▶SRT特殊学園、第4演習場
再び訪れたその場所は、彼女たち三人の進退を決する最後の舞台であった。
「…あの三人、特訓でもしてたのかな」
「違うでしょ、きっと仲間割れだよ」
防衛側に立つのは、前回と同じく七度ユキノ率いるエリート候補生たち。
対する攻撃側は、烏丸クロエ、喜瀬川チドリ、何羽ヒタキの三人。
彼女たちの顔には、前夜の「話し合い」という名の殴り合いで作られた青痣や擦り傷が生々しく残っていた。
(あいつらとうとう手を出したのか…)
教官はモニター越しに腕を組みながら、内心頭を抱えていた。
彼女の手元には、今回がダメだった時用の嘆願書と矯正プログラム。
これを使う事だけは避けたかった教官にとって、今の三人は最早言い訳のしようがない現実であった。
だが。
(……ん?)
教官は目の曇りを拭うように一度目を擦る。
そしてもう一度三人の顔を見た。
(…何かが違うな、覚悟を決めたか)
並んだ彼女らの瞳には、前回のような不和の気配は微塵もなかったように見えた。
(なら、見せてもらおうか)
『演習開始』
冷たい電子音が鳴り響いた瞬間。
CROW小隊の三人は、一言も言葉を交わすことなくそれぞれ別の方向へと散った。
作戦会議はない。励まし合いもない。
しかし、今回は明らかに足並みが揃えられていた。
それぞれの位置情報を確認した教官は小さく呟く。
「…そういう事か、やってくれたな」
『私が私の仕事を完璧にこなすから、お前も自分の仕事で私に対抗しろ』
それは友情とは程遠い、互いのエゴとプライドを天秤にかけた、歪で暴力的な『契約』だった。
「なぁ」
「何?」
教官はユキノ達を担当している同期の教官生徒に声をかける。
「分かるだろ?」
「えぇ、まぁ…」
「あの子達にとっても、良い試練になるわね」
「迎撃態勢を取れ。前回と同じように各個撃破する」
ユキノの号令で防衛部隊が動く。
今のところは前回と同じ展開だ。
しかし。
(…何かが違う)
「エコー、報告を。今回の彼女らは『違う』ようだ」
すぐに彼女たちは違和感に気づいた。
『こちらエコー、敵影確認!何羽ヒタキ!前面ルートから……いえ、後退!距離を取って上部キャットウォークへ移動中!…えっ?!ええと、現在目の前に────!』
通信が途切れる。
「…?!」
ヒタキの動きは防衛側の戦術理論を完全に無視していた。
「うごく…動く!動ける!ウチの思い通りに動けるぞォォォォォォォ!!!!」
前衛として突っ込んでくるかと思えば、突如として姿を消し、後方の高所からスナイパーライフルによる制圧射撃を降らせてくる。
「くそっ…一度下がって」
「見つけたァァァァァ!!!!」
「ウワァァァァァァ?!?!?!」
防衛側が遮蔽物に隠れようとすれば、彼女がばら撒いた煙幕弾が視界を奪い、暴走戦車のように遮蔽物を破壊して現れる。
前衛なのか後衛なのか分からない、陣形を掻き乱すだけの純粋な暴力としての遊撃。
さらには開放感で興奮状態になっているのか、多少のダメージでは止まらない。
「陣形を崩すな!ブラボー、ヒタキは外してハッキングを警戒しろ!」
ユキノが叫ぶ。
バツン!!
その直後、防衛拠点の照明が一斉に落ち、代わりにけたたましい警報音が鳴り響いた。
「!」
『───第3セクター、隔壁閉鎖!通信網にハッキング!』
『ダメ!遅かった…!チド…相手のコード展開が不規則すぎて…』
『どうなってるの?!まさか仲間も一緒に閉じ込める気?!』
「へへっ……あーっはっはっ!!ざまーみろ!!フラストレーション溜まってたんだよこっちは!あのバカぶん殴るだけじゃ足んないのよ!!」
物陰に潜んだチドリは、電子戦で存分に牙を剥いていた。
彼女は味方の動向など一切見ていない。
「この後は12秒後にさらに隔壁閉めて…26秒後にスプリンクラーを展開…あいつらも驚くわよねぇ…」
あらかじめ自分の中で組んだタイムラインに従い、厳格に時間を守ったハッキングを一方的に押し付けているだけだ。
味方の動向など関係無いのだから、相手側は当然予測のしようがない。
(私のスケジュールに1秒でも遅れたらあんたの負け!間に合ってもサポートに成功した私の勝ちよ!!)
暗闇のどこかで、チドリが意地悪く笑う声が聞こえるようだった。
「…」
防衛部隊はパニックに陥った。
ヒタキの射線から逃れようと動けば、チドリが落とした隔壁によって退路が塞がれる。
システムを復旧しようと立ち止まれば、ヒタキの弾丸が正確に撃ち抜いてくる。
一見するとバラバラで、自分勝手なスタンドプレーの連続。
「…おかしいな」
(奴は何処だ?)
だが、ユキノはそのカオスの中に一つの『流れ』があることに気がついた。
「…」
ヒタキの無軌道な射撃と、チドリの強引なシステム掌握。
その二つの暴威が交差する場所には、必ず防衛側の『死角』が生まれる。
線と線が繋がり、巨大な迷路の中に一本の道が作られていく。
まるで、彼女たちが自分たちの最も嫌いな誰かのために、意地になってレッドカーペットを敷いているかのように。
「……そうか」
『ちょっ…ユキノ?!』
ユキノは身を翻し、守るべき最終防衛エリアの奥に駆け出した。
彼女が学園にやってきて初めての命令違反。独断専行であった。
たどり着いた最終防衛エリアの中央で、ユキノはライフルを構えた。
エリアは封鎖されている。一部を除いて。
彼女の視線の先。
チドリがカメラを落とし、ヒタキが警備の意識を釘付けにした、まさにその完璧な死角。
暗がりに、人影が一つ。
ユキノはその存在を彼女だと確信していた。
マスクに覆われた口元、一切動かない目元。彼女の感情は読み取れなかった。
「──CROW小隊『小隊長』烏丸クロエ」
「おや、認めてくれるんですね」
響くのはユキノの足音だけだった。
「初めからここを目指していたのか」
「当たり前でしょう、ここが目標なのですから」
「違う、初めから君はルートを変えていない」
彼女の動きには迷いがなかった。
ヒタキとチドリが
「私が通るのだから、当然お前たちは道を開けているのだろう?」という、傲慢なまでの信頼。あるいは極限の責任転嫁。
暗がりの奥で、赤い瞳が光る。
それは夜を支配する翼そのものだった。
「烏丸ッ!」
光を背に、深紅の瞳が光る。
それは、夜の狩人たる獣の如く。
ユキノが引き金を引く。
放たれたペイント弾が闇を切り裂くが、クロエは身を沈め最小限の動きでそれを回避する。
「っ!」
ユキノはすぐさま次の射撃体勢に移るが、クロエは立ち止まらなかった。
「失礼!」
彼女はユキノに向かってまっすぐに突進するのではなく、防衛エリアの心臓部───メインサーバーと電力を司る配電盤の隙間へと滑り込むべく回り込んだ。
直ぐに対応できるよう、ボルトクリッパーを取り出し構える。
「させない!」
ユキノが追撃するべく駆け出した。
その速度はクロエの予測を遥かに超えてきた。
(速いッ?!)
瞬きする間に迫る相手の姿に、クロエは自身の銃『
ガァンと鋭い音が鳴り、彼女が突き出してきた足を受け止める。
「いいデザインだな」
「何も弄っていない制式銃に良いも悪いもないでしょう!」
ガァン!!
「っ…!」
「君は出てくるタイミングが早すぎた、ルート取りも素直過ぎる」
「そのルートしかありませんでしたからね!」
足を弾き、クロエは大きく下がる。
そこへすかさず追撃が襲いかかる。
弾道を幾重にもカバーした、綿密な弾幕。
「!!!」
しかしクロエは全ての弾道を分かっているかのように回避してゆく。
ユキノはリロードしつつ、彼女の動きを観察していた。
(見えているのか?)
ユキノの視線は、凄まじい速度で動く彼女の赤い目に向けられていた。
「だが…負けない!」
広大なエリアに、銃声が響く。
軽快に動き回るユキノから放たれる弾丸を、クロエは全て回避する。
彼女の目は銃口の動きと弾道を捉え、彼女の耳は撃ち出される弾丸の音、空を切る音を捉え、彼女の頭は弾道と着弾の予測を組み立てる。
「いわゆる超反応、それが君の『特性*1』か」
「そんな高尚なものじゃありませんよ。反復練習です」
「勤勉だな」
「なんなんですかあなたは?!」
クロエのそれは決して特殊な力でも、特別感覚が優れている訳でもない。
彼女が積み重ねてきた経験が故の力だった。
だが。
「っ!」
ペイント弾が肩口を掠める。
(…弾が避けにくくなっている、学ばれていますか)
彼女の逃げ道は次第に狭まってゆく。
(君はまだ気付いていない)
経験によって裏付けされた実力は、ある程度の『傾向』に偏る。
「そういう事ですかぁ!!」
真横に迫る壁に気付いたクロエは忌々しげに叫ぶ。
(この短時間で私の計算順序を見抜くとは…エリート恐るべしか!)
ユキノは彼女の予測を利用し、誘導していた。
「ではこうしましょう!」
一陣の風が舞い、ユキノの視界からクロエが消える。
(カモフラージュか)
暗がりの最終防衛エリアと、彼女自身の黒い服装を利用した擬態。 壁を蹴る音だけが周囲に響く。
それは周期的に響き、ある一点で重なった。
(そこっ)
迫る気配にユキノが身を捩らせると、彼女の顔があった場所をボルトクリッパーが回りながら高速で通り抜ける。
(工具は囮………)
視線はボルトクリッパーが飛んできた方向…
「ではないな!」
「ハッ!お見通しですか!!」
ではなく、飛んでいった方向へ向けられる。
二人の視線が交差する。
向けられる銃、握られたボルトクリッパー。
「…続けたい気持ちは分かりますが、私は勝ちに行きますよ」
しかし、クロエは手に持っていたボルトクリッパーを振るうことはなかった。
代わりに彼女がもう片方の手から放り投げたのは、小型の手榴弾だった。
「それは…」
「このまま達成してしまうと私は協力していないように見えてしまいますからねぇ、チームの勝利…という分かりやすいパフォーマンスが必要でしょう?」
…一方その頃。
演習場を駆け回り、好き放題暴れ回るヒタキ。
彼女の表情は、まるで獣のように飢えていた。
「アハハハ!狙撃を受けるのも飽きたかー?!なら次はこの特製閃光煙幕手榴弾で……」
本人も満足してきたのか、狙撃から爆弾による撹乱に移るべくポーチを探っていたが…
「あれ?」
無かった。
せっかく夜なべして用意した一発限りの特性手榴弾が。
無い。
「え?」
材料費3000──────
「えっ?」
『スナイパー勝負は私の勝ちでいいよね?』
「え、ちょっと待ってオトギ今それどころじゃクソッこのチビバカクロエだろ絶対────
何羽ヒタキ、撃沈──!
「……私の勝ちですよ、ユキノ」
クロエが手に持った
カッ!!!!
「ッ!!」
強烈な閃光が最終防衛エリアを包み込んだ。
ユキノは咄嗟に銃を眼前に翳し防御姿勢をとる。
「…閃光弾の防御態勢は学んでいる」
「残念。それはただの閃光弾ではありません」
ブシュゥゥゥゥゥ!!!
遅れて手榴弾から大量の煙が吹き出してくる。
「ッ!」
クロエの狙いはユキノを倒すことではない。
「チェックメイトです」
煙が晴れた後、ユキノの前に立っていたクロエは、防衛拠点のメインコンソールの主要ケーブルを断ち切っていた。
『────メインシステム、ダウン。攻撃側の勝利!』
無機質なアナウンスが、演習場に響き渡った。
「…………やってくれたな」
ユキノは銃を下ろし、息を吐いた。
「あのまま戦っていたら負けていたでしょうからね」
クロエは首に手を当てる。
そこには、ユキノの放った弾丸の塗料が付着していた。
本来であれば、目的を達成するだけであれば、ユキノと直接攻撃対峙する必要はなかった。
現にあと一歩離脱が遅れていれば、クロエは負けていた。
それでも、彼女のプライド故か、そうせざるを得なかった。
そうしなくとも、彼女ら相手では同じ紙一重の辛勝だっただろう。
「…今回で痛感しました。私が正面から相対するのは割に合わなさすぎる。やはりチームプレーで道を開いてもらう必要がありますね」
クロエはカサカサに掠れた声で答え、ボルトクリッパーをしまった。
「あの好き勝手な連携をチームプレイと言うのか?」
ユキノの問いに、クロエはマスク越しに小さく笑う。
「連携?冗談でしょう。私はただ、あいつらが勝手に動いた後を通っただけですよ、私の前を拓くという意味でのチームプレイです」
クロエの言葉を証明するように、遠くからヒタキの怒声とチドリの文句が聞こえてきた。
「おいアホクロエ!アタシの特性手榴弾パクったでしょ!そのせいで離脱になったんだけど!!」
「クロエ!随分とシステム切るの遅かったわね!色々言ってたくせになーにモタモタしてんのよ!!」
ぎゃいぎゃい騒ぎながら合流してくる二人を見て、ユキノは信じられないものを見るような目をした。
「悪くないでしょう?」
「悪くはないだろうが、良い例として認めてはいけないと思う」
「…ほんと素直ですねあなた」
彼女たちは、一切の妥協も助け合いもしなかった。
ただ互いの
──────
「ハァ〜〜〜〜〜ッ……」
モニター越しにその一部始終を見ていた担当教官は、深い絶望と共に頭を抱えていた。
その傍らには、必要の無くなった紙屑が積まれている。
「ハヤブサちゃ〜ん?彼女たちの評価はどう?」
隣に立つ同期が問いかける。
「評価…?最高…とまではいかないが申し分ない評価だ。戦術目標の達成速度、敵の無力化、どれをとっても申し分ない」
(烏丸が七度との交戦を選んだ理由は不可解だが…)
教官は胃痛に耐えるようにこめかみを押さえた。
「だが…あんな歪なパズル、誰が真似できる?互いを信頼せず、プレッシャーを押し付け合う中でしか成立しない作戦。三人で完結しているせいで、他者が入り込む隙間がミリもない」
教官は、もしこの模擬戦が上手く行けば、CROW小隊の協調性を養ってゆき、ちょうど良い同期を配属させて部隊を改善する計画を立てていた。
そもそも四人で小隊を組む仕組みになっているSRTにおいて初めから三人の時点で前例の無い異常事態だったのだ。
だが目の前の光景は、その計画を根本から粉砕するものだった。
異常者三人衆である。
「あれでは…誰にも引き継げない。マトモ隊員など一日で精神を壊されるぞ」
最も強力で最も孤立した、誰にも理解されない三人だけの世界。
SRT特殊学園において最も泥深く、最も鋭利な刃。
最悪の部隊『CROW』小隊が完全に産声を上げた瞬間であった。
それは優れた身体能力であったり、特定の環境に対する高い適応力であったり、一般的なヒトの範疇からは説明しがたい特異な体質や特殊な力であったりする。
どの話が見たい?
-
クロエ
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サザナ
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イキハ
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モナカ
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ミラ(鑑識課)
-
レイン(交通安全局長)
-
まだ見ぬオリキャラ
-
既存生徒との関わり