うーん青春!鉄臭いけど!
あの惨敗から数日が経過した。 SRT特殊学園の学生寮。
CROW小隊に割り当てられた四人部屋は、一人分余裕があるはずなのに三人にとっては息の詰まる牢獄と化していた。
教官からの『チームとして機能しなければ解散』という最後通牒…ではなく『惨敗』という屈辱に堪えた彼女たちは、何とか互いに歩み寄ろうと努力を試みた。
…あくまで、彼女たちなりの方法で。
「………ヒタキ。その銃の手入れ、もう少し静かにできませんか。私の思考プロセスの邪魔です」
ベッドの上で図面を睨んでいた烏丸クロエが、掠れた声で指摘する。
普段の彼女なら「私の頭がしっかり詰まっていて良かったですね、その無駄な作業音、貴女みたいに空っぽだったらよく響いていたでしょうから」と煽るところだが、今は言葉を選び、極めて事務的に抑えていた。
「あっ、ごめん…気を付けるよ」
ヒタキもまた、普段のイキり散らした態度を封印し素直に銃の手入れ布を置いた。
彼女は自分の無謀な突撃が前回の惨敗を招いたことを痛感している。だからこそ、大人しくしようと努めていた。
「ヒタキちゃん、明日のタイムスケジュールだけど。0700に集合して、0715から合同で座学の復習をするから…遅れないでよね」
チドリがノートパソコンの画面から目を離さずに言う。
時間厳守を絶対とする彼女もまた、ヒタキのルーズさを咎めるのではなく、前もってスケジュールを共有するという『譲歩』をしていた。
「うん、わかった……時間通りに動くよ」
ヒタキが小さく頷く。
部屋に再び、重苦しい沈黙が降りた。
誰も煽らない。誰もキレない。
一見すれば問題児たちが反省し、協調性を身につけた美しい光景に見えるかもしれない。
しかし、その実態は全く逆だった。
彼女たちの内面では、臨界へ向かうマグマのようなストレスが煮えたぎっていたのである。
(……チッ。私の計算に他人のノイズを入れるとこんなにも効率が落ちるとは。ヒタキの動きに合わせるための思考のバッファを用意するだけで、工作の時間が15秒も削られる)
クロエは首を掻き毟りたい衝動を必死に堪えていた。
彼女のロジックは、すべてを自分でコントロールすることで成立する。
他者を信頼し、待つという行為は彼女の神経をヤスリで削るような苦痛だった。
(……あーもう!イライラする!アタシが完璧なタイムラインを組んでるのに、クロエの工作完了を『待つ』空白の時間が気持ち悪すぎる!!1秒のズレで私の素敵なタイムラインがゴミになるっていうのに!)
チドリはキーボードを叩く指の力を強め、エンターキーを壊れそうなほど強く叩いた。
自分の時間を他人に支配されることへの嫌悪感。それが彼女の胃をキリキリと締め付けている。
(……息が詰まる。ウチは前衛後衛を自由に動きたいのに、二人の指示を待たなきゃいけないなんて。敵の射線に立たされたまま待機する恐怖、お前らにわかるわけないじゃん!)
ヒタキは毛布を頭から被り、小さく丸まっていた。 身体能力トップでありながら、その本質は『小心者』
自由に動き回ることで恐怖をごまかしていた彼女にとって、指示通りのルートを歩かされることはただの苦痛に等しかった。
そして数日後。
明日の再試験に向けたミーティングの最中、張り詰めていた限界の糸が、ついに切れた。
「…ポイントBの制圧ですが」
クロエが演習場の地図を指差す。
「私が先行して配線を切ります。チドリはその後でハッキングを。ヒタキは私たちの後ろで待機し、カバーに入ってください」
「は?それじゃ遅いでしょ」
チドリが即座に反論した。
「アタシが先にカメラを潰す。クロエはそれに合わせて動いてよ。一秒でもズレたらアタシが検知されるんだから」
「チドリのやり方では不確定要素が残ります。物理切断の方が確実です」
「あんたの!物理切断のせいで!前回アタシが逆探知されたんでしょ!!アナログ思考は引っ込んでてよ!!」
「なんですか?文句ですか?」
「お前らさぁ……!」
ヒタキが立ち上がり、机をドンと叩いた。
「どっちが先でもいいけど、ウチの突入のタイミングはどうすんの!?カバーに入るって簡単に言うけど、敵の射線が通ってる場所でモタモタされたら、ウチが真っ先にハチの巣にされるんだよ!」
「……貴女は頑丈なんだから、少しは耐えなさいよ」
「耐えられるか!痛いし怖いんだよ!!」
ヒタキの口から、隠していた本音が漏れ出た。
「っ…」
その瞬間、クロエもチドリも、言葉を失った。
「「「…」」」
沈黙。
そして、三人の頭の中に、全く同じ思考が閃いた。
(……言葉で理解し合うなんて、無理だ)
クロエは図面を勢いよくグシャリと丸めてゴミ箱に投げ捨てた。
それを合図にチドリはノートパソコンを閉じ、メガネを外した。
ヒタキは拳を握り込み、牙を剥いた。
「……もう、いいです」
クロエがカサカサに掠れた声で、ひどく冷たく言い放つ。
「理屈で話すのはやめましょう。貴女たちの知能に付き合うと、私のロジックが死にます」
「そうね。アタシも同意見。言葉が通じないサルには、手っ取り早いしつけ方があるわ」
チドリがパイプ椅子を蹴り飛ばした。
「上等だよ!!」
ヒタキが吠える。
「ウチが全員まとめて黙らせてやる!ウチに従え!!」
「痛っ!やったわねこのバカ!!あんたがいくら強くても痛手くらいは与えられるんだからね!!」
ヒタキがチドリに掴みかかり、チドリがヒタキの長くて掴みやすい髪を引っ張る。
そこへクロエが無言で突っ込み、二人の首根っこをまとめて締め上げた。
「ぐぇっ!?」
「離せこの暗黒女ッ!!」
SRTの学生寮の一室で、エリート候補生たちによる泥臭い殴り合いが始まった。
「アンタらのせいであたしの時間が狂うんだよ!!計算もできないバカ共が!」
チドリがクロエの腹部に膝蹴りを入れる。
「ぐっ…!貴女のその紙の上の計算など、現場のノイズの前では無力でしょうが!!」
それを受け止めたクロエがお返しと言わんばかりにチドリをベッドへ蹴り飛ばし、飛びかかってマウントを取ろうとする。
「だからそんなのさっさと決めろって言ってんだろ!!ウチをほっとくんじゃねぇ!!」
ヒタキがマウントポジションのクロエの背中に飛び乗り、チョークスリーパーを仕掛ける。
「ゲホッ…!だったら私が前に行きますよ!!」
クロエがもがきながら、掠れた喉から血を吐くような叫びを上げた。
「お前たちは後ろで震えていなさい!死ぬ確率が一番高い場所は、私が切り開きます!!」
「はぁ!?」
チドリがベッドから起き上がり、クロエの頬に鉄拳を叩き込む。
金属が歪むような音がして、クロエは背後のヒタキごと床に倒れ込んだ。
「アンタに泥を被せたら、私の情報戦が無能だって言ってるようなもんでしょ!!アンタはアタシの泥さらいが終わるまで大人しく待ってなさいよ!」
「ふざけんな!アタシが前で暴れれば済むことじゃん!!なんであんたたちが勝手にボロボロになろうとしてんの!!」
ヒタキは二人を壁に叩きつけながら涙目で怒鳴った。
殴り合い取っ組み合いながら、彼女たちは互いのエゴをぶつけ合っていた。
「相手に合わせる」のではない。
「相手を信頼する」のでもない。
次第に争点は「私が一番危険な役をやるから、お前らは引っ込んでろ」というものに変わっていた。
誰が一番、他人のために傷つくか。
誰が一番、責任と泥を被るか。 そのあまりにも不格好で傲慢な『自己犠牲』の奪い合いだった。
「ぜぇ、はぁ…っ」
「うぇぇ……」
三十分後。 部屋の中は台風が過ぎ去ったように荒れ果てていた。 割れたコップ、破れた図面、ひしゃげたパイプ椅子。
その真ん中で、三人の少女が三者三葉の体勢で倒れていた。
全員髪はぼさぼさで、至る所に血を滲ませ、青あざになりかねない内出血だらけの顔。
「ゲホッ、ごほっ…」
クロエが喉を押さえて咳き込んだ。
「最低のチームですね。私たちは」
天井を見つめたままクロエがポツリとこぼす。
その掠れた声に、チドリがふっと鼻で笑った。
「ホントバカみたい。お互いに『自分が一番デキる』って信じて疑わないんだから」
「「それは事実だし(ですから)」」
「は?」
「…痛ぇ。二人とも意外と握力あんのな」
「陰キャだから加減が分からないんですよコイツは」
「あんたもでしょ、もっかいやってやろうか?」
ヒタキが頬をさすりながら、寝返りを打った。
荒い息を吐きながら、不思議と彼女たちの心の中にあったドロドロとした苛立ちは消え去っていた。
「チドリ。貴女のハッキングのタイムラグは私が物理で時間を稼いで埋めます。ただし、絶対に時間通りに終わらせなさい」
「私は仲間が危険を犯すことを絶対に許しません。それなら私が前に出て、私の手でケリをつけます。その為のサポートなら受け入れましょう」
クロエが言う。
「誰に言ってんのよ…言われなくても。アンタが死んでもあの世まで迷わないように道は開けてやるわよ」
「二言は無いですね?」
「あたしは確実だと思った事は曲げない。論理と説得力があれば応える。ろくでもないものに振り回されて傷つく所なんて見たくないだけ」
チドリが応える。
「じゃあ、ウチは」
ヒタキが二人を見た。
「どうしよ………うーん…じゃあ」
「ウチがしっかりカバーしてあげる!前も後ろも任せといて!」 「「当然(です)(よ)」」
「なんなんだよ!!!!」
それは、相手を思いやる連携ではない。
お互いのワガママを極限まで押し通すための、歪な分業。
「誰が一番泥を被れるか、勝負ですね」
クロエが痛む体を起こし、床に落ちていた破れた図面を拾い上げた。
「負けないわよ。アタシが一番、あんたたちを安全圏で遊ばせてあげるんだから」
「ウチの射撃が一番早いから!お前ら出番ないからな!」
三人のカラスが、初めて同じ方向を向いて飛び立つ準備を終えた瞬間だった。
彼女たちの顔には、演習で負けた時の絶望はない。
あるのは、傷だらけの顔に浮かんだ、不敵で獰猛な笑みだけだった。
「んじゃ顔だして」「何よ」「何ですかいきなり」
「何って治療とアフターケアだよ、こんな状態で寝たら明日ゾンビと間違えられちゃう」
「元々そんな人間の集まりでしょう」
「うるさいなぁ!ウチの隣にゾンビがいてほしくないだけ!ほら顔こっち向けて!」
「うわっぷむぐむぐ…………なんだか手際が良いですね、メディックやってました?」
「まぁ、中学卒業までは医学部志望だったし、昔から病院の手伝いもしてたからね」
「「…」」
「なんだよその顔はぁ!」
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