それは、トリニティからの帰り道だった。
黒夜はその日、ティーパーティーの手伝いを終え、夕暮れの道を一人で歩いていた。空は淡い橙色に染まり、トリニティの校舎の白い壁が、どこか柔らかく光って見える。
ナギサからは「暗くなる前に帰ってくださいね」と念を押され、ミカからは「寄り道しちゃ駄目だからね?」と笑顔で言われ、セイアからは「君の寄り道は、たいてい騒動の入口だからね」と静かに釘を刺された。
黒夜としては、別に騒動を起こすつもりなどない。
ただ、道を歩いていると、時々何かに巻き込まれるだけだ。
「……今日は、何事もなく帰りたいですね」
そう呟きながら、黒夜は住宅街へ続く道を歩いていた。
その時視界の端に、何かが映った。
黒夜は足を止める。
道端の少し草が生えた植え込みの中に、それは落ちていた。
最初は、ただの落とし物かと思った。
けれど、黒夜の視界がそれを捉えた瞬間、何かが違うと分かった。
黒夜は、しばらく無言でそれを見つめた。
「……え?」
思わず声が漏れる。
「これは……!?」
黒夜は周囲を確認した。
誰もいない、少なくとも、今この瞬間、黒夜を見ている者はいない。
黒夜はゆっくりとしゃがみ、それを手に取った。
手に馴染む。驚くほどに馴染む。
まるで最初から、自分が拾うことを待っていたかのような収まりだった。
「……これは……かなり、いいですね」
黒夜は、それを軽く持ち上げる。
その声には、普段の黒夜には珍しい、抑えきれない高揚が混じっていた。
黒夜はもう一度周囲を確認した。
誰もいない。
そこで、少しだけ構えてみた。
右手で持ち、左手を添え、角度を変える。
次に、片手で軽く振る。
さらに、持ち方を変えてみる。
「……いいですね」
思わず、頷いた。
黒夜はしばらく悩んだ。
このまま置いて帰るべきか。
それとも、持ち帰るべきか。
常識的に考えれば、置いて帰るべきだ。
トリニティからの帰り道に、これを拾って帰るなど、冷静に考えるとかなり妙な行動である。もし誰かに見られれば心配されるかもしれない。
だが、黒夜は手元のそれを見た。
「……置いていくのは、少し惜しいですね」
結論は出た。
黒夜はそれを大事に持ち帰った。
翌日。
シャーレの当番として訪れた黒夜は、いつもより少しだけ足取りが軽かった。
先生は執務室にいた。
プレ先も同じ部屋で資料を確認している。
「おはようございます、先生。プレ先さん」
「おはよう、黒夜」
「おはよう。今日は少し機嫌が良さそうだね」
黒夜は一瞬だけ目を瞬かせた。
「分かりますか?」
「分かるよ。君にしては、かなり分かりやすい」
先生も笑う。
「何かいいことでもあった?」
「はい」
黒夜は、珍しく即答した。
先生とプレ先が顔を見合わせる。
黒夜は鞄を机の上に置き、慎重に中から布に包まれた何かを取り出した。
先生が少し身を乗り出す。
「それは?」
「昨日、トリニティからの帰り道で見つけました」
黒夜は、どこか誇らしげに布を解いた。
中から現れたのは、一本の木の棒だった。
しばらく、部屋の空気が止まる。
先生が無言でそれを見る。
プレ先も、静かに目を細める。
黒夜は少しだけ緊張していた。
これを理解してもらえるだろうか。
ただの枝だと言われるだろうか。
拾ってきたことを心配されるだろうか。
だが、次の瞬間。
先生の目が輝いた。
「……黒夜…それは…!!」
プレ先が、静かに立ち上がる。
「いい棒だね」
黒夜の表情が、ぱっと明るくなった。
「分かりますか」
「勿論分かるよ」
先生は木の棒を受け取り、慎重に握った。
「長さがちょうどいい。剣にもなるし、杖にもなる」
「そうですよね? 私もそう思いました!」
プレ先も横から覗き込む。
「持ち手の部分に節がある。滑り止めとして優秀だ」
「そうなんです。握った時にちょうど指がかかるんです」
「先端の曲がり方も良いね。少し魔法杖っぽい」
「先生もそう思いますか?」
「思う」
「私も思った」
プレ先が真剣に頷いた。
三人の間に、謎の理解が成立していた。
黒夜は先生から棒を受け取り、軽く構える。
「振った時の重心も悪くありません。昨日、少し試したのですが」
「試したんだ」
「はい。周囲に人がいないことを確認した上で」
「そこはちゃんとしてるね」
先生は笑いながらも、どこか楽しそうだった。
プレ先は棒を横から見て、静かに分析する。
「この曲がり方なら、上段から振るよりも、少し斜めに構えた方が様になる」
「分かります」
「片手剣よりは、魔法剣士の装備だね」
「私もその印象です」
先生が手を上げる。
「いや、勇者の初期装備感もあるよ」
「確かに、それもありますね」
「名前をつけたくなる棒だ」
「それは少し分かります」
黒夜は棒を見つめる。
先生とプレ先も、真剣に見つめる。
三人とも、仕事をする時とは別方向に真剣だった。
先生が言う。
「ちょっと貸して」
「どうぞ」
先生は木の棒を持ち、軽く構えた。
「どうかな?」
「似合っていますよ!」
黒夜が真面目に答える。
プレ先も頷く。
「勇者というより、村を出る前の少年感があるな」
「それ褒めてる?」
「褒めてるよ」
次にプレ先が持つ。
プレ先は棒を杖のように軽く床へ向けた。
「どうかな?」
黒夜は少し考える。
「隠者の杖ですね」
「確かにそれっぽいね」
先生が即座に頷く。
「旅の途中で重要な助言をくれるタイプ」
「その後、終盤で実はかなり強かったと判明する方です」
「それだ!」
プレ先は小さく笑った。
「だいぶ設定が増えたね」
黒夜は木の棒を再び受け取る。
そして少しだけ構えた。
先生とプレ先が、同時に頷く。
「黒夜は魔法剣士だね」
「黒い外套があれば完璧だ」
「私は剣士ではないのですが」
「でも、これはそういう棒だよ」
「そういう棒、ですか」
「うん。そういう棒」
黒夜は少しだけ笑った。
何の意味もない。
本当に、何の意味もない。
ただ拾った木の棒を見せて、三人でああでもないこうでもないと言っているだけだ。
けれど、不思議と楽しかった。
普段なら、先生達に仕事の話をする。
報告、相談、確認、書類整理。
それらも大事だが、今日のこの会話はあまりにも中身がない。
だが、中身がないからこそ、妙に良かった。
黒夜が棒を軽く振ると、先生が嬉しそうに言う。
「いい音」
「風切り音がいいですよね」
プレ先も真剣に頷く。
「耐久性はそこまで高くないだろうけど、雰囲気がある」
「雰囲気は何より大事ですからね」
「大事だね」
三人が真顔で頷いていた、その時だった。
シャーレの扉が開く音がした。
「ん、先生」
入ってきたのはシロコだった。
そして、その少し後ろにシロコ*テラーもいた。
シロコは執務室の入口で足を止める。
目の前には、木の棒を持っている黒夜。
それを楽しそうに見ている先生。
同じく真剣な顔で頷いているプレ先。
しばらく、シロコはその光景を見つめた。
そして、首を傾げる。
「何してるの?」
もっともな疑問だった。
黒夜は木の棒を持ったまま、少しだけ姿勢を正す。
「シロコさん。おはようございます」
「ん、おはよう」
「これは、昨日帰り道で見つけた木の棒です」
「木の棒?」
「そうです」
シロコは、黒夜の手元を見る。
ただの木の棒に見えた。
「それで遊んでるの?」
「遊んでいるというか……」
黒夜は少し考える。
「なんかいい感じだったので、先生とプレ先に見ていただいていました」
「なんかいい感じ…?」
シロコはもう一度見る。
やはり、何度見てもただの木の棒に見える。
「……?」
その横で、シロコ*テラーが一歩前へ出た。
彼女の目が、わずかに見開かれている。
『それは……!』
黒夜が振り返る。
「もう一人のシロコさん?」
シロコ*テラーは、黒夜の手にある木の棒をじっと見つめていた。
そして、静かに、しかし確かな熱を込めて言った。
『ちょうどいい感じの棒!』
先生が嬉しそうに頷く。
「分かる?」
『ん、分かる!』
プレ先も静かに微笑む。
「やっぱりシロコも分かるんだね」
『これは良い棒』
シロコ*テラーは黒夜の前まで歩いてきて、木の棒を観察する。
『長さがいい』
「はい」
『持ち手もいい』
「そうなんです」
『剣にも杖にもなる』
「分かりますか」
『すごいよ黒夜!』
黒夜の表情が、少しだけさらに明るくなる。
シロコは、隣でそのやり取りを見ていた。
「……???」
理解できない。
黒夜も、先生も、プレ先も、シロコ*テラーも、明らかに何かを共有している。
だが、シロコにはそれが分からない。
木の棒は木の棒だ。
確かに、少し形が面白いかもしれない。
持ちやすそうではある。
でも、ここまで真剣に語るほどなのだろうか。
「ん……普通の棒じゃないの?」
シロコがそう言った瞬間、四人が一斉にシロコを見た。
シロコは少しだけ身構える。
「……ん?」
黒夜は、非常に真面目な顔で言った。
「シロコさん、これは、ただの木の棒ではありません」
「違うの?」
先生が続く。
「なんかいい感じの木の棒だよ」
プレ先も頷く。
「そこは大きな違いだね」
シロコ*テラーも短く言った。
『ん、別物』
シロコは、ゆっくり瞬きをした。
「……そうなんだ」
分からない。
四人が何を言っているのかまったく分からない。
だが、黒夜が少し楽しそうなので、悪いものではないのだろう。
シロコはそう判断した。
「黒夜が楽しそうならいい」
「ありがとうございます?」
黒夜は少し困ったように笑った。
シロコ*テラーは、まだ棒を見つめている。
『黒夜』
「はい」
『少し持っていい?』
「もちろんです」
黒夜が棒を渡すと、シロコ*テラーは慎重に握った。
そして、一度だけ軽く構える。
『ん!』
先生が頷く。
「盗賊職っぽい」
プレ先も頷く。
「夜に強いタイプだね」
黒夜も真面目に言う。
「シロコ*テラーさんの場合、暗殺者にも見えます」
『ん、銀行強盗をする』
シロコが即座に言った。
「しないでくださいね」
黒夜は思わず笑った。
シロコ*テラーも、ほんの少しだけ目元を緩める。
シャーレの執務室には、朝から奇妙な熱気が満ちていた。
一本の木の棒を中心に、黒夜、先生、プレ先、シロコ*テラーが真剣に語り、シロコだけが首を傾げている。
何も進んでいない。
書類も減っていない。
仕事も始まっていない。
けれど、なぜか全員、少し楽しそうだった。
シャーレの執務室では、一本の木の棒を中心に、奇妙な熱気が生まれていた。
シロコは、その横で静かに首を傾げている。
「ん……分からない」
シロコ*テラーは、黒夜から借りた木の棒を両手で持ち、軽く振りながら答えた。
『これは分かる人には分かる』
「そういうもの?」
『そういうもの』
先生も頷いた。
「シロコ、これは理屈じゃないんだ。見た瞬間に、なんかいいなって思う。それが大事」
「……なんかいい。分からないけど、覚えた」
「ただの棒と、なんかいい感じの木の棒は違う」
『理解が早い、流石こっちの私』
「分かったとは言ってない」
『でも一歩進んだ』
シロコ*テラーが、どこか誇らしげに言う。
その時だった。
廊下の向こうから、複数の足音が近づいてきた。
「……先生」
「うん」
「また、増えそうですね」
「そうだね」
プレ先は木の棒を見ながら、静かに言った。
「この棒が、人を引き寄せているのかもしれないね」
「そのような神秘はないと思いますが」
「でも実際、集まっているじゃないか」
「設定が増えましたね……」
執務室の扉が開いた。
入ってきたのは、ナギサ、ミカ、セイア。
そしてその後ろに、ナギサ*テラー、ミカ*テラー、セイア*テラーが続いていた。
通常のティーパーティー三人は、最初こそ先生へ挨拶をしようとしていた。だが、すぐに室内の光景に気づき、言葉を失った。
黒夜が木の棒を持っている。
先生とプレ先が満足そうにそれを見ている。
シロコ*テラーが明らかに理解者の顔をしている。
シロコだけが少し困惑している。
ナギサは、しばらくその光景を見つめてから、丁寧に口を開いた。
「……黒夜さん。その木の棒は、一体?」
ミカも不思議そうに首を傾げる。
「黒夜、それで何してるの?」
セイアは目を細めた。
「何かの訓練道具かい?」
黒夜は非常に真面目な顔で答えた。
「これは私が拾ってきた。なんかいい感じの木の棒です」
三人は黙った。
ナギサは今見ている光景が信じられず自分の眉間を揉みながら。
「……なんかいい感じの棒ですか…?」
ミカが、木の棒を覗き込む。
「えっと……ただの木の棒だよね?」
「ですが、なんかいい感じの木の棒です」
「そこ重要なの?」
「かなり重要ですよ!」
黒夜が即答した。
ミカは困ったようにセイアを見る。
「セイアちゃん、分かる?」
「いや、まったく分からないね」
セイアは静かに首を横に振った。
「少なくとも、私にはただの木の棒に見える」
その瞬間、ナギサ*テラーが一歩前に出た。
『セイアさん』
セイアはナギサ*テラーを見た。
「何かな?」
『これは違います』
「違う?」
『ただの木の棒ではありません!!』
ミカ*テラーも目を輝かせながら、黒夜の手元を見つめていた。
『なんかいい感じの木の棒じゃん!? どこでそれを見つけたの!?』
「昨日、トリニティからの帰り道に」
『トリニティの道端にこんな逸材が!?』
「逸材?」
ミカが自分のテラーを見ながら呆れたように呟く。
セイア*テラーも静かに近づき、棒の曲がりを観察する。
『なるほど。枝の曲がり方がいい。剣と杖の中間にある』
「セイア*テラーさん、分かりますか」
『分かるよ。これは持つ者によって意味を変える枝だ』
セイアは、理解できない光景に少し遠い目をした。
「私が詩的に言いそうなことを、木の棒相手に言わないでほしい」
ナギサ*テラーは、木の棒を見ながら頷く。
『黒夜さんに似合いますね。守護者の杖のようです』
ミカ*テラーは即座に反論する。
『えー? 黒夜なら聖剣でしょ! こう、ばーんって構えてさ!』
『いえ、黒夜さんは無闇に振り回すより、静かに構える方が似合います』
『でも振り回したくならない!?』
『それは否定しません』
ナギサ*テラーは少しだけ真剣に頷いた。
黒夜も頷く。
「振り回したくなる衝動には抗えませんよね!」
ナギサが額に手を当てた。
「私は疲れて幻覚でも見ているのでしょうか……?」
先生は嬉しそうに言う。
「ナギサ、これはそういうものなんだよ」
「先生まで完全に理解側なのですね」
「うん」
プレ先も静かに言った。
「私も理解側だね」
「プレ先さんまで……」
ナギサは本当に困っているようだった。
ミカは木の棒と黒夜を交互に見る。
「えー……そんなにいいものなの?」
「ミカ様も持ってみますか?」
「えっ、いいの?」
「はい」
黒夜は木の棒をミカへ差し出した。
ミカは少し戸惑いながら受け取る。
そして、軽く握った。
「……」
数秒。
ミカの表情が少し変わった。
「……ん?」
ナギサが見る。
「ミカさん?」
「なんか……ちょっと分かるかもしれない…」
ミカは木の棒を軽く構えた。
「持つと、なんか……構えたくなるし、無性に振り回したくなる長さ…」
ミカ*テラーが満面の笑みで頷く。
『そうでしょ?』
「うん、なんかこう……えいってやりたくなる」
「ミカさん!?」
ナギサが軽く声を上げる。
ミカは慌てて木の棒を戻した。
「ち、違うよ? 別に完全に分かったわけじゃないよ? でも、なんかちょっと楽しいかもっていうか」
シロコが静かに頷く。
「私も分かってないけど、みんなが楽しそうだからいいと思う」
「シロコちゃん、それ分かってる側なの?」
「分かってない側」
『でも可能性はある』
シロコ*テラーが言った。
セイアは木の棒を見つめる。
「意味のないものに意味を見出す遊び、ということかな?」
黒夜は少し考えてから首を横に振った。
「いえ、セイア様」
「違うのかい?」
「理屈ではありません」
先生も頷く。
「そう、理屈じゃない」
プレ先も続く。
「そこにいい棒があった。それだけで十分なんだ」
セイアはゆっくり息を吐いた。
「……なるほど。ますます分からなくなった」
セイア*テラーが静かに言う。
『分からなくてもいい。いつか出会うよ。君だけのいい棒に』
「私はその未来を見たいような、見たくないような気持ちだ」
ナギサは、まだ納得しきれていない様子だった。
「ですが、黒夜さん。道端で拾ったものを持ち帰るのは少し衛生面が……」
「洗いました」
「洗ったのですか!?」
「はい。軽く拭いて、ささくれも取りました」
「そこは丁寧なのですね」
ナギサ*テラーが微笑む。
『黒夜さんらしいですね。拾った木の棒にも礼を尽くす』
「礼を尽くしているつもりはありませんが……」
ミカ*テラーが黒夜の横から棒を覗き込む。
『名前は決めたの?』
「まだです」
『えっ、まだなの!? こんなにいい棒なのに!?』
「名前は慎重に決めるべきかと思いまして」
先生が真面目に頷く。
「いい棒ほど名前が難しいからね」
プレ先も頷く。
「一度名付けると、その物語が固定される」
ナギサが小さく呟く。
「なぜ木の棒に物語が……」
セイア*テラーが答える。
『良い木の棒には、すでに物語の気配がある』
「もう一人の私は本当に何を言っているんだ……」
その時、シャーレの扉が勢いよく開いた。
「先生! 黒夜! アリスが到着しました!」
明るい声と共に入ってきたのは、アリスだった。
黒夜は振り返る。
「アリスさん。おはようございます」
「おはようございます、黒夜!」
アリスは満面の笑みを浮かべていた。
そして、その手には。
一本の木の棒が握られていた。
黒夜の目が見開かれる。
「……アリスさん」
「はい!」
「それは……」
アリスは誇らしげに木の棒を掲げた。
「ここに来る途中で拾いました! 勇者の剣です!」
空気が爆発した。
先生が立ち上がる。
「流石アリス分かってるね!」
プレ先も静かに、しかし確かに目を輝かせる。
「良い剣だ」
黒夜も真剣に頷いた。
「アリスさん、その棒……かなりいい感じですね」
シロコ*テラーが短く言う。
『ん、強い』
ナギサ*テラーも感心したように見る。
『なるほど。勇者の剣としての完成度が高いですね』
ミカ*テラーは嬉しそうに手を叩いた。
『アリスちゃんも理解側だ!』
セイア*テラーは静かに頷く。
『未来を切り開く剣だね』
ナギサ達は、完全に置いていかれていた。
ナギサが呆然と呟く。
「また、増えましたね……」
ミカはアリスの木の棒を見て、少し悔しそうに言う。
「アリスちゃんの棒、なんか勇者感ある……」
セイアは静かに現実を受け入れ始めていた。
「どうやら、私たちの方が少数派らしい」
アリスは黒夜の木の棒に気づき、目を輝かせた。
「黒夜! 黒夜も剣を持っていますね!」
「私は剣というより、魔法剣士か旅人の杖という評価を受けています」
「ジョブ分岐です!」
「ジョブ分岐」
アリスは自分の木の棒を構えた。
「黒夜! チャンバラごっこをしましょう!」
ナギサが即座に反応した。
「待ってください。シャーレ内で木の棒を振り回すのは危険では?」
先生が真面目な顔で答える。
「大丈夫。周囲を確認して、ゆっくり、安全にやるから」
プレ先も頷いた。
「安全第一のチャンバラだね」
黒夜は棒を持ったまま、笑顔で構えた。
「挑まれたからには…断れませんね…!」
アリスはすでにやる気だった。
「勇者アリス、参ります!」
黒夜は静かに息を吐いた。
「……来い! 勇者アリス!」
先生がすぐに手を上げる。
「私も混ざっていい?」
プレ先も静かに立ち上がる。
「私も少しだけ」
ミカ*テラーが嬉しそうに言う。
『私も! 黒夜と一緒にやる!』
シロコ*テラーも短く言った。
『ん、私も参戦する』
ナギサ*テラーは微笑む。
『では、私は黒夜さんの後方支援を』
セイア*テラーは真面目に言う。
『未来を読むまでもない。私も参加するぞ』
ナギサは、完全に頭を抱えた。
「どうしてこうなるのですか……」
ミカは、少しそわそわしている。
「ねえ、ナギちゃん、ちょっとだけなら私も……」
「ミカさんまで何言ってるんですか!?」
セイアは木の棒を見ながら、静かに言った。
「……意味は分からないが、楽しそうではあるね」
「セイアさんまで……」
アリスは黒夜へ向かって、木の棒を構える。
「黒夜、準備はいいですか?」
「はい。お手柔らかにお願いします、勇者アリス」
「はい! 勇者は全力で、でも安全に戦います!」
先生とプレ先が少し離れて見守る。いや、見守ると言いつつ明らかに参加する気でいる。シロコ*テラーはすでに位置取りを確認している。ミカ*テラーは黒夜の近くで待機している。シロコは「ん、危なくないならいい」と言いながら、少しだけ興味深そうに見ていた。
ナギサはため息をつく。
「本当に、ゆっくりですよ」
黒夜は真面目に頷いた。
そして、アリスの木の棒と、黒夜の木の棒が軽くぶつかった。
こつん、と小さな音が鳴る。
「いざ尋常に!」
「勝負ですよ!」
その瞬間、シャーレの執務室は、なぜか小さな冒険の始まりのような空気に包まれた。
ただの木の棒。
いや、違う。
なんかいい感じの木の棒。
それを持った者達が、意味もなく構え、意味もなく笑い、意味もなくはしゃいでいる。
書類はまだ減っていない。
仕事もまだ終わっていない。
先生もプレ先も、たぶん後で少し困る。
けれど、その場にいた誰もが、楽しそうに笑っていた。
ナギサでさえ、最後には小さく苦笑した。
「……黒夜さん…後で、その棒はきちんと片付けてくださいね」
「もちろんです」
ミカが小さく手を上げる。
「私も後でちょっと参加してもいい?」
「はい、ミカ様もぜひ」
セイアは諦めたように息を吐いた。
「どうやら、今日のシャーレは平和らしい」
その言葉に、先生が笑った。
「そうだね。すごく平和だ」
プレ先も頷く。
「こんな平和でくだらない日があってもいいだろう」
黒夜はその言葉に、少しだけ目を細めた。
平和で、くだらない。
確かに、その通りだった。
だが今の黒夜には、そういう時間がとても大切なものに思えた。
アリスが元気よく声を上げる。
「勇者アリス、第二撃です!」
「では、魔法剣士黒夜も受けます」
「黒夜、ジョブが決まりました!」
「今決まりましたね」
こつん、とまた木の棒がぶつかる。
その音は、シャーレの朝に小さく響いた。
なんの役にも立たない。
意味もない。
けれど、なぜか楽しい。
そんな一日が、静かに始まった。
セイア*テラー『〇ルトラーク!』
ミカ*テラー『セイアちゃん!そればっかりズルいよ!』
ナギサ*テラー『二人とも!早く私にも貸してください!』
ナギサ・ミカ・セイア「……なにこれ?」