斉に鳴り響いた。

 

数秒の沈黙の後。

 

「やったー!ギリギリ取れましたよ先生!」

 

周囲が土煙に包まれる中で、コインを掲げて喜ぶイキハの姿があった。

 

“イキハ!大丈夫?!“

「え?大丈夫ってなにが────」

 

後ろで地面に突き刺さっている特大の鉄骨を一瞥した彼女は、ぽんっと手を叩いた。

 

「……」

 

そして目を見開いて声をあげる。

 

「…ウワーッ何これーーッ?!?!?!」

“今?!“

 

あまりにも遅いリアクションに、先生は思わず突っ込んでしまう。

しかしイキハは呑気に笑っていた。

 

「アハハ!いやぁ危なかったですね!まさか上からあんなの落ちてくるなんて?!」

 

本気でそう言っているのだとすれば恐ろしい胆力だ。

もし彼女がコインを落としていなければ。もしその場でスマホで確認していたら…自分たちは間違いなくあの鉄塊の下敷きになっていただろう。

 

「でも私たちは運が良かった!アハハ!」

 

それを危なかった程度、さらには「運が良かった」と笑い飛ばす神経の図太さ。

常に致命的な事象に寄り添って生きているからこそ不運の先にわずかに生じた『助かる隙間』を直感で拾い上げているのだろうか。

 

“本当に……びっくりした“

「アハハ!私といるとこんな風に賑やかになっちゃうかもしれませんね!でも退屈はさせませんよ?」

“退屈でいいかなぁ…?“

 

明るい笑顔を浮かべるイキハに、先生の背筋が凍る。

 

先生は完全に理解した。彼女と一緒にいれば事件は向こうから次々と訪れる。これが的場イキハの恐ろしさの片鱗だということを。

 

少しして騒ぎは落ち着くも、目的地へ向かう道路は野次馬でごった返していた。

別の迂回路を探すため二人は人気のない裏路地へと足を踏み入れた。

 

表の騒音から切り離された薄暗い路地はどこか冷たい風が溜まっているような異様な空気が満ちていた。

 

「ここを抜けたら目的地のすぐ横に出るはずなんですよね」

“少し暗いね、足元気をつけて“

「大丈夫ですよ!今の私たちは運が良いので!……あれ?」

 

路地を曲がった先で二人の足がピタリと止まる。

 

「あ?」

 

袋小路に似た広場のような場所だった。

しかしそこには道はなく数十人のいかつい装備をまとった一団が立ちはだかっていた。

 

 

“…確かに運がいいね“

「うーん…?!」

 

 

目出し帽と重防具の武装集団、その傍らには自動操縦の巨大な軍事用兵装が何台も配置され、無数のアタッシュケースが積み上げられている。

 

「なんだお前ら」

“…えっと“

 

どう見ても平和なやり取りではない。銃器や火薬の違法取引の真っ最中だった。

闖入者の登場に相手側の動作が一斉に停止する。数十もの鋭い殺意の視線が二人を射抜いた。

 

「あー、これはどう見てもまずい人たちですね。ヴァルキューレの内部資料にいた気がします」

「何?」

 

イキハがぼやいた。だがそのトーンは「雨が降ってきた」と気づいた程度の軽いものだった。

相手側のリーダー格のイカついオートマタが一歩前に出て忌々しそうに舌打ちをする。

 

「どこから入り込んだか知らねえが運の悪いガキだ。ヴァルキューレの犬と一般人か。ここを見たからには生かして帰すわけにはいかなくなったな」

「バレてる?!」

“そりゃ今ヴァルキューレの内部資料って言っちゃったからねぇ!“

 

チャキッという無機質な音が重なり二十以上の銃口が一斉に二人に向けられる。

 

“(アロナ!)“

『はいっ!』

“イキハ、ここから離れよう“

 

二対多、危険な状況だ。

その場から撤退するべく、シッテムの箱を起動し先生がアロナにアクセスした瞬間。

 

「だめですよ先生」

 

すっと静かな声が制止する。

イキハが先生を庇うように半歩前へ出たのだ。

 

“イキハ…?“

 

背中越しに見える彼女のシルエットから普段の落ち着かない軽い雰囲気は完全に消滅していた。

 

「あれを見逃したら、新たな被害が生まれます。それは絶対に許しちゃいけない。だからここは私に任せてください」

“…でも、人数差的に厳しいと思う“

「ええ。とてもとても多いです。本当に厄介ですね」

 

彼女は垂れた細い前髪を揺らし深く息を吐き出すと、スーツの下に忍ばせていたホルスターから二丁の愛銃『必中のロジック(グロック19)』を引き抜いた。

 

「でも、やりますよ」

「やる気か?」

「やるって言ったでしょ」

 

彼女は真っ直ぐに前方を見据えているが、その表情からは一切の感情が消えていた。

怒りも恐怖も焦燥もない、ただ透明なビー玉のような緑の瞳が相手を機械的に捉えていた。

 

「せっかく急いでるっていうのに……あなたたちがここにいたせいで完全にスケジュールが狂っちゃいましたよ。しかもあともうちょっとしか時間ないのに」

 

淡々と告げるイキハの姿に、集団は嘲笑う。

 

「ふざけてるのかお前。どうやらヴァルキューレは数の違いがわからねえようだな!やっちまえ!!」

 

一斉射撃。狭い路地に炸裂音とフラッシュが狂乱の如く走った。

 

「先生は後ろに、なんかあったら言ってください」

 

イキハが動いた。

先生を角の向こうに押しのけると、驚くべきことに彼女は弾幕の壁から逃げることも物陰に隠れることもしなかった。

 

“…?!“

 

まるで何気ない散歩の途中で障害物を避けるように、銃を下げたまま前方へと足を踏み出したのだ。

 

弾が右頬を掠める寸前に彼女の身体はふらりと前へ傾く。飛んできた凶弾は全て見えない隙間を縫うように彼女の身体をすり抜けていく。

何一つ慌てない。ただその極小の動きで鉛玉の豪雨を完全に無効化し相手の中央へ向かって歩き続けていた。

 

「なんだこいつ!弾が当たんねえ!」

「しっかり狙え!囲んで撃て!!」

 

焦燥の声が響き、左右に集団が広がってゆく。

だがイキハは歩みを止めず静かに銃口を上に上げた。

 

パン、パンッ。

 

単発射撃の音が空気を割った。

 

「ぐあっ!」

 

銃弾は見事に一人の手首の隙間にあるアーマーのつなぎ目を直撃し武器を取り落とさせた。

続けて放たれた二発目がオートマタの赤外線センサーど真ん中を打ち砕き機能不全に陥らせる。

 

「っ!」

『せ、先生…すごいです。イキハさん、この状況で一切のバイタルサインの変化が見られません…』

“…相当慣れてるね“

 

彼女には無駄な動きが全くなかった。

銃を構え、撃ち、下ろし、また避けては次の標的へ向かう。

その連鎖は芸術的なまでに効率化されている。

 

「ほら右ですよ。ちゃんと当ててみてくれませんか?」

 

彼女が表情一つ変えずにそう言い残すと、相手の一人が鉄パイプを構えて肉薄してくる。

 

「なら接近してぶん殴る!その細腕じゃ無理だろうよ!」

「遅いですよ」

 

カァン!!

 

振りかざされた鉄パイプが振り下ろされる瞬間、イキハは相手の懐に飛び込み、必中のロジックの銃床でパイプを殴り弾き飛ばした。

 

「なっ?!」

“あれは──弾き(パリィ)?!“

 

体勢を崩され怯んだ相手を今のイキハが見逃すはずもなく、彼女は至近距離から腹部へ銃口を突き立ててトリガーを引く。

拳銃とはいえ、無防備な状態に撃ち込まれた衝撃により相手の体はほんの少し揺らめき、静かに沈んだ。

 

「一発も当たってない。弾の無駄遣いはお小遣いに響きませんか?それとも気にしないくらいの資金源(お小遣い)があるんですか?」

 

淡々としながらも、声のテンションだけは先程までの明るさを保っていた。

 

「ギャア!」

「ほら」

「イヒィ?!」

 

だがやっている行動は情け容赦ない徹底的な排除だ。

倒れた敵の脚の関節を容赦無く捻り上げ、起き上がろうとする者には弾丸を的確に顔面へ撃ち込む。

 

「よいしょ」

「グワーッ!」

 

敵を排除するというよりも散らばった部屋のゴミを淡々と拾い集めて捨てているだけ。

 

“…イキハ“

 

そこに彼女からの感情は微塵も感じない。だからこそ純粋な殺意を上回るおぞましさを放っていた。

 

「ひぇ…」

「やべぇよ…やべぇよ…」

 

敵は次々に戦意を喪失していく、自分たちの武器が一切当たらず、自分たちだけが一方的に削られていく現実に。

 

「くそ…なんなんだお前…!」

 

最後に残されたリーダーが恐怖に顔を引き攣らせ路地の奥へと後ずさった。

彼は構えたショットガンをやけくそになって撃とうとする。

 

「ダメでしょ」

 

だがその瞬間、イキハは近くに落ちていた金属のポールを足で弾き上げ、流れるような動きで空中で回転するそれに回し蹴りをぶち込んだ。

 

カァン!!!

 

ドスッ!!

 

凄まじい音を立てて飛んだ金属の棒が彼の真横の壁にクリティカルヒットする。

周囲を損なうことなく綺麗に突き刺さったそれは、彼女の狙いの正確さと蹴りの恐ろしい威力を証明していた。

 

「ひぇ…ひぇぇぇぇ…!!」

 

相手は表情をひらがなの『へ』のような形に歪ませ、ショットガンの引き金を引くことなく意識を断ち切り、壁に寄りかかるようにして倒れた。

 

“だ…大丈夫?“

 

一分。

 

戦闘の始まりから静寂が訪れるまでの時間はたった一分間しか過ぎていなかった。

硝煙の立ち込める空間には大量の銃火器の破片と沈黙する不良やゴロツキの山だけが築き上げられている。

 

“…イキハさん?“

 

その死屍累々の中央で立ち尽くしていたイキハは、「ふぅ」と一つ息を吐いて必中のロジック達をくるりと回しホルスターへと仕舞った。

 

「やったー!これ全部引渡したら特別手当出ると思いません?給料前の臨時ボーナス!何買おっかなー!」

“…“

 

満面の笑みで振り返った彼女の表情は、駅前で合流した時のお気楽な少女のものにすっかり戻っていた。

 

「コノカちゃん!二件目取ったからよろしくね!場所は───だからトラップタワーじゃないって!」

 

ワクワクした顔で公安局の生徒に連絡をとるイキハ。

 

“…“

 

先生は彼女の瞳に垣間見た、僅かな虚無を思い出した。

無数の修羅場を日常として過ごし、生存と無力化を完璧に実行する練度と精神。

 

“(なるほど。噂の正体はこれか)“

 

イキハも歩けば事件に当たる───

 

彼女こそがヴァルキューレの無自覚に戦場へ飛び込み、その場を最適化する戦略兵器。

相手側からしたらどんなに影に潜んでいても、たまたま偶然突然飛び込んできて場を荒らしてくる最悪のマッチポンプだ。

 

「あっ?!ヤバい!!」

“なに?!“

 

不意にイキハが血相を変えて先生の元へ走り寄ってきた。

敵の残党でも見つけたのかと先生が身構えると、彼女は手首の腕時計を見て絶叫したのだ。

 

「大変です先生!この人たち相手に一分ロスしちゃったんで早く行かないとクレープの整理券がなくなっちゃいます!ほらほら早く急ぎましょう!」

“…そうだね“

 

強盗と遭遇した時よりも高いテンションで焦りを見せる彼女に、先生は肩の力が完全に抜け落ちるのを感じた。

 

この異常と日常がごちゃ混ぜになった生活が彼女の当たり前なのだろう。

このトラブルメーカーの隣で、自分はこれから限定のスイーツを無事に口に出来るのかという不安に先生は声を出して笑うしかなかった。

 

“はは、助けてもらったし今日は奢るよ“

「えっ本当ですか!さすが先生!もう一生ついて行きますよ〜!」

“そら急ごう!「はーい!」…足速っ?!“

 

硝煙を背に、元気な声を上げて追い抜いてゆくポニーテール。

休日の穏やかな大通りに出ると、日常の雑踏が何事もなかったかのように二人を迎え入れた。

 

的場イキハの辞書に『恐怖』はない。

今日も明日も彼女の不幸な運命の隣にはあらゆるものを巻き込む鮮やかすぎるドタバタが並走し続けるのである。

 

 

 

 

「いやー美味しかったですねー!」

“気に入っちゃった、また行こうね“

「もちろん!」

 

その後、なんとか整理券の終了直前で滑り込み、スイーツにたどり着く事に成功した。

 

退店後は食べ歩きとお土産巡りというあまりにも平和でのんびりした午後を過ごし、二人は大通りの公園で休憩していた。

 

「今日はありがとうございました先生!」

“楽しかったよ、そりゃもうスリル満点で“

「それ褒めてます?!」

 

「っは〜!」

 

【挿絵表示】

 

 

石造りの階段に腰掛け、周囲に紙袋を並べたイキハ。

追加で買ったクレープ片手に、彼女は満面の笑みを浮かべていた。

 

「天気も良くて!暖かくて!楽しくて!こんないい日があるもんなんですね!先生のおかげでしょうか!」

“そんな……“

 

反射的に否定しようとした先生だが、今朝イキハに言われた言葉が脳裏に過ぎる。

 

『もっと自信もっていいですよ!』

 

出かけた言葉を引っ込め、先生はイキハに向き合って口を開いた。

 

“次もいい日にしようね!“

 

しかし…イキハの反応は先生の予想とは違い、若干引きつった表情をしていた。

 

「……クロエさんの言う通りだ、そうやって生徒を口説くんですね」

“あれぇ?!“

 

今日もいい天気だった。

 

*1
「非番って言ったよね?!」「トラップタワーに非番もクソもないっしょ」「…明日確か監査だったよね、手伝いに行くよ!」「それだけはやめろ!!!」





的場イキハ:ヴァルキューレ志望理由
「理不尽な無罪を無くすため」



次回『デッドラン・ハイウェイ 前編』

評価、感想よろしくお願いします。

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  • ミラ(鑑識課)
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  • まだ見ぬオリキャラ
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