ティーパーティーに潜む、忠実な駒   作:KuRoNia

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平和でくだらない一日

 それは、トリニティからの帰り道だった。

 

 黒夜はその日、ティーパーティーの手伝いを終え、夕暮れの道を一人で歩いていた。空は淡い橙色に染まり、トリニティの校舎の白い壁が、どこか柔らかく光って見える。

 ナギサからは「暗くなる前に帰ってくださいね」と念を押され、ミカからは「寄り道しちゃ駄目だからね?」と笑顔で言われ、セイアからは「君の寄り道は、たいてい騒動の入口だからね」と静かに釘を刺された。

 

 黒夜としては、別に騒動を起こすつもりなどない。

 ただ、道を歩いていると、時々何かに巻き込まれるだけだ。

 

「……今日は、何事もなく帰りたいですね」

 

 そう呟きながら、黒夜は住宅街へ続く道を歩いていた。

 その時視界の端に、何かが映った。

 

 黒夜は足を止める。

 

 道端の少し草が生えた植え込みの中に、それは落ちていた。

 最初は、ただの落とし物かと思った。

 けれど、黒夜の視界がそれを捉えた瞬間、何かが違うと分かった。

 黒夜は、しばらく無言でそれを見つめた。

 

「……え?」

 

 思わず声が漏れる。

 

「これは……!?」

 

 黒夜は周囲を確認した。

 

 誰もいない、少なくとも、今この瞬間、黒夜を見ている者はいない。

 黒夜はゆっくりとしゃがみ、それを手に取った。

 

 手に馴染む。驚くほどに馴染む。

 まるで最初から、自分が拾うことを待っていたかのような収まりだった。

 

「……これは……かなり、いいですね」

 

 黒夜は、それを軽く持ち上げる。

 その声には、普段の黒夜には珍しい、抑えきれない高揚が混じっていた。

 黒夜はもう一度周囲を確認した。

 

 誰もいない。

 

 そこで、少しだけ構えてみた。

 

 右手で持ち、左手を添え、角度を変える。

 次に、片手で軽く振る。

 さらに、持ち方を変えてみる。

 

「……いいですね」

 

 思わず、頷いた。

 黒夜はしばらく悩んだ。

 

 このまま置いて帰るべきか。

 それとも、持ち帰るべきか。

 

 常識的に考えれば、置いて帰るべきだ。

 

 トリニティからの帰り道に、これを拾って帰るなど、冷静に考えるとかなり妙な行動である。もし誰かに見られれば心配されるかもしれない。

 

 だが、黒夜は手元のそれを見た。

 

「……置いていくのは、少し惜しいですね」

 

 結論は出た。

 黒夜はそれを大事に持ち帰った。

 

 翌日。

 

 シャーレの当番として訪れた黒夜は、いつもより少しだけ足取りが軽かった。

 

 先生は執務室にいた。

 プレ先も同じ部屋で資料を確認している。

 

「おはようございます、先生。プレ先さん」

 

「おはよう、黒夜」

 

「おはよう。今日は少し機嫌が良さそうだね」

 

 黒夜は一瞬だけ目を瞬かせた。

 

「分かりますか?」

 

「分かるよ。君にしては、かなり分かりやすい」

 

 先生も笑う。

 

「何かいいことでもあった?」

 

「はい」

 

 黒夜は、珍しく即答した。

 先生とプレ先が顔を見合わせる。

 黒夜は鞄を机の上に置き、慎重に中から布に包まれた何かを取り出した。

 

 先生が少し身を乗り出す。

 

「それは?」

 

「昨日、トリニティからの帰り道で見つけました」

 

 黒夜は、どこか誇らしげに布を解いた。

 中から現れたのは、一本の木の棒だった。

 しばらく、部屋の空気が止まる。

 

 先生が無言でそれを見る。

 プレ先も、静かに目を細める。

 

 黒夜は少しだけ緊張していた。

 

 これを理解してもらえるだろうか。

 ただの枝だと言われるだろうか。

 拾ってきたことを心配されるだろうか。

 

 だが、次の瞬間。

 

 先生の目が輝いた。

 

「……黒夜…それは…!!」

 

 プレ先が、静かに立ち上がる。

 

「いい棒だね」

 

 黒夜の表情が、ぱっと明るくなった。

 

「分かりますか」

 

「勿論分かるよ」

 

 先生は木の棒を受け取り、慎重に握った。

 

「長さがちょうどいい。剣にもなるし、杖にもなる」

 

「そうですよね? 私もそう思いました!」

 

 プレ先も横から覗き込む。

 

「持ち手の部分に節がある。滑り止めとして優秀だ」

 

「そうなんです。握った時にちょうど指がかかるんです」

 

「先端の曲がり方も良いね。少し魔法杖っぽい」

 

「先生もそう思いますか?」

 

「思う」

 

「私も思った」

 

 プレ先が真剣に頷いた。

 三人の間に、謎の理解が成立していた。

 黒夜は先生から棒を受け取り、軽く構える。

 

「振った時の重心も悪くありません。昨日、少し試したのですが」

 

「試したんだ」

 

「はい。周囲に人がいないことを確認した上で」

 

「そこはちゃんとしてるね」

 

 先生は笑いながらも、どこか楽しそうだった。

 プレ先は棒を横から見て、静かに分析する。

 

「この曲がり方なら、上段から振るよりも、少し斜めに構えた方が様になる」

 

「分かります」

 

「片手剣よりは、魔法剣士の装備だね」

 

「私もその印象です」

 

 先生が手を上げる。

 

「いや、勇者の初期装備感もあるよ」

 

「確かに、それもありますね」

 

「名前をつけたくなる棒だ」

 

「それは少し分かります」

 

 黒夜は棒を見つめる。

 先生とプレ先も、真剣に見つめる。

 三人とも、仕事をする時とは別方向に真剣だった。

 

 先生が言う。

 

「ちょっと貸して」

 

「どうぞ」

 

 先生は木の棒を持ち、軽く構えた。

 

「どうかな?」

 

「似合っていますよ!」

 

 黒夜が真面目に答える。

 プレ先も頷く。

 

「勇者というより、村を出る前の少年感があるな」

 

「それ褒めてる?」

 

「褒めてるよ」

 

 次にプレ先が持つ。

 プレ先は棒を杖のように軽く床へ向けた。

 

「どうかな?」

 

 黒夜は少し考える。

 

「隠者の杖ですね」

 

「確かにそれっぽいね」

 

 先生が即座に頷く。

 

「旅の途中で重要な助言をくれるタイプ」

 

「その後、終盤で実はかなり強かったと判明する方です」

 

「それだ!」

 

 プレ先は小さく笑った。

 

「だいぶ設定が増えたね」

 

 黒夜は木の棒を再び受け取る。

 そして少しだけ構えた。

 先生とプレ先が、同時に頷く。

 

「黒夜は魔法剣士だね」

 

「黒い外套があれば完璧だ」

 

「私は剣士ではないのですが」

 

「でも、これはそういう棒だよ」

 

「そういう棒、ですか」

 

「うん。そういう棒」

 

 黒夜は少しだけ笑った。

 

 何の意味もない。

 本当に、何の意味もない。

 ただ拾った木の棒を見せて、三人でああでもないこうでもないと言っているだけだ。

 

 けれど、不思議と楽しかった。

 

 普段なら、先生達に仕事の話をする。

 報告、相談、確認、書類整理。

 それらも大事だが、今日のこの会話はあまりにも中身がない。

 だが、中身がないからこそ、妙に良かった。

 黒夜が棒を軽く振ると、先生が嬉しそうに言う。

 

「いい音」

 

「風切り音がいいですよね」

 

 プレ先も真剣に頷く。

 

「耐久性はそこまで高くないだろうけど、雰囲気がある」

 

「雰囲気は何より大事ですからね」

 

「大事だね」

 

 三人が真顔で頷いていた、その時だった。

 シャーレの扉が開く音がした。

 

「ん、先生」

 

 入ってきたのはシロコだった。

 そして、その少し後ろにシロコ*テラーもいた。

 シロコは執務室の入口で足を止める。

 

 目の前には、木の棒を持っている黒夜。

 それを楽しそうに見ている先生。

 同じく真剣な顔で頷いているプレ先。

 

 しばらく、シロコはその光景を見つめた。

 そして、首を傾げる。

 

「何してるの?」

 

 もっともな疑問だった。

 黒夜は木の棒を持ったまま、少しだけ姿勢を正す。

 

「シロコさん。おはようございます」

 

「ん、おはよう」

 

「これは、昨日帰り道で見つけた木の棒です」

 

「木の棒?」

 

「そうです」

 

 シロコは、黒夜の手元を見る。

 ただの木の棒に見えた。

 

「それで遊んでるの?」

 

「遊んでいるというか……」

 

 黒夜は少し考える。

 

「なんかいい感じだったので、先生とプレ先に見ていただいていました」

 

「なんかいい感じ…?」

 

 シロコはもう一度見る。

 やはり、何度見てもただの木の棒に見える。

 

「……?」

 

 その横で、シロコ*テラーが一歩前へ出た。

 彼女の目が、わずかに見開かれている。

 

『それは……!』

 

 黒夜が振り返る。

 

「もう一人のシロコさん?」

 

 シロコ*テラーは、黒夜の手にある木の棒をじっと見つめていた。

 そして、静かに、しかし確かな熱を込めて言った。

 

『ちょうどいい感じの棒!』

 

 先生が嬉しそうに頷く。

 

「分かる?」

 

『ん、分かる!』

 

 プレ先も静かに微笑む。

 

「やっぱりシロコも分かるんだね」

 

『これは良い棒』

 

 シロコ*テラーは黒夜の前まで歩いてきて、木の棒を観察する。

 

『長さがいい』

 

「はい」

 

『持ち手もいい』

 

「そうなんです」

 

『剣にも杖にもなる』

 

「分かりますか」

 

『すごいよ黒夜!』

 

 黒夜の表情が、少しだけさらに明るくなる。

 シロコは、隣でそのやり取りを見ていた。

 

「……???」

 

 理解できない。

 

 黒夜も、先生も、プレ先も、シロコ*テラーも、明らかに何かを共有している。

 だが、シロコにはそれが分からない。

 

 木の棒は木の棒だ。

 

 確かに、少し形が面白いかもしれない。

 持ちやすそうではある。

 でも、ここまで真剣に語るほどなのだろうか。

 

「ん……普通の棒じゃないの?」

 

 シロコがそう言った瞬間、四人が一斉にシロコを見た。

 シロコは少しだけ身構える。

 

「……ん?」

 

 黒夜は、非常に真面目な顔で言った。

 

「シロコさん、これは、ただの木の棒ではありません」

 

「違うの?」

 

 先生が続く。

 

「なんかいい感じの木の棒だよ」

 

 プレ先も頷く。

 

「そこは大きな違いだね」

 

 シロコ*テラーも短く言った。

 

『ん、別物』

 

 シロコは、ゆっくり瞬きをした。

 

「……そうなんだ」

 

 分からない。

 四人が何を言っているのかまったく分からない。

 だが、黒夜が少し楽しそうなので、悪いものではないのだろう。

 シロコはそう判断した。

 

「黒夜が楽しそうならいい」

 

「ありがとうございます?」

 

 黒夜は少し困ったように笑った。

 シロコ*テラーは、まだ棒を見つめている。

 

『黒夜』

 

「はい」

 

『少し持っていい?』

 

「もちろんです」

 

 黒夜が棒を渡すと、シロコ*テラーは慎重に握った。

 そして、一度だけ軽く構える。

 

『ん!』

 

 先生が頷く。

 

「盗賊職っぽい」

 

 プレ先も頷く。

 

「夜に強いタイプだね」

 

 黒夜も真面目に言う。

 

「シロコ*テラーさんの場合、暗殺者にも見えます」

 

『ん、銀行強盗をする』

 

 シロコが即座に言った。

 

「しないでくださいね」

 

 黒夜は思わず笑った。

 シロコ*テラーも、ほんの少しだけ目元を緩める。

 シャーレの執務室には、朝から奇妙な熱気が満ちていた。

 一本の木の棒を中心に、黒夜、先生、プレ先、シロコ*テラーが真剣に語り、シロコだけが首を傾げている。

 

 何も進んでいない。

 書類も減っていない。

 仕事も始まっていない。

 

 けれど、なぜか全員、少し楽しそうだった。

 シャーレの執務室では、一本の木の棒を中心に、奇妙な熱気が生まれていた。

 

 シロコは、その横で静かに首を傾げている。

 

「ん……分からない」

 

 シロコ*テラーは、黒夜から借りた木の棒を両手で持ち、軽く振りながら答えた。

 

『これは分かる人には分かる』

 

「そういうもの?」

 

『そういうもの』

 

 先生も頷いた。

 

「シロコ、これは理屈じゃないんだ。見た瞬間に、なんかいいなって思う。それが大事」

 

「……なんかいい。分からないけど、覚えた」

 

「ただの棒と、なんかいい感じの木の棒は違う」

 

『理解が早い、流石こっちの私』

 

「分かったとは言ってない」

 

『でも一歩進んだ』

 

 シロコ*テラーが、どこか誇らしげに言う。

 

 その時だった。

 廊下の向こうから、複数の足音が近づいてきた。

 

「……先生」

 

「うん」

 

「また、増えそうですね」

 

「そうだね」

 

 プレ先は木の棒を見ながら、静かに言った。

 

「この棒が、人を引き寄せているのかもしれないね」

 

「そのような神秘はないと思いますが」

 

「でも実際、集まっているじゃないか」

 

「設定が増えましたね……」

 

 執務室の扉が開いた。

 入ってきたのは、ナギサ、ミカ、セイア。

 そしてその後ろに、ナギサ*テラー、ミカ*テラー、セイア*テラーが続いていた。

 

 通常のティーパーティー三人は、最初こそ先生へ挨拶をしようとしていた。だが、すぐに室内の光景に気づき、言葉を失った。

 

 黒夜が木の棒を持っている。

 先生とプレ先が満足そうにそれを見ている。

 シロコ*テラーが明らかに理解者の顔をしている。

 シロコだけが少し困惑している。

 

 ナギサは、しばらくその光景を見つめてから、丁寧に口を開いた。

 

「……黒夜さん。その木の棒は、一体?」

 

 ミカも不思議そうに首を傾げる。

 

「黒夜、それで何してるの?」

 

 セイアは目を細めた。

 

「何かの訓練道具かい?」

 

 黒夜は非常に真面目な顔で答えた。

 

「これは私が拾ってきた。なんかいい感じの木の棒です」

 

 三人は黙った。

 ナギサは今見ている光景が信じられず自分の眉間を揉みながら。

 

「……なんかいい感じの棒ですか…?」

 

 ミカが、木の棒を覗き込む。

 

「えっと……ただの木の棒だよね?」

 

「ですが、なんかいい感じの木の棒です」

 

「そこ重要なの?」

 

「かなり重要ですよ!」

 

 黒夜が即答した。

 ミカは困ったようにセイアを見る。

 

「セイアちゃん、分かる?」

 

「いや、まったく分からないね」

 

 セイアは静かに首を横に振った。

 

「少なくとも、私にはただの木の棒に見える」

 

 その瞬間、ナギサ*テラーが一歩前に出た。

 

『セイアさん』

 

 セイアはナギサ*テラーを見た。

 

「何かな?」

 

『これは違います』

 

「違う?」

 

『ただの木の棒ではありません!!』

 

 ミカ*テラーも目を輝かせながら、黒夜の手元を見つめていた。

 

『なんかいい感じの木の棒じゃん!? どこでそれを見つけたの!?』

 

「昨日、トリニティからの帰り道に」

 

『トリニティの道端にこんな逸材が!?』

 

「逸材?」

 

 ミカが自分のテラーを見ながら呆れたように呟く。

 

 セイア*テラーも静かに近づき、棒の曲がりを観察する。

 

『なるほど。枝の曲がり方がいい。剣と杖の中間にある』

 

「セイア*テラーさん、分かりますか」

 

『分かるよ。これは持つ者によって意味を変える枝だ』

 

 セイアは、理解できない光景に少し遠い目をした。

 

「私が詩的に言いそうなことを、木の棒相手に言わないでほしい」

 

 ナギサ*テラーは、木の棒を見ながら頷く。

 

『黒夜さんに似合いますね。守護者の杖のようです』

 

 ミカ*テラーは即座に反論する。

 

『えー? 黒夜なら聖剣でしょ! こう、ばーんって構えてさ!』

 

『いえ、黒夜さんは無闇に振り回すより、静かに構える方が似合います』

 

『でも振り回したくならない!?』

 

『それは否定しません』

 

 ナギサ*テラーは少しだけ真剣に頷いた。

 

 黒夜も頷く。

 

「振り回したくなる衝動には抗えませんよね!」

 

 ナギサが額に手を当てた。

 

「私は疲れて幻覚でも見ているのでしょうか……?」

 

 先生は嬉しそうに言う。

 

「ナギサ、これはそういうものなんだよ」

 

「先生まで完全に理解側なのですね」

 

「うん」

 

 プレ先も静かに言った。

 

「私も理解側だね」

 

「プレ先さんまで……」

 

 ナギサは本当に困っているようだった。

 ミカは木の棒と黒夜を交互に見る。

 

「えー……そんなにいいものなの?」

 

「ミカ様も持ってみますか?」

 

「えっ、いいの?」

 

「はい」

 

 黒夜は木の棒をミカへ差し出した。

 ミカは少し戸惑いながら受け取る。

 そして、軽く握った。

 

「……」

 

 数秒。

 

 ミカの表情が少し変わった。

 

「……ん?」

 

 ナギサが見る。

 

「ミカさん?」

 

「なんか……ちょっと分かるかもしれない…」

 

 ミカは木の棒を軽く構えた。

 

「持つと、なんか……構えたくなるし、無性に振り回したくなる長さ…」

 

 ミカ*テラーが満面の笑みで頷く。

 

『そうでしょ?』

 

「うん、なんかこう……えいってやりたくなる」

 

「ミカさん!?」

 

 ナギサが軽く声を上げる。

 ミカは慌てて木の棒を戻した。

 

「ち、違うよ? 別に完全に分かったわけじゃないよ? でも、なんかちょっと楽しいかもっていうか」

 

 シロコが静かに頷く。

 

「私も分かってないけど、みんなが楽しそうだからいいと思う」

 

「シロコちゃん、それ分かってる側なの?」

 

「分かってない側」

 

『でも可能性はある』

 

 シロコ*テラーが言った。

 

 セイアは木の棒を見つめる。

 

「意味のないものに意味を見出す遊び、ということかな?」

 

 黒夜は少し考えてから首を横に振った。

 

「いえ、セイア様」

 

「違うのかい?」

 

「理屈ではありません」

 

 先生も頷く。

 

「そう、理屈じゃない」

 

 プレ先も続く。

 

「そこにいい棒があった。それだけで十分なんだ」

 

 セイアはゆっくり息を吐いた。

 

「……なるほど。ますます分からなくなった」

 

 セイア*テラーが静かに言う。

 

『分からなくてもいい。いつか出会うよ。君だけのいい棒に』

 

「私はその未来を見たいような、見たくないような気持ちだ」

 

 ナギサは、まだ納得しきれていない様子だった。

 

「ですが、黒夜さん。道端で拾ったものを持ち帰るのは少し衛生面が……」

 

「洗いました」

 

「洗ったのですか!?」

 

「はい。軽く拭いて、ささくれも取りました」

 

「そこは丁寧なのですね」

 

 ナギサ*テラーが微笑む。

 

『黒夜さんらしいですね。拾った木の棒にも礼を尽くす』

 

「礼を尽くしているつもりはありませんが……」

 

 ミカ*テラーが黒夜の横から棒を覗き込む。

 

『名前は決めたの?』

 

「まだです」

 

『えっ、まだなの!? こんなにいい棒なのに!?』

 

「名前は慎重に決めるべきかと思いまして」

 

 先生が真面目に頷く。

 

「いい棒ほど名前が難しいからね」

 

 プレ先も頷く。

 

「一度名付けると、その物語が固定される」

 

 ナギサが小さく呟く。

 

「なぜ木の棒に物語が……」

 

 セイア*テラーが答える。

 

『良い木の棒には、すでに物語の気配がある』

 

「もう一人の私は本当に何を言っているんだ……」

 

 その時、シャーレの扉が勢いよく開いた。

 

「先生! 黒夜! アリスが到着しました!」

 

 明るい声と共に入ってきたのは、アリスだった。

 

 黒夜は振り返る。

 

「アリスさん。おはようございます」

 

「おはようございます、黒夜!」

 

 アリスは満面の笑みを浮かべていた。

 そして、その手には。

 一本の木の棒が握られていた。

 黒夜の目が見開かれる。

 

「……アリスさん」

 

「はい!」

 

「それは……」

 

 アリスは誇らしげに木の棒を掲げた。

 

「ここに来る途中で拾いました! 勇者の剣です!」

 

 空気が爆発した。

 先生が立ち上がる。

 

「流石アリス分かってるね!」

 

 プレ先も静かに、しかし確かに目を輝かせる。

 

「良い剣だ」

 

 黒夜も真剣に頷いた。

 

「アリスさん、その棒……かなりいい感じですね」

 

 シロコ*テラーが短く言う。

 

『ん、強い』

 

 ナギサ*テラーも感心したように見る。

 

『なるほど。勇者の剣としての完成度が高いですね』

 

 ミカ*テラーは嬉しそうに手を叩いた。

 

『アリスちゃんも理解側だ!』

 

 セイア*テラーは静かに頷く。

 

『未来を切り開く剣だね』

 

 ナギサ達は、完全に置いていかれていた。

 

 ナギサが呆然と呟く。

 

「また、増えましたね……」

 

 ミカはアリスの木の棒を見て、少し悔しそうに言う。

 

「アリスちゃんの棒、なんか勇者感ある……」

 

 セイアは静かに現実を受け入れ始めていた。

 

「どうやら、私たちの方が少数派らしい」

 

 アリスは黒夜の木の棒に気づき、目を輝かせた。

 

「黒夜! 黒夜も剣を持っていますね!」

 

「私は剣というより、魔法剣士か旅人の杖という評価を受けています」

 

「ジョブ分岐です!」

 

「ジョブ分岐」

 

 アリスは自分の木の棒を構えた。

 

「黒夜! チャンバラごっこをしましょう!」

 

 ナギサが即座に反応した。

 

「待ってください。シャーレ内で木の棒を振り回すのは危険では?」

 

 先生が真面目な顔で答える。

 

「大丈夫。周囲を確認して、ゆっくり、安全にやるから」

 

 プレ先も頷いた。

 

「安全第一のチャンバラだね」

 

 黒夜は棒を持ったまま、笑顔で構えた。

 

「挑まれたからには…断れませんね…!」

 

 アリスはすでにやる気だった。

 

「勇者アリス、参ります!」

 

 黒夜は静かに息を吐いた。

 

「……来い! 勇者アリス!」

 

 先生がすぐに手を上げる。

 

「私も混ざっていい?」

 

 プレ先も静かに立ち上がる。

 

「私も少しだけ」

 

 ミカ*テラーが嬉しそうに言う。

 

『私も! 黒夜と一緒にやる!』

 

 シロコ*テラーも短く言った。

 

『ん、私も参戦する』

 

 ナギサ*テラーは微笑む。

 

『では、私は黒夜さんの後方支援を』

 

 セイア*テラーは真面目に言う。

 

『未来を読むまでもない。私も参加するぞ』

 

 ナギサは、完全に頭を抱えた。

 

「どうしてこうなるのですか……」

 

 ミカは、少しそわそわしている。

 

「ねえ、ナギちゃん、ちょっとだけなら私も……」

 

「ミカさんまで何言ってるんですか!?」

 

 セイアは木の棒を見ながら、静かに言った。

 

「……意味は分からないが、楽しそうではあるね」

 

「セイアさんまで……」

 

 アリスは黒夜へ向かって、木の棒を構える。

 

「黒夜、準備はいいですか?」

 

「はい。お手柔らかにお願いします、勇者アリス」

 

「はい! 勇者は全力で、でも安全に戦います!」

 

 先生とプレ先が少し離れて見守る。いや、見守ると言いつつ明らかに参加する気でいる。シロコ*テラーはすでに位置取りを確認している。ミカ*テラーは黒夜の近くで待機している。シロコは「ん、危なくないならいい」と言いながら、少しだけ興味深そうに見ていた。

 

 ナギサはため息をつく。

 

「本当に、ゆっくりですよ」

 

 黒夜は真面目に頷いた。

 そして、アリスの木の棒と、黒夜の木の棒が軽くぶつかった。

 こつん、と小さな音が鳴る。

 

「いざ尋常に!」

 

「勝負ですよ!」

 

 その瞬間、シャーレの執務室は、なぜか小さな冒険の始まりのような空気に包まれた。

 

 ただの木の棒。

 いや、違う。

 

 なんかいい感じの木の棒。

 

 それを持った者達が、意味もなく構え、意味もなく笑い、意味もなくはしゃいでいる。

 

 書類はまだ減っていない。

 仕事もまだ終わっていない。

 先生もプレ先も、たぶん後で少し困る。

 けれど、その場にいた誰もが、楽しそうに笑っていた。

 ナギサでさえ、最後には小さく苦笑した。

 

「……黒夜さん…後で、その棒はきちんと片付けてくださいね」

 

「もちろんです」

 

 ミカが小さく手を上げる。

 

「私も後でちょっと参加してもいい?」

 

「はい、ミカ様もぜひ」

 

 セイアは諦めたように息を吐いた。

 

「どうやら、今日のシャーレは平和らしい」

 

 その言葉に、先生が笑った。

 

「そうだね。すごく平和だ」

 

 プレ先も頷く。

 

「こんな平和でくだらない日があってもいいだろう」

 

 黒夜はその言葉に、少しだけ目を細めた。

 平和で、くだらない。

 確かに、その通りだった。

 だが今の黒夜には、そういう時間がとても大切なものに思えた。

 

 アリスが元気よく声を上げる。

 

「勇者アリス、第二撃です!」

 

「では、魔法剣士黒夜も受けます」

 

「黒夜、ジョブが決まりました!」

 

「今決まりましたね」

 

 こつん、とまた木の棒がぶつかる。

 その音は、シャーレの朝に小さく響いた。

 

 なんの役にも立たない。

 意味もない。

 けれど、なぜか楽しい。

 

 そんな一日が、静かに始まった。




セイア*テラー『〇ルトラーク!』
ミカ*テラー『セイアちゃん!そればっかりズルいよ!』
ナギサ*テラー『二人とも!早く私にも貸してください!』

ナギサ・ミカ・セイア「……なにこれ?」
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知らない天井は独房だった。(作者:鋼蛙)(原作:ブルーアーカイブ)

黒いコートを羽織り、銀のリボルバーを携えた青年は気が付くと、神秘に満ちた透き通るような超銃器社会「キヴォトス」…………にある独房にいた。▼多くの謎や苦難の中、彼はシャーレの一員として、先生や生徒達関わりながら、確かな”青春”と”奇跡”を体験していく。▼※宜しければ、活動報告のチェックもお願いします。▼※タグ・あらすじは展開に合わせて変更がある場合があります。…


総合評価:810/評価:6.81/連載:65話/更新日時:2026年05月21日(木) 12:22 小説情報

シャーレを辞めたいだけなのに…(作者:無名の作者)(原作:ブルーアーカイブ)

シャーレで働くアルバイトの日下部ルイが辞めようとするのを阻止しようとする先生とあわよくば自分のものにしようと目論む生徒たちのお話


総合評価:1594/評価:8.27/連載:3話/更新日時:2026年02月19日(木) 10:00 小説情報

銃弾が飛び交う学園都市?!んでもって銃の耐性なし?!・・・やってやろうじゃねえかこの野郎!!(作者:オーバジン)(原作:ブルーアーカイブ)

突如としてキヴォトスに来てしまった何も知らない無知無知な男子高校生!ブルーアーカイブをやったことない?!噓だろ!マジかよ!▼何とかお情け程度であった特殊能力を活かして生き残れ!銃弾一発が致命傷だゾ!▼そんな男子高校生が歩むキヴォトスでの笑いあり、涙あり、曇らせあり、恋愛あり、シリアスありの、青春物語です。良ければどうぞ見ていってください。


総合評価:1235/評価:7/連載:50話/更新日時:2026年05月24日(日) 22:34 小説情報


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