私は推理小説ではないので…
ヴァルキューレ警察学校、公安局や生活安全局と並ぶ部署のひとつ──
その名は『刑事局』
簡単に言えば、刑事ドラマによく出てくるあそこである。
ここは正義の府であると同時に、火薬庫のような危険なオフィスでもあった。
ゴーン…ゴーン…
キヴォトスの正午を告げるチャイムが、遠くで鳴り響いている。
ランチタイム。
それは学生にとって神聖なる休息の時間であり、ヴァルキューレの刑事たちにとっては「次の事件までのロスタイム」を意味する。
刑事局のオフィスには、今日もまた気怠げな空気が漂っていた。
「……ふわぁ……あー、ねむ。もう限界でっす」
巨大なタワーシールドを抱えたまま、来客用ソファを占領して寝転がっているのは、1年生の
SRT特殊学園の特殊部隊『CROW小隊』の所属であったが、学園の閉鎖に伴い先輩と共にヴァルキューレに流れてきた。
「でもお腹も空いたっすね」
彼女のデスク周りには、いつ食べたか分からないカップ麺やファーストフードのゴミがピラミッドのように積まれて悪臭を放っている。
「寝るか食べるかどっちかにしろモナカ。あとそのゴミ山、すぐに崩さないと私がお前を崩すぞ」
窓際のデスクで優雅に茶を啜りながら、書類の山に赤ペンを走らせているのは、刑事局長の
『仏のサザナ』とも呼ばれる穏やかな黒髪の美人局長。
しかし、彼女の「私が崩す」という言葉が比喩ではないことを、部下たちはよく知っている。
「局長〜! お昼買ってきましたよ〜!」
バァン!
勢いよくドアを開けて入ってきたのは、鮮やかなブラウンのポニーテールの2年生、
その手にはコンビニの袋と、なぜか煤けた感じの小さなダンボールが抱えられている。
「聞いてくださいよ!コンビニからの帰りに、路地裏で『やぁお嬢ちゃん、いい物あげるよ』って怪しい人に呼び止められちゃって!私の不運センサーがビンビン反応したんでダッシュで逃げてきたら、なぜか袋の中にこの箱が入ってたんです!」
「…ハァ」
彼女の言葉に、サザナはペンを置き額を押さえる。
「……イキハ。きみ、それは『貰い物』じゃなくて、明確な意思で『不審物』を渡されたんじゃあないかね?」
サザナが呆れ顔で指摘する。
イキハは運が悪い。
それはもう、刑事ドラマや漫画の主人公並みに事件を引き寄せる。今回もそのパターンだろう。
「えぇっ!?じゃあこれ、何なんですか?!」
イキハは箱を手に持ったままフリーズしていた。
そんな時。
『貸してごらんなさい』
オフィスの隅から声がした。
無造作に工具や設計図が散乱したデスクの主が、クルリと椅子を回転させて立ち上がる。
艶やかな黒色のウルフカットに、黄色いメッシュ。
気怠げな目つきと、人を小馬鹿にしたような薄ら笑い。
元SRT特殊学園・
「ん〜……?」
クロエは箱を受け取ると、耳を澄まし、匂いを嗅ぎ、そして愛用の銀色のハサミを取り出した。
その瞬間、彼女の瞳孔がスッと収縮し口元が歓喜に歪む。
「チッ、チッ、チッ……あーらら」
彼女は歌うように言った。
「今日のランチは〜♪」
「爆弾ですねぇ!」
「ば…爆弾ですってぇ?!」
その一言で、オフィスの空気が一変……
しなかった。
「だろうね」とサザナが茶を啜る。
「うわマジすか」とモナカがヘッドホンを着けて寝返りを打つ。
「えー!また私のデスクで解体ですかぁ?!私がお昼食べる場所ないじゃないですかー!」とイキハが文句を言う。
刑事局において、これが日常茶飯事である。
サクッ。
クロエは迷うことなく、ハサミを突き刺しダンボールを切り裂いた。
中から現れたのは、無骨な爆弾とデジタル表示のタイマー。
タイマーからは赤、青、黄の配線が爆弾に繋がっている。
「送り主不明。宛名なし。ただし、内蔵されているのは…うーん、このタイプの爆薬…配線の癖からして……ブラックマーケットの三流細工師の作品でしょう。ザコの癖にやる気だけはイッチョマエですねぇ…」
タイマーに記された残りは【00:45】
最初から起動していたらしい。
「ひえっ!?起動してる!?」
「当たり前ですイキハ。ふふっ、随分と古典的な配線だ。繋がりを見るに赤を切ればドカン、青を切ればタイマー加速、正解は……黄色ですかね?」
【00:35】
クロエはハサミをチャキチャキと鳴らしながら、爆弾をまるで可愛いペットのように撫で回し、長い舌を今にも舐めますよと言わんばかりにペロペロさせていた。
「ペロロ様みたいだ…!」とイキハが声を漏らす。
「ペロロに失礼だろそれは」と冷静なサザナのツッコミ。
【00:24】
「どうします、クロエ先輩?防爆バケツに入れます?」
「いえいえ。こんな駄作のためにわざわざ倉庫まで行くのは、カロリーの無駄です」
クロエはハサミの刃を開く。
チキ…チキ…
【00:11】
狙いは黄色いコード────
ではない。
彼女はコードの奥にある基盤の裏側、埃一つほどの隙間を狙っていた。
【00:09】
「
【00:03】
【00:02】
【00:01】
ギリギリまでタイマーが進む。
「また悪癖が出たな…」
イキハが耳を塞ぎ、サザナが溜息をつく。
そして。
パチンッ!
小気味良い音がオフィスに響く。
「…」
イキハが視線を向けると、爆弾のタイマーから表示が消えていた。
クロエが切ったのは、信管への配線ではなくタイマーと電源を繋ぐバイパスそのものだった。
「はい、ごちそうさまでした♪」
クロエは完全に沈黙した爆弾を掴み上げると、それをそのまま自分の足元のゴミ箱──『燃えるゴミ』の表記があるバケツへ、ポイッと投げ捨てた。
ゴトッ。
「…ふぅ。食後の運動には物足りませんが、ま、デザートとしては悪くありませんでしたよ」
「よかったー」
クロエが満足げに伸びをして踵を返した、その時。
「クロエェェェェ!!」
「うぇ」
サザナの怒号が響いた。
「爆発物は『特殊廃棄物』だと何度言ったら分かるんだ!!なぜ可燃ゴミに捨てる!?ゴミ収集の人をまた爆発させる気か!!!」
雅な感じの雰囲気とはかけ離れたお怒りモード。
しかしクロエは視線をわざと逸らして舌を出しながら笑っていた。
「え〜?大丈夫ですよ局長。信管は抜きましたし……それに」
クロエはニヤリと笑う。
「どうせ私たちの日常なんて、いつだって
ジリリリリン!
「…!」
オフィスの電話が一斉に鳴り響く。
街でまた、新たな事件が起きたのだ。
「……まったく、口の減らない『飼い犬』だ」
「カラスですけどね」
サザナが呆れながら受話器を取る。
「はいこちら刑事局、えぇ、はい。了解、急行する」
チン!
「総員、出動だ!ランチタイムは、どうやらお預けらしいぞ!」
「そんな!!私まだ食べてないのにー!!」
「ほらいきますよ、イキハ!そこの寝ぼすけも!」
「んはぁ…もう爆発しました?」
これは、ヴァルキューレの癖強
「で、事件は無事解決したが…ゴミ捨て場が一つ吹き飛んだと」
「悪いねカンナ。またあいつの悪い癖が出たよ」
「いい加減奴の手綱を握れないのかお前は?!」
「まぁまぁ、現実という大海原で生きるもの同士、許し合っていこうじゃないか」
「私が!お前に!」
「許してもらったことはない!!」
「ははは」
常に様子のおかしい爆弾処理刑事が事件を解決していく物語です。
感想お待ちしてます!
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