烏丸クロエの切断論理   作:四条の利

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やる事なす事だいたい上手くいかない女、烏丸クロエ。

どうしてこんなことに…





 

休日のD.U.複合文化施設『ライブラリ・レプリカ』

蔵書数百万冊を誇る図書館を中心に、博物館や多目的ホールを備えたこの静粛の森に、張り裂けるようなアラーム音が鳴り響いていた。

 

「外に規制線を!防爆盾はまだか!!」

『気をつけて進んでくださーい!押さないでー!』

「すまない、通してくれ」

 

避難する市民でごった返すエントランスで、公安局員たちを掻き分けながら刑事局の面々が進んでいく。

 

「おはようございまっす。サザナ局長」

「おはようコノカ、早速だが状況を見せてくれるか」

「これっすね…とんでもない奴がいたもんっすよ」

 

公安局副局長である志真(しま)コノカから端末を受け取ったサザナはそれを険しい目で見つめ、その横からイキハが画面を覗き込んでいた。

 

「…」

 

そしてその中央を早歩きで進むのは、無言のまま愛用のハサミを握りしめているクロエだった。

 

「現場はここか」

「うわ、また厄介な場所で…」

 

事件は三階にある『D.U.歴史展示室』で起きていた。

普段ならD.U.の歴史を継いできた古い文献や過去を再現したジオラマなどが展示されているその薄暗いフロアのど真ん中に、不気味に赤く明滅するスーツケース二個分ほどの大きな起爆装置が置かれている。

 

「あぁ、歴史か…嫌な記憶が蘇るな」

「ここが吹き飛ぶとなったら、収蔵物目当てで『女王*1』だったり『怪盗』なんかが飛んでくるかもしれないっすね。そしたらもう終わりっすよ」

 

それぞれの視線の先には、カチカチと音を刻む起爆装置のタイマーがあった。

 

その残り時間は【00:45】

 

そしてその下では───

 

「…あれか」

 

その爆弾の前では幼い子供が、震える両手で爆弾から伸びたワイヤーの先端にある『二つのスイッチ』を必死に握りしめていた。

 

「子供を利用するとか…最悪だ…!」

 

その姿を見たイキハの目が無機質に曇る。

 

「モナカは?」

「鑑識の方に行かせて発信源の特定をさせている」

「アレが爆発したら、それはそれは大惨事でしょうねぇ。子供も無事では済まないでしょう」

「…クロエ、慎め」「出来るんなら慎みたいですよ」

 

一見冷静そうなサザナだが、その横顔は怒りで蒼白になっている。

 

「君!大丈夫か───」

「止まれ」

 

イキハが子供を落ち着かせようと近づこうとしたが、クロエがスッと腕を伸ばして制止した。

 

「オペ室に部外者は立ち入り禁止です」

「…すみません」

「クロエさん、いくんすか」

「えぇ、護衛はいりません」

 

かつ、かつ。

静寂に包まれた空間に、革靴の足音だけが響いていた。

 

「……おまわり、さん……?」

 

子供が涙でぐしゃぐしゃの顔を向けた。その腕は小刻みに震え、指の関節は白くなっている。

 

「…っ!」

 

その顔を見た瞬間、クロエは子供に聞こえないほどの小さな声で息を呑む。

 

「は、はは…先日ぶりですねぇ?」

 

それは、先日の防犯講習に参加していた子供の一人であった。

あの時の笑顔が思い出せない程に、その表情は崩れていた。

 

「ぼ、ぼくっ、もうだめ…みんなが…っ」

「大丈夫です、私か来たからにはもう終わりますよ。どうしてそれを握っているのか、教えてくれますか?」

 

クロエの低く優しい声に、子供はしゃくりあげながら語った。

 

つい数時間前、見知らぬ()()()()から「このスイッチを離すと街が大変なことになる。正義の味方が来るまで握っていてね」と渡されたのだと言う。

最初は何だか分かっていなかった。だがしかし、後ろの箱の中でカチカチと音が鳴り始め、それに呼応するようにスイッチのランプが点滅し始めた。

 

そこで子供は先日のクロエの講習を思い出したのだ。

 

『大切なのは、自分の知っている『いつもの景色』と、何が違うのかに気づく力です。それが自分と周りの人を守る第一歩になります』

 

本物かもしれない。もし手を離したらどうなってしまうのか…その純粋な『正義感』と『恐怖』に押し潰されそうになりながらも、この子は握り続けるしかなかったのだ。

 

「なるほど」

 

クロエの口から冷たい声が漏れたが、その声は直後に展示室のスピーカーから響いた声にかき消された。

 

『さぁさぁ!ヴァルキューレの諸君!本日の出し物は【善性の起爆実験】だ!』

 

変声機越しの耳障りな声。

 

『そこの子供が両手を離したらタイマーは止まらなくなる!かと言って時間をかければドカン!』

「は?!」

『おっと!強引に解体しようなどと考えないことだ。その仕掛けは素人には到底解けない!専門家でも一時間以上は掛かる複雑なパズルだよ!』

「…最初から解かせる気ないじゃん」

『これは天才が作った傑作だからね!SRTにはこんな才能があったんだ!!お前らみたいな凡夫に分かるか?!』

 

『SRT』

その単語が出た瞬間、その場の全員の視線がクロエに集まる。

 

「…SRT?」

 

ふらりと足が動く。

クロエの頭の中では、絶対にあって欲しくない最悪のケースが予測されていた。

 

「おいクロエ!まだ避難誘導が終わっていない!下がれ!」

 

クロエはその演説を完全に無視して起爆装置に近寄るとケースを開き、ハサミの刃を爆弾の基板にあてがった。

後ろで見ていたサザナと他のヴァルキューレ生達がどよめく。

 

「クロエ!」

「!!」

 

サザナが引き離そうと近づいたその瞬間。 クロエの目が不自然なほど大きく見開かれた。

 

「これは……」

「クロエ?」

 

彼女の手元が、ほんの少し震えていた。

 

(配線の組み方、タイマーからの三又バイパス…何より…この()()()は…)

 

それは安全装置と起爆装置が奇妙に融合した、非道で非効率的、しかし致命的な効果をもつ設計。

 

「…クロエ、何か気付いたか」

 

犯人が「傑作」と嘯いたこのトラップの配線設計…言わば『思想そのもの』に、クロエは既視感どころか、肌にこびりつくような郷愁を感じていた。

 

古臭い机の上。

並ぶ資料の山の中で思考に耽る黒ずくめの少女。

少女には、何も無かった。

 

『わたしは、みんなを守りたい』

『誰も傷ついてほしくない』

『ご安全に、ご安全に、ご安全に、どうしたらいいんだろう?』

 

『あ』

 

目に付いたのは、教科書だった。

 

「…『SRT特殊学園教範:第12章8項「時限信管及び特種設置物の解除・逆用機構」の記述番号388-B 凡例395』…通称『ディレイ配線』のひとつ」

 

それはクロエがW.D.A.との小競り合いの中で分析したもの。

彼女がそれを運用する事は無かったが、悪質な爆弾事件における凡例としてあらゆる派生系と共に教範に記していた『解除を遅延させる』のための配線。

 

そしてこれは、彼女が教範でのみ記した配線設計だった。

 

(なぜ、部外者がこれを…?)

 

クロエの思考が乱れる。

 

(もし私のマニュアルが外部に……裏社会(W.D.A.)のような悪意ある集団に流出しているのだとしたら…いや、今はそれよりも…)

 

これはただの悪戯ではない。彼女自身が皆のために磨き上げた『刃』が、巡り巡って、この無垢な子供を脅かす『凶器』に変わってしまった。

 

『さぁ!制限時間は40分を切ったぞ!はたして君たちは、どうしようもないこの絶対の理不尽にどう立ち向かう──』

 

「五月蝿い」

 

クロエは自らの脳内で渦巻く思考を強引に断ち切り、無機質で氷のような声を出した。

 

「モナカ、スピーカーの電源落としてください。耳障りです」

「クロエ!流石に今はリスクが大きすぎる、下がれ!」

 

「リスクぅ…?こんなゴミにそんなものありませんよ」

「…は?」

 

チャキ、チャキ、と。

金属の擦れる音が展示室に鳴った。クロエの瞳が、怒りと冷たさを帯びて爛々と光を帯びていた。

 

「私の手以外で組まれた爆弾なんて、全部素人のおままごと(ゴミ)なんですよ」

 

クロエはハサミを基板に押し付けた。

視界の端に映る子供の腕は赤色を超えて白くなり始めていた。

疲労で限界を迎えかけているサインだ。少しでもスイッチが浮けば手詰まりとなる。

 

(安全装置が無い…ですが、この回路には、弱点が存在する筈……あぁ、ありますね)

「クロエさんの解体、初めて見たっすけど…いつもあんな感じなんです?」

「いや…普段はもっと慎重だ。あそこまで躊躇いなしにハサミを入れるところは私も始めてみる」

 

クロエの手元は、目で追うのが不可能なほどの速度だった。まるで適当に雑草でも刈るように、一切の躊躇いもなくザクザクと配線を切り刻んでゆく。

 

犯人が『一時間かかる』と言ったパズル。

 

要した時間は、たったの18秒だった。

 

「…………はい、終了です」

 

プツ……

 

甲高いアラーム音と赤いランプが、糸を切られた人形のように沈黙した。

 

信管、回路、電源供給路、すべてが物理的に分断され、残されたのはプラスチックと金属のゴミ箱だった。

 

「さ、サザナ局長…あれは…」

 

遠巻きに見ていたヴァルキューレ公安局の生徒がサザナに近付く。

 

「…恐ろしい手腕だな、本当に」

 

彼女はただ佇んだまま、感嘆とも驚嘆とも取れる声を漏らす。

烏丸クロエは、このキヴォトスにおいて彼女の隣に立てる技術の爆発物処理班など存在しないであろうことを、圧倒的な実力として叩きつけてみせた。

 

「もう離していいぞ。このお姉さんが解決してくれたからな」

「う……ううぅ……っ」

 

重圧から解放された子供が泣き崩れるのを、サザナは優しく抱きしめていた。

遅れてきたイキハが目を見開く。

 

「じゅーはち秒?!最速じゃないですかこれ?!」

 

クロエは切断されたワイヤーの断面を見つめたまま、微かに唇を噛んでいた。

 

「当たり前です。自分で作った問題なんですから………」

 

クロエはそれだけ吐き捨てると、ハサミを閉じた。

 

「モナカ、先ほどの放送回線の出どころは」

『ウッス、特定済みっス』

 

別の場所で特定作業を続けていたモナカからの報告。

 

『ちょっと離れた時計塔っスね。よくもまぁこんな場所で』

「そうですか。座標を送ってください」

『ウス』

 

「では、採点の時間といきましょうか」

 

クロエの瞳には『いつもの楽しそうな余裕』がなかった。 冷酷な猟犬としての色が、深く彼女を包んでいた。

 

スマホ片手に、クロエは現場を去っていく。

 

『止めないんスか?』

「呼び止めて爪でも切ってもらうか?」

『…ッス』

 

静かになった現場で、サザナはクロエが向かった先をただ見つめていた。

 

 

───────

 

 

ライブラリ・レプリカから数百m離れた、古びた時計塔の内部。

明るいD.U.自治区の中でも異質さを放つ、歴史のある時計塔。今は文化財として保護され立ち入りが禁止されているその場所。

 

そこの最上階の薄暗い歯車室で、フードを目深に被った犯人が、沈黙したスピーカーを見つめて立ちすくんでいた。

 

「馬鹿な?!完全無欠な『あの人』の教範に沿って、さらに安全弁抜きに魔改造して組んだのに……!どうして解除できたの!?」

 

ガシャーンッ!!!

 

犯人の思考をぶち破るように、歯車室の重厚な扉が吹き飛んだ。

 

「…教範には、安全弁がないと脆弱性が出るという警告も記載していたはずですよぉ。最後まで読まないなんて、バカですかぁ?」

 

入り口に立っていたのは、烏丸クロエだった。

コートを脱ぎ捨て、ワイシャツ一枚の腕まくり姿。その手にはハサミが握られている。

 

「あなたは既に包囲されていますよぉ」

 

遅れてやってきたサザナ達は下階で警戒を固めている。犯人は完全に孤立無援だった。

 

「ひ、ひぃぃっ!?うそ、早すぎる!それにあなた、どこかで……?!」

「黙れ」

 

クロエは音もなく歩み寄り、犯人を強引に壁へ叩きつける。

ハサミの刃を握り、持ち手を相手の首元に押し込んだ。

 

「さて…作成者としてお聞きしますよ。あなた、なぜ私の『マニュアル』にアクセスできたんです?」

「それは……ッ…あっ…」

 

犯人の少女は、首元のハサミの恐怖と、しかしそれ以上の「崇拝」に近い感情で、狂ったように笑った。

クロエはハサミ越しに犯人の目を見て──

 

──自分の顔から血の気が引くのを感じた。

 

『うわぁぁぁあん!!』

『大丈夫、安心して、私がいるから。絶対に助けるから』

 

「あなたは…」

「あはァ…やっぱり…!」

 

彼女の顔に、見覚えがあったのだ。

 

数年前。彼女がSRTに入学して間もない頃。

とある工場に軟禁された民間人を救助するミッションにおいて、暗闇の炎の中から引きずり出して助け上げた一人の中学生だった。

当時、クロエの姿を見て泣きながら『私、大きくなったら貴女みたいなかっこいい人になる!』と言ったあの少女の面影が重なる。

 

「〜〜ッ!!!」

「覚えてくれていたんですね!そうです!私……ずっとSRTを目指していて!勉強もしっかりして!でも……私が受験する前に、SRTは無くなっちゃって!!」

 

彼女は壊れた夢と理想を語る。

 

「行き場がなくなった時、闇サイトで……流れてきたんです!本物のSRTの教材が!あなたが書いた爆弾のいろはが!!」

「これを使えば……私でもキヴォトス中にSRTの存在を『再現』できるって、闇サイトの人が教えてくれて!凄いでしょう!?本物のお勉強をした私は凄いでしょう!?ねぇ、烏丸クロエさん!」

 

かしゃん。

 

クロエの右腕の力が抜け、ハサミの先が壁から逸れて空振りした。

手から離れたハサミが、床に落ちる。

 

(私が───)

 

(私が作った『守るための技術』が……夢破れた子の手の中で、他人の夢や命を壊す凶器にされてしまったというのか?)

 

もしもSRTという「綺麗な正義のハコ」が壊れていなかったら。この子は立派な特殊部隊になれたのかもしれない。

そして自分が、教範に「傷ついて欲しくない」というエゴを追い求めなかったら、今日あの幼い子が爆弾の前に座らされることもなかったのかもしれない。

そもそも、この子も……

 

「…っ…その闇サイトを教えなさい、あれは外部に流れてはいけないものです…!」

「はい!」

 

少女は喜ばしげに首を縦に降った。

そのおぞましさにクロエは後退る。手が、いや心が小刻みに震えている。

 

(はは…)

 

彼女はずっと「飼い主の手は自分の意志で選べる」「自分のやったことの後始末は自分の裁量で行う」と胸を張っていた。

しかし彼女の築き上げた過去の足跡は、本人の手の届かない暗闇を通じ、無自覚に世界へ「呪い」として波及し始めていた。

 

(ははは…!)

 

この事実は、クロエという少女の自己の芯をバキバキと砕き始めていた。

 

(どうしてこう……上手くいかないんでしょうか…)

 

「クロエさん!私は何をすれば良いですか?!どうしたらあなたに近づけ───」

「クロエさん!!」

 

突然飛び込んできたイキハは、その勢いのまま犯人に体当たりし、床に押し倒した。

彼女の下に敷かれた犯人は気絶した。

 

「大丈夫ですか!?通信の応答がなくなったから……え?」

 

イキハがクロエを見て固まる。

クロエは壁際にしゃがみ込み、額を両手で抑えて浅い呼吸を繰り返していた。

表情も顔色も、いつもの余裕のあるものではなく、迷いと後悔に塗れて真っ暗だった。

 

「あ、ぁ……私は……」

 

クロエの瞳には、かつての同期、後輩達の顔、燃える工場、そして先ほどの幼い少年の怯える泣き声がごちゃ混ぜに去来していた。

 

「クロエさん!」

 

自らが良かれと行ってきたこと、断ち切ってきたつもりの鎖が、彼女の周りに形を変えた無限の地雷原となってばらまかれている。

 

「クロエさん!!!!!」

 

(この地雷のスイッチは全て……私の名前で署名されている……)

 

「クロエッ!!!!!!」

「イキハ……私は……………」

 

「ヴァルキューレを……抜けま───「頭冷やせ!!」

 

そう言い切る前に、イキハの拳が彼女の頬を打ち抜いた。

暗くなる視界の中で、冷たい絶望の音がカチリと時限装置のように音を立てた。

 

*1
かつて文化財、歴史的建造物などの破壊、盗難容疑、その他各自治区への無断侵入などの罪で矯正局送りとなった考古学者の生徒。去年に模範囚として出所している。





やっほー☆チドリだよっ!
なんだかクロエちゃん、大変みたいだね〜?
先生はウサギちゃん達につきっきり、あの仏の局長もなーんかきな臭いんだよね〜。
やっぱこういう時にあの子を助けられるのは『私』しかいないかな〜?

次回『艱難辛苦(かんなんしんく)

───あの時否定された言葉、改めてもう一度言ってあげる。



評価感想よろしくお願いしま〜す☆

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  • ミラ(鑑識課)
  • レイン(交通安全局長)
  • まだ見ぬオリキャラ
  • 既存生徒との関わり
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