クロエの同僚、CROW小隊副小隊長のチドリ登場〜☆
▶キヴォトスD.U.地区 裏路地──
『Café・
からんからん。
カウベルの控えめな音が響く。
子ウサギ公園を出た後、私は少し冷えた体を温めるため、目に付いた裏路地のカフェへと飛び込んでいた。
まるで隠れるようにして裏路地に溶け込んだその場所。
ネオン風の電子看板で『OPEN(^^v☆』と表示されたドアを開くと、少し暗めで落ち着いた内装が視界に入る。
それと同時に、コーヒーの香りが心地よく鼻を抜けた。
「いらっしゃいませぇー!あ!おひとり様ですかぁ?じゃあ、そこのカウンターへどうぞっ!」
奥のレジ台から飛び出してきたのは、パステルパープルの萌え袖のオフショルダーにブラウンのエプロン姿という、ラフで小洒落た服装をした銀髪お団子ヘアの少女。
その屈託のない声には思わずこちらの緊張もほぐれる響きがあった。
「えへへ〜、この店見つけちゃうなんてお客さんなかなかお目が高いですねぇ…ご注文、決まったら教えてくださーい♪」
メニューボードを片手で器用にクルクル回しながら彼女が問う。
私は壁に掛けられた黒板を軽く一瞥した。
“ありがとう。おすすめはあるかな?外が少し寒かったから、温かいものを貰えると嬉しいんだけど“
「それならぁ〜、本日の新作『自家製エスプレッソとヘーゼルナッツのほろ苦キャラメル・ラテ』なんてどうです?ほどほどに甘すぎなくて、午後の糖分補給にばっちりっすよー」
“それにしようかな。新作と言われたら頼まない選択肢は無いよ“
「りょーかいですっ!あと、初回来店サービスで自家製クッキーも付けときますねっ!あなた優しそうだし、私からの特別サービスっ!」
ウインク一つ投げて、彼女は背後のエスプレッソマシンへ向かった。
カウンター越しに、慣れた手付きでコーヒーの抽出が行われる。
シューッ。
ミルクがスチームされる音。それが止んだ頃合いを見て、私はふと手元からシッテムの箱を取り出した。
先程ミヤコ達から聞いた話を、情報としてまとめるためだ。
W.D.A.。
CROW小隊。そして──
“……烏丸クロエ、か“
ぼそり、と思わず呟いてしまった声。
自分でも小さすぎたと思う程度の呟き。
「…!」
"(ん?)"
しかし、私の言葉にコーヒーをドリップしていた彼女の肩が、ほんの1ミリだけピクリと動いたように見えた。
気のせいだと思い、視線を落とす。
「──ねぇ」
彼女は背中越しに声を出す。
先程までの舌っ足らずなギャルの響きではなく、氷の膜が口内に張られたような、しんと冷たい声音。
「今、なんて?」
私はハッとして前を見た。彼女はこちらを振り向かず、スチームワンドのミルクを拭き取っている。
一瞬だけ感じた、張り詰めた緊張感のような空気の澱み。
“気に触ってしまったかな。知り合いの名前をふと思い出しただけなんだ。ごめんね“
「………あははっ、なぁんだ!そっかそっかぁ、そういうことぉ!」
その直後には、再び高いキーの声に戻り、くるりと彼女は笑顔を見せて振り返る。
だが、その青い瞳だけが、一瞬値踏みをするように私を射抜いていたのは錯覚ではあるまい。
「……お客さん。もしかして『先生』?」
カップをコトリと置く音。
目の前に差し出されたのは、美しいラテアートが描かれたマグカップ。
甘いキャラメルの香りに、思わず喉が鳴った。
“どうして分かったの?“
私はカップに添える手を少し止め、彼女の目を見た。
「えへへ、D.U.で先生を知らない人は居ないよ」
そう言うと彼女は佇まいを直し、私の前で敬礼する。
「それじゃあクロエの新しい『飼い主』さん!はじめまして!あたしは
その名乗りを聞いて、私の中における『烏丸クロエ』のプロファイルに新たな白紙のページが追加されたように錯覚した。
彼女もまたSRTの当事者───
“もしかして、君はクロエと…?“
チドリは手元のタブレットに指を滑らせながら、フッと唇の端を吊り上げる。
「まぁね。クロエちゃんの『マブダチ』みたいなもんですよ」
彼女は紫のネイルで飾られた爪先でタブレットの液晶をトントンと叩く。
するとカウンター上の小さなランプがチカチカと赤い光を発し、入口のドアからカシャンと鍵のかかる音が聞こえた。
さらには自動で店全体の窓のカーテンが閉められてゆく。
「まぁせっかく先生が来てくれたんだし、色々教えてあげますから、ついでに愚痴にも付き合ってくれない?」
"喜んで"
彼女はどうやらお店を一時閉店にしたらしい。
そこからは彼女の長話が始まった。
「──で!もうほんとさ!SRTを出てからあの人ぜんっぜんっ、ウチらに会いに来てくれないからさぁー!超つまんなくてぇ!!」
ぷりぷり怒りつつも、カウンター越しに椅子を引き寄せてドスンと座る。
「モナカちゃんは律儀に毎週来てくれるんだけどあの人はいっっくら誘っても来てくれないの!なんで?!」
「どうせヴァルキューレでも相変わらずなんでしょ?あのイキリブラック」
"イキリブラック?!"
「あたしが居なきゃお昼くらいしか食べないくせにさ…!」
チドリの語る言葉の端々に、微かな『寂しさ』…というより『しっとりとした執着』の香りが漏れ出し始めたのを、私はどう解釈すべきか少し迷った。
“クロエの昔、というと。RABBIT小隊からは『徹底して厳しい人だった』と聞いたけれど。あの噂は本当なのかな?“
私は、キャラメルの甘い香りが立つラテをすすりながら切り出した。
チドリは少し口を尖らせる。
「んー…まあ、そうかも。あの頃はCROW小隊全員ピリピリギスギスしてたからさ」
"ギスギス"
チドリはカウンターに上半身を預け、懐かしみを込めた目で遠くを見つめる。
「とにかく『自分が自分が』って、お互いに面倒ごとも死亡フラグもぶん取り合いだったんだから。毎日三人で殴り合いの大喧嘩して役割を決めてたの」
"ど、どういうこと?"
危険なことの押し付け合いかと思えば、なんか違う。
ぶん取り合いって言った?
私が聞き返すと、彼女はキョトンとした顔で答える。
「え?だって危険なことは自分一人で背負えばリスクも最小限で済ませられるし良いじゃん?その役割を誰が背負うかで揉めてたの」
"…"
私は唖然とした。大抵こういうものって嫌がって押し付け合うものではないのだろうか。
特殊部隊として育てられた子達と一般人である自分の精神性の違いに驚くと共に、深く感嘆した。
と同時に、これで良いのかという危機感も覚える。
「そんな中で小隊長はいつも『私が小隊長だ!私が優先されるべきだ!』って言って、危ない橋ばっかり渡ってた。余裕がある時はぶん殴って後ろに下げたけど」
"思ったより武闘派だね…?"
「警告だけじゃ相手は黙らせられないからね」
彼女は目を細め、カウンターの木目を指でツンツンと撫でた。
「そんな所も含め、あいつの行動も態度も性格もマジ嫌!もう超ムカついた!!」
かと思えば、撫でた箇所を拳でガンガン殴りつける。
分厚く頑丈な木製カウンターだから無事で済んでいるが、普通の机ならへし折れるくらいの力が加わっていた。
「先生覚えといてよ、SRTって古株ほど覚悟キマってる奴らばっかだから『道具だから自分なんていつでも使い捨てにされて良い』って思ってるイタい子の集まりだから!」
チドリの長ーいため息が室内に響く。
「ま、だからなのかな。あいつはその風潮というか伝統が嫌だったみたいでさ…自分の技術や理論を『マニュアル』として言語化してまで…ウチらが少しでも危なくないように頑張ってたんだよね」
いつの間にか彼女の前には、パフェグラスに乗せられたアイスがあった。
「SRTの実力主義を利用して、教範にまで手を加えてさ」そう語るの彼女からは、皮肉というよりは、呆れを含んだ愛情が溢れ出ていた。
“彼女の技術?爆弾処理の?“
「そう、爆弾処理だけじゃなくて、爆弾そのものの理論もキッチリね。教範にあそこまでやる必要なんかないのに!」
「あんなの、誰が悪用するか分かったもんじゃないよ」
チドリが苦々しく漏らした一言が、私の胸にちくりと何かの棘のように刺さった気がした。
"(技術が悪用される…?)"
だがチドリは私の反応には気づかず(あるいは気にしていないふりか)アイスからスプーンを引き抜く。
「あたしらが過去に潰した組織…『W.D.A』っていうんだけどね?奴らのプラントまるごと吹っ飛ばす時も、結局美味しいところはあのイキリブラックが一手に持ってちゃったわけ」
「死ぬかもしれない危ない橋を渡ってね。それでさぁ!それを詰めたら『これが隊長としての美学だ』なんて言いやがってさぁ!!」
そこからチドリは急にテーブルにぐぐっと顔を近づけ、何か憎々しげな様子で眉根を寄せる。
「でも……だからあたし達は…そんなクロエに着いてったんだ」
「だのに!」
だんっ!
「だのにぃぃ!!」
どんっ!
カウンターから悲鳴が聞こえた。
「最近のクロエはあのサザナとかいう女にべったりじゃん!!!」
「もうあたしのハッキングなんていらないんだ!!」
「な〜にが『仏』だよ!ただのツラの良い上司に飼い慣らされて何大人しくしてんの?!あたしらが見てたバッチバチに
"…"
テーブルに突っ伏して両手で机をばんばんと叩くその姿に、私は度肝を抜かれていた。
“嫉妬かな?“
「は?嫉妬じゃないし。別に『最近なんかちょっといい感じに陽のオーラ出しちゃってウゼー』とか考えてないし」
"よく見てるんだね"
「違うし!!!」
チドリの反応はギャルのソレというか…拗らせたオタクが推しを追いかけるそれに似ている気がした。
大丈夫か?これ。
“君たちは、今は別々の道にいる。でも本当に信頼しあっているのはよく伝わるよ“
「すんっ」
私が素直に相槌を打つと、彼女の乱れた息は「スンッ」とまたしても止まった。
ゆっくりと立ち上がり、彼女は真剣な青の目で私を見た。
ただ一人の親友を想う、少女の目だった。
「…あたし…心配してるんだ」
「W.D.Aが最近息を吹き返していることは知ってる。そしてSRTも今や崩れた城のようで…」
その表情の落差に、息を呑む。
静まった空間の中で、エスプレッソマシンの駆動音だけが小さなノイズとなって響いていた。
「クロエは完璧主義なの。だから過去にあいつが手を加えた教範も、とんでもなく完璧に作られてる」
「どのくらい完璧かって言うと、先生ですら目を通せば爆弾を扱えるくらい」
"…"
「クロエの技術は『刃』。悪用すれば容易く人を傷つけられる」
彼女の言葉に、先ほど彼女自身が漏らした『技術を言語化した弊害』という話が再び蘇る。
もしその完璧なマニュアルが外部へ漏れ、キヴォトスの裏の悪意に利用される火種となった時、彼女なら。
『先生。もし彼女の周りに異常が起きたら…どうか、彼女を一人で戦わせないでください』
ミヤコの警告が頭をよぎる。
自分の残した刃による因果を、誰かを傷つけさせずに断ち切らなければと、自らを顧みずに動くのだろう。
私は自分の手の中のカップの熱が、なぜか冷えていくのを感じた。
“…それほどまでに彼女は。不器用で、真面目なんだね“
「…」
私の声色に、チドリの尖っていた空気の角が一つポロリと崩れた気がする。
「そう…そうなのよ……だっからムカつくんだよクロエちゃんは!!ホント、少しは頼り方を学べってんだよね?!先生もそう思わない?!」
そこまで一気にまくし立てた後、チドリはこちらの顔の前に人差し指を指しだした。
「もしその時が来てダメだったら絶対呼んでね!!両手両足折ってても止めてやるから!」
少しして。
興奮していたチドリはハァ、と息を吐き出して両腰に手を当てると。
「ってわけで〜♡」
一転して元のギャルの調子へと、スイッチを切り替えるようにまたころりと声の音程を高く弾ませた。
あまりにも無機質なペルソナへの移行に少し怖さも感じるが。それが彼女にとっての『武器』なのだろうと話していて感じた。
「えへへー。先生とこんな深いお話出来ちゃって嬉しかったよ!というわけで今日の代金はタダでいいから!この事はモナカちゃんには内緒だよ?絶対に!」
「まー、これっきりじゃ寂しいし、クロエちゃんの恥ずかしいお宝ショットは次のサービスにし・て・あ・げ・る♡だからまた寄ってね!」
"あはは…"
「あれ、生徒の写真集めてるんじゃないの?」
"ななななななんの事かなぁ?!?!?!"
店内にかしゃん、という微かな音が響く。
ドアの鍵が開かれ、カーテンが一斉に開かれてゆく。
差し込む陽の光と外の喧騒が、過去から現在に戻ってきた事を私に知らせていた。
"ありがとう、チドリ"
「んふふ、いーんですよ!」
私は少し冷えた、けれどまだ十分に温かみを持ち続けているヘーゼルナッツ・ラテを静かに一気に喉へと流し込んだ。
“美味しいラテに話まで聞かせてもらってありがとう、チドリ“
私はカップを静かに起き、席を立った。
「ふふーん、次ん時はもう一人も来させるね!それじゃ、またのお越しをお待ちしてま〜す!」
背後に、彼女の心強い応援を感じつつ。
傾き出した日の下を、私は歩き出したのだった。
“ん?“
ついでにヴァルキューレに寄ってみようかと思い歩む道の途中。
大通りを挟んだ反対の道に、知り合いの姿を見つけた。
“(サザナ…?)“
それは刑事局の局長、サザナ。
つばの広い帽子を被り、コートの上にストールを巻いた私服姿ではあるが、あの雰囲気に気付かないはずが無い。
商業ビルの前に止められた高そうな車の前で、誰かと話している。
“(プライベート?にして何か…)“
私が違和感を抱いているうちに、彼女は車に乗りこみ去ってしまった。
“…“
ぼんやりその場所を見つめていると、その建物の看板が目に入る。
“え“
そこに刻まれた社名は─────
“カイザーインダストリー…?“
かのカイザーコーポレーション系列の会社だった。
キャラクター紹介
■『
元SRT特殊学園所属、CROW小隊の副小隊長を務めていた三年生。
当時のコールサインは『CROW2』
ドローンやハッキングなどの後方支援と潜入工作を得意としており、モナカにハッキングのいろはを叩き込んだ。
声色、イントネーション、口調を瞬時に切り変える「変声術」の天才。一人でありながらまるで複数人のように振る舞うことが出来る。
長く偽りの声を使い分け続けた弊害で、彼女は「本来の自分の声」が思い出せなくなっている。
今は学園に所属せず、カフェのマスターとして細細と平和に過ごしている。
クロエの強火ファンガール。サザナに対抗心を燃やしている。
どの話が見たい?
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