烏丸クロエの切断論理   作:四条の利

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推理モノ回だと思うじゃないですか
ここはキヴォトスですよ


ダミーの導火線 前編

 

ウゥゥー…

 

その夜、D.U.シラトリ区の一角にある雑居ビルは、物々しい規制線とパトランプの光に包まれていた。

雨がアスファルトを叩く音が、パトカーのサイレン音と混じり合う。

 

キッ。

 

雨の中から現れたボックスカーが、規制線の手前に停車する。

 

「現着21時35分。先生、足元にお気をつけて」

「刑事局だ、通してもらおう」

 

水溜まりを踏みしめた刑事局長・潮凪サザナは、警察手帳を掲げながら規制線の奥へと足を進めてゆく。

その後ろには烏丸、八咫黒、的場、そして先生の四人。

 

「物々しい雰囲気っすね」

「そりゃ公安が狙ってた相手だからな、カンナから4回くらい釘を刺されたぞ」

 

現場は、貿易会社『カイト・トレーディング』の社長室。

脱税、ブラックマーケットでの違法兵器売買、さらにはヘルメット団への資金提供…黒い噂が絶えない企業のトップが、つい先程自社オフィスで襲撃された。

 

「被害者は社長のイホー・龍頭氏。頭部を鈍器のようなもので殴打され気絶しているところを、巡回中の警備ロボットに発見されました」

 

「命に別状はありませんが、当分目は覚まさないだろうとの見立てです」

「凶器は?」

「既に持ち去られています」

 

鑑識の生徒の涼やかな、しかし底冷えするような声が状況を説明する。

 

「…随分と手馴れた犯人だな」

 

サザナは周囲を見渡す。

オフィス内は荒らされた形跡がない。

 

ただ一点を除いては。

 

部屋の奥、巨大なイホー社長の肖像画の裏に隠された金庫。

その重厚な扉が、無惨にも破壊され開け放たれていたのだ。

 

「中身は空っぽ。社員の証言によれば、ここには『帳簿』…それも反社との取引を記録した『裏帳簿』が入っていたそうです」

 

気絶した社長。

そして盗まれた、企業の命運を握る裏帳簿。

典型的な強盗事件に見える。

 

だが、この部屋にいる「彼女」にとっては違うようだ。

 

「あーらら。これまた随分と…雑なお仕事で」

 

金庫の前にしゃがみ込んでいたクロエが、こちらを振り向くことなく言った。

彼女のヘイローが、興味深そうに赤く明滅している。

 

”雑なの?”

 

私が問いかけると、クロエは楽しそうに金庫の電子ロックパネルだったものを指差した。

 

「えぇ先生、見てくださいこの配線…あ、触っちゃダメですよ?まだ通電してますから感電します」

 

クロエはハサミを取り出し、パネルの中からケーブルを何本か挟んで引きずり出していた。

 

「外部からのハッキングや物理破壊じゃない。この金庫、正規の手順でロックが解除された後に、わざわざ『こじ開けられたように見せかける細工』がしてあるんです」

”つまりは…偽装工作?”

 

「えぇ、犯人は暗証番号を知っていた人物。社長を殴ったのは『強盗に見せかけるため』のアリバイ作りでしょうね」

 

サザナが静かに目を細める。

 

「身内の犯行か、なら話は早い」

 

そこに、部屋の外からドタドタという足音と共に大きな影が入ってきた。

 

「ウッス……イキハ先輩、それ向こうの物なんで食うのやめてもらっていいっすか?」

「ええ〜?でもこれ賞味期限切れだったよ〜?糖分補給も捜査の一環だし!」

「…何がだし!なんすか」

 

入ってきたのは現場検証をしていたモナカと、口元に羊羹をつけたイキハのコンビだった。

 

「局長〜、先生〜!ビル周辺の聞き込みと防犯カメラの映像、貰ってきましたよ!」

 

イキハが得意げに端末を掲げる。

 

「結論から言います!今夜、この社長室に入った人物は社長を除いて『1人』…社長の私設秘書のみです!」

 

事件発生時刻、裏口から慌てた様子で出ていく秘書の姿がカメラに映っていた。

その脇には、小さめのアタッシェケースが抱えられている。

 

「動機も十分そうだね。先週、秘書は横領の疑いで解雇通知を受けていたそうだ」

 

資料を捲っていたサザナが冷たく呟く。

 

”怨恨による犯行、そして保身のための裏帳簿奪取…ってとこかな”

「…よし、至急手配を」

 

「あ、それなら大丈夫です」

 

イキハがけろっとした顔で言った。

 

「さっき私が迷っ………操作中だったところ!隣のビルの地下駐車場で車の故障にキレてるところに出くわしました!」

「それで?そいつは?」

 

イキハはニコーっと笑った。

 

「モナカが車ごとぐるぐる巻きにして確保してます!裏帳簿が入ったケースも回収しました!」

”…車からは解放してあげて?”

 

 


 

 

事件発生からわずか1時間。

犯人の身柄は確保され、盗まれた重要証拠も手元に戻ってきた。

 

あまりにもスムーズすぎる解決。

デスクの上にアタッシュケースが置かれた社長室で、刑事たちと先生は向かい合う。

 

「お疲れ様でした〜!じゃあ帰ってカツ丼食べましょうよ!」

 

イキハが伸びをする。

 

「こんな大事にする事でも無かったのか…?」

 

サザナも微かに肩の力を抜いたように見えた。

 

「…」

”クロエ?”

 

しかしクロエだけが、まだ金庫の中から顔を上げていなかった。

 

「…ねぇ先生、何か違和感がありませんか?」

 

クロエがニヤリと、しかし目は笑わずに口元を歪める。

彼女は回収されたばかりのアタッシェケースと、目の前の「金庫」を交互に見て、楽しそうに…いや、危なそうに呟いた。

 

「どうして犯人は、わざわざ逃げる時間を削ってまで『こじ開けられたような細工』をしたんでしょう?私ならそんな無駄なことする暇があったら、少しでも早く逃げますけど」

 

クロエが手に持ったハサミで、中空をチョキリと切る。

 

「この『余計なひと手間』……まるで、私たちを『金庫の前につなぎ止めておく』ための時間稼ぎみたいじゃありません?」

”時間稼ぎって…”

 

クロエの言葉が終わるか終わらないかのうちに、異変は起きた。

 

ガシャン、ガシャン、ガシャン!!

 

重い金属音が連続して響き渡る。

 

「!」

 

扉、窓、換気口。

室内の全ての出入り口に、鋼鉄のシャッターが降りた。

 

同時にオフィスの照明が落ち、赤い非常灯だけが不気味に回転を始める。

 

「なっ……!?」

 

モナカが慌ててシャッターに手をかけるが、ビクともしない。

 

「局長!先生!開かない!!」

「通信も…ダメか、圏外になっている」

 

サザナが冷静さを保ちつつも、端末の画面を見て舌打ちをする。

 

「ジャミングか、クソ生意気な」

 

完全な密室。

闇に沈んだオフィスで、唯一明るく光る場所があった。

 

「何か光ってません?」

 

イキハが確保し、デスクの上に置いたアタッシュケース。

 

奪還したはずの「裏帳簿」

 

「これは…」

 

ケースの側面にあるインジケーターが起動し、デジタル数字を浮かび上がらせる。

 

【10:00】

 

【09:59】

 

【09:58】

 

数字は1秒ごとに、確実に減っていく。

 

「これ…爆弾!?」

「これどっちのせいだ?クロエか?イキハか?」

「今それ言います?!」

 

イキハが悲鳴を上げて飛び退く。

 

「ビンゴぉ〜♪」

 

クロエが弾むような声で近づいていく。

 

「やっぱり、秘書が盗んだのは裏帳簿じゃなかったんですねぇ」

 

「社長が秘書に持ち出させたのは『私達を嵌める為のブラフ』だったんですね」

 

「どういうことだ、クロエ」

 

私が問うと、クロエはまるで愛しい恋人を扱うように爆弾と化したケースに手を添えた。

 

「社長は強盗に遭ったんじゃあない。秘書に自分を殴らせた上で、あえて金庫を開け放ち、爆弾を持ち出させた」

 

チャキ…

彼女はハサミを取り出すと、自らの首に刃先を添える。

 

「狙いは、この事件を嗅ぎつけてやってくる『ヴァルキューレ(私たち)』です」

”まさか?!”

「……証拠隠滅か!!」

 

このビルそのものが、巨大な罠だったのだ。

 

カイト・トレーディングの悪事が公安部に露見しそうになった今、社長は全ての証拠を盗まれた形にして処分しようとした。

 

「公安やイキハ達に捕まる事も想定済みだったのでしょうね」

 

それが出来なくとも──捜査に入ったヴァルキューレの刑事ごと吹き飛ばして「不幸な事故」として処理しようとしているのだ。

 

「何もかも吹き飛ばした後、私達がおねむの間に社長がヴァルキューレの不手際とか言ってしまえば…私達はマスコミから袋叩きになるっていう寸法ですね♪」

「証拠隠滅とこちらの牽制が成り立つって事すね、最悪だ」

 

クロエはハサミをクルクルと回しながら解説する。

つまりこのまま爆発すれば、我々は「捜査ミスで被害者のビルを爆破した無能集団」として歴史に刻まれることになる。

 

「ふざけた真似を…」

 

サザナの表情から柔和さが消え、修羅の気配が立ち昇る。

 

”落ち着いて、サザナ”

「…」

 

先生に宥められるも、彼女の怒りは収まりそうにない。

 

「爆弾があるなら解除すればいい、ここには専門家がいる。そうだろクロエ」

 

全員の視線がクロエに集まる。

 

しかし、クロエは「あーらら」と首を振った。

 

「残念ながら、この爆弾は『二重構造』になってましてね」

”二重?”

 

クロエがケースを開ける。中には複雑怪奇なワイヤーの束と、一つの液晶ディスプレイ。

そこには『PASSCODE REQUIRED』の文字。

 

「物理的に信管を切るにしても、少しでも間違えるとドカーン。解除するにはパスコードが必要。でも適当に入力してもドカーン、強い振動を与えてもドカーン…あ、三重ですね」

「どうすりゃいいんだよ!」

 

モナカが吠える。

 

「手動で解除するには、100本近いダミー配線の中から正解を切るしかない。私の腕なら可能ですが…時間は30分は欲しいですね」

 

【09:02】

 

「残時間は9分少々だ…間に合わないか?」

 

「いえ?」

 

クロエは妖艶な笑みを浮かべる。

 

「私の最高記録を参照するならば、8分でいけます…ただ、『邪魔が入らなければ』ですが」

 

その時だった。

ロックされたはずのシャッターの向こう、廊下側から、硬質な足音が多数近づいてくるのが聞こえた。

さらに、窓の外には複数のドローンの駆動音。

 

『…ターゲット確認。生存者を抹殺(クリーニング)せよ』

 

無機質な音声。

社長が雇っていたであろう、証拠隠滅のための私兵集団──武装したオートマタたちが、ロックされた区画の壁を溶断し始めていた。

 

「外にはまだ公安もいるでしょ…!もしかして屋上から?!」

「なるほど」

 

サザナが静かに自らの銃『静謐な断罪』を抜く。

 

「我々を閉じ込めて爆破するだけでなく、念には念を入れて物理的な始末も用意していたわけか」

 

状況は最悪だった。

 

逃げ場のない閉鎖空間。

 

制限時間は残り9分。

 

解除に挑めるのはクロエただひとり。

しかし、解除作業中の彼女は無防備になる。

 

外からは壁を破ろうとする武装集団の包囲網。

 

「モナカ、イキハ。我々は先生の指揮下に入り防衛線を張る。敵をクロエに近付けるな」

 

サザナの声が現場指揮官のものに変わる。

 

「クロエ、貴様はそのおもちゃを黙らせろ。1秒でも遅れたら、物理的にか社会的にか、死に方は選べないぞ」

 

「了解〜♪…あぁ、ゾクゾクしますねぇ、このプレッシャー」

 

クロエはしゃがみ込み、パチパチとハサミを開閉させた。

彼女の背後に、敵のバーナーの火花が散る。

 

「先生、私の背中はお任せしますよ。もし私が失敗したら、一緒に肉片になりましょうね?」

「「絶対にこの人らとは嫌だ(っす)!!!」」

 

”いくよ!”

 

そう言って彼女は、まるでランチの包装を開けるかのように、死の箱へ手を伸ばした。

 

 

 





「カイト・トレーディングってカイザーとも取引ありましたよね」
「カイザーか…面倒だな」
「局長?」

「我々とカイザーは()()()()()、厄介な案件になるかもしれんな」
「局長にしては弱気ですねぇ?」
「色々あるんだよ」

つづく

どの話が見たい?

  • クロエ
  • サザナ
  • イキハ
  • モナカ
  • ミラ(鑑識課)
  • レイン(交通安全局長)
  • まだ見ぬオリキャラ
  • 既存生徒との関わり
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