ティーパーティーに潜む、忠実な駒   作:KuRoNia

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書いて見たくなったので雑投下
拙い文章ですが読んでいただけたら幸いです。


エデン条約編
完璧なバトラーは疑っている


 トリニティ総合学園

 

 太陽の光がステンドグラスを透かし、磨き上げられた床に淡く反射している。

 

 私――月城 黒夜は、その光の中で銀製のティーポットを掲げ、角度と高さを正確に計算しながら紅茶を注いでいた。

 

「……香り、温度、共に申し分ありません」

 

 自分でも驚くほど、声は落ち着いていた。

 完璧だ。今日も、何一つ問題はない。

 

「ありがとうございます、黒夜さん。相変わらず手際がいいですね」

 

 そう言って微笑むのは、ティーパーティー所属フィリウス分派の代表、桐藤ナギサ様。

 優雅で気品あふれる佇まいからは想像できないほどに政治的能力は他二人を置いて頭一個抜けている印象を持つ。

 穏やかで理知的な笑み。その奥にある思考の深さを、私は誰よりも警戒している。

 

「えへへー! 黒夜の紅茶、ほんと大好きなんだよね~!」

 

 無邪気に身を乗り出してくるのはミカ様。

 ナギサ様と同じティーパーティー所属パテル分派の代表、聖園ミカ様。

 本来一介のバトラーに接するには距離が近い。近すぎる。

 その屈託の無い笑顔に悪意がないことは分かる――分かる、はずなのに。

 笑顔の下で強かに自分を観察されているかもしれないと思うと気が抜けない。

 

「……黒夜、少し顔色が優れないように見えるが、大丈夫かい?」

 

 柔らかな声でそう言ったのはセイア様。

 ティーパーティーの所属最後の一人サンクトゥス分派代表、百合園セイア様

 二人に比べたら病弱で儚げな印象を持つが、噂では未来予知が出来るなど自分の立場からしたら無視できない能力を持っている決して油断できない方だ。

 そんなセイア様からの一言に、背筋が凍る。

 

 まさか――見抜かれている?

 

 いや、落ち着け。

 これはきっと、さりげない揺さぶりだ。

 日々の振る舞い、言動、視線、間の取り方。

 すべてを監視されている

 

 当然だ。

 

 私は――

 ゲヘナから送り込まれたスパイなのだから。

 

 

 

 表向きの私は、トリニティ所属の一生徒であり、

 ティーパーティー専属の護衛兼バトラー。

 

 だが真実は違う。

 

 ゲヘナ学園

 自由と混沌と暴力が支配するあの場所から、

 私は「忠実な駒」としてここへ送られた。

 

 任務は単純だ。

 ティーパーティー内部の動向を探り、

 均衡が崩れる兆しがあれば報告する。

 

 それだけ。

 

 ……それだけのはずだったのに。

 

「ねえねえ黒夜、今度お外でお茶しない? 二人っきりで!」

 

 ミカ様の言葉に、思考が一瞬止まる。

 

 二人っきり。

 

 その単語が、脳内で警報を鳴らした。

 

「……承知しました。ですが、そのような行動は周囲の目も――」

 

「だいじょーぶ! 黒夜がいればね!」

 

 無邪気な即答。

 それが逆に怖い。

 

 これは……誘導だ。

 密室、あるいは人目のある場所で油断させ、

 自然な会話の中で核心に迫るつもりだろう。

 

「黒夜さん」

 

 ナギサ様が、ティーカップを置きながらこちらを見る。

 

「今週は忙しかったでしょう? 今夜、二人きりで私の執務室で少し話せませんか?」

 

 来た。

 

 来てしまった。

 

 執務室。夜。二人きり。

 

 これはもう、

 最終確認だ。

 

「……喜んでお供いたします」

 

 声が震えなかったのは、我ながら評価できる。

 

 セイア様は何も言わず、ただ静かに微笑んでいた。

 その視線が、なぜか一番胸に刺さる。

 

 ――逃げ道は、まだあるだろうか。

 

 紅茶の香りが、やけに甘く感じられた。

 

 それはきっと、

 処刑前に与えられる最後の安らぎ――

 ……ではなく。

 

「黒夜(さん)、今日もありがとう(ございます)」

 

 そう言って、三人が同時に私に笑顔を向けてくる。

 

 ……なぜだろう。

 

 その笑顔が、怖いほど、優しかった。

 

 震えそうな指先を堪えながら

 

 「それでは私は少し私用がありますのでこれにて失礼いたします。どうぞごゆるりとお茶会を楽しんでもらえれば幸いです」

 

 そう言って一礼して部屋を後にする。

 扉を閉めてすぐに部屋から抜け駆けやズルいなどの単語が聞こえてくる。

 誰が私を処分するのか話し合っているのだろうか?

 あぁ、やはり私は近々処分されるのだろうか?

 そんな陰鬱とした思考をしながら日の光が差し込む長い廊下を歩きながら、どうしてこうなってしまったのか懐かしい記憶を思い出していた。

 

 

 ー1年前ー

 

 ――最初にそれを告げられたのは、

 硝煙と騒音が日常の一部になっている、ゲヘナ学園の会議室だった。

 

 薄暗い照明。

 壁には無数の弾痕。

 机の上には雑に積まれた書類と、冷めた紅茶。

 

「キキキ、よく来てくれた黒夜」

 

 気の抜けた声でそう言ったのは、羽沼マコトだった。

 万魔殿のトップにして、トラブルメーカー。

 だが、その実態はバカの振りをした才女だ。

 決して油断できない相手でもある。

 

「突然呼び出して何の用事ですか?バカマコト様」

 

 私は短くそう返した。

 当時の私は、今よりも少しだけ棘があった。

 

「キキキ、もっと肩の力抜け。ほら、紅茶でも飲むか?」

 

「ゲヘナで紅茶は珍しいですね」

 

「そうだろう? トリニティを意識してみたのさ」

 

 その一言で、胸の奥がざわついた。

 

 マコトは、楽しそうに笑う。

 

「黒夜、トリニティで諜報してこい」

 

 一瞬、何を言われたのか分からなかった。

 

「……冗談ですか」

 

「冗談な訳あるか、真面目に言ってる」

 

 机に肘をつき、こちらを覗き込む。

 

「トリニティのティーパーティー。各派閥のトップが君臨している実質的な司令塔か…

 今のあそこはお前が思っているよりずっと不安定なのさ」

 

 軽い口調で告げられる言葉。

 だが、その目は冗談を言っていない。

 

「お前の様なタイプ、向いてると思うんだがな。

 真面目で、優秀で、目立たない」

 

 ――目立たない。

 

 それは、ゲヘナでは最大級の評価だった。

 

「私は諜報要員ではありません」

 

「ああ、知ってる。だからいいのさ」

 

 マコトは指を鳴らす。

 

「向こうは表向き“平和”を売りにしてる。

 銃を構えるより、政治が強い世界だ」

 

 沈黙が落ちる。

 

 そのとき、部屋の奥から足音がした。

 

 静かで、規則正しい足音。

 

「……無理強いはするべきじゃない」

 

 現れたのは、空崎ヒナだった。

 

 ゲヘナ風紀委員会委員長。

 彼女は、いつも通り無表情で、しかし確かな圧を纏っている。

 

「黒夜は、戦場向きの人だし。

 諜報は……消耗が激しい」

 

「ふん、どこから嗅ぎ付けたか知らんが。部外者が口出ししないでもらおうか」

 

「事実を言っているだけ」

 

 ヒナの視線が、私に向く。

 

「行けば、簡単には戻れなくなる可能性もある。

 向こうで“馴染みすぎる”こともある」

 

 その言葉が、なぜか胸に引っかかった。

 

「それに私としても…」

 と何かヒナが言おうとするのを遮って

 マコトが、肩をすくめながら言う。

 

「必要なのさ。ティーパーティーの内側を“壊れない目”で見られる存在が」

 

 壊れない目。

 

 破壊と混沌が支配するゲヘナで、

 それは皮肉なほど異質な言葉だった。

 

 少し考えた。

 

 ゲヘナで生きるということ。

 命令に従い、戦い、消耗される日々。

 

 ――どこにいても、駒であることに変わりはない。

 

「……わかりました。引き受けてもいいですが条件があります」

 

 そう言うと、二人の視線が集まった。

 

「エデン条約…その条約の締結するまでの期間はトリニティに潜伏してみましょう。

 そして無事締結出来た暁にはゲヘナに戻してください」

 

 一瞬、空気が止まる。

 

 マコトは、次の瞬間、大笑いした。

 

「キキキキキ! 流石は情報部筆頭! エデン条約の事も知っているか!」

 

 ヒナは、ほんのわずかに目を細める。

 

「……それなら、まだ大丈夫かしら」

 

 こうして私は、

 ゲヘナからトリニティへと送り込まれた。

 

 制服を替え、立場を替え、

 名前以外のすべてを隠して。

 

 ――そして今。

 

 紅茶の香りに包まれながら、

 三人の少女に囲まれている。

 

 あの日の選択が、正しかったのかどうか。

 まだ、答えは出ていない。

 

 ただ一つ確かなのは。

 

 私はもう、

 簡単には戻れない場所まで来てしまった、ということだけだった。

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