ティーパーティーに潜む、忠実な駒   作:KuRoNia

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その声に逆らえない DLC編

 黒夜は、その通知を見た瞬間、静かに端末を伏せた。

 

 見なかったことにする。

 

 それは以前にも使った、非常に有効な対処法だった。少なくとも、そのの間だけは現実から距離を取ることができる。

 問題は、時間が過ぎた後、現実の方からもう一度通知音を鳴らしてくることだった。

 

 ぴこん、と端末が鳴る。

 

 黒夜は目を閉じた。

 

 ぴこん

 ぴこん

 ぴこん

 

 通知は止まらなかった。

 

「モモイさん……」

 

 確認する前から分かった。

 

 前回、ゲーム開発部の乙女ゲームに男性キャラクターボイスを入れることになった時も、だいたいこの調子だった。

 あの時はゲーム開発部の皆から頼まれた結果、黒夜は渋々収録に協力した。

 

 結果、ゲームは無事に発売された。

 

 それ自体は良かった。

 

 良かったのだが、その後が問題だった。

 

 ティーパーティーの三人が、よりによって自分の声だと気づかないまま、ヒモ男、ホスト、詐欺師に次々と沈んでいった。

 ナギサはゲーム内で貢ぎ、ミカはお姫様扱いされるために金策し、セイアは詐欺師に全財産を持っていかれた。

 

 そして全員が口を揃えて言った。

 

 この声に逆らえない、と。

 

 黒夜は、その時のことを思い出して、深く息を吐いた。

 

 もう二度とやらない。

 そう決めたはずだった。

 

 けれど、端末は鳴り続けている。

 

 黒夜は諦めて、ゆっくり画面を開いた。

 

モモイ:黒夜~!お願い!!

モモイ:本当の本当にお願い!!

モモイ:今度こそ最後だから!!

モモイ:DLCが決まったの!!

モモイ:追加攻略キャラ出そうと思ってるの!!

モモイ:でも声が変わったら炎上しちゃう!!

モモイ:黒夜の声が必要なの!!

 

 黒夜は無言で画面を見つめた。

 今度こそ最後という言葉は、前にも聞いた気がする。

 すぐに、アリスからもメッセージが届いた。

 

アリス:勇者パーティーは、再び黒夜の力を必要としています!

アリス:助けてください!クリア報酬もちゃんと用意しますから!

 

 続いて、ミドリ。

 

ミドリ:すみません、黒夜さん

ミドリ:お姉ちゃんが騒いでいますが、DLC制作が決まったのは本当なんです

ミドリ:追加キャラ希望の声がかなり多くて……お姉ちゃんの言うようにDLCから声が変わったら炎上しちゃうんです…

 

 最後に、ユズ。

 

ユズ:あ、あの……無理なら大丈夫です……

ユズ:でも……黒夜さんの声を、また聞きたいってレビューが多くて……

 

 黒夜は画面を閉じた。

 

 少し考えてみるがやはり無理だと思い、すぐに返信した。

 

黒夜:申し訳ありません。

黒夜:前回でかなり懲りました。

黒夜:今回は別の方を探してください。

 

 送信。

 

 これで終わったとそう思った。

 数秒後、通知音が爆発した。

 

モモイ:黒夜~~~~!!

モモイ:そこをなんとか!!

モモイ:お願い!!お願い!!お願い!!

モモイ:黒夜じゃないとダメなんだって!!

モモイ:あの声じゃないと成立しないの!!

 

 黒夜は、頭を押さえた。

 

「私の声は一体なんなんだ!?魔性の声だとでも…?」

 

 ぼやいても、モモイには届かない。

 

 結局その日の放課後、黒夜はゲーム開発部の部室へ向かうことになった。断るにしても、直接事情を聞いてからの方がいいと思ったからだ。

 そう考えてしまう辺り、すでに半分巻き込まれているような気もしたが、黒夜はそこには目を向けないことにした。

 ミレニアムのゲーム開発部の扉を開けると、モモイが勢いよく飛びつくように近づいてきた。

 

「黒夜!」

 

「近いです、モモイさん」

 

「お願い! お願いお願いお願い! DLCの追加ボイスやって~!」

 

「お断りします」

 

「断るのはっや!」

 

 モモイはその場で崩れ落ちた。

 アリスが真剣な顔で黒夜を見上げる。

 

「黒夜、なぜですか?」

 

「前回の件で、少々大変なことになりましたので」

 

「大変なことですか?」

 

「はい、主にトリニティで」

 

 ミドリが気まずそうに視線を逸らした。

 

「あの……噂は少しだけ聞きました」

 

「…聞かれていましたか」

 

「黒夜さんの声のキャラクターで、ティーパーティーの人達が少し……その……」

 

「少し、ではありませんでした」

 

 黒夜は静かに言った。

 ユズが小さく縮こまる。

 

「す、すみません……」

 

「ユズさんが謝ることではありません。ですが、今回は本当に別の方を探した方がいいと思います」

 

「でもさ~」

 

 モモイが勢いよく顔を上げる。

 

「レビュー見た!? すごいんだよ! 追加キャラ希望の声がいっぱい来てるんだよ!?」

 

「ミドリさんから聞きました」

 

「聞いただけじゃダメ! 実際に見てみて! みんな黒夜の事を待ってるんだよ!」

 

 モモイは端末を差し出したが、黒夜はそれを受け取らなかった。

 

「モモイさん。私が声を担当していることは伏せているはずです」

 

「勿論伏せてるよ」

 

「なら、別の方でも問題ないのでは?」

 

「問題大ありだよ」

 

「なぜですか?」

 

「あの声込みでゲームが人気出ちゃったから」

 

 黒夜は目を閉じた。

 

 嬉しいと言えば、嬉しいのかもしれない。

 だが、黒夜の心境は非常に複雑だった。

 

 アリスが一歩前へ出る。

 

「黒夜。ゲームは、プレイヤーに届きました。たくさんの人が、続きを心待ちにしています」

 

「……」

 

「アリス達は、その期待に応えたいです」

 

 その真っ直ぐな言葉を聞いてしまった黒夜は困ったように目を伏せる。

 こういう言い方をされると、弱い。けれど、だからといって簡単に頷くわけにもいかない。前回の騒動を思い出せば、むしろ拒むべきだ。

 あれ以上、周囲の人間が妙なキャラクターに沈む姿を見るのは、正直かなり心臓に悪い。

 

「……少し、考えさせてください」

 

 黒夜がそう言うと、モモイがぱっと顔を上げた。

 

「ほんと!?」

 

「引き受けるとは言っていません」

 

「でも考えてくれるんだよね!?」

 

「…そうです」

 

「よし! 勝った!」

 

「断りたくなってきました…」

 

 ミドリがモモイの襟首を掴んだ。

 

「お姉ちゃん! まだ何も決まってないから」

 

「でも黒夜が考えてくれるって」

 

「圧をかけない!」

 

「はーい……」

 

 ユズはほっとしたように息を吐いた。

 

「あ、ありがとうございます……」

 

「いえ。今日は一度戻ります」

 

 黒夜は部室を出た。

 その帰り道、モモイの言葉が頭に残っていた。

 

 レビューを見て。

 

 みんな待ってる。

 

 期待に応えたい。

 

 その日の夜、黒夜は自室の机の前に座り、しばらくパソコンの画面を見つめていた。

 検索欄には、ゲーム開発部が作った乙女ゲームのタイトルが入力されている。エンターキーを押せば、レビューが出てくる。生のプレイヤーの声が見えてしまう。

 押さなければ、このまま断れる。黒夜は、指先を止めた。

 

 自分が嫌だから断る。

 恥ずかしいから断る。

 周囲を困らせたくないから断る。

 

 それは、悪いことではないはずだ。自分の意思で断ることも、きっと大事だ。

 何でも引き受けるべきではないと、先生にも、ヒナにも、カヨコにも言われている。

 

 けれど、もし本当に、そのゲームを楽しみにしている人がいるのなら。

 ゲーム開発部が一生懸命作った作品を、もっと遊びたいと思っている人がいるのなら。

 自分の我が儘で、その期待を切ってしまっていいのだろうか。

 

 黒夜は小さく息を吐いた。

 

「……見るだけ」

 

 誰にともなくそう言い訳して、検索した。

 レビューは、思っていたより多かった。

 黒夜は上から順に、ゆっくり読み進める。

 

 シナリオが面白かった。

 キャラクターが癖になる。

 選択肢の分岐が予想以上に細かい。

 ゲーム開発部らしい遊び心がある。

 

 そして。

 

 男性キャラクターの声が良かった。

 追加キャラがほしい。

 DLCが来るなら絶対に買う。

 あの声で別タイプの攻略対象も見たい。

 もっと聞きたい。

 

 黒夜は、そこで画面から目を離した。

 

 顔が熱くなるのを感じる。

 

 自分の声だと知られていない。

 知られていないはずなのに、妙に落ち着かない。

 

 だが、同時に分かった。

 

 彼女達の作品は、確かに誰かに届いている。

 

 ゲーム開発部が楽しみながら、苦労しながら作ったゲーム。

 最後に黒夜が少しだけ手伝ったゲーム。

 それを楽しんでいる人がいる。

 

 黒夜は椅子にもたれ、天井を見上げた。

 

「……私の都合だけで、楽しみにしている方々を裏切っていいのか…?」

 

 言ってから、少し苦笑した。

 またこういう考え方をしていると自覚はあった。

 けれど今回は、誰かのために自分を犠牲にするというほど大げさな話ではない。少し恥ずかしい仕事を引き受けるだけだ。少なくとも、命を張る話ではない。

 

 それに、今回は条件をつければいい。

 

 範囲を決める。

 キャラクター数を決める。

 収録内容を事前に確認する。

 名前は出さない。

 危険すぎる台詞は相談する。

 

 黒夜は端末を手に取り、モモイへ連絡した。

 

黒夜:追加収録の件ですが。

黒夜:条件付きでなら、お手伝いします。

 

 返信は一秒もかからなかった。

 

モモイ:ほんと!?!?!?

モモイ:やったーーーーー!!

モモイ:黒夜ありがとう!!

モモイ:神!!

黒夜:神ではありません。

モモイ:救世主!!

 

 

 数日後

 

 

 黒夜は再び、ゲーム開発部の部室にいた。

 目の前には、台本の束が置かれている。

 少なくとも、前回ほどではないはずだ。

 黒夜はそう信じたかった。

 

「今回は、追加攻略キャラクターが六人でーす」

 

 モモイが胸を張る。

 

「六人もですか…」

 

「あと隠し要素が少し!」

 

「モモイさん?」

 

「少し! 本当に少し!」

 

 ミドリがすぐに補足する。

 

「今回は本当に収録範囲を絞っています。重要イベントとエンディング、特殊分岐だけです」

 

「今はその言葉を信じましょう」

 

 黒夜は台本を手に取る。

 表紙に、追加キャラクターの概要が並んでいた。

 

 ギャンブルに溺れた青年。

 後輩として懐いてくるが、主人公を超えると態度が豹変する青年。

 甘え上手な年下の青年。

 幼馴染の青年。

 合理主義の理系っぽい青年。

 病弱で幸の薄い青年。

 

 黒夜は、しばらく無言でそれを見つめた。

 

「……今回も、かなり癖が強くありませんか?」

 

「刺さる人には刺さるが売りだからね」

 

「刺さるというより、もはや刺している気がしますが…」

 

「だ、大丈夫です黒夜さん。一応、王道キャラもいますから」

 

「幼馴染の純愛ルートです」

 

「それは安心しました」

 

 黒夜はそのページを見る。

 

 幼馴染の青年、穏やかに惹かれ合い、共に青春を過ごし、付き合う王道ルート。

 

 本当に普通だった。

 黒夜は少しだけ安心する。

 

「こういうキャラクターだけで良いのでは?」

 

「それだと刺激が足りないんだよね」

 

「足りています。むしろ前回から過剰です」

 

 アリスが真剣に頷く。

 

「恋愛ゲームには、光と闇のルートが必要です」

 

「アリスさんまで」

 

「ハッピーエンドが輝くのは、バッドエンドがあるからです」

 

「それは否定しきれませんが……」

 

 黒夜は台本を開いた。

 最初は、ギャンブルに溺れたキャラの台詞だった。

 仕事のストレスから賭け事に手を出し、負ければ荒れ、勝てば蕩けるように優しくなる。どう考えても近づいてはいけない人物である。

 

「……これは、本当に攻略対象なのですか?」

 

「そうだよ!」

 

「更生ルートは?」

 

「あるよ」

 

「流石にありますか」

 

「でも、沼ルートの方が人気出そうかな~って」

 

「ホント…何故でしょうね……」

 

 黒夜は台詞を読む。

 

 負けた時の荒れた声。

 勝った時の甘い声。

 

 まずは負けた時。

 

「……ああ、くそ!全部負けだ! お前がもっと金を寄越さないからだぞ!! ホント最悪だよ…もう放っておいてくれ…」

 

 モモイが頷く。

 

「もっと荒んで!」

 

「要求が難しいですね」

 

「でも声は黒夜のまま! 荒れてるのに、ちょっと放っておけない感じ!」

 

「注文が多いですね…」

 

 黒夜は少し息を整え、声を落とす。

 

「もういい…どうせ俺なんて、何をやっても勝てないんだ。……お前も、こんな俺に構ってないで帰れば?」

 

 部室が静まった。

 黒夜は不安になったが気にせず続けることにする。

 次は、勝った時の台詞。

 

 モモイが目を輝かせる。

 

「ここ! ここはもう、全部溶かす感じで!」

 

「何を溶かすのですか」

 

「脳!」

 

「ハァー…わかりましたよ」

 

 黒夜は深く息を吐き、声を柔らかく変えた。

 

「……勝ったよ。見てくれてた? 君がいてくれたから、まさに幸運の女神だね」

 

「ねえ、もう少しだけ傍にいて。今なら、君のこと……世界で一番大事にできる気がするんだ」

 

 モモイが机を叩いた。

 

「これ! これだよ!」

 

「何がですか」

 

「落としてから上げるやつ!」

 

「良くない構造では?」

 

「良い悪いじゃないの!」

 

 黒夜は不安を残したまま、次のキャラクターへ進んだ。

 

 後輩キャラ。

 最初は主人公を慕い、先輩と呼んで懐いてくる。だが、主人公の勉強や強さのステータスを超えると、態度を一転させ、ぞんざいに扱ってくる。

 黒夜は台本を見て、眉を寄せた。

 

「ただの嫌な奴では?」

 

「これはバッドエンドだから」

 

「バッドエンドなら何をしてもいいわけではありませんよ」

 

 最初の台詞は、素直だった。

 

「先輩、今日も訓練を見てくれませんか? 俺、もっと強くなりたいんです」

 

 アリスが拍手した。

 

「黒夜、後輩ジョブも似合います!」

 

「ジョブではありません」

 

 問題は、その後だった。

 ステータス逆転後の台詞。

 黒夜は少し躊躇した。

 

「……これを、本当に読むのですか?」

 

 モモイは真剣に頷く。

 

「読んで」

 

 ミドリは目を逸らした。

 

「必要イベントではあります……」

 

 ユズは小さく震えている。

 黒夜は諦め、声を低くした。

 

「ハッ!……お前には強さしかないのにさ――」

 

 部室の空気が変わる。

 

「その強さで俺に負けているようじゃ、お前って一体何の役に立つの?」

 

 冷たく、突き放すように。

 

「もう俺の先輩面すんなよ!」

 

 言い終えた瞬間、ユズが小さく悲鳴を上げた。

 

「ひゃ……」

 

「ユズさん?」

 

「す、すみません……怖いのに、声が良くて……」

 

 黒夜は本格的に不安になった。

 

 次は、甘え上手な年下キャラ。

 懐に入るのが得意で、主人公に甘え、頼り、少しずつ絆していく。しかし構いすぎると、ある時自立を決意して離れていく。

 

「このキャラクターは、比較的まともに見えますね」

 

 黒夜が言うと、ミドリが微妙な顔をした。

 

「一応、バッド分岐があります」

 

「またですか」

 

「構いすぎると離れていきます」

 

「……難しいですね」

 

 黒夜は台詞を読む。

 

「ねえ、今日だけでいいから甘えてもいい? 君のそばにいると、安心するんだ」

 

 そこから、終盤。

 

「もうこれ以上、君に甘えるのは良くないと思うんだ…」

 

 声を少しだけ大人びさせる。

 

「君が優しいから、俺はずっとここにいた。でも、このままじゃ駄目なんだ」

 

 最後に、静かに。

 

「今までありがとう、……さよなら」

 

 モモイが腕を組んで唸る。

 

「これはヤバいね~」

 

「これはプレイヤーの心が壊れませんか?」

 

「しょうがないよ、恋愛ゲームは心を動かすものだからさ」

 

「心を折るものではないと思いますよ」

 

 次は、幼馴染の純愛ルート。

 黒夜は、ここでようやく息をついた。

 台詞は至極真っ当だった。

 

「昔からずっと隣にいたのに、今さら気づくなんて遅いよな」

 

 優しく、少し照れたように。

 

「でも、今度はちゃんと言うよ。俺は、君の事が好きだ」

 

 部室が静かになった。

 モモイすら、少し照れたように頬をかく。

 

「……王道って、やっぱり強いね」

 

「最初からこういう方向で良かったのではないですか?」

 

 アリスは目を輝かせていた。

 

「ハッピーエンドですね!」

 

「はい。これは安心できますね」

 

 黒夜は少し微笑んだ。

 

 次は、合理主義の理系キャラクター。

 最初は冷静で、感情よりも論理を優先する。しかし最後の最後で、自分を犠牲にして大勢を救うか、自分を救って大勢を見捨てるかという選択が発生する。

 黒夜は台本を見て、しばらく黙った。

 

「……これは、重過ぎませんか?」

 

「このキャラクターは意図して重くしてます…」

 

 ミドリが正直に言った。

 

「DLCの目玉シナリオの一つなんです」

 

「もう何も言いません……」

 

 黒夜は、キャラクターの叫びを読むことになった。

 

「私を選ぶな! 今ここで私を切り捨てれば、まだ間に合う!」

 

 声に焦りを乗せる。

 

「感情で判断するな! 君なら分かっているはずだろう!?」

 

 最後に、少しだけ震わせて。

 

「……頼む! 私を、見捨ててくれ!!」

 

 読み終えた時、部室は静かだった。

 モモイも、今回は騒がなかった。

 ユズが小さく言う。

 

「……これ、心がつらいです」

 

「そうですね」

 

 黒夜も同意した。

 

 最後は、病弱で幸の薄いキャラ。

 よくベッドで寝ている。主人公が足しげく見舞いに通い、本の話や映画の話で盛り上がり、少しずつ心を通わせる。

 だが、時間経過によって病状が悪化し、特定条件を逃すと死亡する。

 

 黒夜は台本の説明を読んで、目を細めた。

 

「……死亡するのですか」

 

「ルート管理を怠ると」

 

「乙女ゲームですよね?」

 

「乙女ゲームです」

 

 黒夜は静かに目を閉じた。

 それから、病弱な青年の声を作った。

 少し儚く、けれど穏やかに。

 

「また来てくれたんですね。嬉しいです」

 

 柔らかく。

 

「今日は、昨日読んだ本の続きを話してもいいですか? 貴女と話していると、少しだけ外に出られた気がするんです」

 

 そして、恋仲になった後の台詞。

 

「もし明日も目が覚めたら……一番に、貴女の名前を呼びたいな…」

 

 ユズが完全に泣きそうになっていた。

 モモイも少し黙っている。

 黒夜は、最後のイベント台詞を見る。

 

 墓前メッセージ。

 

 キャラクター本人の声ではなく、残された手紙を読む形式だった。

 

「貴女がこの手紙を読んでいるなら、私はもう、この世にはいないのでしょう」

 

「でも、貴女が来てくれた日々は、私にとってかけがえのない最高の思い出です」

 

「どうか、私のいない朝も、貴女は本を開いてください。そこに物語が続いている限り、私は少しだけ、貴女の隣にいられる気がするから」

 

 読み終えた後、しばらく誰も喋らなかった。

 

 最初に口を開いたのは、アリスだった。

 

「……これは、バッドエンドです」

 

「はい」

 

 黒夜は静かに頷いた。

 

「かなり、つらいですね」

 

 モモイが鼻をすすった。

 

「でも、入れたいんだ」

 

「何が貴女をそうさせるのですか、モモイさん…」

 

「だって……こういうのも、物語だから」

 

 その言葉に、黒夜は少しだけ目を伏せた。

 確かに、そうなのだろう。

 

 楽しいだけが物語ではない。

 甘いだけが恋愛ではない。

 時には、苦くて、痛くて、どうしようもないものが残るからこそ、忘れられない。

 

 黒夜は台本を閉じた。

 

「……分かりました。必要な分は、最後まで収録します」

 

 モモイの顔が輝く。

 

「黒夜……!」

 

「ただし、条件は守ってください」

 

「もちろん!」

 

「キャラクターを増やさないこと」

 

「……うん」

 

「今、一瞬間がありましたね」

 

「気のせいだよ!」

 

「名前は出さないこと」

 

「わかってるよ」

 

 黒夜は少し疑わしそうに見たが、ミドリがすぐ頷いた。

 

「そこは私が管理します」

 

「お願いします」

 

 ユズも小さく手を上げた。

 

「あ、あの……私も確認します……」

 

「ありがとうございます、ユズさん」

 

 黒夜は少し疲れたように笑った。

 こうして、ゲーム開発部の乙女ゲームDLC制作は本格的に動き出した。

 

 ゲーム開発部の乙女ゲームに、追加DLCが配信された。

 前回の本編が思った以上の評判を呼び、追加攻略キャラクターを求める声が集まった結果、ゲーム開発部は勢いそのままに新規ルートを実装した。

 

 追加の攻略対象は六人。

 それぞれが、前回以上に妙な方向へ尖っていた。

 そして、その全員の声を担当した黒夜は、配信当日の夜、静かに端末を伏せた。

 

「……どうか、今回は平和に終わりますように」

 

 その願いは、前回と同じく、叶わなかった。

 

 最初に被害を受けたのは、マコトだった。

 

 万魔殿の一室。

 仕事を片付けた後のマコトは、どこか得意げにゲームを起動していた。

 

「ふははは! 前回はナギサ達が妙に騒いでいたが、たかがゲームだろう? この私が冷静に攻略してやろうではないか!」

 

 そう言った時点では、マコトは本当に冷静なつもりだった。

 追加攻略キャラの一覧を見て、彼女は最初にギャンブルに溺れた男を選んだ。

 理由は簡単だった。

 

「仕事のストレスで道を踏み外した、か。ふん、情けない男だな。だが、万魔殿議長たる私ならば、見事更生させてやれるだろう!」

 

 最初の印象は最悪だった。

 

 そのキャラクターは、負ければ荒れる。

 金が尽きれば不機嫌になる。

 主人公に冷たく当たり、時には八つ当たりのような台詞さえ吐いた。

 

 普通なら、すぐに見切るべき相手だった。

 

 マコトも最初はそう思っていた。

 

「なんだこいつは! 勝負に負けた程度でその態度とは、器が小さいにも程があるぞ!」

 

 画面の中の男は、低く荒んだ声で言う。

 

『……ああ、くそ!全部負けだ! お前がもっと金を寄越さないからだぞ!! ホント最悪だよ…もう放っておいてくれ…』

 

 マコトは腕を組み、鼻を鳴らした。

 

「ふん! 放っておいてくれと言うなら、放っておけばいいだけの話だ!」

 

 そう言いながら、選択肢を見る。

 

 画面には三つの選択肢があった。

 

 ――放っておく。

 ――励ます。

 ――軍資金を渡す。

 

 マコトはしばらく画面を見つめた。

 

「……いや、ここで見捨てるのは、議長としていかがなものか」

 

 指が、三つ目の選択肢へ滑る。

 

「仕方ない奴だな! 今回だけだぞ!」

 

 軍資金を渡した。

 その結果、次の勝負で男は勝った。

 画面の中の彼は、先ほどまでの荒んだ表情が嘘のように柔らかく笑う。

 

『……勝ったよ。見てくれてた? 君がいてくれたから、まさに幸運の女神だね』

 

 マコトの肩が、ぴくりと揺れた。

 

『ねえ、もう少しだけ傍にいて。今なら、君のこと……世界で一番大事にできる気がするんだ』

 

 マコトは、しばらく無言だった。

 そして、ゆっくりと口元を押さえる。

 

「……ふ、ふん」

 

 声が少し上ずっていた。

 

「勝った時は、なかなか殊勝ではないか」

 

 それから、男はまた負けた。

 態度はまた悪くなった。

 

『……最悪だ。俺に構うな。どうせ次も負ける』

 

「馬鹿者! そこで諦めるな!」

 

 選択肢。

 

 ――距離を置く。

 ――叱る。

 ――軍資金を渡す。

 

「まったく、仕方ない奴だな!」

 

 マコトはまた渡した。

 

 勝ったら甘くなった。

 また負けたら荒れた。

 そしてまた渡した。

 

 その繰り返しの中で、マコトの目は少しずつおかしくなっていった。

 

「これは投資だ。将来性のある者に資金を出すのは、上に立つ者として当然の判断だ」

 

 誰もいない部屋で、マコトは真顔で言った。

 画面の中の男が、勝利後に甘く囁く。

 

『君がいれば、俺はまだやれる。……君だけが、俺を見捨てないでくれる』

 

「ふ、ふはは……当然だ! この私が見込んだのだからな!」

 

 それは、攻略ではなかった。

 底なし沼だった。

 

 同じ頃、風紀委員会の一室では、ヒナが静かにゲーム画面を見つめていた。

 彼女がゲームを始めた理由は、単純な興味だった。

 

 前回、トリニティの三人が寝不足になるほどハマったという話を聞いていた。

 そのうえ、追加DLCの評判が妙に高い。

 ヒナは、最初はただ確認するつもりだった。

 

「……どんなものなのか、少し見るだけ」

 

 選んだのは、後輩キャラだった。

 最初の彼は素直だった。

 

『先輩、今日も訓練を見てくれませんか? 俺、もっと強くなりたいんです』

 

 ヒナは少しだけ目を細める。

 

「……黒夜みたいなことを言うのね」

 

 声も、少し聞き覚えがある気がした。

 けれど、その時は気のせいだと思った。

 

 後輩キャラは、主人公を慕う。

 強くなりたいと願い、勉強も訓練も真面目にこなす。

 時折危なっかしいところもあるが、それでも真っ直ぐだった。

 ヒナは、その姿に少しだけ気を許した。

 

「ふふ、無茶をするところまで、似ているのね」

 

 ゲーム内の主人公は、彼に勉強を教え、訓練をつけ、ステータスを上げていく。

 最初は彼が追いつこうとしているだけだった。

 

 だが、ある時点で、彼の数値が主人公を超えてしまった。

 

 夕暮れの訓練場、主人公に勝利した後輩キャラが、ゆっくりと振り返る。

 その表情は、今までと違っていた。

 

『ハッ!……お前には強さしかないのにさ――』

 

 ヒナの指が止まった。

 

『その強さで俺に負けているようじゃ、お前って一体何の役に立つの?』

 

 突き放すような冷たい声。

 

『もう俺の先輩面すんなよ!』

 

 ヒナの背筋に、ぞくりとしたものが走った。

 

「……最低」

 

 小さく呟く。

 だが、画面から目が離せなかった。

 胸の奥が、妙にざわついている。

 

 怒りではない、悲しみでもない。

 ただ、自分が強いからこそ誰かに必要とされていたのだとしたら、その強さで負けた瞬間、自分には何が残るのか。

 それを突きつけられたような感覚だった。

 

 同時に、そんな冷たい言葉を、聞き覚えのある声で吐かれたことに、どうしようもなく心が揺れた。

 ヒナは画面を見つめたまま、しばらく動かなかった。

 

 バッドエンド。

 

 画面には、そう表示されていた。

 ヒナは静かに息を吐く。

 

「……こんなの、間違っている」

 

 そう言いながら、ロードした。

 そして、もう一度そのイベント直前のセーブデータを開いた。

 今度は違う選択肢を選ぶために、そう自分に言い聞かせながら。

 

 次は、カヨコだった。

 

 便利屋68の事務所の隅で、彼女は、アル達が騒いでいるのを横目に、何となくゲームを起動していた。

 前回のゲームの騒ぎは知っている。

 ただ、周囲があまりにも騒いでいるので、少し気になっただけだった。

 

「……まあ、少しだけ」

 

 選んだのは、甘え上手な年下キャラ。

 最初は、軽い気持ちだった。

 彼は距離を詰めるのが上手かった。

 

『ねえ、今日だけでいいから甘えてもいい? 君のそばにいると、安心するんだ』

 

 カヨコは半眼で画面を見る。

 

「……面倒なタイプ」

 

 そう言いながら、選択肢では甘やかした。

 

 彼は主人公の懐に入り込む。

 小さな頼み事をする。

 些細なことで喜ぶ。

 弱いところを見せる。

 こちらが少し突き放そうとすると、寂しそうに笑う。

 

 カヨコは、毎回ため息をついた。

 

「はいはい。仕方ないね」

 

 そう言いながら、構った。

 

 いつしか彼は、カヨコのゲーム内生活の中心になっていた。

 ログインすれば彼の様子を見る。

 選択肢では、彼が喜びそうなものを選ぶ。

 アイテムも、彼に渡す。

 

 それを見ていたムツキが横から覗き込んだ。

 

「くふふ、カヨコちゃんってば、すっごい甘やかしてるね〜」

 

「別に」

 

「別に、でそんなにイベント回収する?」

 

「ムツキ……うるさい」

 

 その数時間後。

 画面の中の彼は、静かに言った。

 

『もうこれ以上、君に甘えるのは良くないと思うんだ』

 

 カヨコの表情が止まった。

 

「……は?」

 

『君が優しいから、俺はずっとここにいた。でも、このままじゃ駄目なんだ』

 

「いや、別に駄目じゃないでしょ!」

 

 画面の向こうの彼は、微笑む。

 

『今までありがとう、……さよなら』

 

 カヨコは慌てて選択肢を押した。

 

 引き止める。

 追いかける。

 理由を聞く。

 

 けれど、彼は少しずつ離れていく。

 

 構いすぎた結果、彼は自立を決意してしまった。

 それはゲーム上ではバッドエンドだった。

 

 最後の画面で、彼は一人で遠くへ歩いていった。

 

 カヨコは、端末を持ったまま固まっていた。

 

「……いや」

 

 声が、普段より少しだけ低かった。

 

「そこは、置いていくところじゃないでしょ!?」

 

 アルが横から声をかける。

 

「カヨコ?」

 

「……何でもない」

 

「何でもない顔じゃないけど」

 

「何でもないってば!」

 

 カヨコは端末を伏せた。

 しばらくして、もう一度起動した。

 セーブデータは、彼が自立を決意する少し前。

 

 カヨコは小さく息を吐く。

 

「……分かってる」

 

 そう言って、今度は少し距離を置く選択肢を選ぼうとした。

 しかし、彼が寂しそうに笑った瞬間、指が止まった。

 

「……ズル」

 

 結局、また甘やかしてしまうのだった。

 

 アツコは、最初から様子が違った。

 彼女はゲームを起動すると、迷わず幼馴染キャラを選んだ。

 キャラクター名の入力欄が表示される。

 アツコは少しも迷わず、そこに入力した。

 

 月城黒夜

 

 サオリが横から見ていた。

 

「アツコ、その名前は」

 

「黒夜だよ?」

 

「……そうか」

 

 サオリはそれ以上何も言わなかった。

 

 ゲームが始まる。

 

 画面の中の幼馴染は、主人公に優しく笑いかける。

 

『おはよう。今日も一緒に行こうか』

 

 アツコは静かに微笑んだ。

 

「うん」

 

 ゲーム内の黒夜は、いつも隣にいた。

 

 一緒に登校し、授業を受け、寄り道をして、雨の日には傘を差し出す。

 派手な事件は起きない。

 裏切りも、破滅も、重い選択もない。

 

 ただ、温かい青春の日々があった。

 

 少しずつ距離が近づき、互いに意識し始める。

 すれ違いもあるけれど、最後にはちゃんと向き合う。

 

『昔からずっと隣にいたのに、今さら気づくなんて遅いよな』

 

 アツコは画面を見つめる。

 

『でも、今度はちゃんと言うよ。俺は、君の事が好きだ!』

 

 アツコは、静かに頷いた。

 

「私も…大好きだよ」

 

 サオリは、少し複雑そうな顔をした。

 ヒヨリは横で真っ赤になっていた。

 

「姫ちゃん……すごく自然に返事してます……」

 

 ミサキはぽつりと言う。

 

「後で私も貸してもらおうかな…」

 

 アツコは周りを気にせずに画面から目を離さなかった。

 クリア後、恋人同士になったゲーム内の黒夜が、主人公へ微笑む。

 アツコは端末を胸元に抱えた。

 

「黒夜の彼女は、私だよ?」

 

 サオリが固まった。

 

「……アツコ」

 

「ゲームの中では」

 

「…そうか」

 

「今はね…?」

 

 その最後の一言に、サオリは何も言えなくなった。

 アツコは穏やかだった。

 穏やかだったが、その穏やかさの中に、妙に揺るがないものがあった。

 

 リオは、合理主義の理系キャラクターを選んだ。

 

 最初は、単純な興味だった。

 同じ合理性を重んじる者として、このキャラクターの思考がどの程度作り込まれているのか確認する。

 そんなつもりだった。

 ゲーム内の彼は、冷静だった。

 

『感情は判断を曇らせる。必要なのは、常に最適解だ』

 

 リオは満足そうに頷く。

 

「そうね」

 

 選択肢も、彼女にとっては分かりやすかった。

 

 効率を重視する。

 論理を優先する。

 無駄な感情論を避ける。

 

 彼との会話は、不思議と心地よかった。

 だが、進めるにつれて、彼は少しずつ変わっていく。

 

『非合理だ。けれど、貴女といると、その非合理を切り捨てきれない』

 

 リオは、その台詞を見て少し黙った。

 

「……よくできているわ」

 

 そう評価した。

 評価しただけのつもりだった。

 

 そして、終盤。

 

 トロッコ問題にも似た選択が突きつけられた。

 

 彼を犠牲にすれば、多くの人が助かる。

 彼を助ければ、多くの人が犠牲になる。

 

 画面の中の彼は叫ぶ。

 

『私を選ぶな! 今ここで私を切り捨てれば、まだ間に合う!』

 

 リオの指が、止まった。

 答えは分かっていた。

 

 合理的に考えれば、大勢を救うべきだ。

 彼自身も、それを望んでいる。

 それが最適解。

 

 なのに。

 

『感情で判断するな! 君なら分かるはずだろう!?』

 

「……分かっているわ」

 

 リオは呟いた。

 だが、押せない。

 

 選択肢は二つ。

 

 彼を犠牲にする。

 彼を助ける。

 

 どちらも押せない。

 

『……頼む。私を、見捨ててくれ』

 

 その声に、リオの喉が詰まった。

 時間制限が進む。

 画面の端のゲージが減っていく。

 

 リオは、動けなかった。

 そして、時間切れになった。

 

 結果は、最悪だった。

 彼も、大勢も、どちらも救えなかった。

 画面には、崩壊した施設と、何も残らなかった研究室が映る。

 

 リオは端末を握りしめた。

 

「……私が」

 

 声が震えた。

 

「私が、早く決断しなかったから……!」

 

 合理的であるはずの自分が。

 最適解を選べるはずの自分が。

 最後の最後で、感情に縛られて動けなかった。

 リオは、画面を見つめたまま、静かに泣き崩れた。

 

 ヒマリは、病弱で幸の薄い青年を選んだ。

 

「ふふん、病弱キャラクターとは、なかなか分かっていますね。ですが、この超天才清楚系病弱美少女ハッカーの前で、どこまで病弱さを表現できるか見ものですね」

 

 最初は、そんな軽口を叩いていた。

 

 彼はよくベッドで寝ていた。

 

『また来てくれたんですね。嬉しいです』

 

 ヒマリは画面の前で得意げに笑う。

 

「ええ、来ましたとも。病床の貴方に、この超天才清楚系病弱美少女が知識と話題を届けて差し上げましょう」

 

 彼とは、本の話で盛り上がった。

 

『今日は、昨日読んだ本の続きを話してもいいですか? 貴女と話していると、少しだけ外に出られた気がするんです』

 

 ヒマリは、少しだけ表情を和らげる。

 

「……なかなか詩的なことを言うではありませんか」

 

 イベントを重ねる。

 

 本を持っていく。

 窓を開ける。

 花を飾る。

 彼が少しだけ笑う。

 

 ヒマリは、だんだん本気になっていった。

 

「このルートは思ったより丁寧ですね」

 

 恋仲になるイベントまで進む。

 

『もし明日も目が覚めたら……一番に、貴女の名前を呼びたい』

 

 ヒマリは、珍しく言葉を失った。

 その後、少し顔を赤くして咳払いをする。

 

「ま、まあ、なかなか悪くありませんね」

 

 その日は、そこでゲームを中断した。

 

 ヒマリには作業があった。

 少し処理してから戻るつもりだった。

 

 だが、作業は長引いた。

 いくつかの処理を終えた頃には、時間がかなり過ぎていた。

 

 ヒマリはようやくゲームを再起動する。

 

「さて、続きを――」

 

 画面が暗転した。

 次に映ったのは、墓だった。

 ヒマリは、最初何が起きたのか分からなかった。

 

「……え?」

 

 墓前に、花が置かれている。

 画面には、彼の名前が表示されている。

 

 時間経過による病状悪化。

 一定期間会いに行かなかったことで、彼は死亡した。

 

 残された手紙が再生される。

 

『貴女がこの手紙を読んでいるなら、私はもう、この世にはいないのでしょう』

 

『でも、貴女が来てくれた日々は、私にとってかけがえのない最高の思い出です』

 

「……待ってください!」

 

『どうか、私のいない朝も、貴女は本を読んでください』

 

「待って…!」

 

『そこに物語が続いている限り、私は少しだけ、貴女の隣にいられる気がするから』

 

 手紙が終わる。

 画面には、静かなお墓が映っている。

 

 ヒマリは動けなかった。

 いつもの長い自称も、軽口も、言葉も出てこない。

 ただ、画面を見つめていた。

 そして、ようやく理解した。

 

「……死んだ?」

 

 小さな声だった。

 

「私が、少し目を離した間に?」

 

 ゲーム画面は、ただ静かに墓を映している。

 ヒマリは、完全にフリーズした。

 こうして、DLCの追加攻略キャラクター達は、それぞれの場所で確実に爪痕を残していった。

 

 そしてこの時点で、誰もまだ知らなかった。

 その声が、すべて黒夜のものだということを。

 

 いや、薄々気づき始めている者はいた。

 だが、確信するには至っていない。

 その確信が訪れた時、何が起きるのか。

 黒夜もゲーム開発部もまだ知らない。

 

 

 

 

 シロコ*テラーは、シャーレの休憩スペースで静かに端末を見つめていた。

 

 画面には、ゲーム開発部が出した話題の新作のゲームのタイトル画面が表示されている。前回、ナギサ*テラー、ミカ*テラー、セイア*テラーが黒夜に似た執事キャラの監禁エンドに辿り着き、暗い笑みで聞かされた話を思い出し、シロコ*テラーも一応プレイしてみることにしたのだ。

 

 もちろん、期待していなかったわけではない。

 

 ナギサ*テラー達があれほど静かにおかしくなったゲームである。

 ならば、自分にも何か刺さるものがあるのかもしれない。

 

 そう思って、追加キャラを順番に見ていった。

 

 ギャンブルに溺れた男。

 

『ん、甘いお金が欲しいなら銀行強盗すればいい』

 

 終了

 

 後輩から態度が豹変する男。

 

『ん、生意気』

 

 終了

 

 甘え上手な年下キャラ。

 

『ん、自立するなら最初からそうすればいい』

 

 終了

 

 幼馴染の純愛キャラ。

 

『ん、悪くない。でも違う』

 

 保留

 

 合理主義の理系キャラ。

 

『ん、理屈っぽい』

 

 終了

 

 病弱で幸の薄い青年。

 

『ん……重い…』

 

 少しだけ止まったが、やはり違う。

 

 シロコ*テラーは端末を伏せた。

 画面の向こうのキャラクター達は、どれも悪くはないのだろう。少なくとも、他の者達を揺さぶる程度には、よく作られているのだと思う。

 だが、どうにも自分には刺さらなかった。

 声も良いしセリフも悪くない。ストーリーの展開も凝っている。

 

 けれど、それでも。

 

『……やっぱり、黒夜と遊ぶ方が楽しい』

 

 シロコ*テラーは立ち上がった。思い立った後の行動は早かった。

 

 数十分後。

 

 黒夜の部屋のインターホンが鳴った。

 

「どちら様で――」

 

 扉を開けると、そこにはシロコ*テラーが立っていた。

 白い髪を揺らし、いつものように淡々とした表情で、片手には携帯ゲーム機のケースを持っている。

 

「シロコさん?」

 

『来てみた』

 

「それは見れば分かりますが……何かありましたか?」

 

『あのゲームをした』

 

 黒夜の表情が、ほんのわずかに固まった。

 

「……そうですか」

 

『でも、あまり刺さらなかった』

 

「それは……良かった、と言っていいのでしょうか」

 

『残念だから一緒に対戦ゲームしよう?』

 

「なぜそうなるのですか?」

 

『ゲームのキャラより、本物の黒夜と遊ぶ方がいい』

 

 黒夜は言葉を失った。

 

「そうですか……」

 

 黒夜は困ったように笑い、それから扉を開けた。

 

「では、少しだけですよ?」

 

『ん、ボコす!』

 

「まだ何のゲームをするかも決めていませんよね!?」

 

『絶対勝つ!』

 

「自信がすごいですね~」

 

 そうして、シロコ*テラーは黒夜の部屋に上がり込んだ。

 

 机の上には、ちょうど片付け途中の資料が積まれていた。黒夜はそれを脇に寄せ、二人で対戦できるゲームを用意する。シロコ*テラーはソファに座り、コントローラーを持つと、妙に真剣な目で画面を見つめた。

 

「シロコさん、操作方法は分かりますか?」

 

『だいたい分かる』

 

「本当に?」

 

『勘でいける』

 

「不安ですね」

 

 数分後。

 

 黒夜は負けた。

 

「嘘でしょ…?」

 

『ん、勝った♪』

 

「強いですね」

 

『違う、黒夜が弱い』

 

「そこまで言いますか」

 

 シロコ*テラーは小さく頷く。

 

『よわ黒夜』

 

「それは少し語呂が悪いですよ」

 

『ん、よわこくや』

 

「言い直さなくて大丈夫です」

 

 二戦目

 

 黒夜は少し本気を出したらあっさり勝てた。

 シロコ*テラーは無言で画面を見つめていた。

 

「……もう一回しますか?」

 

『次は負けない!』

 

 三戦目

 四戦目

 五戦目

 

 勝ったり負けたりしながら、楽しい時間はあっという間に過ぎていった。

 

 シロコ*テラーは、ゲーム内のキャラクターを攻略している時よりもずっと集中していた。負けると少し耳が下がり、勝つとわずかに目元が緩む。感情表現は小さいが、黒夜には何となく分かるようになってきていた。

 

 この時間を、彼女は楽しんでいる。

 

 そう思うと、黒夜も少し嬉しかった。

 

「シロコさん」

 

『ん?』

 

「乙女ゲームの方は、本当にもういいんですか?」

 

『もういい…ゲームのキャラはゲームのキャラ――』

 

 シロコ*テラーは、コントローラーを握ったまま淡々と言う。

 

『本物の黒夜はここにいる』

 

「……」

 

『だから、こっちがいい』

 

 黒夜は少しだけ目を伏せた。

 

 その言葉は、重くもあった。

 けれど、どこか救いでもあった。

 

 シロコ*テラーが、画面の向こうの誰かではなく、自分の前にいる黒夜を選んでいる。失った世界から来た彼女にとって、それはきっと簡単なことではない。

 

 黒夜は、穏やかに笑った。

 

「では、もう一戦だけ」

 

『ん、今度も勝つ』

 

 その時だった。黒夜の端末が鳴った。

 画面には、モモイからのメッセージが表示されていた。

 

モモイ:黒夜ー!

モモイ:DLCめちゃくちゃ売れてる!!

モモイ:黒夜の追加ボイス、やっぱり最高!!

モモイ:レビューでもめちゃくちゃ褒められてるよ!!

モモイ:ありがとう!!黒夜の声、最強!!

 

 黒夜は無言で画面を伏せようとしたが、シロコ*テラーの目はすでに画面を捉えていた。

 

『……黒夜の声?』

 

 黒夜の手が止まる。

 

「……」

 

『どういうこと?』

 

「……シロコさん」

 

『ん』

 

「これは、その」

 

『黒夜がキャラクターの声をやってたの?』

 

 ごまかすには遅すぎた。

 黒夜は、静かに息を吐いた。

 

「……はい。追加キャラクターのボイスを、少しだけ」

 

『ホント?』

 

「……全キャラクターを」

 

『やっぱり』

 

「気づいていたんですか?」

 

『声は似てた』

 

「では、なぜ何も」

 

『ゲームより本物がいいから』

 

 シロコ*テラーは、少しも迷わず言った。

 

『黒夜の声のキャラより、黒夜本人と遊ぶ方がいい』

 

「……そうですか」

 

『ふっ、私の勝ち』

 

「勝ち負けの話なんですか?」

 

『みんなゲームに負けてる。私は本物の黒夜と遊んでる』

 

 黒夜は少しだけ困った顔をした。

 

「それを他の皆さんの前で言わないでくださいね」

 

『言うに決まってる』

 

「言わないでください」

 

『絶対言う』

 

「シロコさん!」

 

 嫌な予感は、すぐに現実になった。

 

 数日後、黒夜はシャーレに呼び出された。

 なぜか、複数の方面から同時に呼び出された。

 

 マコトからは「至急、黒夜は顔を出せ」と来た。

 ヒナからは「話がある」と短く来た。

 カヨコからは「逃げんな」とだけ来た。

 アツコからは「黒夜に会いたいな」と来た。

 リオからは「確認したいことがあるわ」と来た。

 ヒマリからは「来てくれないと泣きますよ?」と来た。

 そしてシロコ*テラーからは『みんな来る。面白そうだよ』と来た。

 

 黒夜は、この時点で引き返したくなった。

 けれど逃げるわけにもいかない。

 

 シャーレの一室に入ると、すでに全員が揃っていた。

 黒夜は、入口で一礼した。

 

「……皆さん。お集まりのようで」

 

 カヨコが低く言う。

 

「黒夜」

 

「はい」

 

「声の件だけど」

 

「……はい」

 

「やっぱり、あれ全部黒夜って本当?」

 

「あのゲームの男性キャラクターのボイスは、私が担当しました」

 

 空気が、一斉に動いた。

 最初に声を上げたのはマコトだった。

 

「黒夜! 貴様、なぜあのような男の声を……いや、だが勝った時の声は悪くなかったぞ!」

 

「マコト様、寄りにもよってそのキャラですか…」

 

「負けた時は最低だ! だが勝った時は……その、非常に……非常にだな……」

 

 マコトは言葉を探した。

 そして、少し顔を赤くして叫ぶ。

 

「蕩けるようだった!」

 

「言わなくていいです!」

 

「それでだな、つい軍資金を渡してしまって……」

 

「渡さないでください」

 

「仕方ないだろう! 勝てば優しいのだぞ!?」

 

 ヒナが、静かに黒夜の前へ出た。

 

「……あの後輩キャラの声も、貴方?」

 

「そうです」

 

「そう」

 

 ヒナは少しだけ目を伏せた。

 

「では、あの台詞も?」

 

「……どの台詞でしょうか」

 

 ヒナは一瞬だけ黙った。

 そして、少しだけ耳を赤くしながら言う。

 

「もう俺の先輩面すんなよ、って」

 

 黒夜は固まった。マコトが「なに!?」と反応し、カヨコが目を細め、リオが端末を見る手を止めた。

 

 ヒナは小さい声で続ける。

 

「黒夜。あれを、もう一度――」

 

「言いませんよ」

 

「……残念ね、少しくらいいいじゃない」

 

「絶対に言いません」

 

「そこまで強く拒否しなくても」

 

 ヒナはほんの少し残念そうにした。

 黒夜は、その反応を見なかったことにした。

 

 カヨコが椅子から立ち上がる。

 

「年下キャラ」

 

「……はい」

 

「あれ、黒夜の声でやるのは駄目でしょ」

 

 カヨコの声は静かだったが、妙に重い。

 

「勝手に甘えてきて、こっちが構ったら、最後に離れていくとかさ!」

 

「……そういうシナリオでしたね」

 

「自立したら、誰も傷つかないと思った!?」

 

「カヨコさん、それは私に言われても」

 

「分かってる! 分かってるけど、後で説教だからね」

 

「理不尽では?」

 

「うるさい!」

 

 アツコが、黒夜の袖をそっと掴んだ。

 

 

「私、幼馴染キャラをクリアしたよ」

 

「あの王道ルートですか?」

 

「うん」

 

「それはよかったです。あのルートは平和でしたからね」

 

「幼馴染の名前、黒夜にしたんだ…」

 

「……はい?」

 

 黒夜は聞き返した。

 アツコは静かに続ける。

 

「最初から、黒夜って名前にした。だから、ゲームの中で黒夜と幼馴染で、黒夜と恋人になった」

 

「アツコさん!?」

 

「黒夜の彼女は私だよ?」

 

「ゲーム内では、ですよね!?」

 

「ふふ、今はね」

 

「今は、とは?」

 

 サオリがいたら止めてくれただろうか、と黒夜は一瞬思った。

 だが、今ここにサオリはいない。

 アツコは穏やかに微笑んだままだった。

 

「声も黒夜だったなら、やっぱり黒夜だったんだね」

 

「違います。ゲームのキャラクターです」

 

「でも声は黒夜」

 

「それはそうですが」

 

「じゃあ、半分黒夜だね♪」

 

 黒夜は困り果てた。

 

 リオが静かに口を開く。

 

「あの合理主義者の声も、貴方ね」

 

「はい」

 

「……そう」

 

 リオは端末を握りしめていた。

 

 表情は落ち着いている。

 だが、目元がわずかに赤い。

 

「私は、選べなかったわ」

 

「リオさん……」

 

「合理的に考えれば、彼を犠牲にして大勢を救うべきだった。それは分かっていた。彼自身もそう望んでいた」

 

 リオの声が、少し震える。

 

「でも、選べなかった。積み重ねてきた時間があった。声が……貴方の声に似ていた。だから切り捨てられなかった」

 

 黒夜は何も言えなかった。

 

「結果、どちらも失ってしまった」

 

 リオは小さく息を吐いた。

 

「……貴方の声で、私にあの選択を迫らせたのね」

 

「シナリオに関してはモモイさんの担当です!」

 

「分かっているわ」

 

「分かってくれるのですね!」

 

「でも、少し恨むわ」

 

 黒夜は素直に受け止めた。

 

 最後に、ヒマリが顔を上げた。

 

 いつものような芝居がかった笑みはない。

 

「お墓は、駄目です!」

 

「……ああ」

 

「病弱で、幸が薄くて、本の話で盛り上がって、やっと恋仲になったと思ったら、少し作業で目を離した隙にお墓ですよ!?」

 

「それは……本当に申し訳ありません」

 

「いいですか、黒夜さん」

 

 ヒマリの声が震えている。

 

「死別は、駄目です」

 

「お別れの手紙も駄目です」

 

「貴方の声で、私のいない朝も本を読んでください、などと言わないでください!」

 

「私はセリフを読んだだけ――」

 

「私はまだ、画面を見れないんですよ!?」

 

「……本当に申し訳ありません」

 

 黒夜は深く頭を下げた。

 その場に、妙な沈黙が落ちる。

 全員が、それぞれに何かを抱えていた。

 そしてその悉くが黒夜の声に、見事に振り回されていた。

 そんな中、沈黙を破ったのはシロコ*テラーだった。

 

『みんなゲームの黒夜に負けすぎ』

 

 全員の視線が、シロコ*テラーへ向いた。

 黒夜も、少し救われたような顔で彼女を見る。

 

「シロコさん……!」

 

『私はゲームにハマらなかった』

 

『本物の黒夜と対戦ゲームした』

 

『だから私の勝ちだね』

 

『私はゲームのキャラより、本物の黒夜が一番いい』

 

 シロコは、堂々と言い切った。

 

『みんなが画面の中の黒夜の声にやられてる間に、私は本物と遊んでた』

 

 みんなの纏う空気が変わった。

 

 マコトが目を見開く。

 

「なにっ!? 黒夜と二人で遊んだだと!?」

 

 ヒナの視線が鋭くなる。

 

「黒夜、いつ?」

 

「ええと……数日前に」

 

 カヨコがため息をつく。

 

「ハァ…説教追加ね」

 

 アツコが黒夜の袖を少し強く掴む。

 

「黒夜、私も遊びたい」

 

 リオが端末を閉じる。

 

「対戦ゲームなら、私もできるわ」

 

 ヒマリがようやく少しだけ復活する。

 

「ふ、ふふん……この超天才清楚系病弱美少女ハッカーをゲーム対戦で除外するなど、見過ごせませんね!」

 

 黒夜は、ゆっくりとシロコ*テラーを見た。

 

「シロコさん」

 

『ん?』

 

「救われたと思った私が間違いでした…」

 

『ん、ごめん』

 

 そこへ、端末が鳴った。

 黒夜の端末だった。

 部屋中の視線が、一斉に向く。

 黒夜は嫌な予感を抱きながら、画面を見た。

 

モモイ:黒夜~!

モモイ:DLCめちゃくちゃ好評!!

モモイ:第二弾もいけるかも!!

モモイ:次はもっと攻めたキャラを――

 

 黒夜は、無言で端末を伏せた。

 

 静かに目を閉じる。

 

「……既視感がありますね」

 

 カヨコが低く言う。

 

「逃げる気?」

 

「いえ、そんな事は――」

 

 黒夜はゆっくりと首を横に振った。

 

「今回は、最初から断る文面を考えます」

 

 マコトが腕を組む。

 

「待て。第二弾に、勝てば優しい男の更生ルートが来る可能性は!?」

 

「マコト様」

 

「何だ?」

 

「来るわけ無いでしょ…」

 

 ヒナが静かに続ける。

 

「後輩キャラの救済ルートは?」

 

「ヒナさん」

 

「駄目?」

 

「駄目です」

 

「……そう」

 

 残念そうにしないでほしい、と黒夜は心の底から思った。

 

 アツコが袖を引く。

 

「幼馴染の続編は?」

 

「アツコさん」

 

「結婚ルート」

 

「ありません」

 

 リオが小さく呟く。

 

「合理主義者の生存ルートがあるなら……」

 

「リオさんまで…」

 

 ヒマリも目を逸らしながら言う。

 

「病弱青年の生存救済DLCがあるなら、検討の余地はありますよ」

 

「皆さん、落ち着いてください」

 

 シロコ*テラーが最後に言った。

 

『第二弾より、みんなで本物の黒夜とゲームすればいい』

 

 全員が、少し考えた。

 そして、黒夜を見る。

 黒夜は一歩下がった。

 

「……あの」

 

 マコトが笑う。

 

「ふははは! よかろう! ゲヘナ学園議長として、黒夜との対戦を許可する!」

 

 ヒナが静かに頷く。

 

「私も参加するわ」

 

 カヨコはため息をつきながら、

 

「まあ、説教の後でね」

 

 アツコは嬉しそうに、

 

「久々に黒夜と遊ぶのもいいかも♪」

 

 リオは真面目に、

 

「ゲーム理論の実地検証ね」

 

 ヒマリはようやくいつもの調子を取り戻し、

 

「ふふん、この超天才清楚系病弱美少女ハッカーの華麗なる操作技術を見せる時が来ましたね」

 

 シロコ*テラーは短く、

 

『結局。私が一番強い』

 

 黒夜は、ゆっくりと天井を見上げた。

 

 乙女ゲームの追加DLCから始まった騒動は、なぜか最終的に、黒夜を囲んだ対戦ゲーム大会へと変わろうとしていた。

 何も解決していないけれど、少なくとも画面の向こうのキャラクターたちに振り回されるよりは、少しは健全なのかもしれない。

 

 そう思うことにした。

 

「……では、一時間だけですよ」

 

 全員の顔が明るくなる。

 黒夜は小さく息を吐いた。

 

「本当に、一時間だけですからね!?」

 

 その約束が守られないことは、開始五分で分かった。

 そんな楽しかった日から数日後、ある時黒夜の携帯が鳴った。

 

 黒夜は反射的に身構える。

 

 表示された名前は、モモイだった。

 

「モモイさんかぁ…」

 

 黒夜は少し警戒しながら通話を繋ぐ。

 

「もしもし、黒夜ですが――」

 

『黒夜! 聞いて聞いて!』

 

「追加DLC第二弾の話なら、丁重に断りします」

 

『違う違う! いや、完全に違うわけじゃないけど、今日はもっと大事な話』

 

「嫌な予感しかしませんね」

 

 通話越しのモモイは、明らかに興奮していた。

 

『黒夜はなんと!今日から正式にゲーム開発部の一員になりましたー!』

 

 黒夜は、数秒ほど黙った。

 

「……は?」

 

『だから、黒夜のミレニアムでの部活決まってなかったでしょ? だからゲーム開発部にしといたから』

 

「しといた、とは?」

 

『前々から勝手に申請は出してたんだよ? でも会長が毎回弾いててさー。でも今回は、会長がなんでかめちゃくちゃ大変なことになってたから、その隙に申請したらなんと通っちゃった!!』

 

 黒夜はモモイの余りの無計画さと豪胆さと強かさを見て、思わず笑ってしまった。

 

 最初は小さく。

 けれどすぐに、肩が震えるほど。

 黒夜は端末を持ったまま、しばらく笑っていた。

 

「貴女ならゲヘナでも余裕ですねぇ……」

 

『えっ、褒めてる?』

 

「半分くらいは」

 

『やった!』

 

「ですが、今後も声優として協力するかは確約できません」

 

『ええー!? 黒夜、もうゲーム開発部の一員なのに!?』

 

「モモイさんの強かさに免じて、所属くらいならとりあえずいいでしょう。皆さんの作るゲームは、確かに多くの人に届いていますから」

 

 黒夜は穏やかに言った。

 

「ただし」

 

『ただし?』

 

「それはそれとして、しっかり怒られてきてくださいね」

 

『え?』

 

「無断で申請を通した件と、DLCのシナリオの件で」

 

『あ、あの、黒夜?』

 

「では、幸運を祈ってますよ、モモイさん」

 

『待って黒夜!? 今すごく足音が――』

 

 黒夜は最後まで聞かずに通話を切った。

 

 ちょうどその頃。

 

 ゲーム開発部の扉が、静かに開いた。

 そこに立っていたのは、リオとヒマリだった。

 リオは、端末を片手に無表情でモモイを見下ろしている。

 

「モモイ…黒夜がゲーム開発部所属になっている件について説明してもらえるかしら?」

 

 ヒマリは車椅子の上で、いつものように微笑んでいた。

 ただし、その笑みは普段より少しだけ圧があった。

 

「ふふん。この超天才清楚系病弱美少女ハッカーとしても、病弱青年ルートのエンディングについては詳しくお話を伺う必要がありますね」

 

 モモイは、ゆっくりと後ずさった。

 

「ミ、ミドリ……助けて……」

 

 ミドリは静かに目を逸らす。

 

「今回ばかりは無理」

 

 ユズはロッカーの中から、小さく震える声で言った。

 

「あ、あの……モモイ、頑張って……」

 

 アリスは真剣な顔で頷く。

 

「モモイ、これはイベント戦です」

 

「負けイベントじゃん!!」

 

 その叫びは、ゲーム開発部の部室に虚しく響いた。

 後日、黒夜のミレニアムでの所属部には、正式にこう記載されることになる。

 

 ――ゲーム開発部。

 

 黒夜はそれを見て、少しだけ困ったように笑った。

 

「……まあ、部員になったからといって、毎回声優をするわけではありませんからね」

 

 その言葉がどれほど信用できるものだったのかは、まだ誰にも分からない。

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