ティーパーティーに潜む、忠実な駒   作:KuRoNia

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捕らわれたティーパーティー

 それは、何の前触れもなく届いた。

 黒夜はシャーレからの帰り道、端末が震えたことに気づいて足を止めた。

 

 モモトークの通知。

 差出人は不明。

 

 普段なら、知らない相手からのメッセージには慎重に対応する。特に最近は、黒夜の周囲に妙な騒動が起きることが多い。安易に開けば、また何かに巻き込まれる可能性もある。

 だが、件名を見た瞬間、黒夜は表情を変えた。

 

 “ティーパーティーは預かった”

 

「……は?」

 

 黒夜は、思わず声に出した。

 続けて、本文を開く。

 

 ティーパーティーは預かった。

 返してほしければ、今日中に金を用意しろ。

 警備や先生に連絡したらどうなるか分かってるな?

 

 黒夜は数秒、画面を見つめた。

 

 普通に考えれば、ナギサ、ミカ、セイアの三人だ。

 だが、ティーパーティーを誘拐するという時点で相当無謀である。トリニティの中枢を担う三人に手を出せば、学園中を敵に回す。

 そもそも自分が居なくてもトリニティは厳重だ。その厳重な警備を掻い潜り、あの三人を拘束できる相手がそう簡単にいるとは思えない。

 

 しかし、万が一ということもある。

 黒夜は即座に全速力でトリニティに進路を変えた。

 

「確認が先ですね」

 

 トリニティ総合学園のティーパーティーの執務室へ。

 黒夜が珍しく息を切らしながら扉を開けると、そこには普段通りの光景があった。

 

 ナギサが書類を確認している。

 ミカがソファで書類を見ながらうーんと唸っている。

 セイアが静かに紅茶を飲んでいる。

 

 三人とも、普通にそこにいた。

 黒夜は扉の前で固まった。

 

「普通に居ますね……?」

 

 ナギサが顔を上げる。

 

「黒夜さん?」

 

 ミカもぱちぱちと瞬きをする。

 

「え、黒夜? どうしたの? そんなに慌てて」

 

 セイアは黒夜の表情を見て、キョトンとした顔をして。

 

「どうしたんだい?」

 

 黒夜は、ゆっくりと息を整えた。

 

「……皆さん、ご無事ですか?」

 

 ナギサは首を傾げる。

 

「ご無事、とは?」

 

「いえ、その……ティーパーティーは預かった、という脅迫メッセージが届きまして」

 

 ミカが変な声を出した。

 

「私たちが?」

 

 セイアは静かに自分達を見回す。

 

「少なくとも、ここにいる私たちは普段通りだけどね…」

 

「そのようですね…」

 

 黒夜は端末を見直す。

 

 脅迫文に書かれているのは、確かにティーパーティー。

 だが、三人は無事。つまりイタズラ?

 いや、だとしたらどうやって自分の端末のアドレスを知ったんだ…?

 黒夜がそう疑問に思った瞬間、再び黒夜の端末が震えた。

 

 追加のメッセージ。

 添付されているのは、動画だった。

 黒夜の表情がわずかに険しくなる。

 

「追加で、ビデオメッセージが来ました」

 

 三人が即座に黒夜のそばへ寄る。

 

「見せてください」

 

「黒夜、再生して」

 

「状況を確認しよう」

 

 黒夜は頷き、端末の動画を再生した。

 画面が揺れている。

 映っているのは、どこかの倉庫らしい場所だった。薄暗い照明、積まれた木箱、雑に置かれた資材。画質はあまり良くない。撮影者の手も少し震えている。

 そして画面の中央には、ヘルメットを被った不良少女達がいた。

 

 おそらく、どこかの不良グループだろう。

 全員が妙に得意げな顔をしている。

 

『よく聞け!』

 

 中央の不良が、カメラに向かって声を張り上げた。

 

『ティーパーティーはあたし達が預かった! 返してほしければ、今日中に金を用意しろ!』

 

 黒夜は無言で画面を見つめた。

 ナギサは眉をひそめる。

 

「随分と雑な脅迫ですね……」

 

 ミカは複雑そうな顔をした。

 

「これ、誘拐したふりをして黒夜からお金盗ろうとしてるだけじゃない?」

 

 セイアは静かに言う。

 

「だが、映像を見る限り、本人達はかなり本気のようだ」

 

 画面の中の不良は、さらに得意げに続ける。

 

『こっちは本気だぞ! 今日中に金を用意できなければ、こいつらがどうなるか分かってんだろうな!』

 

 そして、カメラが横へ向いた。

 そこに映ったものを見て、黒夜達は一斉に固まった。

 椅子に縛られていたのは、ナギサ*テラー、ミカ*テラー、セイア*テラーだった。

 

 ティーパーティーはティーパーティーでも黒い方だった。

 

 三人とも、手首と胴体を縄で縛られ、椅子に座らされている。

 カメラが向いた瞬間、ナギサ*テラーは今にも泣き出しそうな顔で叫んだ。

 

『黒夜さん……早く助けてください……!!』

 

 声は震えている。

 

 ミカ*テラーは涙目になり、肩を震わせる。

 

『やだよぉ……怖いよぉ……黒夜……!』

 

 セイア*テラーは悔しそうに俯く。

 

『くっ……私としたことが……未来を読み違えたようだ……』

 

 黒夜は、無言で端末を見つめた。

 ナギサが、静かに頭を抱える。

 

「……確かにティーパーティーですね」

 

「うん、黒い方の私たちだね」

 

 ミカも顔を引きつらせた。

 セイアは深く息を吐く。

 

「これは、ある意味でかなりまずい状況だぞ…」

 

 カメラが再び犯人達へ戻る。

 不良少女達は、黒夜達が画面越しに何を見ているかなど分かっていない。得意げに胸を張り、脅迫を続けている。

 

『分かったか!? こいつらを助けたかったら、さっさと金を――』

 

 犯人達が要求を伝えている、その背後で。

 

 ブチっ

 

 まずナギサ*テラーの手首を縛っていた縄が、何の抵抗もなく千切れる。

 次に、ミカ*テラーが楽しそうに肩を動かすと、胴体を縛っていた縄がぶちぶちと音を立てて裂けた。

 セイア*テラーは、静かに自分の縄を見下ろし、指先だけでほどくように見せかけて、そのまま力で引き千切った。

 

 犯人達は気づいていない。

 

 カメラの方を向いて、まだ脅している。

 その背後で、テラー達は、椅子に座ったまま余裕の表情へ戻った。

 先ほどまでの恐怖に染まった顔は、跡形もない。

 

 ナギサ*テラーは優雅に微笑む。

 ミカ*テラーは楽しそうに目を輝かせる。

 セイア*テラーは静かにカメラを見つめる。

 

 そして三人は、犯人達の背後で両手を動かした。

 三人揃って、手でハートマークを作る。

 そのまま、カメラに向かって口パクで伝えてきた。

 

『は・や・く』

 

『た・す・け・に・き・て・く・れ・な・い・と』

 

『あ・ば・れ・ちゃ・う・ぞ♡』

 

 最後にミカ*テラーが楽しそうにウインクした。

 

 黒夜は、静かに端末を下ろした。

 ティーパーティーの執務室に、沈黙が落ちる。

 最初に口を開いたのは、ミカだった。

 

「……これ、助けるのってさ…犯人側だよね?」

 

 セイアが静かに頷く。

 

「そうだね。急がなければ、あの不良達の未来が悲惨な事になってしまうだろうね」

 

 ナギサは額に手を当てた。

 

「黒夜さん。今すぐ向かいましょう。本来なら誘拐された側を救出するべきなのでしょうが……」

 

「そうですね」

 

 黒夜は真剣に頷く。

 

「今回は、最優先で犯人の方々を救出します」

 

 ミカが両手で頭を抱える。

 

「なんで犯人が一番危ないの!? いや、黒い私達だから分かるけどさ!」

 

 セイアは端末の映像をもう一度確認する。

 

「場所は倉庫街のようだね。背景に映っていた標識と照明の形からして、トリニティ外縁部の廃倉庫区画だろう」

 

 ナギサがすぐに立ち上がった。

 

「正義実現委員会へ連絡を――いえ、待ってください。下手に大人数で向かうと、黒い私達が本当に遊び始める可能性がありますね」

 

「“遊び”で済めばいいですが」

 

 黒夜は苦い顔をした。

 

 彼女達は、黒夜が来るまで待つつもりで人質のふりをしている。

 だが、退屈になったらどうなるか。

 

 少なくとも、縄を千切る程度は準備運動にもならないらしい。

 

 犯人達がそれに気づけばパニックになる。

 さらに刺激してしまえば、黒いティーパーティーが本当に暴れ出す可能性がある。

 

 この場合、最も危険なのは犯人達だ。

 

「私が先行します」

 

 黒夜が言った。

 

 ナギサが即座に首を横に振る。

 

「駄目です。黒夜さん一人で向かわせるわけにはいきません」

 

「ですが、テラーの皆さんは私が向かった方が落ち着く可能性が高いです」

 

「それは否定しませんが、貴方一人では彼女達が暴れていた場合の止める役が足りません」

 

 ミカが手を上げる。

 

「私も行くよ! 黒い私が暴れそうになったら、……止められるかな?」

 

「ミカ様、貴方の勇気に敬意を表します!」

 

「いや、頑張るけど! そんなに期待しないで!」

 

 セイアが静かに言う。

 

「私も行こう。あの三人がどう動くか、ある程度読めるかもしれない」

 

 ナギサも頷いた。

 

「私も同行します。黒い私に対して、最低限の説得はできるでしょう」

 

 ティーパーティーと黒いティーパーティー。

 

 ややこしい構図だ。

 しかし、確かにこの三人がいた方が、テラー達の暴走を抑えられる可能性は高い。

 

「分かりました。では、皆さんもお願いします」

 

「ええ」

 

「うん!」

 

「急ごう」

 

 黒夜はもう一度端末を見る。

 動画はまだ続いていた。

 犯人達が一生懸命脅迫している背後で、ナギサ*テラー達は再び椅子に座り直し、切れた縄を自分達でそれっぽく巻き直していた。

 

 ナギサ*テラーは口元に指を当てて、カメラ越しに優雅に笑う。

 ミカ*テラーは足をぶらぶらさせながら、明らかに退屈そうにしている。

 セイア*テラーは口パクで、

 

『あと十分』

 

 と伝えてきた。

 

 黒夜が苦笑いで現実逃避する。

 

「十分快適に待っていただけるようですよ…?」

 

 ミカが引きつった笑顔で言う。

 

「それ、十分快適じゃなくて、あと十分で何かするって意味だよね!?」

 

 セイアが静かに頷く。

 

「おそらく」

 

 ナギサは即座に扉へ向かった。

 

「急ぎましょう!」

 

 ティーパーティーの三人と黒夜は、執務室を飛び出した。

 

 目的は人質救出。

 ただし、救出対象は椅子に縛られている黒いティーパーティーではない。

 彼女達を誘拐したと信じ込んでいる、哀れな不良少女達だった。

 

 黒夜は走りながら、小さく呟く。

 

「……どうして誘拐事件で、犯人を救う側になるのでしょうか?」

 

 黒夜は、端末を握りしめた。

 

 犯人達には、どうか今すぐ三人の縄が切れていることに気づかないでほしい。

 そして、どうか黒いティーパーティーの機嫌が尽きる前に、間に合ってほしい。

 そう願いながら、黒夜達は廃倉庫区画へ向かった。

 

 廃倉庫区画に到着した黒夜達は、そこで早速ひとつの問題に直面した。

 倉庫が、多すぎる。古びた建物が何棟も並び、どれも似たような外観をしていた。錆びたシャッター、割れた窓、剥がれかけた番号札。映像に映っていた薄暗い倉庫らしき場所は確かにこの辺りのどこかだろうが、ぱっと見ただけでは特定できない。

 

 ナギサが周囲を見回し、眉をひそめる。

 

「これでは、どの倉庫か分かりませんね……」

 

 セイアは静かに目を細める。

 

「映像に映っていた木箱や照明の形からして、この区画で間違いないはずだ。だが、内部の配置までは外からでは分からない」

 

 ミカは焦ったように足踏みする。

 

「ええっ!? じゃあ一個ずつ探すしかないの!?」

 

「そのようですね!」

 

 黒夜は短く答えた。

 

 そして、端末の時刻を確認する。

 セイア*テラーが口パクで告げた制限時間から、すでにかなり時間が経っていた。

 

 急がなければならない。

 人質を助けるためではない、犯人を助けるために。

 四人は倉庫を順番に確認し始めた。

 

 最初の倉庫は空だった。

 次も違かった。三つ目には古い資材が積まれているだけ。

 四つ目には、なぜか落書きされた看板が大量に置かれていた。

 

 ミカが焦りながら言う。

 

「黒夜、まだ?」

 

「まだです」

 

「黒い私、絶対もう飽きてるよ!?」

 

「わかってます!」

 

 その時だった。

 黒夜の端末が震えた。

 

 全員の動きが止まる。

 追加の動画だった。

 黒夜は嫌な予感と共に再生する。

 画面いっぱいに映ったのは、犯人の不良の顔だった。

 

 前回の映像では、得意げに声を張り上げていた少女。

 だが今は、顔が引きつっている。額には冷や汗。目は明らかに怯えていた。

 

『こ、これを見てるなら……』

 

 声が震えていた。

 

『は、早く……早く来い……!』

 

 ナギサが息を呑む。

 ミカが顔を青くする。

 

「もう被害が出てる声だよ!?」

 

 カメラが少しずつ引いていく。

 すると、彼女の隣に、ミカ*テラーが座っているのが映った。

 

 満面の笑みで片腕を不良少女の肩に回し、まるで仲良しの友達のようにぴったり寄り添っている。

 

『ねえねえ、そんなに震えなくてもいいじゃん? 私たち、人質だよ?』

 

 不良少女は、泣きそうな顔で小刻みに頷いた。

 

『そ、そうだな……人質だよな……?』

 

『うん。だから黒夜が来るまでは、ちゃんと大人しく待ってるね?』

 

 ミカ*テラーは笑っていた。

 その笑顔が、怖い。

 

 そしてカメラが反対側に向くと、そこに映ったのはナギサ*テラーだった。

 

 彼女はペットボトルの紅茶を手にしていた。

 一口だけ飲んだのだろう。

 

 そして、冷めた目でそれを見下ろしている。

 

『……こんな物、紅茶ではありません!』

 

 次の瞬間、ペットボトルが壁に投げつけられた。

 べこん、と鈍い音を立てて跳ね返り、中身が床にこぼれる。

 不良少女の肩が跳ねた。

 

 ナギサが、映像を見ながら顔を覆った。

 

「……気持ちは分からなくもありませんが、今それをする場面では無いでしょう…」

 

「分かるんですか、ナギサ様」

 

「紅茶ではないものを紅茶として出されるのは、少し……」

 

 映像の中では、セイア*テラーがカメラを持っていた。

 画面が反転し、セイア*テラー自身の顔が映る。

 

『やあ、黒夜』

 

 穏やかな声だった。

 

『少し退屈してきた』

 

「でしょうね……」

 

 黒夜が低く呟く。

 

『君達が頑張って探しているのは分かるよ。だから、また十分後に連絡する。それまでに来てくれると嬉しいな』

 

 そう言って微笑んだセイア*テラーの後ろには、すでに何人かの不良少女達が、床に倒れていた。

 

 全員が気絶している。

 幸い、大きな怪我はなさそうだった。だが、完全に戦意を失っているのは一目で分かる。

 画面が切れる直前、犯人少女の絶叫が入った。

 

『早く助けてくれぇぇぇ!!』

 

 映像が終わった。

 廃倉庫区画に、沈黙が落ちる。

 ミカがぽつりと言った。

 

「……完全に立場が入れ替わってたね」

 

 ナギサは頭を抱える。

 

「一刻も早く見つけましょう」

 

 セイアは冷静に映像を思い返していた。

 

「黒いナギサが投げたペットボトル。あれが外まで転がっていれば、目印になるかもしれない」

 

 黒夜は頷く。

 

「探しましょう」

 

 ミカが遠い目をした。

 

「もう何の事件か分からないよ……」

 

 四人はさらに走った。

 

 倉庫と倉庫の間。

 錆びたフェンスの近く。

 暗い路地の先。

 

 そして、黒夜がそれを見つけた。

 

「ありました!」

 

 床に転がる、へこんだペットボトル。

 

 ラベルには紅茶と書かれている。

 中身は半分ほど残っていた。

 

 ナギサがそれを見て、複雑そうに眉を寄せる。

 

「……確かに、あまり上等なものではなさそうですね」

 

「ナギサ様」

 

「分かっています。今は犯人救出が優先です」

 

 近くの倉庫から、かすかな声が聞こえた。

 黒夜達は息を潜めて近づく。

 

 シャッターは少しだけ開いていたので隙間から中を覗くと、倉庫の中には、ナギサ*テラー、ミカ*テラー、セイア*テラーがいた。

 そして、犯人の不良少女達も。

 ただし、状況は完全に逆転していた。

 

 床には数人の不良が気絶して転がっている。

 残った彼女達は、椅子に座らされていた。

 

 その両側に、ミカ*テラーとナギサ*テラーが座っている。

 正面にはセイア*テラー。

 

 まるで取り調べのようだった。

 いや、取り調べというより、逃げ場のないお茶会に近い。

 

 ミカ*テラーが変わらず不良の肩に腕を回している。

 

『ねえ、黒夜まだかな? 次も見つけられなかったら…貴女どうなっちゃうんだろうね?』

 

「し、知らない……知らないからぁ……」

 

 ナギサ*テラーは、ペットボトル紅茶を冷たい目で見ていた。

 

『少しいいですか?』

 

「は、はい!」

 

『人を誘拐するのであれば、最低限のおもてなしというものがあると思いませんか?』

 

「す、すみません……」

 

『紅茶を名乗るなら、せめて温度と香りに気を配るべきです』

 

「もう誘拐しません……紅茶も出しません……」

 

『紅茶は出しても構いません。きちんと淹れるなら』

 

「はいぃ……」

 

 セイア*テラーは静かに微笑んでいた。

 

『あと三分で約束の時間だ、君の運命が決まる瞬間に立ち会えるのはうれしいね』

 

 犯人少女が泣きそうな顔を上げる。

 

「運命…?」

 

『破滅か救済か…はたしてどちらだろうね?』

 

「う…うぅ…」

 

『泣いても運命は変わらないよ?』

 

 黒夜は扉の前で深く息を吐いた。

 

「……間に合いましたね」

 

「本当に間に合ったと言っていいのかな、これ」

 

 ミカが小声で呟いた。

 

 ナギサは覚悟を決めるように頷き、倉庫の扉を開けた。

 

「そこまでです!」

 

 倉庫内の視線が一斉に向いた。

 犯人少女は、黒夜達を見るなり涙目で叫んだ。

 

「助けてぇぇ!!」

 

 黒夜は少し複雑な顔をした。

 誘拐犯から、ここまで真剣に助けを求められるとは思わなかった。

 

 ナギサ*テラーが優雅に微笑む。

 

『あら、黒夜さん。来てくださったのですね!』

 

「ええ、かわいそうでしたので…」

 

『信じていました』

 

「遊んでいましたよね?」

 

『まさか。私たちは人質として、黒夜さんを待っていただけです』

 

 黒夜はナギサ*テラーの足元に転がる切れた縄を見た。

 

「人質とは?」

 

 ナギサ*テラーが犯人少女の肩をぽんぽんと叩いた。

 

『良かったですね。黒夜さんが来てくれて』

 

 犯人少女は何度も頷く。

 

「よ、よかった……本当によかった……!」

 

 ミカ*テラーは楽しそうに笑う。

 

『あ~あ、見つかっちゃったね☆』

 

「見つけてもらえてよかったんだよぉ!!」

 

 セイア*テラーは静かに頷いた。

 

『意外に早かったね。もう少し遊べるかと思っていたよ』

 

「無関係な人で遊ばないでください」

 

 ナギサが前に出る。

 

「事情はおおよそ把握しました。ですが、これ以上は本当に危険です。犯人の方々を解放してください」

 

 ナギサ*テラーは少し首を傾げる。

 

『私たちは最初から、黒夜さんが来るまで待っていただけですよ?』

 

「縄を千切っていましたよね」

 

『少し窮屈でしたので』

 

「不良の方々が気絶していますが…?」

 

『少し驚かせてしまいました』

 

「この惨状を少し、ですか……」

 

 ミカが自分のテラーを見る。

 

「絶対楽しんでたよね?」

 

『当たり前じゃん!』

 

「隠す気もない!」

 

 セイアは自分のテラーへ静かに言う。

 

「黒い私、ここで終わりにしよう」

 

『そうだね。黒夜も来たことだし』

 

 セイア*テラーは犯人少女へ視線を向ける。

 その瞬間、倉庫の空気が少しだけ冷えた。

 

『分かっていると思うが、またトリニティに手を出したら、次はこんな遊びでは済まないからね?』

 

「ひっ」

 

 声は穏やかだった。だが、圧があった。

 彼女は震えながら、何度も何度も頷いた。

 

「し、しません! もう絶対しません! トリニティにも手を出しません!!」

 

 犯人少女は泣きながら黒夜に縋りついた。

 

「助けてくれてありがとう……! もう誘拐なんてしない……! 絶対しない……!」

 

「それが一番です」

 

 黒夜は穏やかに頷いた。

 

「はいぃ……」

 

 その後、気絶していた不良少女達も順番に起こされた。

 全員、目を覚ました瞬間にテラー三人の方を見て震え上がり、黒夜達の後ろに隠れようとした。黒夜はそのたびに「大丈夫です、もう終わりました」と宥めることになった。

 普通なら、黒夜達が説教する側のはずだった。

 だが、不良少女達の顔色があまりにも悪かった。

 ナギサはしばらく考えた末、深くため息を吐いた。

 

「……黒夜さん」

 

「はい」

 

「この件、あまり大事にしすぎると、別の意味で問題になりそうです」

 

「そうですね」

 

 セイアも頷く。

 

「彼女達も十分に反省している。というより、すでに罰を受けた後の顔をしている」

 

 ミカが苦笑する。

 

「黒い私達に捕まった時点で、もう罰みたいなものだよね……」

 

 ナギサ*テラーが微笑む。

 

『失礼ですね。私は礼儀正しく待っていただけです』

 

「ペットボトルの紅茶を壁に投げつけた方は信用できません」

 

『あれは紅茶ではありませんでしたので』

 

「そこは譲らないのですね……」

 

 結局、不良少女達はティーパーティーから厳重注意を受けることになった。

 

 ただし、話はそこで終わらなかった。

 

 あまりにも犯人達が憔悴していたこと。

 そして、黒いティーパーティーの存在と今回の顛末を外に広められると面倒なこと。

 

 その二つの理由から、ティーパーティー側は彼女達に少額の慰謝料と口止め料を支払うことにした。

 

 不良達は、封筒を受け取って震えた。

 

「え……? お金……?」

 

 ナギサは厳かな顔で言う。

 

「本来なら、貴女方は誘拐未遂の加害者です。ですが、今回は……その……精神的被害を受けた面も否定できません」

 

「二度と同じことをしないこと。そして、今日見たものを不用意に吹聴しないこと。それが条件です」

 

「しません!約束します!!」

 

 犯人少女達は、封筒を抱えて何度も頭を下げた。

 

「もう悪いことしません!」

 

「ティーパーティー怖い!」

 

「もうトリニティには近づかない!」

 

「紅茶も怖い!」

 

「紅茶は怖くありません!」

 

 ナギサが思わず訂正した。

 

 ナギサ*テラーも優雅に頷く。

 

『紅茶に罪はありません。品質に問題があっただけです』

 

「そこ、今重要ですか?」

 

 黒夜が小さく呟く。

 こうして、奇妙な誘拐事件は終わった。

 

 被害者として誘拐されたはずの黒いティーパーティーは、ほぼ無傷。

 犯人達は全員、涙目。

 ティーパーティーは疲労困憊。

 黒夜は、ひたすら犯人達の保護とテラー達の説得に追われた。

 

 帰り道、ミカがぽつりと言う。

 

「……黒夜」

 

「はい」

 

「これ、なんだったの?」

 

「誘拐事件……ではなかったですね」

 

 セイアが静かに答える。

 

「犯人救出作戦、だろうね」

 

 ナギサは深くため息を吐いた。

 

「今後、黒い私達が勝手に人質ごっこを始めないよう、何らかの対策が必要かもしれません」

 

 黒夜は頭を抱えた。

 

「対策が必要な時点で、おかしいと思います」

 

 少し後ろでは、ナギサ*テラー達が楽しそうに会話していた。

 

『黒夜さん、ちゃんと助けに来てくださいましたね!』

 

『黒夜、急いで来てくれて嬉しかった~!』

 

『次はもう少し難易度を上げてもいいかもしれないね』

 

「次はありません!」

 

 黒夜が即座に振り返る。

 

 ナギサ*テラーは微笑む。

 

『冗談ですよ』

 

 ミカ*テラーも笑う。

 

『でもずっとほっといたらまたやるかも!』

 

「勘弁して下さい」

 

 セイア*テラーは静かに言った。

 

『では、次は犯人役を用意しない形にしようか?』

 

「そういう問題でもありません」

 

 セイアが額を押さえる。

 

「黒夜、今後は不審な脅迫文が来たらすぐ共有してくれ」

 

「はい。今回でよく分かりました」

 

 ミカが頷く。

 

「人質が黒い私達だったら、犯人が危ないもんね」

 

「そうですね」

 

 黒夜は疲れたように息を吐いた。

 そして、どこか遠い目で呟く。

 

「……本当に、どうしてこうなるのでしょうか」

 

 誰も答えられなかった。

 ただ、ナギサ*テラーだけが、満足そうに微笑んでいた。

 

『捕らわれのお姫様の様に黒夜さんに助けられたかっただけですよ』

 

「いくらでも助けますから、無関係な人を巻き込まないでください」

 

 黒夜の返答は、今日一番疲れた声だった。

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