烏丸クロエの切断論理   作:四条の利

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『未知』は形となって襲い来る。



転機

 

ドォォォォォオン……!

 

けたたましい爆発音が、廃ビル群の隙間にこだまする。

もうもうと立ち込める紫色の煙幕の中を、一つの影が物理法則を無視したような速度で駆け抜けていた。

 

「ハッ!遅い遅い遅い!アタシを捉えたいなら、せめて弾速を三倍にしてから出直してきなよ!」

 

巨大なアンチマテリアルライフルを片手で振り回しながら、瓦礫の壁を蹴り上げて中空を舞うのは、何羽ヒタキだった。

彼女の機動力は、一年生の時とは比較にならないほどの進化を遂げていた。

 

「よいしょー!」

 

前衛に飛び出しては敵の陣形を散らし、次の瞬間には数百メートル後方の狙撃ポイントへ撤退している。

その無尽蔵のスタミナと、恐怖から逃れるために極限まで最適化されたパルクール技術は、敵からすれば「どこから撃たれているのか分からない」という絶対的な混乱を引き起こしていた。

 

「ちょこまか動きやがって!照準が合わねぇ!」

 

敵の傭兵が叫びながら機関銃を掃射する。

 

『アハハ!照準が合わないのは貴方たちの『目』が悪いからじゃないの〜?』

「?!」

 

その傭兵の耳元のインカムから、突如として『傭兵のリーダーの声』が響いた。

口調は似ても似つかないが、その声は間違いなく本物であった。

 

『──全員、ただちに射撃を停止しろ!三時の方向へ退避だ!そこに罠がある!』

「えっ!?は、はい!?ボス!」

 

リーダーの命令に疑いも持たず、傭兵たちは一斉にカバーから飛び出し、指定された方向へと走った。

 

『ウフーフ♪』

 

だが、それは致命的な罠だった。

インカムから聞こえた声は本物のリーダーのものではない。

どこかの安全な場所でタブレットを操作しているチドリによる『声真似』とハッキングのコンボである。

 

「アハハハハ!バーカ!そんな素直に動いたらアタシの可愛い子たちの射線にドンピシャじゃん!」

「CROW2、その声でその口調やめてください。鳥肌が立ちます」

 

チドリは、敵の通信網を完全に掌握し、七色の声を自在に操ることで敵陣を内部から崩壊させていた。

彼女がこの一年で磨き上げた特技は『変声』。

通信傍受で得た敵のサンプル音声をもとに、彼女自身の発声技術とリアルタイムの音声補正プログラムを掛け合わせることで、あらゆる人物の声を完璧に偽装する恐るべき技術。

 

そして、彼女の『時限掃射(プリセットファイア)』もドローン操作技術の向上により正確に進化しており、それは一秒の狂いもなく発動する。

 

ガガガガガガッ!!

 

退避した傭兵たちの頭上に潜んでいたドローン群が一斉に火を噴き、彼らは成す術もなく弾丸の雨に沈んだ。

味方であるヒタキでさえ、その掃射のコンマ数秒前に「ひぃぃっ!またウチの近くで撃ったぁぁ!」と悲鳴を上げてスライディングで回避しなければならないほど、チドリの支援は悪質かつ精緻を極めていた。

 

『文句言わない!アンタなら3秒前に知らせなくても避けられるでしょ!』

「ふざけんな!心臓に悪いんだよ!」

 

インカム越しにギャーギャーと罵り合うチドリとヒタキ。

そんな騒がしい通信をBGMにしながら、敵の指揮所である建物の奥深くで一人悠然と歩く者がいた。

 

CROW小隊小隊長、烏丸クロエである。

 

「五月蝿いですねぇ。通信回線を切りますよ」

『ちょっと!アタシの支援に対する感謝の言葉がないんだけど?!』

「感謝?ドローンの弾ブレで私の髪が焦げそうになったんですが?まぁ、道を開けたことだけは褒めておきましょうか」

 

クロエの口元には、一年生の時のような余裕のないピリピリとした様子は見られなかった。

今の彼女の顔にあるのは、どこか余裕を含んだ人を食ったような薄ら笑い。

現在の「煽り屋」としてのクロエの片鱗が、残念ながらすでに色濃く現れ始めていた。

 

彼女は指揮所の電子ロックをハサミの刃で強引にショートさせ、中のデータサーバーにアクセス用の端末を突き刺した。

 

制圧完了。

 

「パーフェクトゲームですよ」

『ウチの犠牲は?!』

『無事じゃんアンタは』

 

あの日、自分たちの進退を賭けた演習で「互いのエゴをぶつけ合う」という歪な連携を確立した彼女たち。

担当教官の卒業を経て、完全に『CROW小隊』として独立を果たしていた。

 

相変わらず作戦中は口喧嘩が絶えず、相手の命を削るようなギリギリの立ち回りしかしない。

だが、その根底には「こいつらなら絶対に死なないし、自分の邪魔もしない」という、鉄の鎖よりも固い信頼と親愛が存在していた。

 

「さーて、本日の作業はおしまいです。帰りましょうか、お前たち。今日はヒタキの奢りでケーキバイキングですよぉ」

「なんでウチなの!?昨日も奢ったじゃん!」

「昨日も奢ったなら、今日も奢れるでしょう。ロジックとして完璧です」

「どんなロジックだよ!!」

 

彼女たちは、SRTの「影」として、キヴォトスの暗部を誰よりも早く、誰よりも深く抉り取っていた。

このまま、この不格好で最高な日常が続くのだと、三人は信じて疑わなかった。

 

あの日、あの『出頭命令』が下るまでは。

 

 


 

 

数日後。 SRT特殊学園の小隊長である烏丸クロエに、一つの出頭命令が届いた。

通常、特務部隊への命令は防衛室や上層部を通じて下される。だが、今回の書面は完全に異質だった。

 

差出人が連邦生徒会長だったのだ。

 

(…連邦生徒会長、直々の呼び出し?)

『あんたまさか…追放?』

『心当たりあるならすぐ謝った方がいいよ…』

『人をなんだと思っているんですかバカ共…!』

 

二人とのくだらない会話を思い返しているうちに、彼女は連邦生徒会本部…サンクトゥムタワーの最上部へとたどり着いていた。

制服の襟を正し、特別執務室へと足を踏み入れる。

そこは、キヴォトスの全てを統べる権力の頂点。

 

窓からはD.U.の広大な景色が一望でき、太陽の光が白い床を照らしている。

 

「よく来てくれましたね、烏丸クロエさん」

 

執務机の奥から、一人の少女が立ち上がった。

()()()()()()()()()()()少女───連邦生徒会長がそこにいた。

 

その姿はどこか掴みどころがなく、それでいて圧倒的なカリスマ性と、深い悲哀を同時に内包しているように見えた。

 

「CROW小隊の活躍は、常に報告を受けています。あなた方のその…少し型破りなアプローチには、私も驚かされることが多いですが」

「お褒めに預かり光栄です。それで、キヴォトスのトップがわざわざ私のような『泥さらい』を何の用で呼び出したんですか?」

 

クロエはあえて不遜な態度を崩さなかった。

権力者に媚びる気はない。彼女は「猟犬」であって「愛玩犬」ではないからだ。

 

生徒会長はクスリと笑うと、デスクの上に置かれていた『ある物』をクロエの前に押し出した。

 

それは、一枚の薄いタブレット端末だった。

 

見た目は何の変哲もない。ミレニアムの生徒なら毎日ティッシュ感覚で使い潰していそうなただの板だ*1

しかしクロエの持つ工作員としての直感が、その端末から発せられる異様な気配を捉えていた。

 

(…なんだ、これは。ただの電子機器じゃない。もっと、底知れない、未知の…)

 

「あなたにお願いしたいのは、『運搬任務』です」

 

無意識に手を伸ばそうとしていたクロエを遮るように、連邦生徒会長は静かな声で言った。

 

「この端末を、D.U.の郊外にある…とあるオフィスの地下へ運び込み、安置してほしいのです」

「ただの運搬、ですか」

 

クロエは指を絡ませながら目を細めた。

 

「連邦生徒会長のお使いなら、新進気鋭のFOX小隊でも、それこそ公安局の部隊にでも頼めばいいでしょう。なぜ、わざわざ裏仕事専門の『CROW』をご指名で?」

「隠密性が必要だからです。そして何より」

 

連邦生徒会長は、窓の外の青空を見つめ、どこか遠い未来を見るような目をした。

 

「この箱は、いずれキヴォトスにやってくる『ある人』のためのもの。決して真実を、内外問わず触れさせてはならないからです」

 

クロエの目が鋭くなった。

連邦生徒会内部の権力闘争?あるいは企業?

連邦生徒会の裏で、何か大きな事態が起きている事を彼女は瞬時に察知した。

 

「中身は何です?ただのデータじゃないんでしょう」

 

クロエの問いに、連邦生徒会長はゆっくりと首を横に振った。

 

「詳細は言えません。しかし…あえて言うなら、それは『可能性』です」

「可能性?」

「ええ。私たちがこれから迎えるかもしれない、いくつもの悲劇。それを乗り越え、別の結末を選ぶための……たった一つの希望です」

 

連邦生徒会長の瞳には一切の嘘がなかった。

そしてすべてを背負い込もうとする、あの日のヒタキやチドリ、そして自らに似たあまりにも不器用な自己犠牲の匂いがした。

 

「…はぁ」

 

クロエは深く、長いため息をついた。

 

「面倒くさいですねぇ。トップの人間にそんな顔をされてしまっては、断るに断れないじゃないですか」

「引き受けてくれますか?」

「ええ。私たちは猟犬ですから。主人の命令とあれば、どんなモノでも指定された場所に運んでみせますよ。SRTの正義に誓って」

 

クロエはタブレット───後に『シッテムの箱』と呼ばれることになるそのオーパーツを、専用のアタッシュケースに納める。

 

「感謝します、烏丸クロエさん。あなたに頼んで、本当に良かった」

 

それが、クロエが連邦生徒会長と交わした、最初で最後の約束だった。

 

 


 

 

深夜のハイウェイ。

一切のエンブレムを持たない漆黒の重装甲護送車が、目的地であるD.U.郊外のオフィスを目指して疾走していた。

 

運転席にはヒタキが座り、鼻歌を歌いながらハンドルを握っている。

助手席ではチドリが複数のホログラムモニターを展開し、周囲のネットワークを監視。

そして後部座席で、クロエがアタッシュケースを抱えるようにして座っていた。

 

「あーあ、配達員なんて地味な役割はウチらには似合わないよねー。もっとこう、派手に爆発とか炎とかがないとさ」

 

ヒタキがあくびをしながらアクセルを踏み込む。

 

「文句言わないの。トップからのお使いなんだから、これ終わったら特別ボーナスくらい出るんだろうし派手に遊べばいいのよ。んでクロエ、その箱の中身、マジで分かんないの?」

「ええ。私の解析ツールを当ててもすべて弾かれました。ブラックボックスなんてもんじゃない、まるで『概念』そのものをパッケージしたようなシロモノです」

「……いや勝手に解析しちゃ駄目だろ」

 

クロエはケースを軽く叩いた。

 

(…可能性、ねぇ。そんな曖昧なもののために、私たちを動かすなんて)

 

その時だった。

 

『ジジッ……ザザザッ……』

 

車内の暗号通信回線に、強烈なノイズが走った。

 

「え?なにこれ、外部からの強制割り込み?」

 

チドリが落ち着いた様子でキーボードを叩く。しかしその額には汗が浮かんでいた。

CROW小隊の通信網がハッキングされるなど、通常ではあり得ない事態だ。

 

モニターに、ノイズ混じりの音声データが表示される。

スピーカーから響いたのはクロエが数時間前に聞いたばかりの、あの凛とした声だった。

 

『───烏丸クロエさん。聞こえますか』

 

「連邦生徒会長?どうしました?まさか道でも間違えましたか?」

「えっこの人が?初めて聞いた声だけど」

「嘘でしょアンタ、どんだけ田舎育ちなのよ」

「いや…こんな声だったっけ?」

「は…?」

 

『───予定を変更します。その箱を、今すぐ指定する座標へ持ち込んでください。そして、私に直接手渡してください』

「は?」

 

クロエは眉をひそめた。

 

「直接手渡し?隠密裏に地下へ安置しろと言ったのは貴女でしょう。どうしてそんな急に…」

 

「クロエ!」

 

その時、チドリが弾かれたように振り返り、クロエに向かって叫んだ。

 

「今すぐ通信切って!!そいつ偽物!!」

「!」

「音声の周波数は完璧にトレースされてるけど、裏に流れてる環境ノイズの波形が『現実じゃ有り得ない数値』なの!サンプルデータも一致しない!そいつ、連邦生徒会長の声を被った『何か』よ!!」

 

チドリの警告。

それは、いかなる高度なAIでも模倣できない、僅かな波長の違いを読み取るという音に精通した彼女だからこそ出来た芸当であった。

 

クロエの瞳孔が収縮する。彼女は即座に通信機を睨みつけ、冷え切った声で言い放った。

 

「随分と精巧な声帯コピーですが、彼女の耳は誤魔化せませんよ。お断りです、偽物さん」

 

クロエが通信を強制切断しようと、メインコンソールに手を伸ばした瞬間。

 

キキィィィィィィィィィッ!!!!

 

運転席のヒタキが、悲鳴を上げてフルブレーキを踏み込んだ。

装甲護送車の巨大なタイヤがアスファルトを削り、火花を散らして急停止する。

 

「ヒタキ!?何をやって……!!」

「ち、違う!ウチじゃない!!いやウチだけど!前に…『あれ』が!!」

 

ヒタキが震える指で、フロントガラスの先を指差した。

 

護送車のヘッドライトに照らされた、ハイウェイのど真ん中。

 

そこに「それ」は立っていた。

 

シルエットは、間違いなく連邦生徒会長のものだった。 だが、その姿は異様だった。

 

制服は真っ黒な泥のように変色し、空間そのものを歪めるような陽炎を纏っている。

 

そして何より──その顔には、目も鼻も口もなかった。

顔面があるべき場所が、まるで黒い絵の具でぐちゃぐちゃに塗りつぶされたように、不気味な虚無の穴となっている。

 

 

 

『……渡しなさい……それは、私たちの……』

 

 

 

スピーカーを通していないはずなのに、直接脳内に響くような、おぞましい声。

キヴォトスの世界観すらも捻じ曲げるような、圧倒的で絶対的な『恐怖』が、そこに顕現していた。

 

「な、なんだよあいつ…!バグってんのか!?」

「現実にバグなんてあるわけないでしょ!」

 

ヒタキが恐怖でパニックになり、バックギアに入れようとする。

 

だが、異形の連邦生徒会長が、ゆっくりと右腕を上げた。 武器など持っていない。ただ腕を上げただけ。

 

それなのに、クロエの全身の細胞が死を強烈に知らせていた。

 

「伏せろッ!!」

 

クロエが叫ぶと同時。

異形の腕から、物理法則を完全に無視した黒い衝撃波が放たれた。

 

ズガアァァァァァァァァンッ!!!!

 

数百トンを耐える耐久度を誇る装甲護送車のフロント部分が、まるで紙くずのようにひしゃげ吹き飛んだ。

凄まじい衝撃で車体が空中に浮き上がり、横転しながらハイウェイを数十メートルも削り滑っていく。

 

「きゃあああああっ!!」

「ぐぅぅっ…ッ!!」

 

火花と金属のきしむ音。

車内はめちゃくちゃになり、クロエはアタッシュケースを抱え込んだまま、座席の間に叩きつけられた。

 

「…ゲホッ、ごほっ……!」

 

クロエが咳き込みながら顔を上げる。

護送車の装甲は紙のように引き裂かれ、外の景色が見えていた。

 

だが、そこから見える景色は見慣れたD.U.の夜景ではなかった。

空は毒々しい赤紫色に反転し、遠くのビル群はぐにゃぐにゃと溶けるように歪曲している。

空間そのものが、現実世界から切り離された『別世界』へと隔離されてしまっていた。

 

「ヒタキ、チドリ!生きてますか!」

「いっッてぇ…!頭打った……最悪…!」

「うっ…ゲロ吐きそう…なにアレ、戦車砲でも撃たれたの??」

 

仲間が無事であることを確認し、クロエはアタッシュケースを強く抱きしめた。

 

(あの連邦生徒会長、とんでもない貧乏くじを押し付けてくれましたね…!!)

 

あの異形の化け物は、間違いなくこの『箱』を狙っている。

そして、この異常な空間の中で、あの化け物からこの箱を守り抜き、目的地へ届けられるのは───

 

今ここにいる、CROW小隊の三人しかいない。

 

「ヒタキ、チドリ!車を捨てます!出なさい!」

 

クロエはひしゃげたドアを破壊しこじ開け、外の異空間へと飛び出した。

 

「どうやら、ただのデリバリーじゃ済まないみたいです!さぁ、死ぬ気で走りますよお前たち!!」

「クソォォォォォォォ!!!!」

 

異形の影から逃れるための、絶望的な逃走劇が幕を開けた。

 

そしてそれは、クロエにとっての、CROW小隊にとっての大きな転機となるのであった。

 

*1
偏見





次回『力になりたくて』

どの話が見たい?

  • クロエ
  • サザナ
  • イキハ
  • モナカ
  • ミラ(鑑識課)
  • レイン(交通安全局長)
  • まだ見ぬオリキャラ
  • 既存生徒との関わり
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