ティーパーティーに潜む、忠実な駒   作:KuRoNia

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週刊万魔殿【三大校最強特集】

 シャーレに併設されたカフェテリアは、いつも通りほどほどに騒がしかった。

 

 昼食の時間帯を少し外しているため、席には余裕がある。けれど、完全に静かなわけではない。書類を広げる生徒、先生への相談を待つ生徒、ただ休憩している生徒。そこに食器の音や、厨房から漂う香りが混ざっている。

 黒夜は、窓際の席でコーヒーを飲んでいた。

 今日はシャーレでの用事も一段落している。先生は別件で外出中、プレ先も奥の執務室で何かの資料を確認していた。珍しく、黒夜に回ってくる仕事は少ない。

 

 たまには何もせずゆったり過ごすのも悪くない。

 そう考えていたところで、向かいの席に影が落ちた。

 

「黒夜~……助けて~……」

 

 顔を上げると、そこにはチアキがいた。

 机に両手をつき、今にも溶けそうな顔をしている。普段の軽い調子は残っているが、瞳は妙に切実だった。

 

「チアキさん。どうしました?」

 

「ネタがないの…。週刊万魔殿のネタがない! 何もない、終わった…」

 

 チアキはそう言うと、黒夜の向かいに崩れるように座った。

 

「いや、正確にはなくはないだけどさ。弱いんだよね~。もっとこう、読んだ瞬間に『おっ?』ってなるやつがほしいわけ」

 

「週刊誌も大変ですね」

 

「他人事みたいに言わないでよ~。黒夜もゲヘナ学園の情報部なんだから、何か面白い話持ってない?」

 

「情報部の情報は、面白いからといって記事にできるものではありませんよ」

 

「そこを何とか」

 

「何ともなりませんね」

 

 黒夜が即答すると、チアキは大げさに肩を落とした。

 

「相変わらずクソ真面目だね~。黒夜ってそういうところあるよね」

 

「チアキさんがいい加減なだけでは?」

 

 チアキはメモ帳を取り出し、ペンをくるくる回しながら唸った。

 

「じゃあ、万魔殿関係で何か……うーん。最近のマコト先輩の名言集とか?」

 

「それは記事にして大丈夫なのですか?」

 

「調子に乗りそう…」

 

「やめておきましょうか」

 

「イブキちゃんのかわいい日常特集」

 

「それは普通に需要がありそうですね」

 

「でも万魔殿内で争奪戦になる。掲載前にマコト先輩が全部買い占めるかも」

 

「それはそれで記事になりそうですが」

 

「確かに!」

 

 チアキは少し真剣にメモを取ったが、すぐに首を振った。

 

「いや、違う。もっとインパクトがほしい。読者の目を引くやつ」

 

「たとえば?」

 

「候補はあるんだよ」

 

 チアキは指を二本立てた。

 

「一つ目はサツキ先輩のグラビア特集」

 

「……」

 

「二つ目は三大校最強特集」

 

「……」

 

 黒夜は数秒黙った。

 そして、コーヒーを一口飲んだ。

 

「どちらでもいいのでは?」

 

「雑!」

 

「いえ、どちらもチアキさんが記事にしやすそうなので」

 

「じゃあサツキ先輩のグラビアでいいかな?」

 

「私に聞かれても困るんですが」

 

「その場合、黒夜からサツキ先輩に頼んでね」

 

「三大校最強特集にしましょうか」

 

「即決じゃん」

 

 チアキは楽しそうに笑った。

 

「いやー、黒夜ならそう言うと思った。サツキ先輩も黒夜に頼まれたら喜んでやりそうだけどね」

 

「変な想像はやめてください」

 

「はいはい。じゃあ三大校最強特集で決定! 黒夜はさ三大校に関わり深いし、面白い話聞かせてよ」

 

 そう言われた黒夜は少し考え込んだ。

 

 三大校最強

 

 ゲヘナ、ミレニアム、トリニティ、それぞれに圧倒的な実力者がいる。

 軽く話すつもりだったが、考え始めると意外と難しい。単純な戦闘力なのか、対多数なのか、指揮能力を含めるのか、継戦能力か、制圧力か。

 黒夜はうーん、と小さく唸った。

 

「まず、ゲヘナ最強は風紀委員長のヒナさんなのは、チアキさんも知っていますよね?」

 

「まぁね~。風紀委員長はね~、うん。ゲヘナでその話に異論出す人、逆に命知らずでしょ」

 

「実際、個人戦闘力、判断力、制圧力、どれを取っても別格です。正面から相対した時の圧力もそうですが、何より状況判断が早い。訓練で相手をしていただくたびに、こちらの癖をすぐ見抜かれます」

 

「ほうほう」

 

 チアキはニヤニヤしながらメモを取る。

 

「黒夜がそこまで言うなら、記事にしやすいね~。『ゲヘナ最強、風紀委員長・空崎ヒナ』っと」

 

「余計な煽り文は控えめでお願いします」

 

「善処するよ」

 

「する気がない返事ですね」

 

「じゃあ次、ミレニアムは?」

 

「武力なら、美甘ネルさんですね」

 

「あー、確かメイドの人だっけ?」

 

「そうです、C&Cのリーダーにして、コールサイン『ダブルオー』。その意味は、約束された勝利の象徴だとか聞いたことがあります。かっこいいですよね」

 

 黒夜の声に、少しだけ素直な感心が混じった。

 ネルの戦い方は荒々しい。だが、ただ乱暴なだけではない。速く、鋭く、相手の間合いを叩き潰すように踏み込んでくる。守るよりも先に殴る。相手の出鼻を砕く。

 黒夜の初動を抑える戦い方にも、ネルの影響は少なからずある。

 

「ネルさんは、真正面から戦うと本当に厄介です。小柄ですが踏み込みが鋭く、近接戦では一瞬で間合いを潰されます。あの勢いに呑まれると、立て直す前に終わりますね」

 

「へぇ~。黒夜、その人のことも結構評価してるんだ」

 

「はい。戦い方の方向性はかなり違いますが、学ぶべきところは多いです」

 

「なるほどなるほど。じゃあ、トリニティは?」

 

 チアキがペン先を次の行へ滑らせる。

 黒夜は少しだけ目を細めた。

 

「トリニティ最強は、正義実現委員会の委員長、剣先ツルギさんでしょうね」

 

「ほう」

 

「トリニティの戦略兵器という通り名に遜色ない実力をお持ちです。対多数戦における突破力、持久力、そして存在そのものの威圧感。正面から止めるのは困難でしょう」

 

「戦略兵器って響き、記事映えするね~」

 

「本人の前で言わない方がいいと思いますよ」

 

「そこは黒夜から言ってもらって」

 

「いやです」

 

 チアキは笑いながらメモを取っていたが、ふと黒夜の表情に気づいた。

 黒夜は、まだ何かを考えている顔をしていた。

 

「どしたの?」

 

「いえ……トリニティには、もう一人いるんですよ」

 

「嘘でしょ!?」

 

 チアキが目を丸くする。

 

「その人以外に? トリニティで?」

 

「はい」

 

「誰なの?」

 

「……ティーパーティーの、聖園ミカ様です」

 

 チアキは一瞬黙った。

 

 それから、楽しそうに笑った。

 

「またまた~、それはさすがに無理あるって。聖園ミカってあの、明るくてふわっとしてる感じの子でしょ? いや、ティーパーティーだし弱くはないかもしれないけど、最強候補は盛りすぎじゃない?」

 

 黒夜は笑わなかった。

 チアキは、その顔を見てペンを止める。

 

「……マジ?」

 

「マジです」

 

 黒夜の声は真剣だった。

 

「ミカ様は普段は温厚で明るい方です。距離感も近く、周囲をよく笑顔にさせる魅力もあります。ですが、一度敵認定すると容赦がないと聞いています」

 

「聞いています、ってことは黒夜は見たことないの?」

 

「直接全力を見た事はありません。ですが、人伝いに聞いた話と、普段の身のこなし、力の制御、そして一瞬見せる圧から考えるに……恐らくですが、十分トリニティ最強を名乗れるかと思います」

 

 チアキは、ゆっくりとメモを取った。

 

「……これ、記事にして大丈夫なやつ?」

 

「書き方は気をつけてください。ミカ様は戦闘力だけで語る方ではありませんから」

 

「黒夜、その人にも甘いよね」

 

「甘いというより、護衛対象ですし」

 

「ふーん?」

 

 チアキは少しだけニヤついたが、黒夜が本当に真面目な顔をしているので、それ以上茶化すのはやめた。

 

「じゃあ、三大校はそんな感じね。ゲヘナは空崎ヒナ、ミレニアムは美甘ネル、トリニティは剣先ツルギと……番外気味に聖園ミカ」

 

「それでいいんじゃないでしょうか」

 

「それでさ――」

 

 チアキは何気ない調子で、次の質問を投げた。

 

「黒夜が今まで出会った中で、最強を決めるとしたら誰になるの?」

 

 その問いに、黒夜は即答した。

 

「小鳥遊ホシノさんです」

 

 チアキは固まった。

 

「……誰?」

 

「アビドス高等学校の小鳥遊ホシノさんです」

 

「いや、今までの流れに出てきてないじゃん。ヒナ、ネル、ツルギ、ミカって来て、急に誰って感じなんだけど?」

 

「ですが、間違いなく最強ですよ」

 

「即答だったね」

 

「ええ」

 

「そんなに?」

 

「嘘では無いと誓ってもいいですよ」

 

 黒夜の返答に迷いはなかった。

 チアキは、ペンを持ち直す。

 

「理由、聞いていい?」

 

 黒夜は一度、視線を落とした。

 そして、少しだけ熱のこもった声で話し始める。

 

「ホシノさんは、なんていうか……底が見えないんです」

 

「底が見えない…」

 

「はい。普段はとても緩い方です。『うへ~』と言いながら、面倒くさそうにしていることも多いですし、自分のことをおじさんと呼びます」

 

「何その情報」

 

「ですが、戦闘になるとまったく違います」

 

 黒夜の目つきが変わった。

 

「私はホシノさんによく盾の扱い方を訓練してもらっています。守り方、受け方、攻撃を流す位置取り。それだけでも学ぶことは多いのですが……恐ろしいのは、対応力です」

 

「対応力?」

 

「はい。私は相手の初動を抑える戦い方を使います。相手が動き出す前、あるいは動き出した直後を潰す。先手を取るというより、相手の先手そのものを殺す戦い方です」

 

「黒夜らしいね~」

 

「ですが、ホシノさんはそれを一目見ただけで、次の訓練では私が初動を抑えようとした動き出しを、逆に抑えてきたんですよ!?」

 

 黒夜の声が珍しく少し大きくなった。

 チアキは目を瞬かせる。

 

「お、おお……黒夜が珍しく熱いね」

 

「すぐ対応するだけでも凄いんです。なのに、こちらの初動潰しを理解した上で、逆に初動を抑えられたのは初めてでした」

 

「へぇ……」

 

「しかもその後、ホシノさんは『いや~、おじさんこういう戦い方は頭使うから向いてないや~』とか言うんですよ!?」

 

「向いてないって言いながらやったの?」

 

「そうです」

 

「それは……確かにヤバいかも」

 

 黒夜は深く頷いた。

 

「ホシノさんは基本的に守る戦い方をします。盾を使い、相手の攻撃を受け、味方を守り、戦線を維持する。それだけでも十分すぎるほど強いです。ですが、もしホシノさんが守りを捨てて攻撃だけに集中したらと考えると……恐ろしいですね」

 

 チアキはメモを取りながら、黒夜の顔を見ていた。

 黒夜がここまで熱弁するのは珍しい。

 ヒナやネル、ツルギ、ミカを評価していた時も真剣だった。だが、ホシノの話になると、そこに実体験から来る驚きと敬意が混じっていた。

 

 ただ強いと言っているのではない。

 黒夜は、ホシノを本気で「底が見えない」と感じている。

 

「なるほどね~……」

 

 チアキは、ペンを止めずに呟いた。

 

「三大校最強特集のはずだったけど、番外編も入れちゃおうかな」

 

「番外編?」

 

「黒夜が語る、底が見えない実力者。小鳥遊ホシノ」

 

「……あまり大げさには書かないでくださいね」

 

「善処する」

 

「またその返事ですか」

 

 黒夜が少し困ったように笑うと、チアキはメモ帳を閉じた。

 

「ありがと、黒夜。いいネタになりそう」

 

「それならよかったです。ただ、関係者に迷惑がかからない範囲でお願いします」

 

「大丈夫大丈夫。週刊万魔殿は読者に夢と刺激を届ける健全な情報誌だから」

 

「健全かどうかは少し疑問ですが」

 

「ひどいな~」

 

 チアキは立ち上がり、メモ帳を軽く振った。

 

「じゃ、編集してくる。記事が出たら黒夜にも一部あげるね」

 

「ありがとうございます」

 

「あと、サツキ先輩のグラビア特集は保留ね」

 

「完全に消えたわけではないのですね」

 

「黒夜が頼んでくれる可能性がある限り、企画は死なない!」

 

「そんな日は訪れませんよ」

 

 チアキは笑いながらカフェテリアを後にした。

 黒夜はその背中を見送り、少しだけ不安になった。

 

 チアキのメモの取り方は、かなり楽しそうだった。

 そして楽しそうな時のチアキは、だいたい記事に勢いが出る。

 

「……大げさに書かれていないといいのですが」

 

 黒夜はそう呟き、冷めかけたコーヒーに口をつけた。

 

 数日後。

 

 週刊万魔殿の特集記事は、予想以上に評判になった。

 

 見出しは大きく。

 

 『三大校最強特集! 月城黒夜が語る、各校の頂点たち!』

 

 そしてその端には、小さくも妙に目立つ番外コラムが添えられていた。

 

 『番外編――黒夜が即答した“底が見えない人”とは?』

 

 その記事が、ゲヘナ、ミレニアム、トリニティ、そしてアビドスの一部にまで届くのに、そう時間はかからなかった。

 

 週刊万魔殿の特集記事は、チアキの予想以上に広がった。

 もちろん、チアキとしては読まれるつもりで書いていた。読者の目を引く見出しもつけたし、三大校最強という分かりやすい題材に、黒夜の実感を交えたコメントまで添えた。記事としては、かなり手応えがあった。

 

 ただ、少しだけ計算外だったことがある。

 それは、記事に名前を出された本人達の耳に入る速度だった。

 

 ゲヘナでは、ヒナが記事を読んだ。

 最初の方は、特に表情を変えずに読んでいた。

 

 ゲヘナ最強、風紀委員長・空崎ヒナ。

 

 その見出しにも、ヒナは反応しなかった。自分がどう書かれようと、別に興味はない。ゲヘナで何か騒ぎが起きない限り、週刊万魔殿の記事に目くじらを立てるつもりもない。

 だが、黒夜のコメント欄を読んだ時、少しだけ目が止まった。

 

 「ヒナさんは、個人戦闘力、判断力、制圧力、どれを取っても別格です。訓練で相手をしていただくたびに、こちらの癖をすぐ見抜かれます」

 

 ヒナは、ほんの少しだけ目を伏せた。

 

「……余計なことを」

 

 そう呟いた声は、怒っているというより、少し困っているようだった。

 しかし、その後に続く番外コラムを読んだ瞬間、ヒナの表情は変わった。

 

 番外編――黒夜が即答した“底が見えない人”とは?

 

 そこには、小鳥遊ホシノの名前があった。

 そして黒夜が、ホシノに盾の扱いや、相手の初動を抑える戦い方を訓練してもらっていると書かれていた。

 ヒナは記事を閉じた。

 

「……私に黙って、小鳥遊ホシノと訓練していたのね」

 

 低く不機嫌が前面に出ている声だった。

 その日、ヒナはいつもより少しだけ不機嫌だった。

 

 ミレニアムでは、ネルが記事を読んでいた。

 

「はぁ? 黒夜が最強って即答したやつが、別にいるだぁ?」

 

 ネルはカフェスペースの椅子に足を組んで座り、週刊万魔殿を片手で広げていた。

 記事には、ネルについての黒夜の評価も書かれている。

 

 「美甘ネルさんは、C&Cのリーダーにして、コールサイン『ダブルオー』。真正面から戦うと本当に厄介で、近接戦では一瞬で間合いを潰されます」

 

 そこまではよかった。

 悪くない、むしろ、黒夜にしてはよく分かっている。

 だがその後に、番外編としてホシノの名前が載っていた。

 黒夜が「今まで出会った中で最強を決めるなら小鳥遊ホシノ」と即答した、という記述。

 

 ネルの眉がぴくりと動く。

 

「へぇ……あいつが即答ねぇ――」

 

 口元が笑っている。

 ただし、目は笑っていなかった。

 

「面白ぇじゃねぇか」

 

 その様子を横で見ていたアスナが「あはは、リーダー怒ってる」と笑い、カリンが静かにため息をついたが、ネルはもう聞いていなかった。

 

「黒夜のやつ、あとで文句言ってやる!」

 

 そしてトリニティでは、ミカが記事を見つけていた。

 

「へぇ~、黒夜ってば、私のことちゃんと見てるじゃん」

 

 ミカは嬉しそうに頬を緩めていた。

 記事には、ツルギに関する記述の後、黒夜がミカについて語った部分が載っている。

 

 「聖園ミカ様も、十分トリニティ最強を名乗れる戦闘力をお持ちだと思います。普段は明るく温厚ですが、一度敵認定すると容赦がないと聞いています」

 

「ふふ、黒夜ったら。もっと直接言ってくれてもいいのに」

 

 ミカは完全に上機嫌だった。

 だが、その後の番外編を読んで、少しだけ首を傾げる。

 

「小鳥遊ホシノ……?」

 

 知っているが余り接点のない相手だった。

 ただ、黒夜が即答した相手。

 しかも、底が見えない、と評した相手。

 

 ミカは雑誌を閉じる。

 

「……ふーん」

 

 その声には、興味と少しの対抗心が混じっていた。

 

 そうして数日後。

 シャーレ併設カフェテリアで、黒夜はいつものように席についていた。

 

 テーブルの上にはコーヒーと、軽食の皿。

 向かいには、小鳥遊ホシノが座っている。

 ホシノはいつものように少し気だるげな顔で、ストローを咥えながら週刊万魔殿を読んでいた。

 

「うへ~……黒夜君、ずいぶんおじさんのこと褒めてくれたんだね~」

 

 黒夜は視線を逸らした。

 

「……チアキさんには、大げさに書かないでくださいと頼んだのですが」

 

「いや~、これ黒夜君が熱弁したって書いてあるよ~?」

 

「その部分も含めて、大げさにされている可能性があります」

 

「ほんとかな~?」

 

 ホシノはにやにやと笑いながら、雑誌を軽く振る。

 

「“底が見えない人”だって。うへ~、黒夜君が最強と思っていたなんて、おじさん照れちゃうな~」

 

「最強というより、底が見えないと話しただけです」

 

「でも即答したんでしょ?」

 

「……」

 

「ふふ」

 

 ホシノは少しだけ嬉しそうだった。

 黒夜は困ったようにコーヒーへ口をつける。

 

「ホシノさん。あまりからかわないでください」

 

「からかってないよ~。おじさん、教え子に褒められて嬉しいだけだし」

 

「教え子、ですか」

 

「盾の扱いを教えてるんだから、教え子でしょ~?」

 

 黒夜は少し考え、静かに頷いた。

 

「そうですね。ホシノさんには多くを学ばせていただいています」

 

「うへ~、そういうところ真面目だね~」

 

 ホシノはゆるく笑う。

 

 その時だった。

 カフェテリアの入口から、妙に強い気配が三つ近づいてきた。

 黒夜は、すぐに気づいた。

 

「……ホシノさん」

 

「うん?」

 

「少し、面倒なことになるかもしれません」

 

「いつものことじゃない?」

 

「否定しづらいですね」

 

 先に姿を見せたのはヒナだった。

 

 小柄な身体、静かな歩き方。

 けれど、周囲の空気が自然と引き締まる。

 

 その後ろから、ネルがやって来る。歩幅は大きく、表情は不機嫌そうだ。さらに少し遅れてミカが現れ、黒夜を見つけるなり明るく手を振った。

 

「黒夜」

 

「黒夜~!」

 

「あ? いたいた」

 

 三人の声がほぼ同時に重なった。

 黒夜は、ゆっくりとカップを置いた。

 

「ヒナさん、ネルさん、ミカ様。お疲れ様です」

 

 ヒナは黒夜の正面に立つ。

 

「黒夜。少し話があるのだけど、いいかしら?」

 

「大丈夫ですよ」

 

「小鳥遊ホシノと訓練していた話、私は聞いていないのだけれど」

 

「……その件ですか」

 

「そうよ」

 

 ヒナの声は静かだった。

 

 怒鳴ってはいない。

 だが、明らかに不満が滲んでいる。

 

「別に、誰と訓練するかを制限するつもりはない。でも、貴方の最初の師は私のはず、一言くらい言ってくれても良くないかしら?」

 

「それは…そうですね」

 

「それで、小鳥遊ホシノと訓練していたの?」

 

「盾の扱い方を学んでいただけです」

 

「それを先に言いなさい」

 

「すみません」

 

 黒夜が素直に頭を下げると、ヒナは小さくため息をついた。

 その横からネルが割り込む。

 

「おい黒夜! 記事見たぞ。ミレニアム最強がアタシってのは分かってんじゃねぇか」

 

「はい。武力ならネルさんだと話しました」

 

「そこまではいい」

 

 ネルは腕を組んで、黒夜を睨む。

 

「けどよぉ、そのあとに“今まで出会った中で最強はホシノ”だぁ? ずいぶん言ってくれんじゃねぇか」

 

「チアキさんに聞かれたので、正直に答えました」

 

「正直すぎんだよテメェは」

 

「すみません」

 

 ミカは楽しそうに黒夜の隣へ近づいた。

 

「黒夜~? 私のこと最強候補って言ってくれたんだって?」

 

「はい。ミカ様の戦闘力は、十分トリニティ最強を名乗れるものだと思っています」

 

「ふふ、そういうこと本人に直接言うの、ちょっと照れるんだけど?」

 

「事実ですので」

 

「も~、そういうところだよ黒夜は」

 

 ミカは上機嫌だった。

 しかし、次にテーブルの向かいに座るホシノへ視線を向ける。

 

「それで、そのホシノっていうのは……」

 

 ミカの言葉が途中で止まる。

 ホシノが、ストローを咥えたまま手を振った。

 

「うへ~、こんにちは~」

 

 ネルもホシノを見る。

 

「……アンタが、黒夜の言ってた小鳥遊ホシノか?」

 

「そうだよ~。おじさんがホシノ」

 

 ホシノはいつものように、力の抜けた声で答えた。

 

 見た目だけなら、確かに三大校最強特集に並ぶような雰囲気ではない。

 気だるげで、眠そうで、空気がゆるい。とても最強を名乗れるような人に見えない。

 

 ネルは一歩踏み出した。

 

「へぇお前が…黒夜が随分褒めてたみてぇじゃねぇか」

 

「そうみたいだね~。おじさんもびっくりだよ~」

 

「アタシはまだ納得してねぇんだけどな」

 

「ネルさん」

 

 黒夜が止めようとした。

 だが、その前にホシノがゆっくりと顔を上げた。

 声は、変わらずゆるかった。

 

「おや?」

 

 その一言だけで、空気が少し変わった。

 

 ホシノは椅子に座ったまま、ネルを見ている。

 構えたわけではない。

 盾に手を伸ばしたわけでもない。

 ただ、視線を向けただけ。

 

 けれど、ネルの足が一瞬止まった。

 

「おじさんの大事な教え子の黒夜君の言う事が信じられないのかな?」

 

 声は柔らかい。

 表情も、いつものようにゆるい。

 

 だが、立ち振る舞いが違った。

 

 椅子に深く座っているようでいて、いつでも動ける。

 視線は穏やかなのに、ネルの重心と踏み込みの癖を見ている。

 黒夜の位置、テーブルの距離、ミカとヒナの角度、周囲の客の動き。

 

 すべてを見ている。

 

 ネルの表情が変わった。

 

「……へぇ」

 

 さっきまでの不満とは違う。

 戦闘者として、相手を認識した顔だった。

 

 ミカも笑みを少し薄めた。

 

「……なるほどね」

 

 黒夜が言っていた意味が、分かった。

 

 底が見えない。

 

 強いかどうか以前に、測れない。

 普段のゆるさの奥に、何かが沈んでいる。

 

 ミカはそれを肌で感じた。

 

 黒夜は小さく息を吐く。

 

「ホシノさん。ネルさんもミカ様も、私に用があっただけですよね?」

 

「うへ~、そうなの?」

 

「そうですよ」

 

「ならいいけどね~」

 

 ホシノはあっさりと空気を緩めた。

 その瞬間、張り詰めていたものがふっと消える。

 

 ネルは舌打ちするように笑った。

 

「……なるほどな。お前が即答するわけだ」

 

「ネルさん?」

 

「いや、ちょっと分かっただけだ」

 

 ミカも黒夜の方へ身を寄せる。

 

「黒夜、この人に訓練してもらってるんだ?」

 

「はい。主に盾の扱い方を」

 

「ふーん……」

 

 ミカはホシノを見る。

 

「確かに、ちょっと面白そう」

 

「うへ~、おじさんは面白くないよ~。ただのアビドスのおじさんだからね~」

 

「ただの人は、今みたいな空気出さないと思うけど?」

 

「気のせい気のせい」

 

 ホシノはゆるく笑った。

 ヒナはそのやり取りを見ながら、後ろで不満げにため息を吐いた。

 

「黒夜、今度から訓練内容は共有しなさい」

 

「分かりました」

 

「それと、小鳥遊ホシノ」

 

「うへ~、なにかな~?」

 

「黒夜に無茶をさせていないでしょうね」

 

 ホシノは少しだけ首を傾げた。

 

「黒夜君は、こっちが止めないと勝手に無茶するタイプだからね~。おじさんもちゃんと止めてるよ~」

 

「……それは分かっているのね」

 

「うん。教え子だからね~」

 

 ヒナはまたため息を吐いた。

 黒夜は少し居心地が悪そうに視線を逸らす。

 

「皆さん、私はそんなに無茶ばかりしているつもりは……」

 

 その場にいた四人が、同時に黒夜を見つめた、その視線が雄弁に語っていた。

 黒夜は口を閉じた。

 

「……すみません」

 

「謝るのが早いわね」

 

 ヒナが言う。

 

「自覚あるんじゃねぇか」

 

 ネルが鼻を鳴らす。

 

「黒夜はそういうところあるよね」

 

 ミカが頬を膨らませる。

 

「相変わらずみたいだね~」

 

 ホシノが笑う。

 

 黒夜は完全に味方がいないことを悟った。

 その時、カフェテリアの隅でこっそり様子を見ていたチアキが、目を輝かせながらメモを取っていた。

 

「これは……続報いけるかも」

 

 黒夜がその気配に気づき、ゆっくりと振り返る。

 

「チアキさん」

 

「げっ」

 

「今、何を書きました?」

 

「いや~、偶然通りかかっただけというか~」

 

「メモ帳を持っていますが」

 

「職業病だよ!」

 

「記事にはしないでください」

 

 チアキは目を逸らした。

 

「善処する」

 

「チアキさん」

 

「……はい。今回は書かない。たぶん」

 

「頼みますよ」

 

 黒夜の声が少し低くなった。

 チアキは慌ててメモ帳を閉じた。

 

「分かった分かった! 今回は黒夜の許可取ってからにする!」

 

「お願いします」

 

 そのやり取りを見て、ネルが笑う。

 

「お前どこでも苦労してんな」

 

「否定できません」

 

 ミカが楽しそうに言う。

 

「でもさ、せっかく最強候補が集まってるんだし、ちょっと手合わせとかしてみたくない?」

 

「ミカ様!?」

 

「冗談だよ、半分くらい」

 

「半分は本気なのですね」

 

 ネルがにやりと笑う。

 

「アタシは別に構わねぇけど?」

 

「ネルさんまで」

 

 ヒナが静かに言う。

 

「ここはカフェテリアよ」

 

「ヒナさん、止めてくださってありがとうございます」

 

「やるなら外でやりましょう」

 

「止めていませんでした」

 

 ホシノがストローをくるくる回す。

 

「うへ~、おじさんはパスかな~。動くの面倒だし」

 

「と言いつつ、いざ始まったら一番冷静に対応しそうですね」

 

「黒夜君、おじさんの評価高すぎない?」

 

「高すぎるとは思っていません」

 

 黒夜が真面目に答えると、ホシノは少しだけ目を細めた。

 照れくさそうな、困ったような顔だった。

 

「うへ~……本当に真っ直ぐだね~」

 

 ヒナはその様子を見て、また少しだけ不満げにする。

 

「黒夜」

 

「はい」

 

「私との訓練も増やす」

 

「……はい?」

 

「ホシノとの訓練だけでは偏るでしょう」

 

「それは、そうかもしれませんが」

 

 ネルがすかさず言う。

 

「ならアタシともやるか? 初動潰しだか何だか知らねぇが、正面からぶち抜いてやるよ」

 

「ネルさん、それは訓練というより勝負では?」

 

「実戦形式も大事なんだよ!」

 

 ミカも手を上げる。

 

「じゃあ私も! 黒夜が私のこと最強候補って言ってくれたんだし、ちょっとくらい見せてあげないとね」

 

「ミカ様もですか」

 

「だめ?」

 

「駄目というより、私の体が持つかどうかが」

 

 ホシノがのんびりと言う。

 

「黒夜君、大人気だね~」

 

「他人事みたいに言わないでください。発端はホシノさんの記事でもあるんですから」

 

「黒夜君が喋ったんでしょ~?」

 

「……それはそうですが」

 

 チアキが小声で呟いた。

 

「やっぱり記事にしたいなぁ」

 

「チアキさん」

 

「はい、黙ります」

 

 結局、その場で手合わせが始まることはなかった。

 カフェテリアで最強候補達が暴れたら、シャーレの設備が無事では済まない。先生にもプレ先にも怒られる。何より、黒夜が全員に付き合わされる未来が見えていた。

 ただし、後日改めて訓練場で集まるという話は、なぜか決まってしまった。

 黒夜は最後まで抵抗したが、ヒナ、ネル、ミカ、ホシノの四人に囲まれた状態で逃げ切れるはずもなかった。

 

「……私は、チアキさんの相談に乗っただけだったはずなのですが」

 

 黒夜が疲れたように呟くと、ホシノが笑った。

 

「相談に乗る相手は慎重に選ばないとね~」

 

 ヒナが静かに頷く。

 

「次からは、記事になる前に内容を確認しなさい」

 

 ネルが肩をすくめる。

 

「まぁ、面白そうだからいいんじゃねぇか?」

 

 ミカが黒夜の腕に軽く抱きつく。

 

「黒夜が私のこと褒めてくれたから、私は満足かな~」

 

「ミカ様、歩きにくいです」

 

「いいじゃん、ちょっとくらい」

 

 ホシノはそれを見て、少しだけ目元を緩めた。

 

「黒夜君、いろんなところで大事にされてるね~」

 

 黒夜は、一瞬だけ返答に迷った。

 以前なら、どう答えただろう。

 

 そんなことはない、と言ったかもしれない。

 自分はただ必要なことをしているだけだ、と返したかもしれない。

 

 けれど今は、少しだけ違う。

 

「……そうですね」

 

 黒夜は小さく笑った。

 

「ありがたいことだと思っています」

 

 その答えに、ヒナの表情がわずかに柔らかくなった。

 ミカは嬉しそうに黒夜へ寄りかかり、ネルは「へぇ」と少し意外そうに笑う。ホシノは、静かに頷いた。

 

「うへ~、いい顔するようになったね、黒夜君」

 

「そうでしょうか」

 

「前よりずっといい感じだよ」

 

 黒夜は少しだけ照れたように視線を逸らした。

 カフェテリアの窓の外では、夕方の光が柔らかく差し込んでいる。

 三大校最強特集から始まった騒ぎは、結局、黒夜の訓練予定をさらに増やす結果になった。

 そしてチアキは、帰り際にこっそりメモ帳を開き、こう書き残した。

 

 次号候補:最強達に囲まれる男、月城黒夜。

 

 もちろん、それが記事になるかどうかは、まだ誰にも分からない。

 少なくとも黒夜は、そのメモの存在を知ったら全力で止めるだろう。

 だからチアキは、ひとまずメモ帳を閉じて、楽しそうに笑った。

 

「ま、ネタ切れの心配はしばらくなさそうだね」

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