ランチ好きすぎ刑事局
時刻は12:00
刑事局オフィス───
キヴォトスの正午を告げるチャイムが鳴ると同時に、殺伐としたオフィスは一時的に「食堂」へと姿を変える。
「やったーお昼ゥ〜…あ、デリバリー来た」
開かれたオフィスの窓から飛び込んできた配達用ドローンが、ダンボール一1箱をモナカのデスクに置いていった。
ソファで寝ていた彼女はのっそり起き上がると、裸足のままデスクに歩いてゆく。
その表情は明るかった。
「今日はお得な『バーガーパーティーランチセット』、『本気盛り鶏南蛮タルタルペペロンチーノ』、あとデザートに『トリニティ風紅茶ロールケーキ』!最高っす…!」
デスクの上に積まれたとんでもないカロリーの山。
資料棚にファイルを戻していたサザナは盛大に顔を歪ませながら突っ込んだ。
「相変らずだなモナカ…お前の胃袋はブラックホールか何かか?」
「盾役はエネルギー使うんすよ。もぐもぐ。あ、もしかして欲しいんすか?これ私のなんでイヤっスよ」
「いらんわ、見ているだけで胸焼けがしてくる…」
彼女はデスク一面にジャンクフードを広げ、無表情のまま、しかし凄まじい速度でカロリーを吸引していく。
(というかジャンルどうなっているんだ…カロリーがあれば何でもいいのかあいつは?)
サザナが局長のデスクに戻ったタイミングで、刑事局の扉が叩かれる。
『ちゃーす!出前デース!』
近所の老舗蕎麦屋から、岡持ちを持った店主が直々に出前に来ていた。
「サザナさんまいど!エビ南蛮そば、ネギ多めね!」
「あぁ、いつもすまないね」
丼を受け取ったサザナは、割り箸を丁寧に割り立ち上る湯気に顔を近づける。
「…はぁ♡」
スーッと香りを吸い込み、甘い吐息を漏らす。まるで怪しい何かを吸っている人のようであった。
「ん〜…やはりこの濃いお出汁の香りを嗅がないと、午後が始まらないな」
「局長、女子高生のランチの絵面じゃないッスよそれ」
「黙れカロリー爆弾。冷房で冷えた体にこの味が染み渡るんだよ…嗚呼、旨い」
彼女の食事は、もはや管理職のおじさんのそれであった。
そしてオフィスの真ん中では、クロエが謎の儀式を行っていた。
彼女の散乱したデスクの上には、ヴァルキューレが委託している弁当屋の『日替わり弁当』の包みが置かれている。
「ふふっ…フフフ…♪」
「キモイぞクロエ」
「うるさいですよ蕎麦女」
サザナの悪態を跳ね除けた彼女は嬉々としてハサミを取り出し、まだ開封していない弁当箱の蓋をツンツンとつつく。
「分かりますかモナカ。この弁当は蓋を開けるまで『唐揚げ』か『ハンバーグ』か、はたまた『焼き魚』か…確定していない事実が重なり合う、言わば不完全なパラドックス・お弁当!」
「へー、冷める前に食えばいいじゃないすか」
話を振られたモナカは適当に返すが、彼女は気にしないと言った様子でハサミを振るう。
「全く野暮ですねぇ!何が入っているか分からない、このブラックボックス感!配線を切る瞬間の『ドカンか解除か』に通じるスリル!」
「そっすね」
「わざわざ貼り出されているメニュー表を見ずに、このランダム性に身を委ねる…これぞランチタイム最高のスパイス!」
「そっすね」
高説垂れたクロエはハサミを構え、至高の開封作業入ろうとする。
「さァ〜て!今日のランチは〜♪お肉か〜?お魚か〜?」
ウキウキのクロエが今にも手をつけようとした瞬間。
バンッ!!
ドアが勢いよく開き、外食帰りの的場イキハが飛び込んできた。
彼女の手には、皆に
「ただいま戻りましたー!いやー、せっかく1時間早抜けしてお昼行ったのに定食屋激混みでしたよ!途中で食い逃げ犯とも遭遇するし!」
「ご苦労。頼んだものは買ってきてくれたか?」
「バッチリです!はいこれ!モナカちゃんも!」
「アザース」
イキハは荷物を置きながら、開封直前のクロエの元へ駆け寄る。
「あ!クロエ先輩そのお弁当、まだ開けてないんですか?」
「えぇ今まさに開けるところですよ、静かにしていてくださいねイキハ、今から運命の開けゴマが始まるのですから…」
「そうでしたか!いやー!でも良かったですね先輩!」
(ん?)(あっ)
イキハは満面の笑みで、邪気のない声で高らかに言った。
いつもの事だと各々の食事を続けていたサザナとモナカが何かを察して固まる。
「さっき搬入トラックの人とすれ違ったんですけど!今日の日替わり、先輩の大好物の『デミグラス目玉焼きハンバーグ』だって言ってましたよ!」
「…」
「あ」
オフィスから、全ての音が消えた。
サザナが蕎麦をすする音も、モナカがポテトを齧る音も。
そして、クロエがハサミを鳴らす音も。
「え?…あれ?」
「……………………」
クロエの手が空中でピタリと止まる。
彼女の視線が、ゆっくりとギギギ…と音を立てそうなほど緩慢な動作で未開封の弁当箱へと落ちる。
もうそこには『何が出るか分からないドキドキ』はない。
ただの『ハンバーグが入ったプラスチック容器』があるだけだ。
神秘は死に、ロマンは爆発散霧した。
(あいつにあれほどメニューの話はするなと)
(うわー…イキハ先輩の背後に死神見えるっス…)
「イキハ…………?」
クロエの声色はいつものおちゃらけたものではなく、地獄の底から響くような低音だった。
「ひっ…?!は、はい!?」
クロエがゆらりと立ち上がる。
その手にはお弁当開封用のハサミではなく、工具箱から取り出した『ボルトクリッパー』が握られている。
しかも彼女の十八番である『断ち切り』のスタイルではなく、相手を『殴打』する為の持ち方をしていた。
「私、言いましたよねぇ?言ってますよねぇ?中身が確定した弁当なんて、解体済みの爆弾と同じくらいツマラナイのだと」
「私の、一日の、唯一の、楽しみだと…!」
「いやもっとあるだろお前」
ジャキッ!!
クロエのヘイローが、警報機のように激しく赤く明滅する。
「よくも私の楽しみを…!!その口ごと『断ち切って』あげましょうかあああぁぁぁぁ!!?」
「ぎゃあああああ!!ごめんなさいいいい!!わざとじゃないんですぅぅぅ!!」
オフィス内での壮絶な追いかけっこが始まった。
イキハは「不運」を発動させ、モナカのポテトをひっくり返しながら逃げ惑う。
「待てぇ!今日はお前を煮込みハンバーグにしてやりますよぉ!!」
「局長ぉぉ!助けてくださいぃぃぃ!!」
「はー、自業自得だ。ホコリが入るから静かにやれ」
「あーあ、私のポテト…あ、クロエさん。ほっといてるならハンバーグ食っていいすか?」
「ぶっ殺すぞCROW4!!!」
こうして今日も刑事局の平和?なランチタイムは、爆弾の代わりに怒号が炸裂して終わるのだった。
「楽しそうなもんだな、ほんとに」
「局長だって蕎麦の出来で機嫌変わるじゃないっすか」
「そんな事ないぞ、私は『仏』だからな」
「その異名気に入ってるんスね…」
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