ハイウェイレース後半です。
推理もクソもねぇ、ここはキヴォトスだ!
※キャラクター紹介に刑事たちの画像を追加しました!
グォォォォン…!
けたたましいエンジン音がハイウェイの空気を切り裂く。
黒い商用バンは風を巻き込みながら直線をひた走っていた。
「ぬぅぅぅぅぅ…!」
「そんな苦しそうな声出さないでくださいよ、不安になりますから」
「貴官はあとでぶっ飛ばすでありますよ…!」
レインは後ろの軽口叩いてくるクロエをぶん殴りたい衝動を抑え、前方を睨みつける。
速度計の針は既に100の値を超えていた。路面の白線が繋がり一つの太い線になって視界に流れ込んでくる。
通常であれば大した揺れではない段差や繋ぎ目も、今のこの速度と荷台の爆弾を考えれば致命的な障害物だった。
「…!」
レインはステアリングの感覚を研ぎ澄ます。路面の凹凸をタイヤが拾うその瞬間を手のひらで読み取る。
ショックアブソーバーの沈み込みを感覚で先回りし、絶妙な塩梅でブレーキとアクセルを調整する。
感覚で車体の水平をミリ単位で維持するための極限のドライビングだった。
「来るでありますよ!」
レインの鋭い声が響く。前方に橋桁のジョイント部分が見えた。
先生は手元のシッテムの箱を見下ろす。アロナが画面上で路面の凹凸を赤くマッピングし到達までのミリ秒をカウントダウンしている。
“モナカ!あとサン!ニ、イチ!落とせ!“
「ぬおォッ!」
荷台の床でモナカが重いタワーシールドを背に乗せたまま両腕をがくんと沈めた。
「ぬぎぃぃぃぃ!!!」
彼女の筋肉が悲鳴を上げ、限界まで引き絞られたバネのようにびんと張る。
がくん!
ジョイントをタイヤが越えた瞬間に生じる突き上げ。その暴力的な振動が車体後部を跳ね上げようとした瞬間、モナカの全体重とシールドの質量が勢いと共に降り、振動を打ち消した。
車体の浮き上がりが強引に抑え込まれ、サスペンションは安定を取り戻す。
「ハァッ…!」
モナカが息を吐く。だが休む暇はない。
“次!30m先!軽い波状だよ!そのまま半身を維持!“
「鬼っスか!!腕ちぎれるッスよ!!」
「ちぎれませんよ」
怒鳴りながらもモナカは両腕の角度を固定し次の衝撃を待つ。
緊張と物理的な重圧が、彼女の関節をミシミシと鳴らしていた。
「…」
その異様な空間の中央で、クロエは爆弾と向き合っていた。
爆弾本体に顔を近づけ無数に絡み合う赤と青の導線の中に視線を沈めている。
「ふ〜む」
車が猛烈に走り抜ける最中であっても彼女の体は車の揺れと完全に同調していた。
頭を微動だにさせず、手先でペンチを弄っている。
(この先は……本体?ではないですねぇ、どこかでダミーを被せているように見えます…)
彼女の目にはもう時間の経過は映っていない。ただひたすらに電流の道筋を追う。
回路は複雑極まりなく、かつての因縁を感じさせる陰湿なダミートラップが幾重にも施されていた。
「…ふふ。よく作り込みましたね。これなら及第点をあげられますよ」
ぱち。
乾いた笑いがクロエの口から漏れる。ハサミが極細の導線一本を摘み上げる。
そして迷うことなくそれを切断する。液晶タイマーが数秒間激しく点滅したが爆発には至らない。
罠を一つ解除した証拠だ。
「しかし残り25分でこれを完全にバラすのはどう考えても無理です。手が2本しか無いことを恨みますねぇ」
「サブアームでも買ったらどうっスか、キモくてお似合いっスよ」
「無駄口を叩かないでくださいモナカ、突っつきますよ」
「クソ!」
クロエは焦りを微塵も見せず次のバイパスを探り当てる。
チカチカとタイマーが点滅し続ける様子を見るに、先生とモナカによる振動キャンセルがなければすでにこのバンは木っ端微塵になっていたのだろう。
『先生!後方から攻撃が来ます!』
“!“
パパパパ…!
後方から乾いた破裂音が幾つも連続して聞こえた。
レインがバックミラーに目をやる。
「来ましたか…!」
つい先程まで遥か後方にいた黒塗りの装甲車両が、三台横並びになって接近してきていた。
上部に備えられた銃座からスケバンが機関銃を連射し、弾丸がバンの車体を掠めて弾ける。
「追っ手であります!しかしなんとタイミングが悪い!この先は緩やかではありますがカーブがあるであります!しかしこれ以上の減速は完全に標的になるであります!」
「丁寧なご説明ありがとうございますねぇ」
“レイン、いける?!“
「当然であります!!」
パァン!!
「うわっ!?」
弾丸がリヤガラスを粉砕し、破片が中に降り注いできた。
クロエはコートを拡げ、先生を破片から守る。
「ありがとうクロエ…」
「怪我の痛みで判断を鈍らされても困りますからねぇ」
カァン!!
キィン!!
何度か弾丸がバンに迫り、モナカの背負うシールドにいくつかの弾丸がめり込む。
重い金属音が車内に響き渡る。
「危ねぇ!!変な方向弾けたら
「そうしたらみんな
“笑っとる場合か────!!“
モナカが吠える。レインが変なことを言う。先生が嘆く。
約一名、テンションがおかしい奴がいた。
「サザナ局長もそうッスけどその謎のノリはなんなんすか!実はカンナ局長もそういうタイプなんスか?!」
「フフフ、秘密でありますよ」
“次来るよ!“
「ぬあああ!喋ってないで何とかしてくださいッスレイン局長!」
この状況下ではモナカがタンクの役割を果たす余裕はない。彼女の姿勢そのものがこの車のサスペンションの命綱なのだ。
「自らの役目は果たすでありますよ!」
レインは頬を伝う汗を拭いながら、サイドミラーと前方を見比べる。
相手の弾道を避けたいところだが、水平センサーの制約がある以上過剰な蛇行は許されない。
「少し傾くでありますよ!!」
「うわぁっ?!」
彼女はカーブにて最小限の舵角で路面の轍を利用して車体を微かに傾けた。
なんとか迫る弾丸から逃れることには成功するも、相手は着々と距離を詰めており、苦しい状況には変わりない。
“距離が離れない…!“
「なんともまぁ良い性能しているでありますなぁ!交通安全局やハイウェイパトロールの備品として欲しいくらいでありますよ!」
“口が減らない…!“
やたらとテンションが高いレインの声がバンの中に響いていた。
追撃する装甲車の距離が詰まってゆく。
「ま、また来た!」
後部のドアパネルに弾丸が突き刺さる。
このままでは作戦を阻害されるどころか、下手すれば爆弾そのものに被弾して爆発しかねない。
「…
…
『───何やら賑やかなようだな』
その時、通信機から潮凪サザナの低く落ち着いた声が届いた。
先行するパトカーで路上の障害物を退かせていたはずの彼女からの落ち着いた様子の無線は、バンの全員に僅かな希望を抱かせた。
「サザナ、現状はとても悪いでありますよ。大きな性能差による優劣は技術でも覆せない。逃げ切れないであります」
『そうだろうな』
サザナの返答には、明らかな含みがあった。
“何かあった?“
『まぁ…そうだな、良い知らせとあまり良くない知らせがある』
「焦らさないでもらえますかぁ?」
焦らすような言い方に、若干の苛立ちを込めてクロエは言い返す。
『あぁ、悪いね。まず良い知らせだ、この先第二戦跡までよルート上障害物はある程度撤去と対策が出来た。イキハの不幸が暴走でもしない限りは安全だ』
「それは何かが起こるって事じゃあないっスか?」
『そこでもうひとつの良くない知らせ…もとい考えている事を伝える』
『私としては
「…まさか」
サザナのトーンに嫌な気配が混ざる。
話を聞きながらも作業を続けていたクロエの手が僅かに止まった。
彼女もまたその意味を瞬時に悟ったからだ。
『私は、イキハを相手側に投げる』
“イキハを?“
先生は問い返す。
『イキハも歩けば事件に当たる』
先日の一件にて、その巻き込まれ体質と彼女の戦う姿は知っていたが、この状況を彼女一人でひっくり返せるものなのだろうか。
“(切りたくない手札…)“
“…イキハにとって危険な賭けなら避けさせてもらうよ“
『はは、あいつはそんなヤワじゃあないさ』
無線から静寂が流れ、サザナの笑い声とノイズ音が聞こえてくる。
『刑事としてはまだまだ未熟だがね、踏んだ場数の数でいえば私やカンナに並び、それに裏打ちされた練度で言えば、そこらの治安維持組織の部隊に並ぶ程だ』
先生はクロエとモナカを見た。モナカは無言で顔をしかめクロエは目を細めている。
“モナカは、どう思う?“
「…まぁ、強いのは間違いないっス」
モナカの呟きには明確な恐れがあった。
クロエも同意するように小さく息を頷く。
「雑に投げられる高い戦力、有利不利を掻き乱すという点で言えば、彼女以上に最適な人物はいないでしょうねぇ」
“…わかった“
先生は前方を走るサザナのパトカーを見据える。
追随してくる敵の猛攻を考えれば、手段を選んでいる余裕はなかった。
通信機に向かい指示を下す。
“イキハ。攻撃許可を出す。好きにやっていいよ“
数秒の間。
『…はーい。了解しました先生』
いつもと変わらぬ少し間の抜けた声。
だが続く音声には一切の熱が存在しなかった。冷水のような静けさだった。
『少し荒らしますよ。巻き込まれないでくださいね』
前方から下がってきたパトカーの助手席ドアが勢いよく開かれた。
「い、イキハ!危ないよ!」
「大丈夫」
走行中の車両から的場イキハが姿を現した。彼女は同僚の制止を振り切り、愛銃『必中のロジック』を咥え車体の屋根に掴まる。
『やる気十分だな』
その顔から一切の感情が消え落ちていた。能面のように冷え切った双眸。彼女は頭にかけていたサングラスを胸元にしまう。
風が彼女のブラウンの髪を激しくなびかせているが、彼女の鋭い視線は真っ直ぐに迫り来る黒い装甲車だけを捉えていた。
『あー、あと一つ言い忘れていた』
『イキハを先生に託したのは、あいつを好きに暴れさせると大抵ろくでもない事になるからだ。始末書を書くにしても先生の指示ということにした方が向こうも受け入れてくれやすい』
“切りたくない手札ってそういうこと…?“
「す、スケープゴート…!やってる事が悪人であります…!」
『私はお前みたいにパトロールの片手間で書類が片付けられるような頭の出来してないんだよ!!』
「いきます」
タンッ。
イキハは躊躇うことなくパトカーの屋根から宙に飛び上がった。
アスファルトに向かって落ちるのではなく、ハイウェイに吹く風に身を任せ、時速3桁kmの世界へ落ちてゆく。
「おおすごい…まるで弾丸ですねぇ」
“あれ大丈夫なの?!“
ガシャァン!!!
空中で彼女は体を丸め、そのまま迫り来る一台目の装甲車のフロントガラスに音を立てて激突した。
「ぎゃぁぁぁぁ?!」
しかし相手は装甲車の防弾ガラス、貫通させない事に特化したそれは彼女の身体を受け止める代わりに、全体を真っ白に染め上げた。
車内からはスケバンたちが悲鳴に近い叫びを上げる。
「痛ァ…!」
激突の衝撃に顔を顰める中、彼女はすでに反撃の軌道の中にいた。
防弾ガラスの本領は硬さではない。衝撃に対し、外層が粉砕される事でエネルギーを吸収分散し、内層が受け止める。
つまりは貫通させない為に柔軟性を持っている。
「落ちろォ!」
銃座のスケバンが眼前のイキハに向かってアサルトライフルを構える。
その引き金が引かれる瞬間、イキハは靴裏をぐっとガラスに押し当て、その柔軟性を利用して上側──銃座がある位置まで新体操のような美しい動きで跳ね上がった。
彼女の羽織っていたスーツが舞い、ばさりと相手の視界を覆う。
「クソ!一体どこに…」
スケバンが弾丸を発射した頃にはその姿は消えていた。
弾丸がボンネットを削る音を聞き、彼女は前方に身を乗り出して位置を探る。
「上だよ」「なっ?!」
イキハはその隙を見逃さない。
スーツを左手に、右手と口元に銃を構える。
パン!
「ぐえっ?!」
的確にスケバンの手を射抜きアサルトライフルを叩き落としてから、落下の勢いを相手の両肩に乗せて装甲車の内部に押し込んだ。
「ぐぁぁぁぁぁ?!?!」
ガガガガッ!!!
「おい何事────」
内部に入り込んだその瞬間、イキハの銃口は運転席に向けられていた。
パン!パン!パン!
同時に滑り込んできた味方と敵に驚いた運転手へ、鮮やかな3点バーストが襲いかかる。
「おっ、早速一台落としましたね」
“お見事“
運転手を失い、制御を失った装甲車はそのまま高架のコンクリート壁に向かって急加速する。
イキハは中にいた他のスケバンを叩きのめすと、屋根から飛び出し高く跳躍した。
「とうっ」
ガシャァァァァン!!!
背後で強烈な破砕音が響き、壁に激突した装甲車が煙と炎を上げる。
火の粉と煙が舞う空間を飛び越えた彼女は、2台目の装甲車のルーフに着地した。
「いやぁ相変わらずの無慈悲っぷり、サザナ局長の後輩だけありますよぉ」
それはもはや狂気の光景だった。
「よくも仲間をやってくれたな!!」
銃座の機関銃を目の前に突きつけられても、イキハは無表情のまま動かなかった。
「…」
それはまるで
“イキハ…!“
先生は確信する。
“(やはり彼女は…)“
「『分かっている』」
「でしょう?」『だろ?』
“!“
サザナとクロエの声が重なった。先生は驚いた顔で目の前のクロエに視線を向ける。
『見ているといい、面白いことが起こるぞ』
2台目のルーフの上。彼女は靴底でルーフを削りながら真横に接近する3台目の銃座と視線を合わせた。
「てめーよそ見してんじゃ───!」
無視されたと思ったスケバンは、機関銃の引き金にかけた指に力を込める。
ガダタン!!
「うわぁ?!」
その瞬間、衝撃とともに装甲車が大きく左右に跳ねる。
原因は道路に落ちていた鋼材。サザナ達が先行した時点では存在しなかった障害物だ。
カァン!!
相手の放った銃弾がイキハのつま先を掠めてルーフを撃ち抜き、ガガガガと甲高い音を上げる。
『──!?』
車内では何かトラブルが起こったらしく、混乱する声が聞こえてくる。
「…ほっ!」
左右に揺れる車両の上で、イキハは姿勢を低くし、冷静に相手に接近する。
「ちょ、ちょっとタンマ…ぐほぉっ!」
無言で相手をぶん殴り車内に押し込むと同時に、車内に銃を突っ込みノールックで引き金を引く。
パン!パン!パァン!
放たれた弾丸が車内で跳弾し、コントロールパネルや電子制御など、大事なシステムだけをピンポイントで粉砕していた。
「あっ?!くそ!どうなって───」
装甲車の速度が急速に落ちエンジンが黒煙を吹き上げる。
イキハは停止しつつある車のボンネットを蹴り、今度はそのまま併走していた3台目の運転席の窓に張り付いた。
「こんにちは」
「ひぇ…?!」
ガラス越しに相手と目が合う。
恐怖に引きつる敵の顔を無関心に見つめ返した彼女は、手にした銃のグリップ部分を振り下ろす。
がんがんと音が響きガラスが白く染まる中、スケバンは恐れを振り切って彼女に言い放った。
「こっちばかり見てていいのかよ!」
「──?!」
その言葉と同時に、イキハは頭上へ迫る気配を感じ取った。
『ホワァ!!!』
フレームから手を離し、ドラミラーに足をかけて身を大きく逸らす。
彼女の頭があった場所を、高速の何かが通り抜けた。
「なに今の…?!」
「フハハハ!こんな事もあろうかと思って用心棒を雇っていたんだ!」
「なんで?!」
足の力のみで体を引き寄せ、ボンネットの上に立ったイキハは、屋根の上に立つ人物に視線を向ける。
「君は───」
『フゥゥゥゥ…』
そこに立っていたのは、赤と銀のチーパオを身に纏い、鳥の仮面を身につけたスケバン(?)らしき生徒。
揺れる車両の上で、器用にハイヒールの片足立ちをキメていた。
「えっ誰?!」
「誰でありますか」
「誰っスか?」
「あ、1個解除できましたよ」
“お、いいね“
「誰もわかってない?!誰なの本当に?!」
『…』
全くよく分からない謎の人物に混乱するイキハ。
彼女の言葉は届いているのかいないのか、仮面の少女は掲げた足を器用に振るい、イキハの顔を蹴り飛ばそうと迫る。
「くそっ!」
『あ!あいつは?!』
「局長?知ってるんスか?」
しばらく静観していたサザナが、大きな声を漏らす。
『あいつは『千鳥足』!山海経では名の知れた犯罪者──』
『──ダークカンフーの使い手だ!』
『ホワタァ!!』
「うっ!こいつ普通に強い!!」
装甲車の上では、イキハが千鳥足の猛攻をなんとか捌いていた。
蹴り、掌底、手刀、様々な流派や型が混沌と混ざりあったダークカンフーの技は、常にイキハの想定外の一手となり判断を狂わせる。
『アタァ!!』
「ぐぅっ!なんだよこれ!?」
自身の格闘、そしてもうひとつの武器である『不幸』すらも相手は完璧に捌いて反撃に転じてくる。
腕や脚で受け止める度、直接体内に響いてくるダメージにイキハは唸り、口調が荒くなってきていた。
『イキハ!!!』
そこに割り込んできたのは、半ば怒鳴り声にも近いサザナの声だった。
「はぁい?!」
半ば半ギレでイキハも怒鳴り返すが、それ以上の声量で返ってくる。
「なんっですか!局長!今話してる余裕ない!」
『なんッッとしてでも捕まえろ!そいつくらいの大物なら玄龍門の引きこもり共も門戸を開くだろうからな!!』
「そんな大物なんですかこいつ?!」
装甲車の上という狭い足場で、カンフー映画並みの激闘を繰り広げるイキハ。
「…ふゥむ」
“…あの“
一方その頃、クロエは変わらず爆弾と向かい合っていた。
彼女の手には積み上げられた爆弾のうちの一つがあり、まるで野球ボールのようにぽんぽんと跳ねさせていた。
隣の先生はどこかで見た光景に、冷や汗が止まらない。
「これだけ時間をかけてひとつだけですか、なんともなんともですねぇ」
“ねぇクロエ、それどうするつもり?“
「解除は諦めますかぁ」
“ねぇクロエ、なんで窓の方に向けてるの?“
「よいしょ〜」
“クロエ?!“
ぽいーっ。
先生のささやかな制止など気にも留めず、クロエは手に持った爆弾を後ろの割れた窓から投げ捨てた。
爆弾はハイウェイの強い風に吹かれ、どこかへ飛んで行った。
“飛んだ…“
「飛びましたねぇ」
「何をしてくれちゃってんでありますか?!」
バックミラーでたまたまその様子を見ていたレインがハンドルを握り潰す勢いでブチ切れる。
「ハイウェイの大切さは先刻承知でありましょうがぶん殴るでありますよ!!!!!」
「あれだけならそんな大した事にはなりませんよぉ」
ヘラヘラと笑う彼女の隣と後ろで、先生とモナカは頭を抱えていた。
そしてまた一方その頃。
『ホワタァ!!』
「痛あッ?!ヌンチャク?!」
『アタァ!』
「さっきから殴ってばっかりきやがって!!銃使えよこの変態がよお!!」
イキハは完全に千鳥足に翻弄されており、ひゅいんひゅいんと空を切るヌンチャク相手に劣勢へと追い込まれていた。
(このままじゃ間に合わない…!」
彼女の表情には次第に感情が戻ってきており、焦りの色が滲んでいる。
ドゴォッ!
「ぐっ!?」
その焦りから生まれる隙を見抜かれ、ヌンチャクが彼女の鳩尾を打ち抜いた。
冷たい息を吐き、体勢を崩した彼女に追撃のヌンチャクが迫る。
「!」
が。
その時、イキハの真横を何かが通り抜けた。
通信機からは、クロエの笑い混じりの声が聞こえてくる。
『イキハ、あなたは本当に運がいいですねぇ!!』
それは────
クロエが投げ捨てた爆弾だった!!!!
風に飛ばされたそれはたまたま奇跡的に後方の装甲車、それも千鳥足の目の前まで届いていた。
「うおおおおお!!」
それを視認したイキハは即座に前方へ突撃。ヌンチャクを額で弾きながら飛んできた爆弾に必中のロジックを押し付け、ゼロ距離で発砲。
千鳥足の仮面の奥で、明らかな動揺が見て取れた。
『なっ───』
「ようやく人間らしい声を出したな!」
熱と回転を纏った弾丸が爆弾を覆っていたコーティングを溶かし、内部の火薬に火をつける。
閃光が瞬き、二人を激しい炎が包み込んだ。
『そうはならないだろう?!』
「なってるだろうが!!」
爆炎の中から突き出たイキハの両手が千鳥足の胸元を掴み────
「そっちがダークカンフーなら!こっちは警察仕込みのジャスティス柔道だぁぁぁぁぁ!!!」
ズダァン!!!
美しい半円の起動を描き、鮮やかな背負い投げが決まった。
装甲車の屋根がベコンと凹み、衝撃で爆煙が霧散する。
『かぁっ…我がダークカンフーを破るとは…!み、見事…なり…』
叩きつけられた千鳥足はボソボソと声を漏らして動かなくなった。
「ハァ…ハァ…だからダークカンフーってなんだよ…」
ヌンチャクが直撃した額から、一筋の血が流れ落ちる。
イキハはそれを拭うと、上部のハッチを開け、ベルトの後ろに装着したスモークグレネードを内部に放り込んだ。
タイヤが激しく鳴く音がする。
装甲車は猛烈にスピンを開始し、イキハはその遠心力を利用して空中に身を投げ出す。
ルートを外れ外壁目掛けて突撃する装甲車を背に、イキハの体が宙を舞い、迎えに来たサザナのパトカーの上へと音もなく着地した。
ハイウェイに静寂が戻った。
後ろに残されたのは3台の装甲車の残骸と立ち上る黒煙のみ。
「ふぅ…」
「よくやった、イキハ」
「あいつなんだったんですか?」
そのままパトカーの窓から助手席に滑り込む彼女の後ろ姿は、すでにいつもの呑気な空気が戻りかけているようだった。
「ハハハハ!サザナの部下は皆面白いでありますな!」
レインの笑う声が運転席から聞こえた。
「彼女、なんとも中々ネジが外れているようでありますな!味方で良かったと心から安堵したでありますよ!」
「終わったならさっさと集中してください」
クロエの声が空間の空気を現実へと引き戻した。
「タイマーは残り4分。敵の追撃が止んでもバンのタイマー設定は止まっていませんよ」
ハサミがさらに深く、ケーブルの中に分け入っていく。
クロエの足元には、彼女の汗による水溜まりが出来ていた。
「クロエさん、汗ヤバいっすよ」
「分かってますよ…集中させてくださいねぇ」
水平センサーとの闘いは極限の局面に突入していた。
手術中の医者を助けるように、先生はハンカチで彼女の汗を拭く。
“クロエ、廃棄ポイントの第二戦跡まであと5kmだよ“
「……レイン本部長。最後に要求があります」
クロエの指示にレインはアクセルをわずかに緩める。
彼女の発した最後という言葉に、その場の空気か引き締まった。
「何でありますか?」
「一瞬だけで構いません。加速度と重力がゼロの状態を作れないでしょうか」
「つまり…無重力を再現しろ…ということでありますか」
クロエの狂った要求に全員が言葉を呑み込む。
「その心を問いても?」
「今触れているこの起爆システムですが、水平センサーと相互に完全に依存している回路が一本だけ見つかりました」
「ここを分離すれば、この回路が集約された基盤を…奴らが用意したという『証拠』を手に入れることができます」
「証拠、でありますか」
「証拠とは、0を1にするもの…たった1でも確保できるだけで、この一連の騒ぎがやられっぱなしでは無い事になります」
「その為に、無重力を…」
誰も言葉を発しない。
無重力の状態など走行中のハイウェイで作れるはずがない。
「無…理っスよ…!ジャンプ台で車飛ばせって事っすか?!」
腕立てをしながらモナカが叫ぶ。彼女の両腕はすでに限界を超えて筋肉が千切れんばかりに膨らんでいた。
「無重力…」
レインの眼が細められる。前方に視線を固定する。
彼女の視界には、既にゴールまでの道のりが見えていた。
「…第二戦跡の侵入口から少し行ったところに、未修復のまま放棄された連絡橋があるであります。そこには陸地がない。そのまま海へ落ちる途切れた絶壁であります」
“レイン?“
「不可能ではないでありますよ」
レインの声に力強い覇気が漲った。
「あの切れた連絡橋の端。速度を落とさず飛べば車体が空中放り出された後のコンマ数秒の間だけ落下Gによる完全な無重力状態が作れるであります」
「そこで切ってこの車を乗り捨てる。完璧な作戦でありますな!気に入った!」
それは文字通りの決死行だった。橋から空中にバンごとダイブし海に叩きつけられる前に脱出しなければならない。
クロエもまたその無謀さを理解して笑みを見せる。
「素晴らしい。あなたこそ私の要求に応えられる狂った飼い主だ」
「持ち上げ過ぎでありますよ。貴官はサザナの下の方がお似合いであります……さて」
「飛ばすでありますよ!!」
レインがアクセルを床までベタ踏みした。
「は?!えっちょ、もうちょっと待っ───」
モナカの情けない声はエンジンが立てた爆音に呑み込まれる。
グォォォン!!!
速度計の針が最後の領域へ突き進む。
前方から途切れた高架のコンクリートが見え始めていた。
放棄された橋桁へのスロープ。
『なんだか知らないが、前方は任せろ!』
サザナのパトカーが道を開き先導していく。
“モナカ、あと30秒保てば終わる。そのまま腕を止めないで“
「おてて殺す気っスか!!クソがぁぁぁぁぁ!!!」
モナカの叫びがバンの中にこだまする。
最早誰のものかも分からない熱が、車内に満ちていた。
「おおお?!ハハハ!楽しいでありますな!」
橋の途切れた地点が恐るべき速度で接近してくる。さしものレインも速度に圧倒されていた。
バンのヘッドライトが虚無を照らし出す。その果てには道はない。
「シートベルトはないと言ったでありますな!脱出前に落ちないようしっかり捕まるでありますよ!」
“クロエ?何を?“
先生が前方を見る横で、クロエは工具箱から取り出したワイヤーをタイマーに括り付けていた。
「無重力は僅か数秒、その間に取り外しての
「ん?では───」
「えぇ」
バンの前輪がアスファルトの端を離れた。
後輪がスロープを蹴り出し、金属の塊である車体が宙へと飛び出した。
その瞬間。車内にかかっていた全ての暴力的な振動と重力がふっと消失した。無音に近い空白の感覚───
「今です!!」
クロエの声に従い、全員が動き出す。
「しゃあっ!退勤!」
“うわぁあぁあ?!?!“
モナカが雄叫びを上げて跳ね起きた。
限界直前の体力を振り絞り、先生を抱えてバンの後部ドアごと蹴破って外へと飛び出した。
「ほっ」
それを追ってクロエが虚空へと身を投げ出した。
彼女の握るワイヤーの先は、しっかりとタイマーに繋がっている。
「ハラハラするでありますな!こんなスリルはしばらくぶりであります!」
「なんか楽しんでねぇっスか?!」
“思ったよりも高い?!高いね!!“
運転席ではレインが素早くドアを開け、車体から離脱していた。
4人がそれぞれ空中へとバラバラに放り出されていく。
彼女らの眼下には、深い深い闇色の海が広がっていた。
かつてキヴォトスを襲った災害による侵食領域『戦跡』、そこに広がるのは、一切の命が存在しない虚無の海。
その岸辺では、先んじて到着していたサザナとイキハのパトカーが待機していた。
「呑気に手を振ってますよぉあの人達」
「間もなくバンは無重力になるであります!4!3!」
「おっと!」
クロエは、ワイヤーを握る手に力を込める。
「2!」
「…」
「1!!」
「いまっ!」
「そうれっ!!」
レインの号令と同時に、タイマーの表示が安全を知らせるものに変化する。
その瞬間、クロエは一本釣りのように腕を天高く掲げ、ワイヤーを引っ張りあげた。
ギギギ…バキィン!!!
クロエの腕力に引かれ、たわんでいたワイヤーに張力が伝わる。
それは先に行くにつれて増幅、強い引く力となり、あまりにもあっさりとタイマーを爆弾から剥がしてしまった。
『見事な一本釣りだ、今度釣りいかないか?クロエ』
「局長とは嫌ですよぉ!」
用済みとなった爆弾過積載バンは、弧を描きながら遥か下方の冷たい海面へと落ちてゆく。
ドッ…!
落下の急激なGと激突の衝撃、そしてタイマーが失われた事によりクロエ対策の連鎖プログラムが発動したその瞬間。
ドドドォォォォォン!!!!
暗い海の真ん中で、巨大な火の塊が広がった。
海面を蒸発させ空気を切り裂く爆音と閃光。
その爆発の風が落ちゆく4人の体をフワリと押し上げ、落下の勢いを殺していた。
しかし、そこでクロエに誤算が起こった。
「っ?!」
一行が落ちる中、ワイヤーの先に繋がれていたタイマーは爆風に煽られ天高く舞い上がってゆく。
「くっ…!」
その行先には高架。
せっかく無事に取り出したというのに、このままでは激突して粉々になってしまう。
(ワイヤーを引くにも…間に合わない───!)
それでもとクロエがワイヤーに手を伸ばした瞬間。
フィィィィン…!
「なんでありますか?」
突然どこかから飛んできた白いドローンがタイマーに触れ、軌道が逸れる。
「あれは…」
「あれ、チドリさんのドローンじゃないっスか?」
クロエとモナカには見覚えがあった。
それは、かつて共に戦った小隊員の使っていたものと同じ型番のドローンだったのだ。
「相変わらず良い仕事をしますね、助かりましたよ」
ワイヤーを手繰り寄せながら彼女は周囲に視線を向け────
ドボォォン!!!!
その正体を確認する前に、全身を冷たい海が包み込んだ。
(あれは───)
クロエの視界は、水底へ沈んでゆく白い何かを捉えていた。
静かな水面。
「無事か?」
「無事じゃないと困ります。これ形見とか嫌ですよ」
暗い海の岸辺にて、サザナとイキハは並んで様子を見ていた。
彼女らの隣の地面には、脱出の際にモナカが投げ捨てたタワーシールドが深々と突き刺さっている。
「局長、釣り好きでしょ。釣ってあげてくださいよ」
「クロエ以外ならやってやるよ」
「もーフラれたからって拗ねないでくださいよ〜」
波の音だけが聞こえてくる中、二人は何気ない会話を続けていた。
ぶく…ぶく…
「お」
水面にぶくぶくと泡が浮かんでくる。
それを見た二人はゆっくりと歩み寄る。
「ぶはぁ!」
暗い海から続々と顔が飛び出す。
「全員無事でありますか?!点呼!」
「いちッス」
「にィ〜」
“ “
クロエ、モナカ、先生。
全員の無事を確認したレインはニッっと笑った。
「いや〜冷たくていいっスね〜!黒いのがキモイっスけど!」
「お疲れ様、出られるか?」
引き揚げのためサザナが手を伸ばすと、モナカは傍らに抱えていた先生を差し出す。
落下の衝撃で気絶しているようで、若干白目を剥いていた。
「先に先生揚げてほしいっす。気絶しちゃったんで」
「よくこんなのでエデン条約の混乱を生き残れたものだね、鍛え方も甘い、ほら二の腕ぷにぷにだぞイキハ」
「それセクハラですよ局長…」
引きあげた先生をやらしい手つきで触診するサザナを尻目に、イキハは残りを引き上げていた。
まるでひと試合終えた選手を迎えるマネージャーのように一人一人と握手を交わす。
「お疲れ様、モナカちゃん」
「腕パンパンっス、ちぎれそう〜」
「お疲れ様です、レインさん」
「的場殿!良い働きだったでありますよ!」
「お疲れ様でしたクロエさん………」
…
「あれ?」
先程まで海面に顔を出していたクロエがいない。
「もしかして、力尽きた…?」
ザバァ!
最悪の想像をしてしまい、スーッと顔を青くさせたイキハの前で、水面が揺れる。
「ぷはぁ!!」
そこから飛び出したのはクロエ。
自慢の黒髪をべったり額に貼り付けた彼女は、丸められた自身のベージュのコートを岸に置いた。
「先生…これは大事なものでしょう…危ないところでしたねぇ…!」
「お話より先に引き上げますよ!」
「うわぁ?!」
引き揚げられたクロエはコートを広げる。
そこには
落下時の衝撃によって先生の手から離れ、沈みかけていたそれを、クロエは回収するため海中に潜っていたのだった。
「よくやったな、クロエ」
「えぇ、当然ですよぉ……お?」
ずぶ濡れの体を動かし、サザナの隣を抜けようとしたクロエ。
しかしその足取りは覚束無ず、よろけた身体を支えられながら座らさせる。
「…お前結構、ひ弱だよな」
「あなた達がおかしいだけですよぉ…そちらに行かせてください」
「あぁ」
クロエは落ちた工具箱の近くに寄ると、濡れた工具をダスターで拭き取り始める。
「錆びられたら困りますからねぇ」
彼女の顔にはやり遂げた疲労と共に少し不満そうな影がある。
「もっと手応えがあるかと思いましたけど、最後は大味な切り方になっちゃいましたねぇ。本当に質の悪いランチでしたよ」
文句を言いながらもクロエの目は確実に終わった残骸の海と、引き揚げた基盤を見つめて満足そうに和らいでいた。
そんな彼女の姿を見たサザナは、いつも通りの飄々とした様子に戻り状況の終わりを確認した。
「それなりに見事な結末だ。被害も最小限でインフラも守りきれた。レインの運転も上出来だったと褒めておこう」
「はっはっは!光栄の極みであります!しかし本官以上に今回は後ろの方々の功績がでかかったでありますな」
“そうだね“「あっ起きたんですね」
気絶から目覚めた先生の隣にやってきたイキハは、すでにさきほど装甲車で見せたような死神の面影など一片もなかった。
いつもの間の抜けた愛嬌のある笑顔を浮かべている。
「あーあ、制服が煤と血で汚れちゃいましたよー。このまま美味しいもの食べて帰るって予定だったのに〜」
“また今度ね“
血の匂いなど一切感じさせないその素振りに、先生は先ほどの光景とのギャップを再び思い知るのだった。
これが彼女たちヴァルキューレの
「これで仕事は終わりだ。総員、本部への帰還を命ずる」
サザナが携帯端末の操作を終える。
どこかへの報告だったのだろう。レインも端末でその内容を確認していた。
「さぁ、ここからが勝負ですよぉ。まずは鑑識から…」
「しばらくはもういいっスよ…」
夕暮れのハイウェイ。デスレースを乗り越えた者たちは吹き付ける海風を受けながらそれぞれの車へと向かう。残された爆煙の痕跡だけが今日の激闘をひそかに海原に刻んでいた。
「───ところでクロエ殿!本官からは少し『お話』があるでありますよ!」
サザナに支えられながら歩くクロエの前に、レインが立ち塞がる。
「サザナ!彼女は本官が…いや、我らハイウェイパトロールがこの後の面倒を見るであります!」
その後ろには、彼女の部下であるハイウェイパトロールの生徒達がずらりと並んでいた。
サザナの表情がひきつり、クロエはなんともいえない危機感を抱く。
「あ、いや…」
「さぁ!」
「わ、渡しませんよねぇ?局長?」
「さ ぁ !!」
「…その減らず口、少しは整備してもらってこい」
「局長?!恨みますよ?!」
「ウム!皆!ご・歓・迎!であります!丁重にお連れしろ!!」
「「「「はっ!!!」」」」
「うわぁぁぁぁぁ!!!!」
差し出されたクロエが神輿のように抱えられていくその横で、モナカは大の字に倒れたまま全く動かない。
「はーーーーーーーーーーーーーー…」
半ば白目を剥いた状態で、口からは魂の抜けたような息が漏れていた。
「…二度と…車なんか…乗らねぇッス……」
“あはは…“
先生も先生で、アロナからこの後、シッテムの箱を落とした件でしこたま怒られるのだが…
それはまた別のお話。
「このような連合作戦となると、一年生の頃を思い出すでありますなぁ!」
【挿絵表示】
「バッ…なんでそんなもの持ち歩いているんだ!」
「えっこれサザナ局長っスか?」
「そういえば『泣き虫サザナ』って…」
「終わりだ!この話は終わり!!帰るぞ!!!」
(レインさん1年生の頃から全然変わってない…)
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