烏丸クロエの切断論理   作:四条の利

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新キャラクター
交通安全局の局長、志戸レイン登場。

今更ながらオリキャラ多めの作品です。既存生徒ともっと絡ませたいねんな…
コノカ実装おめでとうございます、アレどういう面子????


デッドラン・ハイウェイ 前編

 

 

晴れたD.U.の空の下。

 

遠くでサイレンの音が聞こえる。

しかしそれも、並ぶ車両が発するクラクション音で掻き消されていた。

 

「…あーダメだこりゃ、迂回だな」

 

飾り気のない運転席で、ドライバーは苛立った様子でハンドルの縁を撫でていた。

 

『何事でしょうか?』

「さぁな、大方いつものドンパチじゃねぇか?」

 

荷台の窓から聞こえてくる声を背に、ドライバーの男は諦めた顔で缶コーヒーを開けた。

 

「悪いな嬢ちゃん、トリニティ着は夜になりそうだ」

『構いませんわ。巡礼の旅は時間に縛られるものではありません』

 

『それに、こうした道すがらのトラブルもまた、私の大切な記憶になりますので』

「そ、そうかい…?」

 

その日、D.U.の大動脈であるハイウェイは完全に麻痺していた。

片側五車線を誇る巨大な高架道路には一切の一般車両がなく、けたたましいサイレンの音とランプの光だけがアスファルトに反射している。

普段であればひっきりなしに車が行き交うその場所は、奇妙な静けさと極度の緊張感に包まれていた。

 

「先生、ここからが封鎖エリアになります」

“仰々しいね“

 

その横を通り抜ける公安局車両。そのハンドルを握っていたサザナが短く告げた。

 

「ふぁ…到着っスか?」

「もぐ…もう少し遠くじゃなかったですか?」

 

三人がけの後部座席では、窓際のモナカが面倒くさそうに大きなあくびを噛み殺し、その隣の中央ではイキハがカロリーバーを噛み砕いていた。

 

「よりによって一番交通量の多い場所ですねぇ…犯人は相当目立ちたがり屋なんでしょうか」

 

クロエが窓越しに視線を巡らせる。

彼女の膝の上には工具箱が乗せられ、その上で愛用のハサミの感触を確かめていた。

 

「ここだな」

 

車両は封鎖線を示す何台ものパトカーの列の手前でブレーキをかけて停止した。

すでに非常線が引かれ、防弾チョッキを着込み盾を構えた警備局の生徒たちが緊張した面持ちで境界線を守っている。

 

「刑事局だ、失礼するよ」

 

車から降りた先生たちを出迎えたのは、ヴァルキューレのジャケットを羽織り額にゴーグルを乗せた、青みがかった白髪の生徒だった。

 

「うむ!現着を確認したであります!待ちわびていたでありますよ!刑事局長殿!それにシャーレの先生殿!あと諸々!」「諸々?!」

“久しぶりだね、レイン“

「クロエさん!私達のこと『諸々』って言いましたよあの人?!」「…」

 

カッ!とゴツいブーツのカカトを鳴らし、その生徒は一向に向けて俊敏な動きで敬礼する。

 

「ご協力感謝であります!」

「話聞いてないっスよこいつ」

「…この方は?」

「ん?あぁ、お前達は初めて会うのか」

 

微かなガソリンとオイルの匂いを纏った彼女の肩に腕を乗せたサザナは、その顔を親指で指さした。

 

「彼女は志戸(しど)レイン。連邦生徒会交通室直属、ハイウェイパトロールD.U.本部本部長にして、交通安全局の局長だ。私の同期でもある」「肩書き長…」

 

 

【挿絵表示】

 

 

「なんと!サザナの部下でありましたか!よろしくであります!」

「えぇ、諸々その1ですよぉ。よろしくお願いしますねぇ」

「諸々その2とその3*1っす」

 

諸々呼ばわりされた事が癪に障っていたのか、嫌味込みでクロエとモナカが食ってかかる。

 

「う……わ、悪かったであります。つい指導している部下達と同じように接してしまったであります…」

「どんな指導してるんですか」「こら食ってかかるな」

 

それを受けたレインは渋い顔をして、頭を掻いていた。

 

「まぁまぁ、今はそれよりも状況確認だ。レイン、かなり広範囲をストップさせているようだが?」

「現場はここから5km先、大型のバンが三車線を跨ぐ形で放置されているであります」

 

レインの懐から取り出された、折りたたみの地図を一同は覗き込む。

PAなどで配布している地図のようで、真新しい紙には几帳面な書き込みと共にいくつかの円が描かれていた。

 

「ドライバーの姿はなく、車両の中から異常な作動音と爆弾の存在が確認されたため我々が初期対応を行い規制をかけた次第であります」

「被害規模の予測は」

「最低でもハイウェイの高架部分が数十メートル吹き飛ぶであります。最悪の場合、崩落もありうるかと」

「橋が落ちるのか。それはまずいな」

 

「被害は橋だけではないであります。ここの高架には市民の生活を支える大型送電網と都市ガスラインのメインパイプが通っており…ここで起爆、崩落した場合、下層の二次被害を含めて被害算定は不可能なレベルに達するであります」

“本当に危機だ…“

 

レインの声に怯えはないが、事実を述べるトーンは極めて重かった。

 

「ただのイタズラじゃない。都市機能を完全に麻痺させるインフラテロってわけですねぇ」

 

クロエが一歩前に出る。その顔にいつものふざけたような笑みはない。

標的の性質を見定める技術者の顔つきになっていた。

 

「対象の車両に案内をお願いします」

 

クロエの言葉にレインが即座に反応した。

 

「では輸送車に乗るであります!すぐに向かうであります!………えっと」

「諸々その1ですよ」

「わ、悪かったであります!!自己紹介は車内でするでありますよ!」

「お前なぁ…立場的には交通室の次官相当だぞ。あんま食ってかかるとここらの流通を止められかねん」

「私情ではそんな事しないでありますよ!」

「私情じゃなきゃできるんだ…」

 

クロエとモナカ、イキハ、サザナ、先生、そしてレインは速やかに車両に乗り込み、無人のハイウェイを急行した。

 

風を切る音が車内を満たしている間、レインがハンドルを握ったまま懐かしげに語り出す。*2

 

「それにしても、あのサザナが部下を持つとは…」

「どういう意味だそれは」

「あの『泣き虫サザナ』が立派になったなぁと思っただけでありますよ」

 

ミラー越しに、レインはニヤリと悪い笑みを浮かべていた。

 

「ブフォ?!」

「うわきったな!」

 

呑気に缶のお茶を啜っていたサザナが勢いよく中身を噴き出す。

 

“泣き虫…?“

「サザナ…?」

「ゲ…ゴホッ…!おま…お前!」

 

口元をびちゃびちゃにしたサザナに睨まれながらも、レインはハンドルを華麗に操っていた。

 

「気になりますねぇ、どうしてそんな異名が?」

「喋ったら殺すぞレイン…!」

「ハハハ!さぁ?何だったかでありますなぁ」

 

目的の場所へは何事もなく、すぐに到着した。

橋の中央部分。巨大なケーブルに吊られたその場所には真っ黒な商用バンが不自然な角度で停止していた。

ナンバープレートは偽造のものであり、特徴といった特徴が何一つ見当たらないのっぺりとした外装が不気味さを引き立てている。

 

「さてさて…では見せてもらいましょうかねぇ」

 

クロエが一切の無駄な動作を省いた気持ち悪い動きで、車両の後部ドアへ向かう。

 

「私が合図するまで近寄らないでください…イキハは念のため車両の裏まで」

「分かってますってば、私が近くにいると突風でも吹いてドアが閉まるかもしれませんからね」

 

自らの体質を深く理解しているイキハは大きく後退して遮蔽物に隠れた。

 

「さて見せてもらいますよぉ」

 

両手をすり合わせたクロエは、ドアの隙間に小型の内視鏡カメラを滑り込ませる。

 

「胃カメラみたいっすね」

「うぇっ…その単語やめてくれないか…」

「おじさん?」

 

タブレットの画面に暗い荷台の内部が映し出される。

その光景を見たクロエの表情からは、一切の余裕が消え去り冷え切った殺気が眼差しに宿った。

 

「これは……随分と悪趣味なおもちゃを詰め込みましたね」

 

後部座席のほぼ全てを覆い尽くすほどに積み込まれた大量のコンポジション爆薬のブロック。

それらを複雑に結びつけるおびただしい数の結線が、脈を打つ血管のように車内に張り巡らされていた。

その中央では、タイマーの液晶ディスプレイが不気味な赤い光を放っている。

 

『00:40:01』

 

残り約40分。しかし問題はタイマーだけではない。

 

「ただの時限装置じゃないですね。重量センサーと…何らかの電流計…無理やり車両から引き離そうとしても、私がどこかの配線を切っても反応するように細工してあります」

「またそのパターンか…」

 

引き締まっていたサザナの表情がみるみるうちにうんざりとしたものに変わってゆく。

 

“その場で解体することはできない?“

 

先生の言葉に対し、クロエはしばらく画面を睨みつけ、手元のハサミで画面を軽く叩いた。

 

「不可能ではないです。ですが最低でもあと六時間は欲しいですね。この配線を1本ずつダミー電源でごまかして切断していくのは流石の私でも時間がかかります」

 

彼女はさらに目を凝らし、回路の中枢部分に見える不自然なバイパス配線の構造に注目した。

 

(これは…)

 

綺麗に整った配線の中で特定の箇所にだけ意図的に不純物が混ざっているかのような泥臭い組み方。

爆破という芸術を冒涜し単なる破壊兵器として作られた構造。

 

少し前のミラの声が脳裏に蘇る。

 

『今回でデータを取られましたね、次はもっと測りしれない規模で来ますよ』

「……なるほど。そういうことですか」

 

彼女の喉の奥からくつくつと小さな笑い声が漏れた。

 

この設計には覚えがある。

彼女自身が過去にこの手で瓦礫の下に沈めた組織、あの下劣な配線を組み上げる悪党どもの手口にそっくりだった。

 

(私に対する宣戦布告、か)

 

クロエはカメラを引き出すと、後ろに控えていた全員に告げた。

 

「この状態のものを40分で完全にバラすのは私でもリスキーすぎますね」

「であればどうするでありますか?」

「もう諦めて今から別の供給ライン敷設するか?」

「そんな事したらバッシングどころじゃ済みませんよ。解除の時間は限られている中で…BCRは間に合わない…うぅん…」

 

 

 

「なら!」

 

 

 

その場のほとんどが首を傾げる中、声を上げたのは遠くにいたイキハだった。

 

「そのバンどっかに捨てちゃえばいいんじゃないですか!!」

「「「「は?」」」」

 

イキハはバンを指さし、次に高架の向こうの海を指さす。

その場の空気が凍りついた。サザナの細い目がすっと開きイキを真っ直ぐに捉える。

 

「捨てるだと?」

「え?はい!ここの近くなら廃棄された区画がたくさんあります!一番近い30kmの第二戦跡なら広いですしほぼ更地ですから損害はゼロですよ!」

「…」

 

イキハの言葉に、その場の全員の口が開いたまま閉まらなかった。

 

「イキハ、どうしてそんなに詳しいのですか?」

「よく散歩で通るルートですからね!D.U.の地図なら見なくても答えられますよ!」

“おお“

 

的場イキハ。趣味は食べ歩きに旅行。

そして己の不幸がゆえ、知りえぬ道へ出ること幾多。

そうして巡り巡って培われた知識は、D.U.の地上部分ほぼ全域を把握するに至る───

 

「30kmを40分のタイマーの中で運ぶのか、時速出せば余裕じゃないか?」

「いえ、現実はそう甘くはありませんよぉ」

 

「制約はタイマーだけじゃありません。これは『振動検知付き』です」

「面倒くさいな!!」

 

クロエがタブレットをサザナと先生に向けた。

そこには後部座席の中央、タイマーのディスプレイの下に大きな円柱状の入れ物が見えた。

 

「さっき説明した機械の他に、水平感知器が下部までぶち抜いて繋げられています。これ、動かすこと自体は可能なようにギリギリの調整がされていますが、急加速急ブレーキや激しい揺れが生じた瞬間にスイッチが入ります」

“わざわざそんな調整を?“

「運ぶ時用でしょうねぇ、無駄に凝ったせいで融通が利かなくなってしまったのでしょう。きっとカメラを見ればノロノロ運転のマヌケが見れますよぉ」

 

煽りモードに入ったのか、ケラケラと笑って犯人像を貶しまくるクロエ。

その様子に唖然としているレイン以外は、いつもの事としてスルーし話の続きに入っていた。

 

「…爆発のスイッチを誤魔化しながら走らせ、時間内に廃棄場まで運ぶというわけか。正気の沙汰ではないな」

「正気の沙汰の爆弾なら今ここでハサミを入れてはい終わり。ですよぉ」

 

クロエの挑発的な口調にモナカが重い頭を掻いた。

 

「いやクロエ先輩。言うのは簡単っスけどこの不安定な爆弾乗っけたままどうやって30kmも走るんすか」

「そこで私達のアシストとモナカの出番です」

「ん?」

 

クロエがバンの後部の扉を静かに開け放つ。そこには隙間なく爆薬が詰まっていたが僅かに数人なら乗り込める余白が存在した。

 

「私はタイマー付近で回路に『イタズラ』をして一時的に振動に対する感度を緩和させます。ただ完全には抑え切れないので、モナカには一番後ろに乗ってもらいます」

「私っスか?そこで何を?そのまま寝てろってんなら大歓迎スけど」

「真逆です。あなたは最後部でシールドを背負って腕立て伏せをしてください」

「は?」

 

今まで見たことがないくらい目を見開いたモナカ。

彼女はまるで家族の死を告げられたような顔でクロエを見ていた。

 

「あなたの力とシールドの重量を擬似的なサスペンションとして使いストロークを調整します。揺れの振れ幅そのものを物理的に殺すんですよ」

「は?」

「………お前にしかできない事だな、元特殊部隊の力を見せてやれ」

「は?」

 

あまりにも強引な力技にサザナは息を呑むが、即座に最適解であると判断し笑顔でモナカの肩を叩いた。

 

「そして先生は、交通室からハイウェイの監視システムの権限を借り、道路のつなぎ目を彼女に伝えてください」

“え?“

「いくら先生殿と言えど、そう簡単に権限は……」

 

クロエの提案に、レインは眉を顰める。

 

「もちろん考えなしに言っているわけではありません。『先生』と『志戸次官』の二人からの進言なら、向こうも重い腰を上げると判断したんですよぉ」

“とりあえず…モモカに聞いてみよう“

「は、はぁ…」

 

表情はぐにゃっとしたまま、レインはスマホを取りだした。

 

『室長殿、火急の要件であります』

『何?』

『かくかくしかじかで…権限貸与の許可を』

『いいよ』

『え』

 

「…許可が降りたであります」

“軽くない?“

 

こうして先生(厳密にはシッテムの箱)にはハイウェイの監視システムへのアクセス権が与えられ、サポート体制は万全なものとなった。

 

「いやいや何いい感じに話進めてるんスか」

「なにか不満なのか」

「純粋に嫌っス」

「文句言うな、緊急事態だぞ」

「イヤっス!!」

“モ、モナカ…頑張ろう?“

「ヤッス!!イヤーッ!!!!」

 

プライドを捨て駄々を捏ね始めるモナカ。

その隣で、イキハはクロエに近づいた。

 

「クロエさん、私はバンを先導します」

「その心は」

「私が行く先に何かあるのは日常茶飯事ですから、それなら私が前を走って『地雷原』を先に消化していけば後続のルートは結果的に綺麗になると思うんですよ」

「なるほど、文字通りの露払いというわけですか」

 

これで体制は固まった。*3

 

「さて、我々でセンサーを誤魔化すとして、それはあくまで許容値を緩和するだけ」

“それを維持して走ったとして、30kmを40…もう35分しかないね、間に合うと思う?“

「難しいでしょうね、まず速度は出せませんから」

 

残る最大の難題。

水を入れたコップのようなこのバンを、制限時間内で長距離を速度を出して安全に走り抜けるドライバーを誰が担当するかである。

通常の運転技術では最初のカーブで即座に車体が火球に変わるのは明白だった。

 

「なら適当な奴がいる」

 

バン!

 

詰まりかけていた空気は、サザナの言葉と輸送車のドアを叩く音で引き締められた。

 

「えぇ、本官にお任せ下さい」

 

音の主は志戸レイン。彼女は力強く進み出た。

彼女の目は静かに、しかし熱ダレを起こしそうなほどの熱を帯びて目の前の黒いバンを見据えていた。

 

「確かに我々よりかは、ハイウェイパトロールのベテランの方が安全でしょうねぇ。しかしあなた、実力は?」

「おい」

 

クロエの疑問に対し、レインは愚問と言わんばかりに手元のドライビンググローブをはめ直す形で応える。

彼女はぎゅっと、手袋のグリップの感覚を確かめるように強く手を握りしめた。

 

「不肖この志戸レイン、運転の腕であれば常に追い越し車線を譲られ続ける自信があるであります」

 

真っ直ぐに宣言した彼女の姿には微塵も嘘の匂いがなかった。

サザナが鋭く問う。

 

「レイン…お前の腕を疑ってはいないが、何かあれば責任はハイウェイパトロールにまで付きまとうぞ。いいのか?」

「ハハハ!何を言っているでありますか刑事局長殿!」

 

レインは高笑いを上げ、愛用するゴーグルを額から目元へ素早く引き下ろした。

そのゴーグル越しに見える視線は果てしなく続くアスファルトの地平を見据えていた。

 

「ここはハイウェイ、我らが愛する道であり、人々の生活と未来を繋ぐライフラインであります」

 

彼女の言葉を肯定するように、一陣の風が吹き抜ける。

 

「それを守る為の責任程度被れないで、何が本部長でありますでしょうか!」

 

クロエがニヤリと笑い、それをみたサザナも口元を綻ばせた。

 

「頼もしい飼い主が見つかりましたね、それなら私達の命は預けますよ。本部長」

「必ずや安全運転でお届けするであります!シャーレの先生殿、クロエ殿!モナカ殿!」

“頼りにしてるね、レイン“

 

先生は短く状況を確認し頷いた。

 

その後、全員が指定された配置へと素早く移動を開始する。

サザナとイキハは公安のパトカーへ乗り込み先行、封鎖範囲の移動、障害物の除去などの露払い役を担う。

 

「クロエ、そいつの振動感知範囲わかるか?」

「えぇ、大体───」

 

そうと決まれば動きは早い。

 

クロエは工具箱を持ち、モナカと先生と共に危険すぎる爆薬の詰まった荷台へ身を滑り込ませた。

モナカはその圧倒的な質量のタワーシールドと共に、バンの床へそろりそろりと座り込む。

 

「くそ…終わったら有給3年とってやるっス…」

「成功すれば本官からも進言してやるでありますよ」

「あ、いや、3年はいいっス」

 

運転席には志戸レインが座った。

 

「ヨシ、ヨシ」

 

彼女は慣れた手つきでミラーを直し、一箇所一箇所丁寧に指差し確認をする。

 

「それではいくでありますよ!シートベルトは着けたでありますか?!」

“無いよ?!“

「お構いなく」

「腕立て伏せさせようって相手に何言うんスか」

「口が減らない元気はあるようで何よりであります!舌を噛まないよう気を付けるでありますよ!!」

 

彼女はキーを回しエンジンの振動を体全体で感知する。

 

「………フー…………………」

 

僅か数秒の短い呼吸。

その最中、レインは車高の沈み込みの角度、タイヤの空気圧、各ペダルの『遊び』そのすべてを数秒のうちにインプットした。

今の彼女は、バンと一体になっている。

 

「…少しブレーキの反応が鈍いでありますね。それに後方のサスは想像以上に沈み切っている。ですが限界値の見極めは終わったであります」

“それって“

「結構激しくやらないと駄目そうですねぇ」

「クソォ…!」

 

涙を流し床に頭を擦り付けるモナカ。

そんな事気にもとめない様子でレインはハンドルと向き合っていた。

 

「残り時間は32分。距離は31km、時速70km辺りをキープ出来れば問題なく時間内に着くとは思いますが…」

「カーブで極端に速度が下がる事を踏まえると、直線は出来れば100km出したいところでありますな」

「その状態で下手に操作したら私たちはドカンですので、そこの所はしっかりとよろしくお願いしますねぇ」

 

荷台の暗がりからクロエの低い声が届く。

レインはフッと笑い、静かにギアをトップに入れる準備をする。

 

「任せるであります。では第一のストレート、発進の振動を最小限に抑えつつ!滑らかに!スピードを上げるでありますよ!」

 

グルルルン…

 

けたたましいスキール音を出さないよう慎重に、しかし力強くアクセルが踏み込まれた。

商用バンが幽霊のような静けさでぬるりと前進を始め、ゆっくりとその鉄の塊が予測限界を超える速度域へと上がっていく。

 

「え?動いたんスか?」

“全然気付かなかった…“

 

道路の継ぎ目を感じさせない滑らかなドライビングに関心しつつも、クロエは息を詰め手元のケーブル基板にテスターの針を当て始めた。

 

“もう一つ設置するの?“

「一応解体も目指してみるつもりですよぉ」

 

確かに解除は時間こそかかる。だがそれは挑戦しない理由にはならないのだ。

 

“さぁモナカ、覚悟を決めるときだ“

「…やるっスよ、やればいいんスよね!」

 

車が直線を疾走する中、タイマーは刻一刻と死への残り時間をカウントし続けている。

その隣のモナカは自身のシールドを背負い、片手一本で体を支えた。

 

「いくっスよ」

「モナカ、訓練ではないので両手で構いませんよ」

「え?」

 

「……………なんだ、なら簡単っすね」

 

車内はエンジン音とわずかな風切り音しか聞こえないほどの異様な沈黙に満ちていた。

 

「先生、システムへの接続は」

“問題ないよ“

 

先生は膝に乗せたシッテムの箱を覗き込み、アロナに声をかける。

 

(頼んだよ、アロナ)

(はい!)

 

 

 

「さて…どうなるでありますかね」

 

レインの視界には前方を護衛しながら道を切り拓くサザナとイキハのパトカーの赤色灯が光っている。

後部座席では、先生の掛け声に合わせてモナカが腕立て伏せを繰り返していた。

 

“モナカ、ワンセット!“

「ふんっ!ふん!」

「モナカ、SRTの時よりワンセットのタイムが0.54秒遅れています。今度公安のコノカさんの訓練に参加したらどうですか?」

「本官も体づくりの訓練は用意しているでありますよ!」

 

そして煽る上級生のふたり。

 

「この状態でキープすんのはやっぱキツいんスよ!この(特殊部隊スラング)共──!!」

 

全て計算通りに廃棄ポイントまで安全な輸送ができるかに思われた。

 

だがその均衡は長くは続かなかった。

 

『クロエさん!』

 

突然イキハの声が無線から飛び込んできた。

 

『後ろから真っ黒な装甲車が何台も迫ってきてます!やばい!』

 

クロエはバンの後部ガラス越しに目を凝らす。

 

遥か後方。

丈夫な防弾タイヤがアスファルトを削りながら、真っ黒に塗られた四輪駆動の装甲車が数台編隊を組んで接近してくるのが見えた。

 

「あぁ…?!あの区画は先日整備したばかりだと言うのに…!!また余計な費用がかかるであります!!!!」

 

わなわなと肩と声を震わせ怒りを露わにするレイン

 

「運転に集中してくださいねぇ」

『うむ…武装が本格的すぎる、ただの雇われでは無さそうだな』

 

車両の上部には明らかに民間仕様ではない機関銃の銃座が設置されており、窓から身を乗り出しているスケバンたちの顔には見覚えのない仮面が装着されていた。

 

“規制線のところの皆は無事?!“

『安心してくれ先生、上手く通り抜けられただけで被害は無い』

「…そうですか」

 

クロエの表情がかつてのSRT時代を思わせる氷のように冷たい殺気を帯びた。

自分の仕事が途中で止められるのを一番嫌う『奴ら』のやり口だ。

こうして運び出されることが想定外であったか、はたまた追いかけ回した果てに失敗させるつもりなのか、どのみち証拠を対象ごと確実に物理的抹殺を図るために投入した事には間違いはないだろう。

 

「本部長、絶対に被弾しないでください。一発でも弾が直撃して車の重心がブレたら一貫の終わりですよ」

「心配ご無用であります!」

 

レインの応答には緊張以上の熱気のようなものが孕んでいた。彼女はバックミラーを一瞥すると迷うことなくギアをシフトアップさせた。

 

「本官が運転する以上!危ない箇所には当たらせないであります!」

「…何か違う気が」

『来るぞ!』

 

装甲車の銃口から乾いた銃声が響く。

 

ガァン!

 

弾丸がアスファルトを抉り、火花が舞い散った。

 

「サザナ局長。このままではモナカのお尻が撃たれてしまいます」

「運動させられてその上盾にもされるなら局長のデスクでストライキしてやるっス」

 

モナカが背負った盾を斜めにずらしながら半ばキレ気味に言葉を発した。

無線越しにサザナの声が飛ぶ。

 

どうやらさっそくイキハの『不運』に遭遇しているらしく、ガタンガタンと激しい音が無線越しに聞こえてくる。

 

『無茶を言うな!こちらもやることが山積みなんだよ!レイン!上手くやれ!』

『ぶっ殺すでありますよ泣き虫サザナ!!』

 

前方と後方の板挟みになった異常なデスレース。

 

「…」

 

爆弾に囲まれる中で、クロエは揺れ狂いそうになるケーブルに食らいつく。

ハサミをいつでも振るえるように握り込みながら目前の危険という狂気を楽しむかのように彼女は唇を舐めた。

 

“緊張してる?“

「いえ、むしろ最高じゃないですか。ただのドライブでは眠気を催すところでしたよ」

 

銃弾と殺意が交錯するハイウェイを直行するこの車が辿り着く先が破壊の終わりとなるのか、それとも全ての終わりとなるのか。

止まれない恐怖を乗せたアクセルがさらに深く底へ向かって踏み込まれた。

 

*1
「私がその2だよね?モナカちゃん」「その3っす」

*2
自己紹介はちゃんとした。『だから悪かったであります!本官もこういうのは治したいのでありますよ〜!!』

*3
「私の意見を聞けっス〜!!!」「うるさい黙ってろ!オフィスのソファー撤去するぞ!」「クソ上司〜!!!!」





キャラクター紹介
■『志戸(しど)レイン』

ヴァルキューレ警察学校交通安全局の局長であり、連邦生徒会交通室の副官であり、連邦生徒会交通室直属ハイウェイパトロールD.U.本部の本部長も務める三年生。肩書きが長すぎることが悩み。
極度の現場主義者であり、あらゆる仕事をオフィスではなく車両の中で行う変人。

操縦桿(ハンドル)を握るだけで乗り物のコンディションや状態を直感的に把握できる、極めて特殊な「乗り物」に対する共感覚の持ち主。どんな乗り物でもマニュアルなしの直感で操縦できる。


評価感想、よろしくお願いしますであります!

どの話が見たい?

  • クロエ
  • サザナ
  • イキハ
  • モナカ
  • ミラ(鑑識課)
  • レイン(交通安全局長)
  • まだ見ぬオリキャラ
  • 既存生徒との関わり
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