活動報告くんはちょっと使いづらいからね、仕方ないね
「ははは…。」
この笑い声は、誰の笑い声だったのだろうか。
屋敷が焼け、炎が小さな自分の体を焼こうと迫る。
人が焼ける匂いに嫌悪感を覚え、その場を離れようとするが足が動かない。
ぎゅっ、と自分の手を握る何者かによって気を取り直した。
「……この場から離れよう。」
うん。
そう返事をしたかったが、乾いた喉からはかすれた音が出るだけだった。
振り返ってすぐそこには、赤い服を着た隻眼の男が僕達を見下すように立っていたから。
「君たちには礼を言わなければならない。お嬢様方。」
今では何よりも大きく見える、その体。
眼の前に立つ哀れな子犬を葬り去るであろう一人の男は、そう言って頭を下げた。
刃が溶けたナイフが床に転がっている。子供だろうと下に見ている相手であれば、拾ったそれを喉元に突き刺して終わりだろう。
「我々は礼儀を重んじるが故に、恩を忘れることはない。今しがた没落した者であろうと例外なくな。」
そこにはまだ、敬意があった。
純粋な感謝と、徐々に薄れていく敬意。
キラリと光るナイフには気付いていたのだろう。見逃さずに、拾わなかった僕達を見て一度だけ大きく頷いて、ナイフを蹴り飛ばした。クルクルと、ナイフは炎の中に転がっていく。まるで吸い寄せられるように。
「この都市から出るというのなら、好きにすると良い。既に潜んでいた者達が暴れ始めている。出るとするなら急げ、目の前で子供が死ぬのは、ましてや自らの手で殺めていい気分になる程腐りきってはいないのでな。」
背後から大勢の、銃剣を構えた軍隊が現れる。
服は赤色に染められ、元から赤かったのか、それとも血を被り赤くなったのかもう分からない。
「…行こう、ラップランド。」
ぐいっと、彼らから今すぐに離れようと引っ張られる腕を、振り払う。
「——— どうした?」
「逃げる必要はないよ、テキサス。」
彼女の名前を呼び、彼女の目を見た時気付いた。
炎に彩られる黒色の宝石のような目に、笑う僕の顔があったことに。
「大体、逃げた所で何になるんだ? また縛られるくらいなら、ボクは、自由になりたい。」
「ほう…。それならばいっそのこと、
四方に散らばる彼らは、火を点け、屋敷を包む炎は更に激しくなっていく。
遠くに見える葡萄畑も燃えているのか、橙色に輝いている。
面を上げ、僕たち二人を見つめる男は、疑問を投げかけてきた。
「まだ来たばかりでしょ? 教えてあげるよ…たとえボクがここから…シラクーザから離れたところで、逃げられないんだよ。シラクーザは必ずボクに追いつく、そしてボクは…自由になれない。」
「…狂った者と話すほど、時間に余裕があるわけではない。そして、後1分もすれば君たちは我々と会話することも許されない立場になるだろう。」
カチャリ。
男が左手に銃を持つ。狂った者と呼んだ割には、その目には哀れみが込められている気がする。
ここまで無慈悲に行動を起こせる男が、哀れみという感情を兼ね備えているのがおかしくて、また笑った。
「今日、シラクーザは変わる。ここに留まって、ボクが変えるんだ。」
「……。サルッツォの幼狼は留まるとの事だ、テキサスのお嬢様はどうなされるので?」
「私は…ここから出ます。」
「その答えを尊重しよう。」
もう、手は繋がれていないし、目にボクは映っていなかった。
一人、燃えていく屋敷を後にしていく彼女に、声をかけた。
「テキサス!」
「……。」
名前を呼んだが、返事はなかった。
男も、
ただそのやり取りを見守るかのように声を出さない。
「キミは…シラクーザから逃げられると思ってるの!?」
「…ここはもう、お爺様が見せたいと言った場所じゃない。」
彼女はそう言い残して去っていく。
その背中は闇の中に消え、コツ、という男の履く黒色の靴が音を立ててようやく眺めるのをやめた。
「この屋敷が焼け落ちる。さらばだ、サルッツォの幼狼よ…いや、ただの幼狼。」
ガラガラと、炭の塊が重力に従って落ちてくる。
ボロボロと、焼けていない場所も崩れていく。
それでもメラメラと、火は燃え続ける。
コツコツ、コツコツ、去っていく男の周囲を、白いマントを着て目隠しをした連中が取り囲む。ドン、バン、グシャリ。肉が弾け、穴が空き、頭が潰れた。グチャ、グチャ、グチャ。男の仲間が集まり、馬乗りになって殴り続ける。もううめき声も出ていない。擬音では表せない金色に輝く光線が飛び交い、タタタと軽い音を立てて発射される銃弾、不思議と凍りつく、ウサギのような被り物を被った連中。体当たりで建物を壊した者達が呆気なく首を断たれ、その体は光の粒となって宙に溶けていった。よく見ると先程まで殴られていたものは消え去っている。バキン。何かが激しく壊れる音が響き、高速で何かが動いてるのだけが分かる。
ドン、タタタン、グチャ、ザシュ、ブシュ、ドガン、バン、バン、バン、バン、バン、バン———
——— ジリリリリリリリリ。ベリッ!
背中に張り付く嫌な汗でへばり付く服を破り、目が覚めた。
「キミは…シラクーザから逃れられたのかい? テキサス…。」
窓から見える空は、
===
ザッ。
黒を基調とした外套と重なり合う装飾は、夜と秘密を身に纏ったかのような気配を放っていた。
頭にピンとたった耳は、髪色と同じ黄金色。
けれど、薄闇の中ではくすんだ金にしか見えなかった。
「…君たちは礼儀正し
「イングリッド殿、お褒めに預かり光栄です。ですが、この場からお引き取り願いたい。」
隻眼の男は、彼女の名を呼んで、悔しげに放たれた皮肉を受け流した。
本来なら、目も合わせられない、この程度の敬意しか払わないなんて事はあり得なかったの。
彼の立場なら、それを知らないはずがない。知っているからこそ、この立場を手に入れるまで生き延びてきたのだから。
「悪いけれど、私は今日"掃除”をしに来た。私だけじゃない、巨狼の口も、掃除人たちも君たちを綺麗さっぱり消し去るために来るよ。……その前に、片付けた功績があるといいらしくてね。」
勿論、この剣呑な雰囲気で出た掃除という言葉が、ふつうの掃除であるはずがない。
その命を貰いに来たという意思表示。それでも彼は物怖じせず返したの。
「グレイホール十二家の内、サルッツォ、テキサス、モレッティは既に落ちた。そして、ミス・シチリア様はこれを黙認している。何故か…貴方ほどのお方ならば理解できるでしょう。」
そう、この都市における権力者たち…。裏で生きる者達の内、既に何名かは消えていたんだ。
詳しくは命は獲っていないけど…落ちぶれた先がどうなるか、知る必要はないと思うな。
十二個あるファミリーの内、3つを掌握した彼なら立場は逆転する。
正式にその事が明らかになるまでは、自分の立場がどのくらいか推定したんでしょうね。
「何…? まさか…君達も死ぬかもしれないのに?」
焦げた跡の残る辺りを見渡し、遠くでいまだ燃え続ける家がぼんやりと辺りを照らす中、眼の前に立つヴァルポの強者。すぐに気付いたのか驚きの声を漏らす。
彼女ほどの者が集中しなければ分からない程の揺れ、凄腕の暗殺者にとって任務の遂行に関わる揺れ。
それが完全に停止していた。
「次の天災は早くても一月後です。天災トランスポーターの
何があったのかは分からないけど、少なくともその人にはもう会えないでしょう。
「我々の内、ソルダート如きが何人死のうと関係ありません。カポ以上、最低限の幹部さえいれば回る組織ですので。」
「…後悔するよ、君達を一瞬でも信じた私が馬鹿だった。」
回していくだけなら、カポだけでも十分。
新しく何かを始める時には大体ゴッドファーザーの命令があるものだけれど…最悪指示できる立場の人がいれば統率された動きが出来るというのが、彼らの強みかな。
逆に言えば、ソルダートだけになった時は指示待ち人間になりかねないという事でもあるけどね。
「そう悲観的になる必要はありません。この都市に居を構えるための行動です。危害を加えられない限り、こちらから手は出さないと誓いましたと、ヴェネツィアの首領へお伝え下さい。」
「その言葉も怪しい、君達は…この都市で最も大切な信頼を失ったんだ。」
「存じております。故に、これからの行動で示していく所存です。」
「……。」
その言葉に納得したわけじゃないだろうね。
それでも、スゥ…と、目の前にいたはずの女性の姿は消えていった。
辺りは今も炎で照らされていて、まだ彼らの姿は確認できるみたい。
徐々に消えていく街灯と、不思議な明かりで目を覚ましたのか沢山の人が彼らの姿を見て、硬直していたの。
「デニス、ボリス、カトリエル。ミス・シチリアは我々に三日の制限を設けた。三日間、我々の行動を黙認する代わりに、一般人には手を出すなとのことだ。——— 二日だ、片付けるぞ。」
光のない、暗闇に向かって歩き出す。
結局、光に戻るまでの三日間彼らは暴れ続けて、最後には———。
うん。
この世界の人達にとって、良い結果にならなかったって事は確実だったね。
実は:活動報告くんに本編のおまけがあったりする。